TAKARU1996 さんの感想・評価
5.0
We Are The (Odd) World
「羊の皮を被った狼」という言葉があります。
物事は見かけによらない事を唱えた慣用句で、古くは『新約聖書』のマタイ7章15節を起源と据えた、由緒正しき文言だそうです。
この遥か昔の厳しき時代から、人間は全ての事象を容易に分かった振りする行為程、愚かな事はないと伝えてきました。おばあちゃんをも超越させた昔昔の知恵袋。最早開闢の始祖レベルの処世術です。
当時、その事実を初めて知った僕は何だか妙に感心したのを憶えています。
へえ、そんな古くから大切な事を伝えていたんだなあ。騙されない為に、傷つかない為に、殺されない為に。狼の食餌から逃れられるよう心しておけ。
先人達もずっと同じ事を大事に大事に伝えてきたんだ。大切な教えってヤツは色褪せないんだなあって、のほほんぼんやりと考えていました。
でもね、物心ついてから思ったんですよ。感心している場合じゃねえぞって。他人事みたいにそ知らぬ振りしてんじゃねえぞって。その時確かに強く感じたんです。
『オッドタクシー』とは有体に申せば、そんな危機感による「想起」を僕等に植えつけてくるアニメと言えます。
『アクダマドライブ』程ではないにしても、テレビ東京以外ではAmazon Prime Videoでしか無料配信されていなかった(U-Nextでは有料配信)ので、初めてその名前を聞く人も多いんじゃないでしょうか。
『オッドタクシー』が凄まじいのは第1話を観て頂けると充分分かると思うんですが、恐らく観た方の誰もが口を揃えてこう語るでしょう。
本作は、此元和津也氏による「脚本」が兎角素晴らしい。
登場人物達が綴るセンスの塊会話劇に加えて「練馬区女子高生失踪事件」と言うサスペンス要素を取り入れ、先の展開を期待させる雰囲気構築が実に上手いです。
そして何より群像劇、会話劇、推理劇。どこへ着目してもお釣りの来る深みが齎されます。絶妙に上手くキャラが絡んでくる矢先、新しい関係を一部描写でチラッと人知れず提示してきます。掛け合いを聞いているだけでここまで面白可笑しく進行していくリアリスティックなアニメはあまり観た事がありません(映画やドラマなら結構あるんですがね)
特に「会話劇」が紡ぐ面白さってのは、アニメで初めて拝見出来たような気がするんです。聞いていて違和感のない、アニメだなあと良い意味で思わない台詞の数々、会話の節節。無駄にハイテンションだったり、話し合いに違和感を覚えたり、実際こんなヤツいねえだろと思わせてきたりするモノはどこにも居ません。皆が僕等の住む世界に人知れず居そうな。姿形が動物ってだけの、実に人間らしい奴ばかりが多く登場してくるんですね。
そしてその中でも際立っているのが「キレのある台詞」です。此元和津也氏が綴るキャラクターの口調は、その動物達が生きているように感じさせる程、人物を見事に上手く立たせています。
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「俺は質問されると選択肢が5つ位出てきて、その中からどれがベストか、そして誰も傷つけてないかを考えるから時間がかかるんだ。あんたは思いついた事を何も考えずにぱっと応えるから早いだろうけど」
「早速傷つけたじゃん」
「気持ちわりい。スタバで原稿って言う謎のクリエイターアピールも余計だし、面白い現場を見たのみならずそれをこんな端的に伝えちゃう私、マジセンスの塊っしょ!っていう隠しきれない自惚れ感も気持ちわりい」
「物凄い嫌悪感露わにするじゃん……」
『オッドタクシー』1話 小戸川・樺沢
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例を挙げるなら、第1話の小戸川と樺沢の会話……ファーストインプレッションが重要な物語において、捻くれたキャラクター性に溢れる主人公の魅力が存分に発揮されており、掛け合いの中で「この主人公は絶対好きになれるヤツだ」と、数分で確信出来ました。
しかしそもそもにして、名作を冠するに余りあるトップスタートだったと、今でも強く感じるんです。
不思議な悪夢を見て飛び起きたタクシードライバー、小戸川の描写から幕を開け、偶々つけたラジオではホモ・サピエンスってお笑い芸人がラジオで不満を綴る中、様々なキャラがしれっと登場。そして流れるミステリーキッスの『超常恋現象』と言う第1話冒頭の場面から、僕は既に惹き込まれていたと言えます。「このアニメ、本気で来てるな」と強く感じてから、小戸川と剛力の「ブルース・スプリングスティーン」が突入してきて、見事に笑ってしまったので、視聴継続を確定しました。
そして、そんなキャラ達が紡ぐやり取りの中で、1つの大きな軸となっているのが冒頭で語られる「練馬女子高生失踪事件」です。繋がりを推理する想像の面白みを与え、キャラクターそれぞれの行動原理も考えさせる奥深い構図と成っています。Youtubeにて投稿されたオーディオドラマも証拠に据えて、樺沢のTwitterなんかも見たりして、女子高生の行方と犯人を突き止めようと考察していく過程が堪らなく面白かった次第。リアルタイムで放送を追えた事に深く感謝したいなあと、深く思えた時間でした(因みにアニメ内だけでも証拠は揃っているので考察可能なり)
要するにこの『オッドタクシー』と言うアニメは、そういった「魅せ方」と言うのを心得ている製作陣のセンスの良さを、非常に色濃く感じるんですね。
特に脚本家もしくは物語を書く人に、特に観て欲しいアニメと言えます。気になっていた主要の伏線を全て回収する手際の良さは然る事ながら、その中に展開の盛り上がりを据えて丁寧な帰着、その後凄まじい引き際を見せつけて、先の行方を是が非でも観たくなる着地構成は、多くの方が参考にして欲しい名展開と化しました。
「会話劇」だけならただの色物コメディとなっていたかもしれない所に、物語性の基盤となる「群像推理劇」をもう1つの基軸に据えて。会話だけで面白くさせながら展開を進めていく脚本を、魅力溢れる動物が紡いで。キャッチーな魅力に溢れた演出や音楽で引っ張っていく、油断も隙もない作品です。
決して可愛い動物達が紡ぐ子供向けアニメなんかじゃない。令和を象徴する傑作アニメと全13話観終えた直後に確信出来た、大傑作のプロフェッショナルアニメでした。
最後まで観て思った事
{netabare}
そしてそう思ったからこそ、観ていく内にド嵌りしていく中で分かっていく1つの事実が恐ろしいんです。『オッドタクシー』が伝えてきたメッセージの恐ろしさに、視聴後の僕等は心底恐怖します。
可愛い動物達の会話劇で上手くコーティングされていますが、本作が紡いでいるのは「徹底的なリアリズム」です。
やっている事が兎角えげつない。本当に怖すぎる。これがアニマルチックに脚色されていなかったら、気持ち悪すぎて直視出来ない部分も多々あります。
描かれた自然主義の厳しさと、臭い物に蓋をした上で徹底的に隠蔽された煌びやかな理想。その圧倒的なギャップの落差に寒気がして「そうか、これが勧善懲悪では終わらない『現実』の奏でる怖ろしさなんだ」と、僕は甚く戦慄したんですよ。
だからこそね、僕等はね。『オッドタクシー』を観て「羊の皮を被った狼」ってヤツを心に留めておかなければいけないんです。騙されない為に、傷つかない為に、そして食べられない為に。それは寧ろコミュニケーションツールが発達しすぎた現代だからこそ、身に沁みておく必要があるんじゃないかと思うんです。
不条理な世界の隠蔽は未だ全てが解明された訳じゃなく、そこかしこにSNSでも掴めない「闇」が隠されています。いたいけな存在を狩り尽くしてしまう狼は、もしかすると貴方のすぐ近くにいるかもしれない。赤頭巾ちゃん気をつけて!と忠告しても遅い世界が、僕等の佇む世界かもしれない。
人間誰しも何かしら、多くのものを抱えている。
だから相手をわかった気になる事程、怖いものはないかもしれない。そいつが放つ行動が、もしかすると自分の運命すらも一変させてしまう、世に放ってはいけない類の産物と化すかもしれない。
最後まで狼たっぷりの世界。彼が「どちらまで?」と尋ねて向かう先は、果たして地獄か天国か?
行先不明。奇妙なタクシーが未だ動き続ける道の先に、僅かでも幸運が舞い降りてくる『理想』を思わざるを得ない。それが視聴後、僕が至った喪失感そのものなのでした。
{/netabare}
だからこれは「羊の皮を被った狼」
『オッドタクシー』を簡単に纏めるとするなら、これはそんな物語。文字通り、一生忘れられない物語です。
「何このアニメ、知らない」って思った迷い人の貴方、今からでも遅くありません、即刻観ましょう。孤独な街の片隅で車を走らせるタクシードライバー小戸川と、彼を取り巻く動物共の会話劇サスペンスに酔いしれましょう。
誰もが心に空虚感の中で交わされるやり取り、退屈凌ぎの群像劇も作中に彩を添えて、つまらん現実を刺激的に楽しませてくれました。練馬区女子高生失踪事件の犯人は誰か。考えながらオーディオドラマと合わせて視聴してみると、更に面白い事確実でしょう。
間違いなく、今期どころか今年のアニメを代表する作品です。多くの人に観て欲しいなあと感じた全話終了後の喪失感でした。
そしてどうか視聴の際は、覚悟を抱いてお臨み下さいますように。