フリ-クス さんの感想・評価
4.4
強制的に突き崩される『ハリネズミのジレンマ』
いきなりですが『ハリネズミのジレンマ』って言葉、
実は『ヤマアラシのジレンマ』というのが大元らしいですね。
心理学で言うところの『Porcupine Dilemma』。
それが新世紀エヴァンゲリオンの三話でリツコとミサトに語られ、
さらに四話「雨、逃げ出した後」のサブタイトルに、
「Hedgehog's Dilemma(ハリネズミのジレンマ)」ってついていたことから、
日本にハリネズミが定着したとかしないとか。
ただし、英語圏では
『Porcupine Dilemma』『Hedgehog's Dilemma』どちらも用いられていて、
(実際、WIKIにはHedgehog's Dilemmaで載ってました)
『Hedgehog』ならハリネズミで正解じゃん、との声もあり、
この辺になると僕ごときの語学力では何が真相なのかちっともわかりません。
誰かわかる人教えてくださいませ。
閑話休題。
さて、本作はTRIGGER制作、岡田麿里脚本というビックカップルの作品です。
そして僕が個人的に思うには、
あにこれで最も過小評価されているTRIGGER作品でもあります。
これまでTRIGGERが制作したアニメで
ショ-トアニメ『宇宙パトロールルル子』を除くあにこれ総合順位は
キルラキル 171位
ダーリン・イン・ザ・フランキス 282位
SSSS.GRIDMAN 282位
リトルウィッチアカデミア 325位
異能バトルは日常系のなかで 701位
BNA ビー・エヌ・エー 905位
SSSS.DYNAZENON 914位
本作 1217位
と、ぶっちぎりの最下位。まさかの「ベスト1000落ち」です。
いやよくここまで嫌われたもんだ。
もちろん人さまの評価をあれこれ言うつもりはありませんし、
そんな資格など誰にもないわけですが、
僕は個人的にこの作品を、TRIGGERの代表作の一つに位置付けています。
物語は、とある実験都市で、
自分または他者の痛みを公平に分配して共有する仕組み、
『キズナイーバー』の手術を無理やり施された七人の高校生たち、
そしてそれを推進する謎の美少女高校生を含めた
八人の群像劇として進行していきます。
まず、この設定が示唆に富んでいて抜群に面白い、です。
自分の好きな人ともっと親しくなりたい、距離を詰めたいという思いは、
誰にでもあるものだと思います。
だけど相手との距離が近づけば近づくほどに
見せたくないものを見られ
見たくないものを見せられ
というリスクが少しずつ膨らんできます。
それは、言葉を変えて表現するなら
自分が傷つきたくないという身勝手な気持ち
相手を傷つけたくないという思いやりの気持ち
が綾のように折り重なっている状態です。
それにより人は、人と距離を詰めることに二の足を踏んでしまいます。
ところが本作『キズナイーバー』では、
外科手術により、まず『身体の痛み』という領域で、
このジレンマが強制的に取り払われます。
一人の痛みを数人で分配し、分かち合う。
これによって一人が受ける痛みの量は軽減されますし、
他人の痛みを知ることもできます。
こんなに素晴らしい、
人と人が仲良くなれる画期的システムは他にありませんよ。
そういう、新興宗教の戯言みたいな考え方によって、
七人の若者が強制的に手術を施されて繋がれ、
さらに、様々な『仲良くなるための課題』に取り組まされるわけです。
もう、この段階で、
「友だちとの絆がいちばん大事」「みんながいるからがんばれる」
なんて言ってる安物アニメへの強烈なアンチテーゼになっています。
同じ部活だから、同じ魔法少女だから、
そういう『たまたま一緒になった』ことが絆を築く理由になるのなら、
『たまたま手術で繋げられた』もアリだよね、と。
痛みを分配して分かち合っているぶん、
むしろこっちの方が『絆』は最初から深いわけで。
もちろん本編では、繋がれた七人は、そんなことに納得はしません。
夏休みが過ぎたらキズナが解除されるということで、
いやいや、しぶしぶ、計画にお付き合いすることになります。
そして、なんのかので関係性が深まっていくうちに、
その刻まれたキズナの効果に、
思いもよらなかった画期的な変化が生じます。
{netabare}
他人の『心の痛み』を感じるようになる。
それは、最初はもわっとしたようなどんよりしたような、
単純に重苦しいだけのイヤな感覚でした。
だけど、その感覚が次第に研ぎ澄まされています。
そしてついに嵐の夜、『心の声』が聞こえるようになります。
もはやこうなるとヤマアラシもハリネズミもありません。
聞かせたくない声、知られたくない思いがダダ漏れ状態です。
結果として事態がよくなることは何もなく、
七人はボロボロに傷つき、
散り散りに家路へついて夏が終わるまで引きこもることになります。
しかし、これがそもそも『キズナ計画』の目標でした。
ただ『痛み』を分配するのが目的ではなく、
むしろ技術的に『痛みぐらい』しか共有・分配できなかったのが、
この実験で大進歩をしたと、
研究者たちは手放しで大喜びをします。
もうなんか、痛い痛いと言ってるハリネズミたちを、
紐でぐるぐる巻きにして強制的にくっつけ喜んでいるみたいな、
マッドサイエンティスト色が濃厚だなあ、と。
ただ、その研究者たちにしても、
過去の失敗により廃人同様にしてしまった子供たちや、
投薬がなければ日常生活も送れなくなった園崎法子を何とか助けたい、
その一心で非道上等と腹を括ってやっており、
そこには救いようのない負の連鎖が存在しているわけです。
{/netabare}
そして、物語が後半に近づきキズナ計画の真相が明らかになるにつれて、
そもそも人と人とのキズナとはなんぞや、
みたいなことにお話がフォ-カスしていきます。
通常生活において他人との『絆』を見い出せず、
キズナシステムへ狂信的に傾倒してしまう園崎法子。
そのキズナシステムが解除サされ、
改めて『絆』というものへフラットに向き合い、
おそるおそる足を踏み出す被験者たち。
最終話では双方が激しくぶつかり合い、せめぎ合います。
{netabare}
そしてついに法子が、
『キズナ』を手放すことで『絆』を手にいれる一歩を踏み出すという、
それしかないよね的な大団円を迎えます。
{/netabare}
事件後、ほのぼのとしたエピローグの中で、
最後の最後に見せた法子の笑顔は、
悔しくなるぐらい素敵な、魂の込められたラストカットです。
ちなみに原作の岡田麿里さんは、
小学五年生から高校卒業まで筋金入りの不登校児でした。
集団生活の中で自分を動かす『絆』を見いだすことができなかった、
まさにリアル園崎法子だったんですね。
だから言葉が鋭い。まさにキレキレです。
被験者たちを『七つの大罪』に例えてこきおろすところなんか、
ああ、岡田さんにはクラスメイトがこんなふうに見えていたんだなあ、
そう思わせるだけの圧倒的なリアリティがあります。
そんな岡田さんだからこそ、この作品が書けたんじゃないのかな、と。
同じ学校、同じクラスに押し込められる。
そんなのは『キズナ』であって、決して『絆』なんかじゃない。
じゃあそれを『絆』に昇華させるにはどうしたらいいんだろう?
私は学生のとき何を見誤っていたんだろう?
そういう自戒と過去の自分への決別がこの作品の原点であり、
同時に根底に流れるテ-マであるのかな、と。
もちろん、そんなのをストレートに書いても鬱アニメにしかならないわけで、
いろんなギミックを仕込んでエンタメ作品に仕上げてますが、
それにしてもこんな難しいテ-マ、よく1ク-ルでまとめたもんだなあ、と。
ただ、他の方のレビューを読ませていただくと、
ギミックが強烈過ぎてテ-マが全然伝わっていないという、
残念作品の典型みたいになっちゃってますが。
作品のおすすめ度としては、僕の趣味嗜好が入ってますが、Aランクです。
よく練り込まれ、メッセージ性に富んだ脚本。
トリガーさんらしい、ちょっと荒いようで実は繊細な作画。
動と静のメリハリが見事で、見せどころをきっちり魅せる演出。
世界観をしっかり織りなす劇伴とOP、ED。
欠点らしい欠点が見当たりません。
ただ、ギミックに目を奪われ過ぎると何も見えてこなくなるので、
しっかりお話を楽しみながらも、
ちょっと俯瞰的な視点を持つことが必要かも。
キャラ、お芝居という観点からは『秀逸』の一言です。
痛覚がなくなったことで感情の起伏を失った主人公の勝平と法子。
この二人は「起伏を失った」だけで、
綾波レイみたいに感情を「知らない」のではなく、
個人としての感情は、動きにくいだけで、残っているんです。
この難しい役どころを、
梶裕貴さん、山村響さんがしっかり演じきっています。
この二人が『静』のキャラである分、
天河、仁子の二人がややデフォルメ気味な動的キャラに描かれ、
しっかりメリハリがついているのも、さすがだな、と。
そして『凡人』キャラの千鳥と由多が物語にリアリティを持たせ、
さらに『変態』キャラの日染が、一歩高い位置で全体を俯瞰しています。
素晴らしいキャラ構成ですし、
それぞれの役者さんが期待された役割をきっちりこなしています。
そして、なんと言ってもレールガンこと佐藤利奈さんのお芝居がすごい。
ク-ルを装いつつ見事によじけた穂乃香というキャラが、
佐藤さんの力で何ランクもパワーアップしています。
{netabare}
とりわけ第九話の名シ-ン、
台風の中での語り言葉に続く「なっちゃいけない」というモノローグは、
聴く者の心臓をわしづかみにするような、後世に残したい名演です。
ちなみに、穂乃香といえば七話のBパ-ト最終カット、
「わたしも……」という台詞からED曲につながる演出も秀逸ですが、
あれ、レッド・ツェッペリンのセカンドアルバム、
『Heartbreaker』から『Livin' Lovin' Maid』への繋ぎの、
素晴らしく出来のいいオマージュではないかと。
わかる方、ぜひぜひ聞き比べてみてくださいませ。
絶対、わざとやってますから。
{/netabare}
話は変わりますが、ED曲の『はじまりの速度』って、
作詞は岡田麿里さんなんですね。
ほんと名曲です。個人的に何回聞いたかわからないほどに。
この曲、三月のパンタシアのメジャーデビュー曲ですね。
それ以来気にかけてはいるのですが、
いまだにデビュー曲を越えられないでくすぶっているようです。
なんとかがんばって欲しいです。
てか、
いまさらじん君の曲なんか歌わないで欲しいんですけど。個人的に。