フリ-クス さんの感想・評価
4.8
楽しくも、切なく哀しい『Recoil(反動)』の物語
あなたの学校に、ものっそい美人、
しかもスタイルも性格も良くて、誰とでも気軽に接し、
おまけにスポーツや勉強まで充分以上にできる女子がいたとします。
そういう女の子って、
だいたい一割ぐらいの生徒から陰でディスられたりするんですよね。
・なんでもできますヅラが気に食わない、カンに障る。
・八方美人で、いい子ちゃんぶってヤな感じ。
・別世界の住民みたいで親しみがもてない。もっと庶民派の方が好き。
まあ、言いたくなる気持ちはわからなくもないですが、
そういうのって客観的に見ると『やっかみ』以外のなにものでもなく。
人間、素直がイチバン、などと思う拙なのであります。
本作『リコリス・リコイル』は、
そういう『学校イチの完璧美人』みたく考えていただければよろしいかと。
それが鼻につく方には鼻につくでしょうが、
僕ごときの浅学な身ではうまくイチャモンがつけられない、
全方位型のアクション・エンターテインメントなのであります。
ジブリや新海誠監督作品ぐらいしかアニメに接点がない方々にも、
ぜひに、とおススメしたい逸品であり、
2022年度のジャパニメーションを代表する一作ではあるまいかと。
ちなみに、物語の設定は明るくも楽しくもありません。
政府の秘密治安維持部隊であるDA(Direct Attack)。
そこは、犯罪者どころか『準備犯』までもを暗殺し続けることで、
表面上の平和を維持する超法規部隊だった。
DAは孤児を養成して殺人技術を身につけさせており、
暗殺者として育成された女子たちは『リコリス』と呼ばれていた。
そうした異様な治安維持に不審を抱いたテロリスト・真島は、
その正体を暴いて白日のもとへ晒すべく、
リコリスの抹殺、そしてさらに大きなテロを計画していく。
そのリコリスのNo.1、『殺しの天才』と呼ばれる錦木千束(ちさと)は、
ある事情から『不殺』を自らの信条とし、
DAの支部扱いとなっている喫茶店『リコリコ』に身を置いて、
暗殺ではなく『人助け』をして過ごしていた。
その『リコリコ』に、井ノ上たきなというリコリスが、
某事件の責任をかぶされた形で左遷されてくる。
あくまでも『不殺』を貫き、明るく振舞う千束に反発を覚えるたきな。
しかし、千束の事情や生きざまに接するうち、
自分にも『人を殺す以外の生き方』があるのではと思い始める。
しかし、そんな二人もリコリスと真島の抗争に巻き込まれていく。
そしてついに大規模なテロが発生し、凄惨な現場に駆けつける二人。
そこで千束に突きつけられる、生命の『選択』。
そのとき、二人のとった行動とは……!?
とまあ、ハ-ドボイルド感満載な設定であり、
一つ間違うと『鬱アニメ』になっちゃってもおかしくないような、
あんまり『心暖まらない』ストーリーであるわけです。
ところが実際に作品を見てみると、
鬱になるどころか、爽快で、小気味よく、
わくわくしながら視聴し続けられる第一級のエンタメに仕上がっています。
これは、すでに見た方ならカンタンにわかると思うんですが、
単純に以下の三つの要素が作品を押し上げているからなんですよね。
① ビジュアルがめっちゃきれい。
女の子が可愛く、活き活きしているし、
アクションシーンもかっこよくて目が惹き付けられる。
② 演出・シリーズ構成が秀逸。
パンツ回や喫茶リコリコのわちゃわちゃした日常など、
楽しく見られるプロットが随所にあって悲壮さを引きずらない。
③ キャラ・役者の芝居がめちゃくちゃ楽しい。
ヒロインである千束(Cv.安済知佳さん)を筆頭に、
喫茶リコリコで働いている中原ミズキ(Cv.小清水亜美さん)
同じくクルミ(Cv.久野美咲さん)たちの、
カラッと陽気なお芝居が物語全体を明るくしている。
ネタバレレビューを読む
要するに、ハ-ドボイルド的な『苦味』のあるストーリーに、
美少女だのわちゃわちゃだのという『甘味成分』を大量トッピングし、
誰の口にも合うようマイルドに仕上げた作品なのであります。
ただし、単純にそれだけであれば、いわゆる
絵がきれいで女の子がかわいいハ-ドボイルドアニメ
にしかなりません(そんなの、掃いて捨てるほどありますよね)。
ハ-ドボイルド単体として見れば
『政府が運営する秘密暗殺部隊』というのはやや古臭いし、
その部隊が暗躍する理由が
『外面上の治安の良さを維持するため』
というのは、いささか無理筋な感じがしないでもなく。
僕が本作品を高く評価しているのは、
ハ-ドボイルド層+美少女層に加えてもう一つ、
第三の層とでも呼ぶべき重要なファクターが存在するからであります、
その三つ層のが分離不能なほど溶け合い、
融合して一つの世界を織りなしているからこそ、本作は『素晴らしい』、
近年まれに見る良作であると拙なりに愚考するわけです。
この層は作品タイトル『リコリス・リコイル』の意味に密着しているのですが、
未視聴の方は正直イミフになっちゃいますので、
まるっとネタバレで隠しておきますね。
ネタバレレビューを読む
僕的な評価は、ダントツのSランク。
おおよそ、エンタメに期待される要素をほぼ完全に網羅しております。
ハ-ドボイルドとしての世界観は若干『ぬるい』のですが、
それを補って余りあるアクション品質と、
ドラマ性のある濃密な『動機付け』が実によき。
同系統の作品は今後も出てくると思いますが、
それで本作を超えるのはちょっと難しいんじゃないかなあ、
と思わされるぐらいの完成度です。
唯一の欠点は、脚本がちょっと『わかりにくい』ことかと。
とりわけアニメ慣れしている方ほど、
その傾向が強くなるんじゃないかと危惧してしまう次第です。
というのも、最近のアニメの傾向って、
心情とか真意をセリフで語りすぎちゃっているんですよね。
言葉と心情が乖離してるのって、
わかりやすいツンデレ演出ぐらいのものでしかなく。
その点、本作は心情解説的なセリフがほとんどないんですよね。
映像や言葉の断片からそれを『推し量る』という、
国語キョーイクみたいなスキルが視聴者に求められるわけであります。
ネタバレレビューを読む
そういうのって正統的な映像作品の作り方っちゃ作り方なんですが、
イマドキのアニメとは、正直、かなり違うわけでありまして。
いわゆる『萌えアニメ』的な感覚で、
オモテに出てくるセリフだけを追っかけていると、
なんだコイツ、わけわっかんね~
みたいなことになっちゃいそうなので、ご注意を。
ネタバレレビューを読む
作画は、ほんと言うことなし。ためらうことなく5点です。
かわいらしいカットはかわいらしく、
シリアスなカットは魂込めてシリアスに、
一枚絵として充分通用するレベルで繊細に描き分けられています。
アクションシーンも、ガチでかっこいいですしね。
他の方も指摘されてましたが、
千束の独特な銃の構え方、きゅんです。
ネタバレレビューを読む
あと、これはアニプレ系列作品の特徴でもあるんですが、
女の子が『おしゃれ』。
乃木坂46のデザイナーに依頼したというリコリスの制服もそうですが、
千束とたきなをはじめとする女性陣の私服がステキ。
ここんとこは、他の制作会社もぜひぜひ見習ってほしいところかと。
大評判になっている役者さんのお芝居も、文句なしの5点満点。
千束役の安済知佳さん、こんなはじけたお芝居ができたんですね。
いやすごい、楽しい、ほんとカワイイ。
さらに、これまでの役どころで培ってきた『気だるげ』なお芝居も健在で、
その温度差が千束のキャラをより際立たせています。
(個人的には最終話、真島との『中休み』グダグダ会話がイチバン好きかも)
若山さん、小清水さん、久野さんも会心の一撃かと。
とりわけ『感覚派』の天才児、小清水さんが、
アドリブでめっちゃいい味だしていて、よきです。いンぬ。
(久野さんも引っ張られて、新境地開眼ですね♪)
ただ、女性陣ばっかに目がいって、
youtubeはじめネット上もその声ばっかなんですが、
男性陣(松岡禎丞さん、上田燿司さん、さかき孝輔さん)が、
すごく渋くて味のあるお芝居をしているからこそ、
女性陣がぐぐっと引き立っているのはわかってあげて欲しいかも。
音楽は、OP・EDともに、世界観と見事にシンクロしています。
劇伴もかなりいい出来なんだけど、
クライマックス、台詞に日本語のOP曲かぶせちゃったので満点ならず。
OPにクラリスさん、EDにさユりさんと、
さすがSME系列のアニプレ、持ち玉が豊富ですよね。
ときどきヘンな外し方しますが、今作はきっちりと。
OPの映像が、またよくできてるんだこれが。
拙的には、サードリコリスが無言で歩いているカットが大好きです。
(最初は通常、途中でスローにして爆炎をかぶせる演出がヤバい)
最後をおしりの蹴り合いで楽しく締める演出も、
まさに本作の制作コンセプトそのものですよね。まいった、降参。
監督は、これが初監督となる足立慎吾さん。
1996年に『機動戦艦ナデシコ』の動画マンとしてデビューして以来
作画・作画監督・キャラデで25年以上のキャリアのベテランさんですね。
SAOやWORKING!!のキャラデ・総作監として有名な方。
これまで『画』は描けても『物語』には関われず、
イマドキの流行りアニメに対して、
かなりの想いを募らせてこられたのだろうと愚考いたします。
アサウラさんの作成してきたプロットを『原案』にするまで修正、
映像面の中間チェックを副監督にほぼ丸投げし、
自身はシナリオと演出に集中するという力の入れよう。
残念というか何というか、
画と役者さんのお芝居が良すぎて視聴者の目と耳を奪ってしまい、
シナリオの本質が十全に伝わっているとは言い難い状況かと思いますが、
アニメの楽しみ方は人それぞれ。
そこに良し悪しだの優劣だのつけるのはヤボというものですね。
ただ、僕は好きです、こういうモノづくりの方向性。
板がバカ売れしているとの由、必ず『次』がありますから、
妥協して『わかりやすい安直アニメ』に寄せず、
いまの信念を最後まで貫いて欲しいと心から願う次第であります。
とにもかくにも、実に緻密に織り上げられた物語です。
エラそうにこんなこと書いてる僕も、
一周目では、ばくっした全体像しか把握できず、
二周目で構造をようやく理解でき、
三週目でその緻密さに舌をまいた、というていたらくでありまして。
ほんと、見返すたびに新しい『発見』のある、素晴らしい作品です。
(僕がアタマ悪い、ぼんやり見てるだけかも知れませんが)
未視聴の方はもちろんのこと、
既に視聴を終えられた方にもヒマなときぜひ見返していただきたい、
そんなふうに思ってしまう、
エンタメアニメのハイエンドモデルなのでありますよ。
**************************************************************
ちなみに、最終話の読み方と、二期があったらの展開につきまして、
僕なりに書きたいことがあるのですが、
あくまでも個人的な推測に過ぎないわけですし、
そもそも、ここまででも充分に『長い』レビュ-になっちゃってるわけで、
まるっとネタバレで隠しておきます。
未視聴の方はまったく意味わからないので読むだけムダかと。
視聴済みの方で、おヒマであり、
なおかつ「ふん、読んでやらんこともない」というご奇特な方だけ、どうぞ。
ネタバレレビューを読む