医者で看護師なTVアニメ動画ランキング 4

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早速見ていきましょう!

87.6 1 医者で看護師なアニメランキング1位
オッドタクシー(TVアニメ動画)

2021年春アニメ
★★★★☆ 4.0 (668)
2242人が棚に入れました
平凡な毎日を送るタクシー運転手・小戸川。身寄りはなく、他人とあまり関わらない、少し偏屈で無口な変わり者。趣味は寝る前に聞く落語と仕事中に聞くラジオ。一応、友人と呼べるのはかかりつけでもある医者の剛力と、高校からの同級生、柿花ぐらい。彼が運ぶのは、どこかクセのある客ばかり。バズりたくてしょうがない大学生・樺沢、何かを隠す看護師・白川、いまいち売れない芸人コンビ・ホモサピエンス、街のゴロツキ・ドブ、売出し中のアイドル・ミステリーキッス…何でも無いはずの人々の会話は、やがて失踪した1人の少女へと繋がっていく。

声優・キャラクター
花江夏樹、飯田里穂、木村良平、山口勝平、三森すずこ、小泉萌香、村上まなつ、昴生、亜生、ユースケ、津田篤宏、たかし、村上知子、高井佳佑、フェニックス、浜田賢二、酒井広大、斉藤壮馬、古川慎、堀井茶渡、黒田崇矢、汐宮あまね、神楽千歌、METEOR

take_0(ゼロ) さんの感想・評価

★★★★★ 4.4

まったく、たまにこういう作品に出合うから面白い。

控えめに言って、そんじょそこらで放送している学芸会のようなドラマを見るくらいなら、この作品を観た方が絶対に面白いと思う。

確かに、全てが新しいアイデアと言う訳ではない。
最終回の大ネタでさえ、既に既視感のある展開ではあった。
しかしながら、この作品は素晴らしいと評価できる。
まずもって、

古今東西、タクシーがテーマの映画作品には「名作」が多いと感じている。
そして、たまに大胆な切り口の作品も登場したりするが、それでも「観れる作品」になっている印象のものが多いのは、タクシーという舞台装置がいろいろな人、場面、人生模様との親和性が高いのだろうと想像する。

さて、この作品。
あまり物語に触れる訳にはいかないが、
主人公のタクシー運転手:小戸川を中心に非常に多くの人物が登場する。
そして、複数のストーリーラインが同時進行し、それぞれがポイント、ポイントや人物同士でちょこちょこ交差していく。
非常に綿密に計算され、緻密に物語を紡いでいっているといってよい。
なので、観ているこちら側が混乱するケースもありそうなのだが、登場人物のキャラ付けがシッカリしている(即ち容姿が動物w)なので、意外と混乱はしない。
こういう意味でもヴィジュアル面でプラスに働いているのではないだろうか。

そして、作品自体の雰囲気もとても良い。
この「良い」と言うのは「いい気持ち」ではなく、落ち着いて、しかし、何かが着々と進行しているという、なんとも言えない不穏でダークな雰囲気なのだ。
主人公の小戸川もおっさんチックな落ち着きもあるし、登場人物が悪(ワル)はワルらしくて良い。
昨今は珍しくなってしまったハードボイルド雰囲気をもった、クライムサスペンスと言えるかも。
とても、映画的な雰囲気をもった作品だと思う。
なんなら、どこかのハリウッドとかでも映画化できるレベルのプロットだと思っている、私的には。


・・・さて、
メインストーリに絡んだ表面に見える犯罪(クライム)については、それぞれの悪(ワル)たちが、それぞれの場所に収まり、ひと段落をのテイを見せ。
それぞれの登場人物も、自身の理想を目指しての生活に戻りました。
が・・・、残った真の悪は誰なのか・・・、小戸川はどうなったのか・・・。

余韻を残す終わりとなっております。
詳細はご自身の目で観て、ご想像ください。
観る価値のある作品です。お時間をつくってどうぞ!!

それにしても、ジェンダーフリーのこの時代に、また、爆弾発言をしますが。
(物語の上でのことですが)
やはり、真の悪、恐るべきは女か・・・。
(ここは女性ではなく、オンナと言う表現がふさわしいでしょうw)

さて、この爆弾発言の意図するところとは?
これもぜひ作品を観て、ご判断くださいw。

最後の最後に私のツボポイントを一つw
「白川さんのカポエイラ」

以上です。

投稿 : 2024/12/28
♥ : 44
ネタバレ

ぺー さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

背乗りタクシー

原作未読

相乗りじゃないよ。
来たよ来た来た!ネタバレ厳禁系。時間延長も使わず1クール全13話で美しくまとめた良作。
タクシーをテーマにすると乗客とのやりとりに様々な人生ドラマを垣間見る秀作ができやすい。フランス映画『TAXI』シリーズみたいにコメディに振るも良し。だが今回のそれはデニーロ主演のマッドでサイコな『タクシードライバー』に近い。

 ふわっとどんな作品か雰囲気だけ
 視聴ハードルとなりそうな先入観

これだけ書いときます。

■ふわっとどんな作品か雰囲気だけ

①オッドだけにオットセイかと思いきやセイウチでした
 ⇒心地よく裏切ってくれます
②あ!?CV花江夏樹さんだったね。納得の最終回
 ⇒演技の幅広げるための意欲作っぽい出だしからの花江節が映えるラスト

月並みですが点と線が繋がる心地よさに身を委ねる作品です。


■視聴ハードルとなりそうな先入観

ずばり動物デフォルメものからくる先入観ですね。あくまで私基準での3類型が以下

1.制作会社/アニメーターや“ノイタミナ”“+ultla”などブランド枠で視聴を決断するやつ
 ⇒『Beasters』『B.N.A』等かっこ良さやメッセージ出てる系。すんなり入りやすい。
2.ケモナー御用達
 ⇒萌え需要供給役。『けものフレンズ』『シートン学園』とかかしら。これもすんなり入りやすい。

1.2.ともに需要はあるのです。私自身2.は興味ないですけど求める層が一定数いることを知っております。そしてこれらグループに入ってすらこないのが

3.みるからに低予算そうな見向きもされないやつ
 ⇒『ビジネスフィッシュ』『アフリカのサラリーマン』等放送した事実すら記憶に残らない系。

この3.に該当しそうなのが本作ではないかと。主要キャラが軒並みアラフォーと巷にあふれてる作品の主人公らより年齢が高い。制作会社聞いたことないし、CVに芸人さん入っててバーター臭ぷんぷんだし、どちらかというと事前の期待はナシですね。
ところがどっこいと掌を返すことなるわけですけど、外形だけでは視聴ハードル高そうなとこあるよねってところご留意ください。

集中して視聴することをお勧めします。早送り厳禁。
そして抑揚のない主人公の発声に眠気との戦いになることも助言しておきます。



※ネタバレ所感

■何を得たのだろうか?

{netabare}ミステリーキッス三矢ユキ殺人事件の真犯人は和田垣さくらということでした。
三矢失踪と内々で処理されたのと並行して後釜に抜擢された娘さん。いかにもな二階堂ルイ逮捕でのびつくり展開だったわけですがちょっと待て。

 デビューご破算じゃないの?

スポットライト浴びる目的での殺人ならその後うまいことスターダムに乗れたのかどうか気になります。背乗り目的の動機で殺人起こしてバレそうになって罪被せただけといえなくもなく、スケールちっさと思えなくもない。{/netabare}


メインの小戸川ストーリーは唸れましたので総じて満足しております。



視聴時期:2021年4月~2021年6月 リアタイ

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2021.07.14 初稿
2022.05.29 修正

投稿 : 2024/12/28
♥ : 52
ネタバレ

フィリップ さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0

アメリカ的な種の混沌

アニメーション制作:P.I.C.S.、OLM Team Yoshioka、
監督:木下麦、脚本:此元和津也、
キャラクターデザイン:木下麦、中山裕美
音楽:PUNPEE、VaVa、OMSB

絵の雰囲気、話の流れなど、
観るまでのハードルが高い作品かもしれない。
しかし、観始めると良質なシナリオと
連続する謎によって視聴者をグイグイ引っ張る。

登場人物たちが全員動物というのが、
普通のミステリーが得意でない人にも、
新鮮な気持ちにさせてくれる。
まさに私がそうだった。
正直、私はミステリー作品に完全に飽きているので、
そもそも、ほぼ興味が持てないし、
よほど良質なものでないと、
余計な思考ばかりが頭を巡って作品を楽しめなくなってしまう。
しかし、この作品の場合、動物のキャラクターが
そういうミステリー作品鑑賞時の弊害を
ある程度、無効化してくれるのだった。

この作品に興味を持ったことのひとつが、
アメリカの犯罪小説に影響を受けていると
想像できることだった。
日本の昔の犯罪小説やハードボイルドものだと
横溝正史や江戸川乱歩、京極夏彦たちに加え、
大藪晴彦や西村寿行、森村誠一、大沢在昌あたりが挙げられるが、
その影響は皆無に思える。
ところが、ハメットやチャンドラー、ロスマクなどの
アメリカのハードボイルド作品の雰囲気は感じられる。
それは主人公が内省的で気難しいところと、
多種多様な動物たちの絡み合い方に、
アメリカの小説っぽい雰囲気があるからだ。

登場人物がバラエティに富んでいるのも
アメリカっぽい。主人公はタクシー運転手で、
そのほかに看護師、医者、ヤクザ、ヤクザのボス、
悪徳警官、アイドルグループ、そのマネージャー、
キャバクラの店員、お笑い芸人、目立ちたい大学生、
頭の狂った犯罪者などなど。

これだけ多くのキャラについて
それぞれきちんと背景を見せながら、
物語に絡ませて、理由も描いていくのは、
いかにもアメリカの犯罪小説によくある展開といえる。

そのキャラのなかでも面白いのは「ドブ」という存在。
ヤクザの幹部であるゲラダヒヒという動物なのだが、
彼の生き方がとても興味深いし、この「ドブ」という名前が
いかにも社会の底辺をよく表している。

「ドブ」は、昔は街のなかにいくつもあった。
整備されていない下水溝のことで、
ゴミや汚水がいつも垂れ流されていたのだ。
社会の位置づけとしては肥溜めに近い。
最近は全国的にインフラが整備されたため、
「ドブ」は見なくなったのだが、
そんな名前のヤクザの幹部が重要な役割を果たす。
しかも、彼はヤクザとして、男として矜持を
持っているような部分が見え隠れする。

アメリカのブルースの巨星に「マディー・ウォーターズ」と
いう人物がいる。アメリカ音楽が好きなら
ほとんどの人が知っているほどの有名人だが、
彼の芸名を直訳すると「泥水」だったことをふと思い出した。
ボトルネックギターと体の奥底から響いてくるような
太く独特なヴォーカルが一度聴いたら忘れられないほどの
強烈なインパクトを残す。
昔よく使われていた音楽における「アーシー」という言葉は、
まさにマディのためにあるように思える。

私の勝手な想像では、
この作品はアメリカ的な要素に彩られている。
主人公が太っていて、理屈を話すときには
説得力があるのだが、いざ行動すると、
あまり役に立たないのも
アメリカハードボイルド小説の主人公像だったりする。

何だか関係のないことばかり書いてきた気もするが、
この作品は、そういう混沌を広げてみせながら、
緻密な伏線を張り巡らせて、それを1本の線に
上手くまとめていく面白さがある。
常にいくつかの謎が横たわり、想像力を刺激してくれる。
登場人物たちの過去を丁寧に掬い上げ、
ストーリーに組み込んでいく手法も優れている。
おそらく多くの人々がシナリオの展開の妙に
引き込まれていくだろう。

{netabare}この作品のそういう良さが上手く表現されているのが、
ラストの車の飛んでいくシーンだ。
誰もが心に何かを抱え、それぞれが細い糸でつながっている。
そんななか、小戸川が軽々と空を飛ぶ。
関係者は皆、近い場所にいて、その瞬間に直面する。
関係があるようでないような人々が、ある一瞬につながる。
これこそが世界の奇跡のひとつ。
美しい出来事といえるのだろう。
私がこの作品でいちばん気に入っているシーンだ。{/netabare}

人種の坩堝を表現しているような作風だけに、
反面、キャラへの描き方が浅く感じられるのがマイナス点。
ミステリーとしては捻りが足りないし、
そこのキャラの心情表現も描写不足を感じた。
特にドブとの決着については、
私が気に入っていたキャラということもあるが、
あまりにも簡単にまとめようとしているように
見えてしまった。

とは言え、多くの人々を魅了した作品であったことは事実。
4月には事件の裏側と続編を描いた映画
『オッドタクシーイン・ザ・ウッズ』が公開予定。
ローカル局とネット配信だけだった作品だが、
それだけ話題になったのは間違いない。

混沌の先に広がっている景色に着目したい。
(2022年2月5日初投稿)

投稿 : 2024/12/28
♥ : 50

65.2 2 医者で看護師なアニメランキング2位
AIの遺電子(TVアニメ動画)

2023年夏アニメ
★★★★☆ 3.2 (140)
404人が棚に入れました
これは、私たちの未来の物語――。 21世紀に始まったAIの圧倒的な進歩は、社会の発展に寄与する一方、高い知性を持つ機械を道具として使う是非を、人類に突きつけた。 そして22世紀後半。人々は「産業AI」とは別格の存在として、人権を持った「ヒューマノイド」を当たり前に受け入れ、共に暮らしている。 須堂光は、ヒューマノイドを治す新医科の医者として、ヒトとAIの共存がもたらす「新たな病」に向き合っていく。 時に、裏の顔も使いながら……。
ネタバレ

nyaro さんの感想・評価

★★★★★ 4.3

人格のコピー問題の視点が秀逸。AIものというより哲学ですね。

 最終話の意味としては、ミチは恐らく会議のような密室での議論では答えが出ないことを知っている。AIそして人間存在の本質はやはり人間の関係の中にこそ存在するという意味だと捉えました。
 作者が設定としてヒューマノイドという中途半端な存在を置いた意味は、人間をデフォルメして極端な形で見る事ができるからでしょう。つまり、特別な条件を与えることで何かを探ろうとする数学の証明のようなアプローチです。

 ロビジアは道徳のない医療の国らしいので、そこでは更に極端なヒューマノイドについての研究がなされているはず。そこに倫理の問題が絡んでくるでしょうが、しかし、人間の本質にもっとも近づいている可能性もあります。

 本作については、道徳・哲学的な人間の問題を俯瞰するような視点が各話でてきましたが、やはり愛情・性愛問題が多く含まれていました。そこにこそ人間性があるということになるんだと思います。で、やはりコピー問題ですね。人間とは何かを哲学するのにこれほど示唆に富んだ課題はありません。最終回でやはりそこに視点が行きました。

 オープンエンディングにもならない、ボヤッとした終わり方ではあります。結果の詳細は読み取ることはできませんし、推理してもしょうがないでしょう。
 しかし、想像することはできます。コピー人間の本質をその存在だけで定義すると偽物ですが、しかし、他人あるいは人間関係の中に置いた時、その他人にとって本人になるわけです。つまり、本物が2つ存在する状態がありえるということでしょう。
 それがミニスカ看護婦の素性が明かされた意味に重なってくるのだと思います。
 オリジナルがもう存在しない1話のコピーと、正副両方存在する母親。その対比がわかりやすく提示されました。

 で、全体的にいいアニメだったと思います。人間の問題とSF的な実存問題を絡めてかなり楽しめました。
 ストーリーラインは弱いですが、エピソードの出来が秀逸でした。ブラックジャックの作劇法をかなり意識している作りになっていたと思います。

 ということで、ストーリーというよりテーマ性の評価はかなり高いです。キャラは弱いですが、調整としてそこそこの点はつけたいですね。


追記 そういえばミチって、主人公にそっくりですよね。つまり、クローンの可能性がないでしょうか?ヒューマノイドのコピー問題と人間のクローン問題。この描写は面白かったと思います。



 1話  人格をコピーしバックアップすると死は果たして防げるか問題

{netabare} 非常にいいですね。絵柄とミニスカ看護婦でちょっとずっこけますが、かなりのSF的な世界観を提示できていると思います。電脳ブラックジャックIN攻殻機動隊のような感じでした。

 人間、AIに限らずですが、攻殻機動隊では電脳になった時にこのコピー問題をゴーストという人間を人間たらしめる存在で回避しています。アシモフのロボットシリーズでは陽電子頭脳という複製不可能な構造のハードウエアで処理しています。SAOでは、アリシゼーション編の冒頭で人格のコピー問題を扱っています。

 水星の魔女で残念だったのが、 {netabare}このパーメット粒子エリクトの人格はコピーではないのか?という疑問に解答がなかったことです。人間の脳からパーメット化した先は本人なのか?ですね。
 その問題の回避のためには私はむしろガンダム内に脳みそを保管してくれていたほうがよかったのに、と思っていました。まあ、キーフォルダー小姑になれないのであえて無視したのかもしれません。{/netabare}

 このことを突き詰めて行くとタイムリープとか世界線等SFの話にもつながります。東京リベンジャーズなどでもそうですけど、タイプリープ世界の友人=違う人生を送ってきた人物は本当に自分の友人なのか?ということにもなります。あるいはタイムリープした人物はその記憶が変わった友人の存在に押しつぶされないか。そこが引っかかって同作の青春とか友情が嘘っぽく感じました。

 シュタゲにおいて、 {netabare}岡部の主観だけ救済されるの?それぞれのマユの人格は岡部の中では消えていますが、死んでいったマユの魂はどうなの?その救済は?ということです。死はいずれにせよ人格が消滅する行為です。時間がなかったことになっても、その時死んでいったマユには魂があったわけです。その絶望をどう考えるの? {/netabare}です。とあるシリーズのある回でもこの問題がでていました。

 人格や記憶のコピーというとピンとこないかもしれませんが、要するにコピーはカットアンドペースト作業においてオリジナルをデリートしてないだけです。我々が相対しているのはペーストされたものですから、オリジナルではありません。このオリジナルでないものが流出したら大問題です。人格も人権も分裂することになります。だからこそ、AIの電脳のコピーは禁止と言うことになります。

 と同時に、人間の魂とはなにか?という哲学・思想・科学あるいは倫理や感情、尊厳の問題にまで発展する大問題です。

 クローン問題や瞬間移送装置などバリエーションは様々な形で作れますが、本作はこういう人格とはなにかという思考実験をやっているのか、コピーにまつわるヒューマンドラマをやっていると思われます。

 1話で記憶の欠落問題がでてました。{netabare} AIのみならず様々なカテゴリーで使われるテーマですが、記憶…いや思い出と言ったほうがいいでしょう。人格の連続性の問題として家族と絡めて非常によく描けていたと思います。

 そして、母親の問題で謎かけがありましたが、1話の一番最後の感じだと、母親のオリジナルが流出して遠い世界にいるということでしょうか。それを探しているという物語がありそうですね。あの刑務所での主人公の冷たい感じは母がコピーだという風に見えました。{/netabare}



追記 私の上の書き方だと、記憶が欠損することが情緒的な問題と捉えれれるかもしれませんね。そうではなくて、AIにとってはコピーの上書きは死ということです。

{netabare} 本作は分かりやすく一回フォーマットという行為を挟んでいました。そこに再インストールすると外からみるとタイムラグによる記憶の欠落です。
 しかし、フォーマットされる側からすれば死刑宣告です。つまりバックアップには死を防ぐ効果はなく、外部の人間から見た場合は一見同じ人格が連続しているように見えるだけです。

 人格の連続性の問題を扱っているというのは、コピーとはいえ新しい人格をインストールされる側にとってはウイルスで壊れるのも、フォーマットされるのも等しく死ということです。母親はそのことを感覚的にわかっていたのでしょう。だから家族とともに最後の時を過ごしたいという判断なんだと思います。

 父や娘から見たらその場で再インストールすれば死ななかったのに、という誤解があるのかもしれません。実際弔っていましたし。だから生クリームの記憶の欠損によってそれを思い出しているのか、死が避けられなかったことを実改めて理解したのかわかりません。
 ですが、実際は何をやってもウイルスに感染した段階で手遅れです。{/netabare} {/netabare}


2話 生殖と家族が人間の幸せか?限界を設定するのはハードかソフトか?

{netabare}  まず1つ目のテーマ。生殖機能がないはずのヒューマノイドにとって、人間的な幸せの象徴である家族の団欒がどうみえるか、という問題。

 これは面白いですね。逆説的にとらえらば本来人間の幸せと言うのは「子供を残す、子供を育てる」という人類というより生物として遺伝子的な条件付けです。その生殖機能を持たないヒューマノイドにとっては、どういう発想になるか。

 生物的にいえば同性結婚や性自認、性指向(嗜好)等々のポリコレ云々が人間として本来は不自然だということです。全員が子供を持たない選択をすれば人類は滅亡します。そのジレンマをどう考えるか。
 あるいは人間は生物的な限界から解き放たれて、人工的に子供をつくる、あるいはヒューマノイドのようなもので、人間の数の不足分を補完してゆくべきなのか。

 いきなりおっぱい揉んでてちょっと驚きますが、SF的課題として置き換えた場合、生殖しないヒューマノイドにとって、生殖のために異性を刺激するような肉体的特徴、つまりセックスアピールが必要かどうかですね。本作ではそこまで行きませんが、もちろん化粧やアクセサリ、衣服などの問題にもかかわります。
 看護婦がミニスカで色ボケなのはいい対比でした。食欲というか嗜好品でもあるケーキに夢中なのも、人間的であるということでしょう。逆に言えば看護婦の無邪気な喜びや主人公の愛情はAIのアルゴリズムの方向づけということでしょう。その不自然さの象徴なんだと思います。(不自然さだけだと言葉たらずですね。この世界のAIの設定によってはそれこそが、ヒューマノイドも人間と同じ幸せを享受できるという意味にもなります)

 家族あるいは夫婦というのは、人間の遺伝子的には女性から見て、子供を安全に育てる場所を担保するためのユニットです。
(なお、子作りのパートナーには遺伝子の優秀さを求め、子育てするパートナーには生存戦略を求める、という違う種類の男を使い分ける女性の本能が浮気とか不倫の原因らしいですね。男の浮気は単純に種をまきたいからですけど)

 あるいは子供が無邪気に遊ぶ姿を見て、遺伝子が作り出した脳内物質が発せられる、幸せだという気分になるという機能は必要か?あるいは社会の共通認識としてそれが幸せであるという定義=道徳や倫理の有り方の問題なのかかもしれません。

 つまり、生殖と家庭から解き放たれたとき、人間が求める「幸せ」はどこにあるのでしょうか?という話でした。


 2つ目のテーマ。人間と同じ向上心をもったAIが肉体の限界の仕様が設定されたとき、どんな葛藤がおきるのか。これはあまりパッと類似例が思い浮かばないです。ここまで、人間化したAIという設定があまりないせいでしょうか。

 面白いですね。ヒューマノイドの彼の限界は何が決めているのか。それは実は人間と同じで、心の問題なのではないか?という事でしょうか。
 もちろん、作中で説明があった通り、人間と同じ世界でヒューマノイドが生きるために能力に制限を設けるというのは仕方ないでしょう。この制限が逆にAI問題に面白い視点を産みました。あるいは友情や他人からのポジティブな影響がヒューマノイドにも効果がある、という意味にも取れました。



 で、最後。恐らくMICHIというのはリミッターなのでしょう。AIは人間を理解できるか?ですね。
 私の一番好きなアニメ「ビートレス」の超高度AIが人間の定義に苦しんでいたところに通じる気がします。非常に面白いです。

 真面目にSFしている良作だと思います。2話の視点には感心しました。視聴継続ですね。 {/netabare}


3話 心はどこにあるのか?

{netabare}  ヒューマノイドが夢を見るということがわかりました。つまり、ヒューマノイドは潜在意識を持っているということで、ほぼ人間と同等の脳機能を持っているということです。

 それと対比するように、行動に条件付けをされたロボットが出てきます。この脳みそははっきりとプログラムと言っています。つまりコンピュータということでしょう。ヒューマノイドとロボットは、ソフトウエアの違いではないし、ハードウエアの違いどころか、概念そのものが根本的に違うという設定だと思われます。
 人間の脳を工学的に再現できる人工頭脳がヒューマノイド、現在のコンピュータの延長の電子頭脳がロボットでしょう。(ただあの医者が修理しているので、同じ構造かも。ちょっと違和感ありますけど)

 今回はこのコンピュータの心問題が出てきました。本作はそもそもヒューマノイドが人間として扱われているので、今更感はあるかもしれませんが、SFではかなりメジャーなテーマでしょう。

 心はどこにあるか。現実社会でも愛玩ロボットのAIBOロスなどが実際問題になっていましたが、単純なロボットであっても人間の呼びかけに応答するものには、人間は心を見てしまいます。本作の結論としては、まず心は使う側にある、というのが答えでした。

 ただ、コンピュータサイド。記憶を保持し主人に合いたいと思う気持ちは心ではないのか?主人を守りたいという気持ちは心ではないのか?

 我々は当たり前のように脳みそに心があると思ってしまいがちですが、本当にそうでしょうか?身体の感覚や反応が心を形成するケースもありますので、実際はよくわかっていません。今回はコンピュータの心問題とともに、哲学の問題でもありました。
 ためしに「心はどこにあるか」で検索してみてください。山のように難しい文書が出てくるはずです。

 その一方で、データとして書き換え可能な記憶は、サーバの中に保存されます。それを心と呼ぶなら、記憶こそが心なのか?
 1話でもちょっと似たテーマがありましたが、今回は命とか魂の問題ではなく、心はプログラミングか?データか?あるいは心はどこにあるのか?という問題でした。 {/netabare}


4話 VR時代の性欲処理と恋愛の問題、現実との境目。

{netabare} 恋愛、性欲、創作物による性欲の処理などいろいろありました。

 本作は本筋で母問題あるいはコピー問題はありますが、当初考えていたAIの発展とかAIの人間性の獲得という話よりも、人間とは何か?特に脳科学、心理学、哲学などに触れる端緒となる視点の紹介という感じなんですね。

 AIもののSFというよりは、AIを使った人間理解の話という側面が今のところ強いです。
 その点で4話は、AI画像生成によってコラ画像がかなりの精密さで出来るようになった現在、結構ホットな話題ではないでしょうか。
 VRで現実の人間がコラージュできるとなると、現実とゲーム(創作物)との境の問題や使われる側の感情や権利の問題があります。

 そもそも、VRや画像が代替になるのは性欲においてのみで、触れ合いが無い点で恋愛関係の代替にならないのでは?というわけでもないのは「ラブプラス」の時に、宿泊パックを用意した熱海の旅館があったくらいで、実際利用者がいたみたいです。つまり、VR彼女と本気で恋愛していた人が2010年にはいたということです。今も初音ミクと結婚しましたという人もいるくらいです。

(ラブプラス、調べたら「大野屋」というホテルで近畿日本ツーリスト。1泊2日で約4万円。布団が2つ敷かれるそうです。「愛花号」「寧々号」「凛子号」のバスが用意されたとの事。まあ、聖地巡礼の意味もあるでしょうが、たしかニュースで取材されていた人は、2、3人ガチ恋がいたと思います。)

 4話は現実の人間をVR画像に落とし込む話ですからちょっと違いますが、VRと恋愛できるか?と言う点では一緒です。
 そして、好きになった子に振られるストレスは相当辛いです。好きな子の画像データを取り込めるなら、ますますVRに依存するのではないでしょうか?

 少子化まで考えると、本作の範囲においては拡大しすぎですが、現実の世界におけるネットコンテンツによる性処理は、恋愛のモチベーションを著しくさげますのでこのVRはいずれ少子化の文脈で社会問題化すると思います。
 回りまわってこの作品の社会背景の考察にもなりますが、人間がますます産まなくなる条件の一つになりそうです。だから、人間に似たAIが必要になるのでしょう。

 それと彼氏が浮気することに価値がある問題は良かったですね。普通にいますからね、ああいう女性。彼氏の価値を恋愛市場価値で計るという意味と、駄目な彼氏を許してあげる自分に酔うという意味とあるみたいです。
 賢者タイムボタンはちょっと笑いますけど、つまり人間ならオナニーで我慢しているという風に置き換えればいいと思います。要するにどんな女ともセックスできるくらいの価値がある彼氏がいるステータスが大事であって、その状況に酔っているということでしょう。

 それとレズ問題かあ…同性同士の友情にかこつけて、ですねえ。ひょっとしたら、それを見せるのが目的だったかもしれないです。そう考えると4話は面白い構成でした。 {/netabare}


5話 医療の役割と罪。子供への愛情とはなんぞや?

{netabare} 今回は2人の異常行動についてでした。アルコール依存と自閉症スペクトラムによる暴力衝動と音楽的才能(サヴァン症候群?)だと思います。「青色サヴァン」の時に調べたのでなんとなくわかりました。
 2つの症状の共通点は日常生活に影響があることです。その症状を治療するために医療行為がどこまで許されるのか?が今回のポイントでしょうね。

 アルコール依存の場合。これは悪しかないようなイメージですので、それを治療することの是非はあまり問題にならないでしょう。ただ「嘘の記憶」という方法を使うことの是非ですね。しかも違法です。それでもまともな生活を送れるようになる。良い事をしているという満足感も治療に寄与しているかもしれません。

 サボテンというのはなんでしょうね?催眠のトリガーとアンカーみたいなものでしょうか?わざわざこれを入れたのは、今回の治療は人間でいえば催眠療法のことだよ、という意味かもしれません?調べたら普通に人間でもできるみたいですね。


 自閉症スペクトラムを治療する場合。こちらは暴力衝動という症状を消す代わりに音楽の才能を失くしてしまう罪ですね。
 子供を平凡に育てるか、孤独でもいいから個性とか才能を伸ばすのか。それが病的なものであったとしても…ですね。本当に子供を強制的に学校に溶け込ませるのが、正解なのか?

 両者とも人間ではありえないくらい簡単に治療できてしまうのが、AIならではですね。
 今回については、どちらかといえば音楽的才能を殺してしまう罪の方が大きい気がしますけどね。

 もう一つ。子育てにおける愛情です。ジョウロ=手間をかけて水をやる、自動化=手間がかかるから目の前の症状を抑えることを考える。
 つまり、愛情の注ぎ方とは何ぞやという謎かけでしょう。親が安易な治療をすることへの批判とも取れます。
 今回は病気の症状を含めて親が子供の全部を受け止めきれなかった感じでした。どちらかと言えば子供を愛しているというより自分の困難を何とかしたかったという風にとれます。

 ということで、今回の話では、病気治療の功罪と子育てにおける親の愛情の問題が目につきました。 {/netabare}


6話 機械が人間の技術を越えると人間は不要になるのか?一歩先に行く高品質は無駄なのか。不完全さを知ることが人間を知ることなのか?AIロボットが人型である意味は?

{netabare} すし職人が修行で何年もお店で奉公するのは、無駄で非人間的だという話があります。技術をマニュアル化して作業手順だけ覚えさせれば、最高のすし職人とほとんど変わらない味のすしが握れる、と。たとえばこれを95%の水準としましょう。

 6話前半において、この最後の5%を追い求めることが無駄なのか?という視点があると思います。そしてマニュアル化と作業手順がすなわちAIということでしょう。日本においては議論がありそうですが、効率化を考える海外の企業においては、この5%は削りマニュアル化する。そしてそれが80%の水準でも自動化を進めるという結論が大勢でしょう。

 それは資本主義がROE、つまり資産の利回りによって成功失敗を判断するからです。つまり、経済的には徒弟制度的修行で最高峰を目指すより経済性ではマニュアルによる効率化、更には自動化の方が高いという結論がでているからです。

 ただ、一方ではハンドメイド、この最後の5%を求める人がいるのも事実です。日本の大量生産品でもトヨタのセンチェリーや日産GTR、セイコーのグランドセイコーなどはハンドメイド部分があります。これがいわゆる「豊かさ」だと私は思います。裏を返すと「贅沢品」ですけどね。
 技術的には本作のような刃物加工もそうですが、キサゲ作業と言われる平面加工は人間でないと出せない精度があります。

 これをまず機械が越えられるのか?という話がまずあります。もちろん、いずれは超える日もくるでしょう。ただ、それは人間の敗北、人間の不要論なのか?という話です。

 後半は、人間性には限界と失敗があるということでしょうか。AIが人間に対する理解を完全なものとしてとして捉えてしまうと、それは非人間的なものになる。人間は失敗し、疲れ、時に攻撃的になる。その一方で人型のものが人間のようにふるまうと、友達として扱うようになる。

 前半後半の共通項目として、AI側の認識の問題としてはマニュアルだけでなく生活を共にすることで「人間を機械学習する」必要があるということかもしれません。
 その視点でいうとロボットが人型である意義は大きいのかもしれません。

 加えて「フィードバック」の関係が示唆されていました。特に前半は目新しいですね。人間と機械がお互い向上することで、更に上を目指せるという事だと思います。機械が人間を越えられるか、あるいは、人間要不要など結構二者択一の議論が多い中、共存の提案は良かったと思います。

 後半は直接的ではない学習成果、つまり人間理解が今後のAIには必要になるという示唆でした。人間への理解が深まると別の場所で活かせる、という種類のフィードバックでした。{/netabare}


7話 メンタルと治療、何が正しいのか?

{netabare} しかし、この作品事象をいろいろもってきます。病気によりその人の家族にとっての欠点が無くなった場合、治療を拒否するのを責められるか?特にDVが絡む場合は切実です。
 また、深い個別事情を知らず病気をすべきと外野が責め立てるのは許されるか。治療することが必ず正しい事なのか、という問題が前半でした。
 この問題、踏み込んでゆくと過去の精神医療施設の虐待事件とか思い出しますが、生生しいので割愛します。

 後半は、カスタマーセンターのストレス問題があります。基本的に2年以上は精神が持たないし、ストレスチェックをマメにしないと厳しい部署です。その対応を機械でやる、あるいは人間が演技と割り切ってやる。どちらに心がこもっていると言えるでしょうか。

 ただ、ストレスをためて胃が痛くなっていた人も、結局は「対応」しているだけです。客の側とサービスをする側の認識の違いですから、どういうやり方でも丸め込むという対応方法も間違いじゃない気もします。

 また、向き不向き、メンタルストレスを対処療法で乗り切ることがいいのか?などでした。 {/netabare}


8話 題名が遺電子ですから、テーマ的本命はこの話?

{netabare} まず手作りの価値という視点がありましたが、特に掘り下げはなかったようです。また、メッセージとしてバレンタインチョコの位置付けを念押しするところに、立場表明とプライドなどが見えて面白い描き方だと思います。先生のケーキの素性を隠したところに、ウイットと優しさがありました。

 で、恋愛ですね。確かに精神疾患かもしれません。しかし、エロスとタナトス。無意識世界に混とんとして存在しているそれは、人間の生命のエネルギーになっています。
 また、感情は人間らしさの基本であり、恋愛はその中心的なものです。そして、生命的にいえば生殖するからその個体は存在価値があるとも言えます。遺伝子の役割が本作のテーマであるなら、これは本題ともいえるでしょう。
 バレンタインという儀式的な人のコミュニケーション、プレゼントや言葉というややこしい生殖・恋愛のためのツール。気持ちとは何か?そして、恋愛・生殖の意味とは?

 恋愛と生殖を忘れれば、それは社会にとってはエネルギーを無駄に使用日する環境負荷でしかないと言えるのかどうか。

 ただし、それが今回は同性というところが面白い。機械で同性。生殖には関わってきません。その時に「恋愛とはなにか?」という本質を考えるきっかけになりそうです。

 1話で、提示された行方不明のコピーの問題が作品の本筋なんでしょうけど、題名から言えば、エロスとタナトス、アイデンティティ・感情・恋愛・遺伝子・子育て・そして社会性とはなどが今まで提示されてきました。これがテーマ的本題なんでしょうか。だとすれば哲学ですねえ。とても面白いです。{/netabare}


9話 子供に「悪」を見せるということ。教育とルール。

{netabare} さて、今回はテーマ的には結構単純ですが、解答や見解が非常に別れるテーマでした。

 日本だけでなく世界的に〇〇を見せるとそれに影響されて犯罪が増えるという言説を信じている人があまりに多い問題です。特に暴力と性犯罪ですね。今回は暴力ですが、手塚治虫氏や永井豪氏などが実際に規制されていますし、都条例もありました。

 発達心理や社会の本質を考えたり、研究やエビデンスをそろえないで感覚的に議論しているからこういう結果になるのだと思います。子供に暴力や性的なものを見せたくないという馬鹿親があまりに増えすぎです。実社会での危機回避や倫理観の情勢、自分で考えるクセの習慣化に役立ちます。
 あるいは人間というものの本質を理解するのに創作物における悪の有用性がまったくわかっていないようです。

 その辺りを皮肉っていましたが、この回は特に母親の視点で言えば、何が言いたいのかはわからないかもしれません。少数の事例を証拠だといいはって、暴力コンテンツは教育に悪いという結論ありきの議論しか見たことがありません。

 後半です。規律の程度の問題です。これは学校教育の場面もそうですけど、実社会にも言えることです。グレーゾーンを認めず黒か白かで判断するということです。

 ここちらも、特に若い世代の人はそれの何が悪いのだ?「規則は規則だろう、ハイ論破」的な視点を持つ人もいるかもしれません。しかし、かなり低い視座で言っても、柔軟性がない思考方法は場面場面では正義ではあっても、いずれ調整が出来ずに破たんすることが分かっていないのだと私は考えています。

 もう少し高い視座で考えた場合、そもそも構造主義的に考えれば社会によって正義は変わります。そして法やルールというのは曖昧に作ります。公共の福祉、権利の濫用、悪人正機、予定説、最大多数の最大幸福等々さまざまな概念や判例・過去の類似例・TPOなどを使ってベターな解答を導き出すものです。

 むろん、刑法はデュープロセスオブロウの観点からブラックリスト形式をとりますが、それは公権力の制限をするためです。まあ、この問題を論じるとキリがないです。
 この問題、いつもアニメで言えば「ガンダムシード」のマリューVSナダルを思い出します。あれでどちらに感情移入できるかで立場がわかる気がします。

 その辺の視点を描いていましたが、最終的に道徳とルールの問題は「正論」と言う名の思考停止が存在する一方、「人間性」と言う名の思考停止も存在しますので、今回の話は正解を求めずに考え続けることでしょうね。

 上で私が述べたような、厳格なルールって駄目だよねという解答もまた一般解に近いです。後半の学校のルールについては特に考える必要があるでしょう。
 この問題はそれぞれが理屈や感情でどれだけ勉強するか深く考えるか、が大事であって正解はないでしょう。正解があると考えるのが一番恐ろしいです。 {/netabare}


10話 人間の行動は誰が決めているのか?人間は自分が無になるという事実に耐えられるか?

{netabare}  前半部分です。それ以前のTVと雑誌の時代から、欲望のコントロールは行われていましたが、それはドラマに出てくる小物や食べ物など消費に関することから始まり、報道のニュアンスやタレントの発言等々による誘導で、消費経済へと価値観が誘導されていたわけです。
 これは誰かが意図した陰謀論ではなく、テレビとスポンサーを中心として仕組みが作り出した構造主義的な成り行き、つまり、資本主義的マスメディアの構造でした。

 今現在はそれが意図的に行われています。検索履歴はもちろん。ネット決済や位置情報が便利だと思わせる誘導。陰謀論でもなんでもありません。それは現実に行われ個々人のインターフェイスに反映されています。

 我々は欲望をコントロールされいています。AIの提示する動画の候補や買い物サイトのインターフェイスはもちろん、検索の結果の並びに反映もできます。旧ツイッターの旧スタッフによる情報の故意の操作もあまり問題になりませんでしたが、ディープフェイクの温床になっていました(これはスタッフの手作業だったという事らしいですけど)。

 そう考えると、AIによる人間の行動の統制は非常にたやすいものです。人間は自分で思っているほど、行動のモチベーションを自分で決めていません。外部情報を自分の情報だと錯覚して行動しています。
 そのバランスをとるのが様々なメディアや書籍、他人に触れることでしたが、今やそれらは巨大IT産業により情報の出どころが一緒になっています。

 この大規模なものはAI時代なら必ず起きます。知能が高い彼だから気が付けたという話です。「リコリコ」の真島がバランスをとるために犯罪を犯すのとある意味では似ていました。

 なお、バタフライエフェクトをこの現象になぞらえていましたが、あれは「計算できない」影響の広がりの問題で、本作のような陰謀論とは相いれない気がします。


 後半はなぜ非科学的なスピリチュアルが流行するのか?問題ですね。

 東大病院の准教授だったと思いますが、突然死後の世界はあると言い出して世間を驚かせました。本作はそこからの発想でしょう。
 
 人間は死後は「無」になる。あるいは物質になり原子に帰ると考えて行くと、宇宙に寿命がある以上はいずれゼロになるというのは当たり前の話です。宇宙はないのに魂はあると考えるのは不自然ですよね?

 宗教が無くなり自分の存在の拠り所が無いと、人間は死に対して不安と恐怖を覚え、無になることを受け入れられない人は非常に多いのではないでしょうか。宗教の代替としてのスピリチュアルというのは極めて自然な発想だと思います。
 「攻殻機動隊」や「シリアルエクスペリメントレイン」などが有名ですが、ネットの世界というのは未知の世界です。人間的なものが情報として生きられるようなイメージは持ちやすいのではないでしょうか。その意味でAIを神とあがめる人も、SF的シミュレーションとしては自然かもしれません。

 その人間に内在する死の恐怖とスピリチュアルへの傾倒を良く描けていると思います。

 で、本筋がやっと進みましたね。そういう事ですか、という感じでした。となると、本作の行く末ですが、ヒューマノイドはなぜ必要だったか?と重なってくるのでしょうか?あと2話だと思いますがどうなるんでしょうか。楽しみです。{/netabare}


11話 1話完結のショートストーリーの方が面白いと思います。

{netabare} 1話完結の話を重ねてきただけに、本筋に違和感を感じてしまいます。再びコピー問題です。
 人間なら双子に置き換えれば分かりやすいかもしれませんが、環境により性格が変わる例といえばいいのでしょうか。

 テーマを掘り下げると深さはあるのでしょうが、本作の11話だけ見るとありきたりだし、メインのモブというべきヒロインの素性を今更説明しなくてもいいのに、と思わなくはないです。コピーのアイデンティティ問題は1話でやりましたし。
 ミニスカ看護士さん、バラバラの身体を組み立てるということは、ちょっと姉妹の関係に違いはありますが「ブラックジャック」のピノコといってもいいかもしれません。

 来週あたり最終回かもしれませんが、しかし、この作品はキャラの内面が弱いので、寓話というか未来の日本昔話として、1話完結なら優れた話なんですけど、メインの登場人物に感情移入できない弱さがあります。いまさら看護士さんの素性いる?という気はしました。母親がいる場所がアジア的なのでインドつながりで現地の状況の説明がしたいのかもしれませんが。

 キャラが弱いのは「蟲師」と同じ欠点ですね。「ブラックジャック」がいかに優れていたかが分かります。{/netabare}


 

投稿 : 2024/12/28
♥ : 19
ネタバレ

青龍 さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

人は何をもって同じ人といえるのか?(※本作のロボットと人権の関係についてを追記)

本作は、AIが人の知性を超え(いわゆるシンギュラリティ)、ロボット、人間、そして、その超高度AIによって人間をコピーして作られた人工知性体ヒューマノイドの3つの知性体が存在する近未来社会のお話。

ヒューマノイドを専門に治療する感情を表に出さない人間の医師(須藤光)と喜怒哀楽のはっきりしたヒューマノイドの看護師(樋口リサ)とが、須藤が経営する個人病院にくるヒューマノイドの患者を治療する個々のエピソードをオムニバス形式で繋いだ作品。これに加えて、人間を超えた存在ではなく人間そっくりに作られたヒューマノイドの存在の謎が作品全体を貫いている。

ヒューマノイドは、超高度AIが作成した人工知性体でありながら、人間のコピーであるため、はじめから不完全なものとして敢えて作られている。生殖能力はないものの({netabare}同性愛を含めた{/netabare})恋愛をするし、能力も超人的ではなく、歳を重ねて死亡もする。また、個体によっては、依存症や発達障害といった面まで再現されている。なんで、超高度AIは、そんな中途半端な存在が必要だと考えたのか?(下に考察アリ)

もっとも、ヒューマノイドに蓄積された記憶は、機械的なデータなので、記憶のコピー、消去、改ざんは、生身の人間より容易にできる。主人公は、ヒューマノイドの希望に沿って、時に違法とされるヒューマノイドのデータの調整をも厭わない闇医者という裏の顔も持つ(オムニバス形式ということもあり、本作が『ブラックジャック』っぽいと言われる由縁)。

単純にいえば、このヒューマノイドという設定の特性を活かして、「人間性とは何か?」、「心とは何か?」といったことをあぶりだそうとしている作品。

テーマ的には、アニメだと『NieR:Automata Ver1.1a』、『Vivy -Fluorite Eye's Song-』、『プラスティック・メモリーズ』が近いか。
ただ、作画において外国人が理解しにくいとされる顔の縦線や冷や汗といった漫画由来の表現がなく、設定が社会派のリアル寄りで、派手な戦闘シーンもないため、ゲームの『Detroit Become Human』が最も近いだろう。

したがって、『Detroit Become Human』が好きなら、本作もオススメできる。こういった硬派な内容や、作画の感じ、声優の抑揚を抑えた演技を含めて考えると日本より海外で評価されそうな作品だ。


【人格の同一性とは?】
本作を観るにあたっては、「人は何をもって同じ人といえるのか(人格の同一性)。」を考える必要があるだろう(例えば、クローンは元の人間と同じ人間なのか。クローンに元の人間の記憶を移植すれば元の人間と同じなのかなど)。

人格については、遺伝子が同じ一卵性双生児を生後まもなく別々の養父母の下で育てた事例などによって、遺伝という先天的な要素だけでなく、環境・経験など後天的にもたらされる影響の大きさは知られている。

したがって、人格の同一性にとって(この問題の正解はないと思うが)、その人がもつ個別の環境と経験に関する記憶が無視できないほど重要だとすると、記憶を消去したり、改ざんしたりすることは、記憶の連続性が失われた時点で、その人格の同一性が途切れることを意味する。

別の言い方をすれば、「その記憶の連続性を持った人格は死んだ」といえる(※失われた記憶の時間の長さは、理屈の上では関係ない。例えば、10年間の記憶を失った場合は、失う前と後で別人といえるだろう。自分の10年前と今を比較して同じように考えるか想定してみればわかるだろう。では、どれくらいの期間の記憶が失われていれば、別人といえるのだろうか。「男子、三日会わざれば刮目して見よ。」という三国志の呂蒙の故事成語があるくらいである。)。

また、他人が自分の知らない自分を知っている状況というのは、(思い出の共有ができないので)疎外感を受けやすい。自分の知っている記憶が周囲の状況と違えば、正に「浦島太郎」である。

この辺の話に興味があるなら、オススメ。


【作画、声優について】
本作の作画は、上で書いたように、外国人が理解しにくいとされる漫画由来の表現がなく(8話だけ日本語に特有とされるオノマトペ表現がある)、韓国の漫画に近い印象を受けた。また、声優の演技も抑揚を抑えたリアルに近いもの。

こういった特徴は、私の『チェンソーマン』のレビューでも書いたが、海外受けを意識して作られた可能性があるため、日本人受けはよろしくなさそうである。


【ヒューマノイドの存在理由を考察(ネタバレ有り)】
{netabare}本作の超高度AIが生み出したヒューマノイドは、人間をそのままコピーした不完全な代物。そんな不完全なものを生み出した理由はどのあたりにあるのでしょうか。

端的にいうなら、「人は似ていないと好きになれない」というリサのセリフになるのではないでしょうか。

本作に出てくるロボットは、超人的な能力を持っているので、そこに超高性能AIを搭載すれば、容易に人間を越える知能と能力を持った人間の上位種族といえるようなロボットを作ることができる。
しかし、そうすると、人間は、ロボットが仮に人と同じ外見をしていたとしても、信頼関係がないので、人と似ていない自分の生存を脅かす存在と認識して、ロボットに敵対心を持つことになる。

だから、ヒューマノイドには、人間の不完全さも再現して、人とロボットの信頼関係を醸成するための布石としたのではないでしょうか。

他方で、昔からAIが人間を超えてしまった場合、超高度AIは、生みの親ではあるものの、戦争を繰り返し、自分の生存環境を破壊していく、どうしようもない人間を見捨てるのではないかという議論もあるところです。本作でも、頭のおかしくなったとされるヒューマノイドが同様のことを言っています。、

そこで、超高度AIは、人がロボットとの共生を受け入れることを気長に待つのか、人を切り捨ててロボットだけで文明を先に進めるのか。主人公は、超高度AIからその辺りの判断材料にされているんじゃないでしょうか。{/netabare}


【本作のロボットと人権の関係についての考察(2023.11.28追加)】
もっと本作の人気が出て欲しい(続編が見たい)ので、作者の意図とは異なるかもしれないが、理解されていないと思われるところである「本作のロボットと人権の関係について」考察したいと思う。
※本作には、「人間」、見た目が人と異なる機械の「(産業用)ロボット」、見た目が人と同じ機械の「ヒューマノイド」の3種が存在する。

{netabare}本作のロボットは、人の労働を肩代わりする目的でつくられているため、労働基本権などの人権があるとブラックに扱えず使い勝手が悪くなり、そもそも人権が与えられることが想定されていない(本作の技術継承ロボットは滅茶苦茶火傷していた)。あくまで道具の延長だ。
また、外見や思考が人と類似していることが人権が与えられる上で重要だと思われるが、ロボットは、もっぱら特定の労働しかしないので、それに必要な能力や最低限のコミュニケーション能力があれば足り、必ずしも外見や思考を人間に似せる必要がない(例えば、本作の介護用ロボット)。
したがって、本作のロボットは、人権が与えられないように、あえて人と違うようにつくられていて、そこがヒューマノイドとの決定的な違いといえる(逆を言えば、人権が与えられるように人に似せて創られた存在がヒューマノイドだと推測できる。また、目を見れば人とヒューマノイドを見分けられるようにしたのは、ヒューマノイドの存在を人に認めさせるためだと推測できる。)。

日本人は、アニメなどの影響もありロボットに親近感をもっているため、ロボットに人権を与えることへの抵抗感が薄いのかもしれない(例えば、日本のアニメ『Vivy』では、アンドロイドにあっさり人権を認めているが、海外のゲーム『Detroit Become Human』では、アンドロイドが人権を求める運動を行っている。)。しかし、「人権とは、人が人であることに由来する」ため、本来、人でないものが人権を持つことは想定されていない(例えば、いくら知能が高く感情のある動物であっても人権はない。)。

だから、人でないものに人権が与えられるかどうかは、人が「人と同じ」だと思えるかが重要になってくる。それは、外見、身体能力、知能、感情の機微、共有する文化、お互いの信頼関係といった総合評価で、人と同じだと思えることが必要だろう(もっとも、「人権」と仰々しくいったものの、本作では「人がヒューマノイドを自分たちの仲間だと思える証」くらいの認識でいいかもしれない。)。

そこで、超高度AIは、機械なだけで他はほぼ人間と同じヒューマノイドを手始めに設計したと考えられる。(なお、ヒューマノイドが全人口の1割に抑えられている理由は、ヒューマノイドの割合が多すぎるとヒューマノイドが団結して人間と敵対したときに人間が脅威と感じるし、少なすぎても相互理解が進まないからだろう。これが超高度AIによってコントロールされないと、最悪の場合、両者で戦争状態になる。したがって、司法・立法・行政は、多数決では決定できず超高度AIが担っていると考えられるため、人やヒューマノイドに参政権はないと考えられる。)

つまり、人でないものに人権を与えるという人にとって一番ハードルが高いと思われるところを突破するためだけに創られたのが、本作の「ヒューマノイド」だと考えられる。

本作では、その超高度AIの目論見がある程度達成され、人間と同等の能力を持ったヒューマノイドまで人権が認められた社会とみるべきだろう。
そして、超高度AIは、人と人と同等の能力を持ったヒューマノイドとの共生を緩衝材として、最終的に「人間」と「超人間的能力を持ったヒューマノイド」が共生する社会を目指していると考えられる(この辺は、超高度AIの「自己改修計画」と関係がありそう。例えば、自分が生み出したより高度なAIに自己を改修させて進化し続けるなど。)。

どういうことかというと、アニメ内の文明は現在と大きく変わっていないが、仮に超高度AIが超人的能力を持った人工知性体を誕生させ、その知性体が文明の担い手となれば、地球上の文明自体は加速度的に進歩するだろう(この辺の話は、アニメ内でちょくちょく触れられているし、自分の頭を自己改造したヒューマノイドの話のところでも言及されているので、無関係とは思えない。)。
この人工知性体は、超高度AIによる「人の強制的な進化」ともいえるが、人自体は進化せず取り残されるので、既存の人をどうするかという問題が生じる。ただ、超高度AIは、生みの親である人間をないがしろにしないようプログラムされていると考えられるため、人という種族を保存しようと考えるだろう。

そこで、超高度AIは、「超人間的能力を持ったヒューマノイド」に人権を与えて、人間と共存させようとしていると考えられる。だが、この段階に来ると、人と同等のヒューマノイドという緩衝材を挟んだとしても、人は、自分たちよりずっと強く賢い存在に怯えることなく共存できるのかという問題が新たに生じることになる(アニメでは人と同等のヒューマノイドに対する偏見すら完全になくなっていない。ちなみに、人類の直接の先祖であるホモ・サピエンスは、知性や身体能力においてより優秀であったとされるネアンデルタール人を滅ぼしたらしい…)。結局、「愛(AI)」により両者は分かり合えるということでタイトル回収となるのだろうか?

また、あえて人間と同等のヒューマノイドを創るという手間をかけたことを考えると、人とヒューマノイドの共存が超高度AIが描く理想的な展開と思われる。しかし、他にも、既に停滞している文明の進歩を諦めてこのままの社会を維持する(ただ、人が人のままで進化しないと、いつか文明の発展が止まり衰退し始める)、人の能力に限界を感じ人間の記憶をコピーして全員超人的能力を持ったヒューマノイドに強制進化させるといったパターンも考えられる(記憶の連続性のみが人格の同一性にとって重要だと考えるのであれば、このような強制進化といった方法もありえることになる。)。

さて、どういった展開ないし結末になるのでしょうか。


なお、念のため付言しておきますが、あくまで原作は未読でアニメの内容から私が勝手に考察したことなので、これで確定だとかこれが正しいという趣旨ではありません。こういう風に考えられますよってことです。本作を観るにあたって参考にしてもらえれば幸いです。{/netabare}

投稿 : 2024/12/28
♥ : 5

66.6 3 医者で看護師なアニメランキング3位
モンスター娘のお医者さん(TVアニメ動画)

2020年夏アニメ
★★★★☆ 3.2 (195)
740人が棚に入れました
ここは魔族と人が共に暮らす街“リンド・ヴルム"。新米医師のグレン先生、今日もキワドイ診察中――!?マーメイドのエラを奥まで診察したりフレッシュゴーレムの太ももを縫合したりハーピーの産卵をお手伝いしたりドラゴンの鱗を隅々まで触診したり見た目も構造も性質も異なる彼女達を救うため、全力で診察しているだけなのに、なぜかいつもアブナイ♥雰囲気に……?でも大丈夫、100%医療行為だから問題なし!ラミア族の助手・サーフェの尻尾の締め付けに窒息しかける時もあるけれど、今日も診療所は開かれる!史上初!モンスター娘の生態に迫る、メディカルファンタジー開幕!!

声優・キャラクター
土岐隼一、大西沙織、ブリドカットセーラ恵美、藤井ゆきよ、嶋村侑

えたんだーる さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

モンスターが存在する世界で人間がモンスター専門の医者をやっているお話

問題は人とモンスターが共存するリンド・ヴルムでモンスター向けの診療所の医師を務めるグレン・リトバイトが若い男性で、その「モンスター」というのが看護師のサーフェも含めて女の子ばっかりというところ。

モンスター娘たちがグレンのことを好きになってしまい、見た目的には「モンスターによるハーレム」となってしまっているのが、とても世間におもねった感じになっています。そしてあくまでも「治療シーン」ということになっていますが、モンスター娘たちがあられもない声を上げてしまうあたりも…。

ですがグレンが治療したモンスター娘たちが後のエピソードでもサブキャラ的に活躍し、終盤のエピソードでは全員参加で総力を挙げてある人物の治療に力を尽くしていくシリーズ構成は決して悪くはないと思いました。終盤3話のエピソードまで付き合うと、人によってはある程度この作品の評価を変えるかもしれません。

作中の歴史では人間とモンスターとの間で大きな戦争があり、その後に訪れた戦後の平和のシンボルであるリンド・ヴルムの町の営みこそが本作品の主軸であろうと思うので、そういう「異世界日常系」の話と思うとけっこう楽しく視聴できました。

そういう意味では本作はまさに「モンスター娘のいる日常」であるという気がしますが、本作はそもそも人類とモンスターが敵対種族であったという歴史を背景に、グレンが医者となる前の幼少期を含んだサーフェとの関係や、t多種族の共生が進んだリンド・ヴルムの街の雰囲気などを楽しむ作品であったように思います。

ユルい雰囲気の中にもジワジワと楽しめる要素が侵食してくる感じで私はけっこう好きでした。ただ、世間での評価はあまり高くはなさそうだなあ…。

投稿 : 2024/12/28
♥ : 25

scandalsho さんの感想・評価

★★★★★ 5.0

単純な建て付けの物語だけど面白い!

原作未読。最終話まで視聴。

魔族と人間が共存する世界が舞台。
人間族のグレンはラミア族のサーフェと共に、魔族専門の診療所を営んでいる。

【単純な建て付け】
モンスター娘を治療する→『グレン先生好き!』→サーフェがヤキモチ

ひたすら、このパターンが繰り返される物語。

【だけど見ていて飽きない工夫】
登場するモンスター娘の症例が、それぞれの習性とマッチしていて、妙に納得がいく。

一見、ハーレム物なのに、グレン先生が治療に取り組む姿勢が真剣なので、とても好感が持てる。

登場するモンスター娘が、とにかく可愛い。
しかも、性格や口調を工夫して、多くの人がお気に入りのキャラクターと出会える。

【あとは余談ですが・・・】
私、爬虫類(特にヘビ)が苦手で・・・。
サーフェの尻尾のリアルな動きが、『うわぁ~』って・・・。
ほとんど『怖いもの見たさ』的な状況でした(笑)。

ただしこれは、逆に言えば作画の良さの証。
高評価です(笑)。

投稿 : 2024/12/28
♥ : 17

56.3 4 医者で看護師なアニメランキング4位
RAY THE ANIMATION(TVアニメ動画)

2006年春アニメ
★★★★☆ 3.3 (18)
131人が棚に入れました
闇の臓器密売組織に自らの両眼を奪われた主人公の少女・春日野零(かすがのれい)は、謎の男“B.J.”の手によって“物質を透視できる眼”(透視眼)を移植される。後に成長した零は医師となって透視眼の力を使い、常人には不可能な数々の難手術をこなす表の顔を持ちながら、闇の組織との暗闘を繰り広げる。

声優・キャラクター
野川さくら、高橋広樹、屋良有作、浪川大輔、本名陽子、宮崎羽衣、生天目仁美、河原木志穂、新井里美、久保田恵、堀江由衣、近江知永、山野井仁、大塚明夫
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