武道でラノベ原作なおすすめアニメランキング 3

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70.7 1 武道でラノベ原作なアニメランキング1位
スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました(TVアニメ動画)

2021年春アニメ
★★★★☆ 3.3 (347)
1316人が棚に入れました
ごく普通のOL・相沢梓は働き過ぎが原因で過労死し、不老不死の魔女アズサとして異世界に転生した。前世での反省から、辺境の高原でのんびりスローライフを始めた彼女。スライムを倒して小銭を稼ぎ、魔女らしく薬を作って麓の村のお世話をする。あとはとくに何もしない。そんな暮らしを続けるうち彼女は「高原の魔女さま」と親しまれるようになっていた――。ところが300年後。スライムを倒し続けた経験値で、いつの間にやらレベル99=世界最強となってしまっていたアズサ。その噂は広まり、腕に自信のある冒険者はもちろん、決闘を挑んでくるドラゴン娘や、アズサを母と呼ぶ謎のモンスター娘まで押し掛けて来るようになってしまい――!?

声優・キャラクター
悠木碧、本渡楓、千本木彩花、田中美海、原田彩楓、沼倉愛美、和氣あず未、杉山里穂、田村ゆかり
ネタバレ

pister さんの感想・評価

★★★★★ 4.5

作者の地力が覗える

1話感想{netabare}
D&Dはよく覚えてないけど、T&Tでは明確に単純作業の繰り返しでは経験値は入らないと説明してたハズ。
一撃で倒せる蛇が無限に湧き出る穴を例に挙げてたと思うのだけど…詳しい方いらっしゃいませんか?
そりゃそうだ、経験値はあくまで冒険者の経験を数値化してるだけで熟練工の経験ではない。
攻撃ミスって反撃される可能性があるならまだしも、命中判定の無いT&Tでは妥当な判断かと。
で、この世界のスライム退治は危険を伴う行為(=冒険)だったのかい?というと…う~ん?
しかも倒したら魔法石に変わるって…今更って言われそうだけどアベル伝説設定もいい加減にしてくれないかな?とは思ったり。
ドラゴンもコロコロすると魔法石に変わるのかな?
更に300年の間に疫病の流行を食い止めたことがあるって…それシナリオ報酬入らないの?
ってか最初から不死者(イモータル)って…えええ。
そっちでは騒ぎにならなくてレベルMAXは騒ぎになるというのもよくワカラン。
このテの作品でよく思うのだけど、経験値減衰起きないんだ、それにしちゃあMAXレベルの必要経験値低すぎじゃね?エナドレ持ちは存在しないの?

と、ツッコミを入れたところで…ええ分かってますよ、そんなのナンセンスだって。
ただ気になるのは、それらを分かった上でパロディとして描いてるのか、天然で描いてるのか。
アリアハンでアバカムを覚えるのが元ネタだろうけど、例のコピペ(※)は知ってるのかどうか気になる。
前世は過労で死んだことになってるが、それはやりがいのある仕事だったのか、同じことの繰り返しでウンザリする仕事だったのか。
前者だったら未練があるだろうし、後者であるなら不老不死になって300年間スライム退治なんて前世と大して変わらない、いや前世より酷い地獄。
それが自覚できない主人公は知的障害なのかな?と思ってしまったり。
ぶっちゃけ「穴掘って埋める拷問を300年受けてたら、知らないうちにレベルMAXになってました」ってタイトルの方が個人的には惹かれたと思う。

実際人との接触は極力避けてたみたいだし、17歳の肉体でありながら恋話の一つも…無いの?
愛した相手が年老いて先立たれる物語なんてゴマンとあるハズで、まぁそれ言ったら退屈は死よりも苦痛って話もゴマンとあるハズで、そういうエピソードは…無いのかい?
あ、原作未読です。
確認のために視聴は続けるつもり、繰り返しになるけど「分かった上でのパロディ」と思えるなら良いんだけど、どうなんだろうねぇ?
前世でブラック企業勤めで精神が壊れたキチが転生先で人間性を取り戻す話──なら良いのだけど、キの字のウワゴトを聞かされるだけの作品が多いようなそうでないような。



ワカラン方は「小学校のとき、先生に知能に障害がある子のうちに遊びに行かされた」でググって。
事実かどうかは知らんが個人的にはウソっぽいなぁと思ってる。{/netabare}

2話感想{netabare}
う、うん?
スライムの精霊が何故人の姿?
頑張って好意的解釈すると…この世界は神様が実在してそれが人と同じ姿をしてるので、スライムの霊的上位存在も同じ様な法則が作用してる、とかか?
とはいえ、そうはいえ、生態や価値観は人間のそれとは大きくかけ離れてるモンじゃね?
親子の情があるとかセロリが嫌いとか、人間と同じ過ぎてなーんか違和感。
鳴いてるセミをパクっと食っちゃうとか、暗くてジメジメしてるところが好きとか、そういうの無いのん?
それこそ睡眠時間は要らないって種族が居てもいいワケで…。
モン娘系だとそういった人間とは違うギャップに拘るというか楽しむもので、それが2話段階では全く無くて肩透かし。
更には善なるスライムと悪のスライムが居るそうで…えええ、それ誰が決めたんだ?
えーっと、確か“神達に拾われた男”でも善人悪人判定装置みたいなのを疑問を挟むことなくシレっと出してて「ひえっ」と思ったことがあるのだけど、そういう所を気にする方のがおかしいのかなぁ?

まぁその、主人公は精神が壊れてて、異世界での生活で癒されてく話なのかなーと思ってたのだけど、親しくなるキャラが人外ばかりだと…その…“妖怪アパートの優雅な日常”みたいになりそうな危うさを感じる。
(人外の価値観を知る主人公は偉く、知らない一般人は愚かだという精神)
これを見てると途中で脱落しちゃった“くま熊ベアー”って結構マトモだったんじゃないか?と思い始めたりw


ところで余談、1話感想で触れたT&Tの続報?
同期別作品で「塔の攻略で外壁を登る」というネタがありまして、最近でも同じのがあった気がするのだけど思い出せない、何だっけ?
同時に元ネタも気になって「ドルアーガの塔のゲームブック(1986)かな?」と思って調べたら、そこで経験値無限稼ぎが出来るポイントがあって物議を醸したことがあったらしいことを知りました。
ああ、それがあったからT&Tのルールブック(1987)は口酸っぱく言明してたのかも?
ちなみに「不正をさせないシステムにのみこだわることは、読者への愚弄である」ということで落ち着いたみたいなんだけど、その結果現在はどうなったか見てみると…う~ん…。{/netabare}

5話までの感想{netabare}
3話、巨乳ドジで無駄にお色気を振り撒く手品先輩みたいなエルフが登場。
ライカ役の人はどう思ってるんだろうwと思ってたら…ん?

その栄養ドリンクって本当に栄養ドリンク!?

ああいう世界なら日本の栄養ドリンクなんかよりずっと効果の高い(ついでに依存度も高い)ヤツとかフツーに出回ってそうじゃない?
それこそ村民がそこらに生えてる大麻の葉っぱ咥えながら野良仕事してたり、村の片隅で老人が水パイプふかしててもおかしくないワケで、あの世界では確かに栄養ドリンクであっても現代日本に持って来たら法律に引っかかる成分が入ってそう。
先人が全年齢向けとしてそういった部分を伏せて作った作品ばかり見てて、それの発展系を書いたら伏せた部分に気付かず地雷踏みかけてる様な恐さを感じる。
…。
いや待て、もうちょい考えてみよう。
あやしいビタミン剤で一財を築き、一国の王と思われる魔王が直々に頼みに来るくらい。
しかも最後は自分を見捨てた祖国に税金払いたくないから亡命するって…。
これ、作者だかスタッフは分かっていながらしらばっくれて書いてる可能性って無いかな?

エルフ「ち、ちがう、これはただの栄養ドリンクじゃ」アズサ「ムスビうそをつけ」スラ双子「ギギギ…」ベル「くやしいのうくやしいのう」
なぁんて展開が来たら1周どころか何周も回って面白いけど、どうかなー?

ってことで4話飛ばして5話。
麻薬王が新たな阿片工場を作ろうと思ったが、お上に目を付けられると面倒なので目立たない物件を当たったら地元住民(幽霊)が反対して居座りをしたので、懇意の他国の軍(魔王)に頼んで排除しようとする。
が、殺すのは忍びないのでファミリーへの入団を誘い、そこで麻薬王も一肌抜く。
厳しい入団試験の末ファミリーの一員となった幽霊は、他の地元住民への説得役という形で働くことになりました、って話。
恐らくそんなに間違ってない。
暫くはファミリーのメンバーが増える話が続くのかな?
早く他のカルテルとの抗争に移って欲しいトコロだが…えっ、そんな作品じゃないって?まっさかぁ。
ガワを可愛らしいものに変えてるだけで中身はヤクザモノと変わらない気がする、なにより幽霊が任侠臭いのがまたなんとも…そのうち鉄砲玉役やりそう。
しかもこの回、新たな情報として魔王は祖国で農業を取り仕切ってることが判明。
こ、これは…魔族の領地でケシ畑(本編では婉曲表現するだろうが)を始める前フリだったりしない…かなぁ?
やっぱこれ分かっていながらしらばっくれて書いてないか?
違うのかなぁ…確認のために見続けるのか…。{/netabare}

7話までの感想{netabare}
地方の抗争を諌めた功績を買われ、大組織の魔族組の組長と盃を交わすこととなったアズサ組。
族上がりのロザリーはそんな祝典に着てく服が無いとして特攻服を誂ってもらう。
そして送迎用のリムジン(リヴァイアサン)に感動しつつ魔族組の屋敷へ到着。
顔も知らぬ組長はまさかの子供で、川谷拓三役のハルカラが無礼を働いてしまいケジメ案件へと発展。
「子分の不始末はワシの不始末じゃけぇ」とアズサは組長へ直談判に向かうがなんやかんやで決闘する羽目に。
そしてアズサが勝ったと思ったら組長は突如アニキとしてアズサを信奉し出す。
実は組長は幼少の頃から御曹司として傅かれ、叱ってくれる人が居ず、アズサがそれになってくれたとしてご満悦の様子。
かくしてハルカラの不祥事も不問となり、盃の儀は恙なく行われましたとさ、めでたしめでたし。

というのが6・7話の大まかな内容、多分そんなに間違ってない。
よくあるっちゃある内容ではあるけど、なんていうんだろう…狙ってなのか、意図せず娯楽として収斂が起きたのか、昭和時代のくっだらない邦画と根っこが同じに感じるんだよねぇ。
私もそんなに詳しくないんだけどさ、一番星とか実写コ-タローまかりとおるとか実写ドカベンとか、あそこら辺。
7話の変装して魔王の部屋へ入ろうとするシーンなんて、植木等なら「衛兵に変装を怪しまれる→探りを入れられる→すっとぼける」のやり取りだけでコントを数分続けたんじゃないかな?
なーんていう、共通点を見つけつつ現代版へのアレンジ具合に思いを馳せながら見ると結構面白い…かも。

ただ、そういうのを抜きに純粋にこの作品だけで見ると…どうなんだろう。
先の植木等の例の様に、昭和映画は「あのスター俳優が出てる」という付加価値ありきの作りなワケで、それが無いこの作品で同じ様なノリをやられても…どうしてもキャラが弱い様な?
各キャラの見せ場が弱いというか、特性を見せ付ける描写が弱いというか。
特に個人的にはスライム子の「スライムならではの特性」を生かしたエピソードが無いのが謎で仕方ない、北斗神拳はスライム関係無いし。
というか見せるチャンスはいくらでもあったのに、それをしないことに「なんで?」と疑問符が付く。
例えば5話でベルを召還した時、風呂に水が張ってあったのは畑に水を遣るためとのことだが、普通にスラ子の水浴び用ってことではアカンかったのか?
また6話で長く漬かると溶ける温泉のエピも、実際スラ子が溶けて大変だとなるがスライムだからへーきアハハで終わると思ったんだが…なんでやらないんだろう。
ベルもハエになれる特性は登場時のみだし、ロザリーが薬草の生えてる所を見つけてライカが小型化してこっそり取って来るというのも、別に幽霊やドラゴンでなくても出来る程度でしかない。
で、そんなキャラ推しが弱い中で魔族の送迎用リムジンの運転手に強く自己主張されても邪魔に感じてしまったり。
キャラを掘り下げるよりも次々登場させて畳み掛ける方向を目指してるのかな、そういうのってスマホゲーが原作のアニメだけで充分だと思うのだが…。
出揃うだけ出揃ったら掘り下げるのかなぁ?

ところで魔王が女の子でしたって件、もうそっちのが普通って感じで何も驚きはしないけど、このデザインはどこか見覚えがあるぞ?
何だっけー何だっけー?と暫く悩んだ末ようやく思い出した、“ドクロちゃん”のサバトだ。
で、サバトちゃんの方がずっとキャラが立ってたワケで、ここでもまた余計に「キャラ弱いなー」って印象が強まることに。
結局7話までの段階でキャラが立ってるのはハルカラくらいで、けどそれも手品先輩の延長って感じでしかないのがナンとも…。


と、文句めいたことを書いてしまったので褒める点。
“ゆるキャン”の松ぼっくりの「コンニチワ」演出…なんて言うん?マンガだと写植じゃなくて手書きでちょこっと書く程度のセリフやオノマトペをアニメで音声で囁くヤツ。
あれがこっちでも使われてて、それは結構好きだったり。
ゆるキャンが起源ってワケじゃないけどゆるキャンのヒットを受けて取り入れたんじゃないかな?
こういうのは他の作品でももっと使って欲しいトコロ、コメディ作品に限るけどねー。
…と思ってたら7話、家族愛としてのキスシ-ンで「ジュテーム」が飛び出してさすがに不意を突かれたw
上記の様に昭和時代の映画を思い浮かべながら見てたせいかエマニエル夫人が頭に浮かんで、本編とのギャップに妙な笑いがこみ上げて来ました。
やっぱスタッフはその頃の時代の作品を意識してないか?違うのか?

あ、そうだ、それと6話。
温泉シーンが作画崩壊してるという声をどこかで聞いたのだが、え、そうか?
まず入浴の前に、長く漬かると溶けるという説明を受けてハルカラが溶けた姿を想像するシーンがありまして、そこは多分“崖の上のポニョ”のパロをやっている。
で、そういう前振りがあった上での入浴シーン、ポニョっぽさを匂わせた崩した作画にすることで「やべぇ溶けかけてる溶けかけてるw」と視聴者に突っ込み(突っ込みが悪いってことではない。「志村後ろ後ろー」みたいな楽しみ方)を入れさせる意図だったんじゃないかなー?
意図的にそうしてるのを作画崩壊と言っちゃうのはどうなんだろう。
「折角の入浴シーンが崩した作画でケシカラン」って意味なら分かるけど…あっそういうこと?照れ隠しで紛らわしい言い方になってただけか?{/netabare}

8話感想{netabare}
冒頭から爆笑w
「最近肉食ってないから怒りっぽい」って、ヴィ…某団体に喧嘩売ってない?大丈夫か??
めっちゃ攻めるなぁww
ま、まぁ人間じゃなくてドラゴンだしねってことで逃げ道は用意してあるけど、「それも所詮言い訳なんですけどねー」と最後に舌を出すようなこともしてて、ホントまぁ攻めること。
というのもAパート最後、ドラゴン二匹が夜中に倉庫の肉を貪るワケだけど、本当にドラゴン(人外)として扱ってるなら「ドラゴンってこんな生態なのか」で終わると思うんだ。
せめて貯蔵庫漁るのはどっちか一匹にして、もう片方がそれを見て呆れる様にすれば「人間だドラゴンだ関係無くマナーに背くことをしてる」ということを飲み込みやすいのに“敢えて”それをしない。
わざわざ二匹に肉を貪らせてアズサが怒るオチにしたのは完全に人間扱いしてる前提になってて、先の「人間じゃなくてドラゴンだしね」の理屈がただの言い訳であると吐露しているとしか思えない。
…本当に敢えてなのか単に何も考えてないのか、ここの判断は迷うところではあるけどヒントというかガイドめいたものはあります。
エルフのハルカラは「肉調達にイノシシをコロコロしに行くぞ」と聞いて何もリアクション無いの?と、疑問抱かない?
現代のエルフの一般的なイメージってどんなだか私も分からないし作品ごとに好きにすりゃあいいけど、これといって説明が無いなら菜食主義者だろうと思ってて「あれ?」と引っかかりを覚える人はそれなりに居るんじゃないかな?
で、本編ではハルカラは途中まで画面に映さずにスルーしてたんだけどとうとうAパート後半、みんなで猪肉を囲むシーンを入れることになりまして。
そこでそれぞれ肉を口に運ぶカットがあったのだけど…ハルカラだけ、な、なんと酒を呷ってる絵で肉を食べていない(と、それを眺めるロザリー)。
その後“引き”の絵になるがハルカラの前の皿はオムレツに見える様なそうでない様な?
こういう細かい所に気を遣ってるのにはちょっとビックリ、それとも偶然?
やっぱスタッフ分かってるんじゃない?分かっていながらすっ呆けてる。
(これで次回ハルカラが肉を豪快に齧ってるシーンがあったりしたら、その時は爆笑しよう)

で、前回の感想で書いたスラ子がスライム(の精霊)ならではのエピが無いという点も含め思うことは、ファミリーに人外ばかりを集めておいて人外っぽさはかなり抑えている。
作品が作品ならそれこそ先述の「肉食ってなくてイラつくドラゴン」に向かってエルフが低俗だと詰(なじ)る展開があっても良いハズ。
異種族間交流がメインテーマじゃないと言われればそれまでだけど、この触れなさっぷりは意図的なものだと確信して良いんじゃないかな?
なーんてことを思ってたさなかのBパートですよw

高原の魔女のニセモノが出たそうで、やれ簀巻きだ道頓堀の水は冷たかろうだと物騒なことを言う手下をなだめつつ犯人を捜索することに。
って、いや待って。
アズサの面って一般人に割れてないの?
フラタ村の連中だけ?…ただでさえ普通の人間と距離を置いた感じだったのに、より一層それが強まった印象。
でもって聞き込みに向かった先でブレンドSごっこをして犯人の居場所を突き止め追い詰める。
どうしてこんなことをしたのか動機を聞いてみたらニセ魔女の願望は「知る人ぞ知る存在になりたい」「有名になりたい」の両立で、それは矛盾してるとライカが指摘。
それに対しアズサは人間は矛盾してる生き物だと説明するという展開で──。

ただの人間とは距離を置いてるクセに人外に人間の倫理を当てはめて家族ごっこをしてるアズサが一番矛盾してるってw

視聴者にそういう突っ込みを入れさせる狙いか?
ひょっとしてこの作品って、人間不信だけど人の温もりに飢えてるという、ヤマアラシのジレンマというか木枯らし紋次郎的なテーマが根底に流れてたりして?
もしくは不老不死を選んだ時点で腹を括ったとか、300年の間に親密になった人間に先立たれて辛い思いをして「もう人間とは親しくしない」と心に誓った出来事があったりして?
まさか今後そういう話をやる前フリか?
ホラ、さ、日常系のアニメでも後半妙にしんみり来る展開入れる作品ってあるじゃん?その可能性は…どうだろう?


それはそうと昭和時代の映画になぞらえた解釈の方だけど、これも相変わらず健在。
「ただの人間=カタギ」「人外=筋モノ」と捉えると、アズサが距離を置いてるのも妙に腑に落ちる。
で、ニセ魔女は「あっしもアズサの親分みてぇにヤクザになって一旗上げてぇんでい」って配役で、そういう話も昔よく見たぞw
大概はカタギがヤクザの道に入っちゃいけねぇと反対するもんなんだけど…ああ、この作品では既に詐欺前科持ち&身寄りナシって扱いなのね。
だからといってただの人間をファミリーに迎えるのはイヤなので、準構成員扱いということで落ち着きました、というオチ。
地元の不良が密造酒で小遣い稼ぎしてる感じかな、あまり派手にやるようならアガリを要求することになるとハルカラに釘を刺させてエンド。
ってか薬作るの好きだねぇこの作品w{/netabare}

9話感想{netabare}
朝起きたらファルファがスライムになっててさぁ大変、“元”に戻すため手がかりを持つ者を尋ね歩くって話なんだけど…ちょっと待てぇい!
「元」って、何?
スライムの精霊のファルファの本来の姿って、ヒトとスライムのどっちなんだ?
突然哲学めいた話題が飛び出して来て…すげぇなこの作品w
変身能力を持つ者が何度も変身してたらいつしか自分の姿を忘れちゃった、なーんて話ってよくあるじゃん?
何度もスライムならではの生態が描かれてないとは指摘したけど、こんな形で提示するとは…。

本編作中ではあたかも「本来の姿はヒトの形である」かのように振舞ってるけど、キャラクターがそう思ってるだけで事実かどうかはまた別問題。
ってかスタッフは言葉選びにかなり気を遣ってるだろw
「うわぁスライムになっちゃったー」であって「うわぁスライムに戻っちゃったー」とは頑なに言わせない。
実は私もこの回の感想の1行目を「スライムに“戻ってて”さぁ大変」と書きそうになったのをグっと堪えたんですよね、「元の姿のスライムに戻ってしまったので元の姿のヒトに戻す」だと変な文章になるので。
この違和感は問題提起・興味を引かせるための意図的なものだと思うんだけど、どうだろう?

例によってヒントはありまして…スライムの餌は土や雑草でも構わないらしいのだが、スライム姿のファルファへはどうあってもヒトの料理を与えるという、キャラの意固地さが覗える。
意固地さでいえば武道大会でベルが正体を現しても観客は誰も魔属だと疑わない。
これって「魔族が出場するなんてことはない」という先入観というか思い込みに支配されてて、この作品はそういう連中で形成されてると暗示してるようなそうでもないような?
そして魔法使いスライムや武道家スライムは「変化の術でヒトの姿になってるだけ」が示されてて、ファルファだけが例外というのはなかなか怪しい。
(ってか魔法使いスライムに診てもらうシーンで「そのスライムさんを元の姿に戻したいと?」ってセリフがあるんだけど、その後に「これが元の姿ですよ?」って言葉が続くんじゃないかとヒヤっとしたぞw)
最後の方、弟子入りを請うブッスラへ「究極奥義の無想転生は教えようとして教えられるものではない」とアズサは断るが、引き下がらないので仕方なく立ち合いをしたら、アズサの背負う究極の哀しみのオーラ(“強敵(とも)”の影)を察してブッスラはビビって諦める、多分そんなに間違ってない。
が、すぐに次に強かったベルへ弟子入り先を切り替えて~って展開でして…。
これって、スラ双子が2話で懐柔された出来事を知らないブッスラとしては、そんなに恐ろしいアズサに懐いてるのは不思議で仕方無いと思うのだが、「強いヤツに弟子入りする」が頭の中一杯でそんなことまで考えが回らない、というのを描いてるのでは?
つまりは視野狭窄・思い込みが強いことをここでも見せ付けてる…様な?

総じて、実はファルファの元(本来)の姿はヒトかスライムかはよく分かってなくて、だけど思い込みの激しいキャラ達はヒトだと信じて疑わない、という勘違い系コメディの回だったのでは?
という考察だか妄想。
「ファルファの正体は実はスライム」って前提で見るとまた違った趣が見えてくるというか…そういうのをスタッフ狙ったんじゃないのかなぁ?どうかなぁ?


それはそうとスライム化したファルファへ顔を突っ込むシーンが何度かあるが、ふとドラクエ8のぱふぱふ屋を思い出した。
ひょっとして「双子がこんな姿になっちゃってえぇ~」と勘違いしてハルカラの胸へ飛び込むネタが今後あったりして?そのための双子設定?

それと武道家が寝違いを治せるって理屈、「武道とはつまり体術、整体にも明るい」ってことなんだろうけど、ちょっと遠い様な?
ってか以前スライムの秘孔突いてたんだしシャルシャだけでも何とか出来そうなんだが…激震孔か刹活孔辺りを突いてさ、え、ダメ?{/netabare}

10話感想{netabare}
ずっとヒヤヒヤしっ放しでした、いい意味でw
同期に“オッドタクシー”をやってるせいってことじゃなく、昔からヤクザが歌手を目指すもなかなか芽の出ない女と付き合うようになって~って話は幾らでもあるじゃん?

例えば──
ククの歌に感動して同時に付き合い始めた下っ端ヤクザのフラットルテは「彼女を本気で支えてやりたいんだ」と足抜けを申し出て、兄貴分の哀川翔役のアズサは寂しく思いつつもそれを応援する。
そんな折ベル親分の口添えでククは大舞台に立たせてもらうこととなり、アズサとフラットルテは良かった良かったと目頭を熱くする。
が実はそれは泡に沈める前に商品価値を上げとくための計画で、それを知ったフラットルテは親分に直訴するが「ヤクザと付き合った時点でどうなるかは分かってただろ?」みたいなことを言われてもみ合いの末死亡、ククは予定通り泡風呂へ。
それを知った哀川翔は、舎弟の敵討ちと世話になった親分に歯向かうという仁義の板挟みの中、前者を選んでベルの屋敷に殴り込みに~…って話、あるじゃん?哀川翔かは知らんけど。
あ、ククは泡風呂へ落ちる前にハルカラにヤク中にさせられる、も忘れずに。
まぁ決して登場キャラ全員が幸せになる話ではない。

10話はそんな展開になるんじゃないか?と常時ヒヤヒヤで(まず有り得ないけど)、実際歌手の道を諦めて風俗で働くみたいなことも言ってて、そう考えちゃう様に…誘導してるだろ!やっぱ確信犯だろ!?
皆で歌を披露するシーンでは「男の~旅は一人旅~」や「男なら~闘うぅとき~が来るぅ~」と、とりわけ「男」を前面に推した演歌が飛び出したらどうしよう?と思ったよ。
さすがにそれは無かったけど、代わりとばかりにスラ双子の歌が「私とは何?」みたいな歌詞で…前回「元の姿はスライムかヒトかハッキリしてないのでは?」と疑問に思った私としては、やっぱそうか!と膝を叩くことにw
作ってる側やっぱ分かってるって、意図的だってww


更には別視点からの…これは全話見終わった後で総評で書こうと思ってたのだけど、それに係わるエピだったのでここで。
私の1話感想や2話感想を見れば分かる通り、序盤はかなり批判的に見てました。
単に私がこの作品の作風を掴めてなかっただけかも知れないけど、そうは言っても「良いスライム悪いスライム~」なんて今思い返してもはぁ?と言いたくなる。
つまり途中からガラっと作風が変わった感じで、じゃあどうして変わったのか?を考えたら…あ!、これってなろう作品なんだよね?
ひょっとして、「なろうで始めるにはとにかく最初は閲覧数を稼がなきゃお話にならない」と、信念や拘りを捨ててなろうに媚びへつらった作りを目指した、タイトルも含めて、だったりして?
で、ある程度固定客を掴んでからはそういった忖度は辞めて自由に書く様になった、とか。
或いは一発ネタを思いついて、だけど所詮は一発ネタなのですぐにネタが尽きて、どうしようどうしようとなって昭和作品を参考にし出した、とか?

キン肉マンの序盤も序盤はへっぽこヒーローモノだったのがプロレス勝負に転向したり、遊戯王がいろんなゲームに纏わる悲喜こもごもだったのがカードゲーム一本へ転向したり等、途中から方針がガラっと変わるケースは無いワケではない。
これもそれなのでは?
不老不死のせいで周囲や親しい人が年老いてく中自分だけ取り残される悲哀だとか、レベル99と言ったっていつキャップ開放されるか分かったモンじゃない不安とか、転生者は他にも居るんじゃないかとか、序盤で提示したからには「あっても良さそうな重たい展開」はぜ~んぶ放棄して、それこそ序盤の設定は無くても構わないレベルの話が中盤以降展開されてる。
実際中盤以降の展開を、きららだかそこら辺で新スタートした方がもっと広く受け入れられたんじゃないか?とさえ思ってたり。
1クール作品のアニメくらい最初から最後までテーマを一貫しろって意見も分からんでもないけど、原作からそうであるならまぁ仕方無いかなぁ、とも。

そう妄想してたところでの10話ですよ。
風刺というか暗喩というか…それらを飛び越してかなり直截に作者の叫びをぶつけてないか?
ヘビメタに拘ってたククは鳴かず飛ばずの泡沫ラノベ作家(失礼)の作者そのもので、「どうだ素人のフラットルテ様でもこれくらい演奏出来ちゃうのだ」とダメ出ししたフラットルテは素人出でヒットを飛ばしたなろう作家。
「わかりやすい歌詞」は「なろうに媚びた設定」で、最後の方の「お前は世の中の流行に合わせられるほど賢くはない、賢かったらもっと前から売れている」は…もう、作者の自虐というか戒めとして言い聞かせてるんじゃないか?
なんかすっごい被るんですけど!?
実際作者のwiki見りゃ分かるけど結構暗中模索してるみたい、決して素人じゃないし素地はあるみたい。
え~っと“こみっくがーるず”の爆乳姫子先生のエピソ-ドで「本来描きたいジャンルは別にあるのにエロマンガがヒットしちゃってさてどう気持ちの整理をしよう」ってやつがあったのを思い出した。
なんかあのエピソードとこっちの10話は同じテーマを描いてる気がする、作家の苦悩が滲み出てるというか。
特にこっちは「知り合いの作家がモデル」ではなく作者本人の身の上と被るというか…。

果たしてこの作品がアニメ化までなって作者は嬉しいのだろうか?この作品は本来書きたかった作品なのか?
これが代表作と言われて作者は本意なのか不本意なのか?、気になるなぁww
サイン会とかで「スライム倒して~を読んで先生のファンになりました!他の作品も読みましたがスライム倒して~が一番面白いです!!」とファンから言われたら、作者は表情を曇らせながら「あ、どうも」と力なく返しそう。
え、そこまで未熟じゃない?達観してる?
もし達観してるならもうちょっと遠回しに描いたんじゃないかなー?どうかなー?{/netabare}

12話までの感想{netabare}
11話…とその前に。
何話くらいでだったかな、某所の感想で「ハルカラはキャラが立ちすぎててあんまり前に出すと他のキャラ食っちゃうので、作者も扱いには苦労してる(のではなかろうか)」みたいなのを目にしました。
確かにハルカラは別作品なら手品先輩で主役張れるキャラで、逆に言えばコイツを使えば「騒動」を起こすのが楽チンという便利なポジション。
どうやってハルカラを出しゃばらせない様に抑え込んでるか?に注目しながら見てみると、また新しい発見があるかも?

ということに留意しながらの11話、早速ハルカラの手違いでアズサが毒キノコを誤食して解毒薬を求めて東奔西走するって話。
いやぁ~、ハルカラ便利だなぁw
解毒薬は富士山の山頂にあるとのこと、但しリムジン(リヴァイアサン)やセダン(ドラゴン)では7合目までが限界なので徒歩でせっせと登ることになるが、実は4WD(ワイバーン)なら頂上まで楽々行けたというオチ。
更にその薬は魔王城にも納品されてるそうで…いわゆる青い鳥オチを被せる。
ペコラが意図的にすっ呆けて登山という名目でリムジン運転手に旅行をプレゼントした、ということだったが──。
ここは市場のヤクの流通を把握してなかったハルカラが責められる展開も有り得たんじゃないかな、それだとさすがにハルカラが前に出すぎると判断して避けたのかも?

というか、さ、「若返りの薬」は果たして毒か否か?って、これまた哲学めいたことやってないか?
あくまで若返ったのではなく「ノームの様に小さくなる」とは言い張ってるけど、扱いとしては若返りだよなぁw
また子供になっちゃうネタは他の作品でもよくあるけど、精神まで幼くなる気持ちの悪い展開にはならなくて良かった良かった。
で、精神は幼くならず相応のままではあるんだけど…ハテ?300年生きてるアズサの「年相応」って何!?という、やっぱり哲学がががw
羞恥心はあるみたいで、300年生きててそうなるのかなぁ?けど肉体が17歳のままだったらそうなのかなぁ?と、考え出したら夜も眠れない。


でもって12話、ナルホドそう来たかー。
これまでに登場したキャラ勢揃いの、いかにも最終回らしい「今までのまとめ」的な内容で…。
最初の頃はなろうに媚びたアレな作品だったのが途中から様変わりしたワケだけど、そのままおさらいするとまとまりが無くなっちゃうと思ったのか、最終回はどちらかというと序盤の頃のなろう媚び時代に寄せた感じでした。
まぁつまり「う~ん…」って感じ。
だってねぇ、これまでのノリなら、祭でアズサ組がテキ屋を出す話なので、アズサ組のことをよく知らんモグリに「おうおう、お前ぇ誰に断って勝手に店開いてんだ?」とイチャモン付けられる話になったんじゃないかなー?
またはアズサ屋が大繁盛すぎて、閑古鳥の他のテキ屋から恨みを買うとか。
組長の親分(ペコラ)がやってきて親密そうに接してるのを見て、分かるヤツだけ「コイツに手を出したらヤバイ」と慄くとか…無いのか。

特に気になったのはメイド服のライカを、描写からは全くそんな気配がしないのにモブがしきりに「尊い尊い」と口だけ言って「そういうことだと解釈しろ」と視聴者に押し付けるヤツ。
作劇としては下の下。
しかもその後リムジンの運転手まで手伝うことになるせいで…こいつらの方が本職中の本職、国のトップや国賓を相手に給仕をしてるハズで、それに比べりゃライカなんて路傍の石と化すんじゃねーの?とどうしても思ってしまう。
なーんか全話通してもライカはお嬢様的ポジになり切れてなかった気がする。
結局ハルカラ以外はキャラが弱いことをまざまざと見せ付けられちゃったかなぁ?

けど良いんです、全話のおさらいとして序盤のノリを復活せざるを得なかったと思えば気にならない範囲。
まぁあれだ、普段企画書から外れて好き勝手に作ってるのに、上司が視察に来た時だけ企画通りに作る作業現場、みたいな。
いかりやが後ろ向いてる時はダラけてて振り返ると真面目に働くフリをするドリフのコント的な…そこまで考えちゃうのは私が昭和ネタに囚われすぎてる?

気がかりなのは1話と最終話だけ試しで見て「あ、この作品ってこういうのね」と早合点されてしまう可能性…え、そういう人は1話で見切り付けてる?{/netabare}


総評{netabare}
序盤なろうに媚びまくりの呆れた設定だったけど、途中から激変して滅茶苦茶面白くなる。
何話くらいから変わったのかなぁ?と考えてみると──
3話のハルカラ登場回自体は催淫効果のあるキノコ誤食が「あーはいはい」って感じでそこまででもない。
5話の地元住民説得と6話の盃の件で「あれ、ひょっとして?」と思わせてからの7話の「ジュテーム」が決定打だった…のかな?
ここら辺の私の感想の移り変わりっぷりは各話感想を見てもらえればよーく分かるかと、長くて申し訳ないケド。

9話でスラ双子の「元の姿」って何よ?と疑問を抱かせて10話挿入歌でさり気なく落とすのはもはや芸術的にすら思えるw
ファルファとシャルシャは少女のマスクを剥がすと天地茂と北大路欣也が出てくる、そうに違いない。
ここでようやく作者の経歴を調べて、紆余曲折あって今に至るということを知りました。
昭和映画を現代向け&萌え化してるのではないか?という疑いも、疑いじゃなくて意図的にやってる可能性が濃厚かと、知ってるでしょーこれだけの人なら。
で10話は「本来自分が書きたいジャンルじゃないけどウケるために嫌々やってるんだ」という作者の胸の内の吐露かな?と視聴直後は思ったが、時間を置いたら「タネ明かしだったのかも知れない」と解釈してます。

総評としては、なろう媚びのバカバカ設定でも地力のある人が調理すりゃ絶品になるという、こちらもいい勉強になった素晴らしい作品でした。
「何も考えずに~」みたいのはこの作品に限らずよく聞く言葉だけど、だからといって作ってる側まで何も考えてないワケではない。
視聴者に考えさせない様にする仕掛けが施されてるはずで、そこを考察するのもまた楽しみ方としてはアリかなぁ、と。
で、この作品は考察(という名の妄想)が捗る、言い方変えりゃ考察し甲斐のある懐の深さがありました。
ジャンルというか雰囲気としては“バミューダトライアングル”が近いかな?
個人的にはかなり上位の誉め言葉なんだけど、バミューダ~の良さを上手く説明できない文章力の無さがもどかしい。
作品によっちゃあ考察するだけ空しくなるモノもあったりするので、今後比較用にこの作品を挙げることが…あるかも?

しっかしこういう作品があるとにわかに1話切りできなくなっちゃうなぁ…それはそれでキツいんだが…。{/netabare}

投稿 : 2024/11/16
♥ : 16

nyaro さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8

豊作の2021年春に埋もれて過小評価してました。

 内容は語るほどではないですが、スローライフと悪意の無さの中に適度なキャラ萌えがあるという感じで、癒し成分としてはなかなか秀逸でした。

 本作の異世界スローライフという点に関して再評価すると

①萌え度がほどほどで過度にエロがない。
②緩くて争いがあっても死なねーだろうなあという安心感がある。
③新キャラ登場時に敵意とか事件があって適度に起伏があって面白さもある。
④家の感じとか生活水準がちょうど憧れられる水準になっている。
⑤例の「クモ」で悠木碧さんの声にちょっと飽きていたが、今聞くと良い。
⑥私ごとですが、コロナでアニメを久しぶりに集中して見始めた時期で、異世界スローライフものの見方の作法がわからなかった。
などです。

 2021年春って、オッドタクシー、Vivy、聖女の力は、SSSSダイナマン、シャドーハウス、長瀞さん、スーパーカブ…等々非常に豊作でしたから、本作について過小評価してましたね。この期は再評価したほうが良さそうな作品が多い気がします。
 86、ゴジラ、ヒゲを剃る、リベンジャーズに前述のクモもありました。

 映画はポンポさんにハサウエイ、シドニアのあいつむぐほしでした。2018年以来の稀に見る豊作だと思います。逆に相対的にいえば不幸な作品も多い気がします。

 本作は面白かったです。




以下 視聴時のレビューです。

マンガ版は既刊分まで読了、ラノベ版は未読。

 マンガ版はまったく話は面白くない。「なんだよ、これ」といいながら、しかしなぜか切れない。結局文句を言いながら読み続けてます。

 アニメも同様。正直、つまらないです。

 女の子が特別可愛いというわけでもなく、ヌルヌル動くわけでもなく、音楽が優れている訳でもなく、特に声優はまったくイメージが合わない。だから多分評価は低いと思います。

 それでも、なぜか、見続けるのはなぜなんだろう?という作品です。2期が来ても不思議ではないです。癒し成分が多いのでしょうか。


 5話でさすがに、見続けるのがきつくなってきました。心がつかれたら、また、見ます。視聴断念です。

 ただ、最後に。良く見たら作画は結構良かったですね。印象で低評価つけてすみませんでした。

投稿 : 2024/11/16
♥ : 17

えたんだーる さんの感想・評価

★★★★★ 4.3

昭和のホームドラマもしくはシリアスなしのUQ HOLDER(ただし男はいません)

イメージされるのは『寺内貫太郎一家』とかそういう奴?
(↑古すぎてメインのあにこれ会員は誰も知らない(笑)。)

高原の魔女アズサのファミリーと、その友人・知人によるホームコメディー的なストーリーです。

設定やキャラの把握に冒頭2~3話使った後は、ひたすら「あってもなくてもいいような話」をダラダラと連ねていくスタイル。もちろん基本的に各話完結で前後編は1回だけでしたか? 伏線とかも難しく考える要素がありません。

シリーズ通じてのちゃんとしたストーリーみたいなのは特にないんですが、単話でのメリハリという点では高得点を付けて良い作品だと思います。毎回ぼーっと観てて、めっちゃ笑って、いつの間にか終わる(笑)。

以前の回のゲストキャラが再度出てくることもありますが、そのキャラが出てくる回を見損ねていたからといって特にストーリーがわからなくなるといったようなこともない平坦な異世界日常系アニメとなっています。

メインキャラは不老不死もしくは長寿というのも、本作の特徴になっていますね。見かけ通りの年齢ではないキャラばっかり。


アズサは無敵だけど身の回りの平穏維持にしかその能力を発揮することはなく、たぶんファミリーの財力もおよそ個人レベルではあるはずもなく、地元の伝統的なはずのお祭りよりもアズサは長生きしているといった、ある意味アホに徹したようなお話ですけど原作者の森田季節先生は京大卒でいらっしゃるらしいですよ。

近所のおっちゃんのちょっと盛った小話レベルでも、頭のええ人の手にかかるとめっちゃおもろいんですわ…。

しかもたぶんアニメ制作スタッフも、そういう話とキッチリ割り切って真面目にコメディ作品として作ってるんでしょうね。


余談: このアニメには「エフェクトボイス: 中村 桜」という謎のキャスティングがあります。特にコミカルな描写においてSE(効果音)を声優が演じる場面があるのですが、これが実に良い仕事をしているんですね!

ある意味、このアニメのストロングポイントといえるかもしれません。

投稿 : 2024/11/16
♥ : 35

70.6 2 武道でラノベ原作なアニメランキング2位
ツルネ ―風舞高校弓道部―(TVアニメ動画)

2018年秋アニメ
★★★★☆ 3.5 (262)
1054人が棚に入れました
「弦音」=ツルネ。矢を放ったときに鳴る弦の音。射手にとって美しい弦音を響かせることは喜びであり、その美しい音は人の心をとらえて離さない。同一人物が、同じ道具を使ったとしても同じ弦音を発することはできず、まさに一期一会。一射一射が、一生に一度の<出会い>と<別れ>である。鳴宮湊にとって、弦音が全ての<出会い>の始まりとなった……。果てのない弓の道を歩み始めるのは、若葉のように瑞々しい高校1年生の少年たち。彼らは弓道を通して一生に一度、かけがえのない経験をし、<仲間>を手に入れていく。

声優・キャラクター
上村祐翔、市川蒼、鈴木崚汰、矢野奨吾、石川界人、浅沼晋太郎、小野賢章
ネタバレ

ぺー さんの感想・評価

★★★★☆ 3.6

弓道を求道するに能はず

2019.01.26記


原作未読 全13話


『進撃の巨人3期』⇒『ツルネ』⇒『ピアノの森』と連なるNHKアニメ放送リレー。
進撃の頃から災害報道・選挙特番といった公共放送らしい理由による放送回スキップの影響で、2018年10月22日 - 2019年1月21日と中途半端な日程での放送となりました。進撃観てなきゃ危うく見逃しちゃいますよ。一方で一通り他作品が終了してからクライマックスを迎えるのは悪いことではないかもしれません。


出身の高校に弓道部があったり、家内も高校では弓道部だったりとそれなりの縁を感じたことが視聴動機。なにより袴姿というものは美しい。

弓を引いた時の音“弦音(つるね)”を聞いて弓道を始めた少年が、中学時代に“早気(はやけ)”イップスの一種に罹り一時期は弓を置いてしまう。そんな青年鳴宮湊が、新設の弓道部の仲間たちと再生を図っていく友情物語です。

言うほど京アニ制作はトリガーにはなりませんでした。むしろ男子5人組が主軸で、武道を扱って『Free!』みたいなのを見せられたら敵わんな・・・という不安が強かったと思います。
どういうことかというと、男子同士のあっさりとした友情物語と、心・技・体の一致を目途とした武道の世界との相性の悪さを気にしてたのです。もちろん京アニが自身の過去作をトレースせずに、ユルめの友情物語とは一線を画す物語を製作するという選択もできたと思いますが・・・

その不安は的中します。

なお作品自体は“不可”ではありません。
・マイナースポーツを扱っている。ルール説明があり競技の理解に繋がっている。
・所作や型は綺麗。動作の前後含めて弓を引く姿に違和感がなくリアリティが保たれている。このへんはさすが京アニといえる。
・締めも前向きさを感じさせる良い纏め方。
小さく纏まった感じでした。実力者京アニが弓道をそれなりに取材をして持ってる引き出しを流用しただけ、といったところでしょうか。“型”を突き詰めた描写がないことで競技の根っこの部分が最後まで伝わらず、無難過ぎて“弓道である意味”を見出せませんでした。素材の物珍しさで興味を引いたはずなのにもったいないという印象です。


“弓道である意味”を作品に期待することは求め過ぎでしょうか?

武道(柔道、空手道、剣道、相撲、弓道、合気道、なぎなた)に共通するのは、単に技術を磨くだけでなく、人としての成長をめざすことにあります。“競技の勝敗だけではないよね~”自分が武道をしていなくても広く日本人に共有されてる概念になるでしょう。
なかでも弓道は相手との接触がなく、より自分の内面と向き合うことでの心の在り方に重きを置いてます。ここで見せられるはずだった凄味が決定的に足りない。具体的には、
1.弓道と一体化したようなキャラが不在
2.鍛錬している姿が欲しかったなぁ

Mr.弓道みたいな弓道と一体化したような超越キャラがいても良かったのに。候補となる藤原愁はそれに及びませんでした。{netabare}幼少期の湊との関係が伏線にはなってたものの、{/netabare}強さの源泉に触れる描写はなかったと思います。マサさんも初登場が悪くはないんですが、{netabare}主人公そっちのけで葛藤するキャラと化し、それが物語の肝だったりするためツッコむのも無粋な話と理解しつつ、{/netabare}もっと超然としていてほしかったなと思います。佇まいだけなら桐先高校の主将さんはいい雰囲気でしたね。むしろご老体3人組が最も具現化されていて、なんだかなぁといった感じでした。

鍛錬している姿も同様です。人間関係に重きを置き過ぎておざなりになっていた領域でした。
{netabare}部に入る入らない、弓道するしない、反目するしないの群像劇をやってるうちに6話から大会が開始して・・・{/netabare} 競技の魅力を伝える暇がありませんでした。競技の難しさを早気という素材を通じて訴えかけてくるものはあったものの、いかんせん“足りない”のです。


先入観が邪魔してる可能性はあります。ここまで全て、私の武道への期待値に対して“足りない”といっただけの話です。気にしなければ気にならないでしょう。
朝青竜の勝ち名乗り後の雄叫びや、柔道国際大会で優勝した日本人選手のガッツポーズやくだけたインタビューにひっかかりを感じなければ、全くの杞憂かと思います。繰り返しますが、全13話。ほどよく纏まっている佳作ではあります。

なまじクライマックスの攻防が良いだけに、そこまでの段階の踏み方に素材(弓道)を活かしきって欲しかった。
細かいところでは、小野木海斗のイライラ設定も底が浅いし、千一・万次兄弟も高校部活ではあるまじき悪態のつきっぷりと、武道を嗜む者のメンテリティとして私にとってはそうとう違和感があったのは事実です。キャラの良し悪しというよりも、「これだったら別に他のスポーツ例えば水泳でもいいじゃない」ってことなんだと思います。


会場に日本人が入ると空気が変わる。国際大会で畏敬の念を持たれる存在。それが柔道における日本人である。こう喝破したのはスポーツライターの金子達仁氏でした。
諸説あるものの、スポーツマンシップを超えた柔道家としての矜持あればこそ、ラシュワンは山下の右足を執拗に攻めることはしなかったのです。
競技は違えど、〇〇道と名のつくものに通じる精神の一端でも垣間見えればまた違った見方もできたでしょう。取材はしたけど表層しか見てなかったのか、またはエンタメする上で敢えて削ぎ落としたのかはわかりません。
道場に飾ってあった『礼記射義』に触れてくれても良かったのに。

なんか悔しい。もったいない。

実力者こそチャレンジャーでいてほしいと思う次第です。
期待の裏返しってやつですね。ちょっと概念的な感想でしたが読んでくれてありがとうございます。



※以下おまけ

■そっち方面に振り切っても良かったのに
弓道部の多くは先輩が後輩を一人面倒を見る“師弟子制度”を導入しています。新設で同級生同士の風舞高校は厳しいとしても、伝統校桐先高校では導入してても良かったのにそういった描写はありませんでした。
どうせ作風から腐だ腐だBLだ!言われるんだったら、そっち方面に振り切る材料があったのですが、さすがにそれはやり過ぎ?

■モブ?
白菊さん。
{netabare}下僕Tシャツの男どもへの頼み方が板につき過ぎてたり、大会での全外しや、不遇の女子部員のなかでは印象に残るキャラクターさんでした。{/netabare}

■弓道キャラさん
そういえば弓道部キャラって女子のイメージが強いですね。静謐さだったり凛とした強さを備えた子って感じ。

{netabare}『艦隊これくしょん -艦これ-』加賀、赤城
『アイドルマスターシンデレラガールズ』水野翠
『ラブライブ!』園田海未
『ちはやふる』大江奏(仮){/netabare}



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2019.07.03追記
《配点を修正》



視聴時期:2018年秋期(ややズレありのリアタイ視聴)

そういえばNHK放送リレーは『ピアノの森』⇒『進撃の巨人3期の後半』の進撃全10話をもって通常スケジュールに戻りそう。

投稿 : 2024/11/16
♥ : 51
ネタバレ

フィリップ さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5

弓道の所作や音、放たれる矢の美しさ

アニメーション制作 : 京都アニメーション
監督:山村卓也、シリーズ構成 : 横手美智子
キャラクターデザイン:門脇未来、総作画監督 : 丸木宣明
原作;綾乃ことこ

凛とした佇まい。
弓をゆっくり引いていくときの緊張。
矢を放つときの解放感、そして弦の音。
弓道という私にとっての未知の世界。
一連の動作には武道としての美しさがある。

弓を引いたときにタメが利かず、すぐに離してしまう
弓道ならではの「早気」という症状。
そんな心の問題によって弓道を諦めてしまった主人公が、
再び弓の世界に戻り、指導者の滝川雅貴や
仲間とともに競技を通じて自分を取り戻してしていくストーリー。
自社でアニメ化作品の原作を募集して文庫化する
京都アニメーション大賞の第7回小説部門審査員特別賞受賞作。

序盤の展開には引き付けられるものがあった。
弓を引いて矢を放つときの弦音(つるね)に魅せられ、
弓道を始めた鳴宮湊が早気にかかってしまい、
苦悩するところから物語がスタートする。
ある日の夜、近所にある弓道場で美しい射(しゃ)を
見た湊は、そこにいた滝川雅貴とともに
風舞高校の弓道部で再び弓を引くことになる。

弓道を行うときの所作がとても丁寧に再現されていて、
新鮮に感じた。私は弓道についての知識は
全くないが、一連の動きは美しい。
動画などを使用して、忠実に動きを作ったのだろう。
アニメならではの正面から矢が放たれた絵や
矢の回転などの動きには魅せられた。
カメラも多彩に動き3Dならではの楽しみがあったと思う。

ただ、物語全体を見渡してみると、散漫だったのは否めない。
{netabare}湊の早気の克服、海斗という異端と部活としての団結、
静弥のわだかまり、藤原愁との約束、
雅貴の祖父への復讐などがバラバラに感じられ、
なぜか1本の物語として感じられなかった。{/netabare}
原因のひとつとして考えられるのが、
弓道としての技術的なポイントや心構え、
面白さが物語のなかできちんと活かしきれていないことだ。
色々な問題の解決が、弓道とつながっているように感じられない。
この物語は湊の早気がひとつの根幹にあるのだが、
それが、あやふやな形で解消されるため、
どこに視点を定めて観ていけば良いのかよく分からない。
男性部員5名と雅貴との関係性がいちばんの見どころとして
ストーリーを展開したつもりだろうが、
私にとってはリアリティを感じることができなかった。

また、キャラクターの造形の浅薄さも気になった。
特に海斗という人物像だが、私はこのキャラクター自体には
リアリティがあると思っている。
というのも、ごく身近に性格の近い友人がいたからだ。
ただ、このタイプのキャラクターが現実に生きていくためには、
周りに対する気配りや自分に対しての厳しさを
普通の人以上にしっかりと持ち合わせていないと、
その性格を全うしていくことなど不可能なのだ。
それをやっていても、一部の人々からは大きな反感を買ってしまう。
私は海斗が他人にばかり厳しく、自分には甘いところから、
ただの記号的な人物にしか思えなかった。

そして、おそらく多くの人が感じているだろうが、
双子が意味もなく風舞の部員に嫌がらせをしてくる
あり得ない展開は必要なかった。
しかも彼らは強豪校のレギュラー。
昔からの知り合いならまだしも、
初対面の弱者をいきなり蔑んでくるやつはいないし、
武道をやっている人間として考えられない行動だ。
{netabare}その後にひとりが早気になるという、
ドラマに何のプラスにもならない展開にしたのも陳腐だ。{/netabare}
これを今クールの『風が強く吹いている』と比べると違いがよく分かる。
同じように主人公に執拗に絡んでくる他校の生徒がいるのだが、
こちらのほうは、全体の物語にきちんと組み込まれ、
心のある人間として描かれているため安定した話になっている。

弓道という今までに取り上げられなかったスポーツを題材にして、
その魅力を伝えてくれたが、ひとつのドラマとしては、
多くの部分で引っかかりを感じてしまった。
所作や動きの美しさなどには好感を持っただけに残念だった。

京アニのマーケティングとしては
Freeの後を継ぐ、完全な女性ターゲットの作品。
女性視点ではどう映ったのだろうか。

投稿 : 2024/11/16
♥ : 54
ネタバレ

雀犬 さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.9

弓道の良さとは・・・

【注意】これはアンチ専用レビューです

→→ 概要 →→
「ツルネ」は2018の秋クールにNHKで放送された弓道アニメです。制作は京都アニメーション。

 主人公の鳴宮湊は小さい頃から弓道の魅力に魅せられ、中学生時代は名門校で活躍していました。しかし中学最後の大会で彼は大きな失敗して自信を失い、早気(はやけ)に陥る。早気とは弓を放つタイミングを図れなくなる重度のスランプで、「会(かい)」という弓を引いてから矢を放つまでの動作ですぐに離してしまう状態を言います。

 それから転校をして弓から遠ざかろうとした彼が、立ち上がったばかりの弓道部で新しい仲間とともに再起を懸ける…というのがストーリーの大筋です。


→→ 葛藤を描くこと →→
 思うに、この作品は最初の設定で失敗しているのではないでしょうか。物語の開始時に主人公が心に鬱屈としたものを抱えているという設定は珍しくないし、傑作もあります。ただ問題は彼の抱える悩み、早気が弓道の中で閉じてしまっていることです。弓道は専用の道具と場所が必要であるため、弓道部に所属した人でない限り、視聴者にとって未知の世界です。そのため彼の苦しみを一緒に共有することはなかなか難しい。

 心理学者のアドラーは「人間の悩みは全て対人関係の悩みである」という言葉を残しています。こういった一般の人があまり経験しない苦しみは、人間関係の悩みと重ね合わせるのが創作の基本ではないでしょうか。

 例えば将棋マンガ「三月のライオン」の主人公も神童、将来の名人と嘱望されておきながらプロ入りしてからはなかなか結果を出すことができず苦しんでいる青年です。主人公の設定はツルネと少し似ている。しかし「三月のライオン」は主人公の複雑な生い立ちを徐々に明かしていくことで、たとえ将棋を知らない読者であっても彼の苦悩を十分に分かち合うことができる構成になっています。

 登場人物の抱える苦悩や葛藤は友人・家族・恋人といった人間関係の悩みと一体化させなければ効果的ではないように思う。本作の早気は競技における苦しみであって、薄情なことを言ってしまうと視聴者からするとそれ以上でもそれ以下でもない。画面の中のキャラクターに視聴者が十分に共感ができてこそ、苦しみを乗り越えた後の「雨上がりの虹の美しさ」を表現できるのではないでしょうか。


→→ 弓道というテーマ →→
 正直言うとこのアニメを見ても弓道の魅力はあまり伝わって来なかった。繰り返しですが、弓道は知名度は高くても実際に経験したことのある人は少ない競技です。弓道をテーマに据えるのであれば、その良さを視聴者にプレゼンする人がある。でもこのアニメはどうもプレゼンに失敗しているように思えてならないのです。

 マイナースポーツをテーマにするとき無難なのは主人公を初心者にしてしまうことです。これなら主人公の目線と視聴者の目線がずれないため、作品への導入がスムーズに進む。競技カルタの「ちはやふる」、なぎなたの「あさひなぐ」などマイナースポーツを題材にした漫画の代表格も、主人公とその競技との出会いから物語が始まる。

 しかしこのアニメはほとんどが経験者。なんと初心者は小野木という男が1人を残して全員、部から追い出してしまう。「やった!モブキャラを描く手間が減った!」と作画スタッフは喜んだかもしれないがお話としてはまずい方向に進んでいる。視聴者のほとんどは弓道は未経験なのだから、弓道の道具に触れたときの戸惑い、的の前に立った時の胸の高鳴り、初めて的中させたときの感動などを味わえるシーンは必要でしょう。

 でもたった1人残った初心者の遼平クンはあまり目立たない存在で、小野木にガミガミ言われる子分キャラ。貴重な未経験者なのに彼の視点で先に挙げたようなフレッシュな感動を表現できている場面があったでしょうか。この扱いはあんまりじゃないかな。

 それにもう一つ、この作品は対立の構図が弱いんだよね。武道とスポーツ、名門校と弱小校、経験者と初心者、天才と努力家、男性と女性、若者とベテラン。どれでもいい。こういった二項対立を活用して、弓道という題材の魅力をアピールするべきだったと思う。「ツルネ」はどの要素を掘り下げることなく中途半端なまま13話という短いようで長い時間を使い切ってしまった。最終回は{netabare}個人競技と団体競技{/netabare}という対比をうまく表現していて面白かったです。最初からこのクオリティなら名作になる可能性も十分あったのにもったいないと感じます。


→→ ギスギス感 →→
 本作最大の問題が弓道部の空気の悪さです。早気に苦しんでいる主人公に、いつもイライラしている小野木という男が「足手まといは辞めてしまえ」とばかりにいちいち噛みついてくる。これだけでもかなりきつい。この小野木、弓道を愛しているとうそぶいているくせに元々は弓道部がなかった風舞高校に入学するという設定的矛盾を抱えている。作者は一体何を思って彼をこんな性格の悪い人間にしたのだろう…

 幼馴染みの竹早は陰湿で「湊を泣かすことなんて造作もない」などと暴言を吐く。おまけにストーカー体質。主人公の受難は続く。遼平は小野木にガミガミ言われてる不憫な子だし、ジャニーズ系の七緒はキャラが型にはまりすぎていて実際のところ何を考えているのかよく分からない。彼を掘り下げる回がないため、悪い奴じゃないんだけど言うことが若干嘘くさく感じてしまう。

 顧問のトミー先生はのほほんと見守るだけ。まさか平成の終わりだというのに「~じゃのう」などというジジイしゃべりをするキャラをアニメで見るとは思わなかったんですけど。イケメンコーチの雅さんは男子部員に罰ゲームとして「下僕」とデカデカ書いたシャツを着せて使い走りにするというパワハラを行う。彼の笑顔はなんだか作り物のようで怖い。

 このように風舞高校の弓道部はギスギスしていて非常に空気が重い。その元凶といえる小野木も、鳴宮が真摯に弓道に取り組む姿を見て態度を軟化させていくのだけど、息つく間もなく中盤にはなにかと因縁を付けてくる双子の超煽りキャラがライバル校に登場する。この双子の鬱陶しさは筆舌に尽くしがたい。小野木にしても噛みつく相手が身内からこの双子に変わっただけと言ってよい。青少年の健全な心を育成するのが武道だと思っていたのですが、みんな煩悩だらけじゃん。

 この淀みに淀んだ空気を変えてくれるのは女の子しかいない!という思いも空しく、風舞高校の女子弓道部員は可愛いことは可愛いのだけど、本作では完全に脇役扱い。「ツルネ」の公式ページを見ても、男子部員は1人ずつページがあるのに女子は「女子弓道部員」の項目で3人セットでの紹介。"何らかの大きな力"が働き、女子は個人戦で弓を引くシーンすらカットされる。お互い「男子」「女子」と呼び、ほとんど名前で呼び合うことがないから最後まで見ても女の子の名前を覚えられなかった人が多いのでは。極端な話、「弓道女子A」「弓道女子B」「弓道女子C」でも十分なレベル。

 このアニメを見て弓道をやりたいと思った人はどれだけいるのかな…


→→ 匂い系 →→
 さて、ここまでは通常の高校部活ものとして感想を書いてきたけれども、この話題に触れないわけにはいかないでしょう。ツルネは「匂い系」というジャンルに入る作品です。「匂い系」とはやおい用語で、はっきりボーイズラブだと描写しているわけではないのだけれども、そう受け止めてあれやこれやと腐女子に妄想させてしまう作品群を指します。(そもそもボーイズラブはイケナイ妄想を楽しむものらしい)

 別にBLそのものを否定するわけではないけれども、本作の欠陥はBLで全てが説明できてしまうのが悲しい。

 主人公の湊、彼が女の子だったらどうなるか。若いイケメンのコーチ雅サンにドキドキしてしまう女子高生で、それに幼なじみで密かに主人公(♀)に恋心を抱く竹早クンが雅サンをライバル視してしまうという構図になる。不愉快なキャラ小野木も仮に女の子だったなら雅サンと仲良くする主人公(♀)にジェラシーを感じているイヤなお嬢様キャラの立ち位置に落ち着く。まとめると、

・鳴宮 → 年上の男性に憧れてしまうヒロイン
・雅貴 → イケメンのコーチ
・竹早 → ヒロインが実は好きな幼なじみの男の子
・小野木 → コーチをGETしようと必死なお嬢様系ライバル

というベッタベタの少女漫画構図が浮かび上がります。これを全員男にしたのが「ツルネ」という作品の正体なのです。何のことはない。女を男にひっくり返した結果、破綻しただけのお話です。

 少年同士のカップリングを脳内でさせることばかり頭にあるからか、武道の奥深さ、思春期の複雑な心理、努力と友情の大切さ、何かを直向きに取り組む充実した時間などなどスポーツ青春アニメに本来あるべきものがこの作品には不足しているように感じました。こんな「少女漫画の下位互換」でしかないボーイズラブアニメをどうしてわざわざNHKでやろうと思ったのか。京アニさん、本当にしっかりしてくださいよ。

投稿 : 2024/11/16
♥ : 35

70.8 3 武道でラノベ原作なアニメランキング3位
ツルネ ―つながりの一射―(TVアニメ動画)

2023年冬アニメ
★★★★☆ 3.7 (81)
337人が棚に入れました
“自分”を探し続ける 弓の道

そこには 彼らの物語がある

想えば想うほど 憎しみに染まる心

求めれば求めるほど 喪われてゆく色

“自分”であり続けるために もがきながら進む

好きを見つめ続ける日々を 疑い 信じながら


さぁ 歩いて行こう

この道は

いつかの“自分”へ つながっている
ネタバレ

101匹足利尊氏 さんの感想・評価

★★★★★ 4.2

よりいっそう道を極める弓道アニメ

1期劇場版に引き続き原作未読で視聴したTVアニメ版2期目。

【物語 4.0点】
桐先高校に続く新たなライバルとして、「斜面打ち起こし」の射形を貫く二階堂 永亮が率いる辻峰高校が登場。

「美しい射が当たるとは限らない。が、正しい射は大概美しい。」
いや、弓道は競技なんだし、当たれば良いんでしょ?ぶっ潰してやるよ。

団体戦の息合い、5人のリズムが掴めないと苦闘する風舞高校。
そんなもん、各々が自由奔放に射れば良いだけでしょう?

弓道とは“道”と言うが果たしてそうなのか?
二階堂や辻峰高校を続編展開のためのヒール役としてだけではなく、
前作で構築した弓道論に対する反証材料として有効活用し、
道としての弓道描写の探究を極めていく。

最終回、{netabare} 神事{/netabare} で締めくくるというのも本作らしいです。


ただ広義の美少年アニメ枠ということもあってか、
二階堂も、胸襟を開いてみれば、湊や愁への執着も純心から。
少年たちがピュア過ぎて、きれい過ぎると言いましょうか。
加えて神聖さすら感じる弓道の高尚さ。

毒沼恋しき捻くれ者の私にとっては、触れても浄化されて消滅しないように、
毎回視聴するタイミング、心理状態を選んで観る作品でした。


【作画 4.5点】
アニメーション制作・京都アニメーション

前作で弓道描写を突き詰めて、まだやり足りないことがあった求道者・京アニ。
2期では回り込み撮影による、アングル開拓で弓道の静と動をさらに探究。(※1)
私は特に静の描写にグッと来ました。

日常シーンでは作画カロリーをセーブして一休みするカットもある本作。
ですが弓道の場面では人物が静止している場面ですら、その佇(たたず)まいから
少年たちが積み重ねて来た想いやら半生やらを感じて、心が動かされます。

背景では、登場人物の内心を暗示したかのような絵画群も芸術点が高いです。
個人的には辻峰の不破が二階堂のバイト先で、心に踏み込もうとする際に映る、
銀狼を手懐ける絵画などが、二人の関係性を示唆しているようで興味深いです。

スタッフ陣には画壇でも勝負できそうな猛者が揃っているようで。
動画でも静止画でも、アート性は頭ひとつ抜けてる印象です。


【キャラ 4.0点】
『~つながりの一射』ということもあってか登場人物間の様々な絡みが展開。
湊が風舞高校の5人と息合いの歯車が噛み合わなくなると、
その内に{netabare} 七緒と海斗{/netabare} がギクシャクしだす辺りに団体戦の難しさ、少年たちの繊細さが垣間見えます。

中盤以降キャラのつながりの輪は学校の枠を越えて拡大。
7話で{netabare} 愁と遼平{/netabare} が急接近したのは意外な組み合わせでした。
いつの間にか名前読みになっている二人に嫉妬する菅原兄弟が可愛らしいですw

新ライバル・辻峰高校・二階堂の核心に踏み込むに当って、
競技としての弓道の極みも体験し、道としての弓道も悟りつつあるマサさんと絡めていくのも上手かったです。
ただマサさんも良い事言うんですが素直に受け入れられない間で言葉を投げかけるのが何ともw
終盤、{netabare} 二階堂と風舞の静弥 が、マサさん嫌いで一致するの{/netabare} が面白いですw


ピュアな美少年たちを横目に風舞の女子部員3人は相変わらず豪胆。
今回は市民大会で団体戦もやったりと見せ場もありました。
特に妹尾梨可(せおりか)は異性にも同性にもモテモテですね。
{netabare} 辻峰の男・大田黒のアタック&玉砕。清々しかったですw{/netabare}


【声優 4.0点】
辻峰の二階堂役の福山 潤さん。
私怨含みの挑発的な口調で湊や愁に突っかかりシナリオを動かすヒール役を務めるが、完全にヘイトされる領域には踏み込まない感じ。
やがて可愛い一面も表現し、美少年アニメ枠の的は外さない巧みなコントロール。


藤原愁の妹・紗絵を演じた若山 詩音さん。
天然?と思うほどのマイペースを通してしまう気品を好表現。
東条役の森田 順平さんの落ち着いた執事の演技と合わせて、貴種っているんだなぁ~と溜息が出る。
自宅に弓道場があっても、アナログレコード回っていても違和感がない藤原家の上流ムードを演出。


【音楽 4.5点】
劇伴担当は横山 克氏。
1期劇場版レビューにて私は2期はTVアニメ1期の富貴 晴美氏の方が良いんじゃないか?
と捻くれた願望を記しました。

近年の横山氏。パワーがあって良いBGMだけど、
動、動、動と感動を煽る感じになって、静と動が上手く切り替わらないのでは?との一抹の不安があったからなのですが、終わってみれば全くの杞憂でした。

メインテーマ「Tsurune-The Linking shot」から、
静寂のピアノに、ストリングスを重ねて躍動させていく、緩急で魅せてくれます。

思えば横山氏も昔『四月は君の嘘』劇伴でも緩急自在だったお方。
おみそれ致しました。


OP主題歌はラックライフが「℃」で続投。
バンドサウンドを重ねて、僕らのつながりを表現した爽やか青春ソング。

ED主題歌は丁「ヒトミナカ」
心情も情景も美しい、このバラードの歌詞で、毎回作品を綺麗に締めることができるのは、
瞳に映る景色まで描き切る作画による説得力があってこそ。


完全屋内施設となった全国大会。
グラウンドの端に立て掛けた畳に向かって射撃練習する辻峰高校弓道部。
多彩になったシチュエーションに合わせ“弦音”の素材も新規に収集、作成したとのことで。(※2)
音響もまた前作で極めた表現のさらに先を行っています。

「弓を引くその人の気持ちが音になる」
その音は確かに私の心を射抜いていきました。


【参考文献】
※1 Febri 特集 作りたかったのは「背中を押してくれる作品」『ツルネ -つながりの一射-』山村卓也監督インタビュー
※2 Febri 特集『ツルネ -つながりの一射-』 音響効果・倉橋裕宗が作る「その瞬間にふさわしい音」

投稿 : 2024/11/16
♥ : 19

ninin さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

お互いがお互いを認め合い弓を引く

原作未読 全13話 1期視聴済・劇場版未視聴

「ツルネ」の2期です。1期より観ることをお勧めします。
今回は全国大会をメインにそこに至る過程を描いた作品です。風舞高校弓道部、主人公の湊に因縁があるライバルが出て来ますね。
また、地区でライバル校である桐先高校弓道部にも色々と変化がありましたね。(1期で良い印象がなかった菅原兄弟も好きになりましたw)
それぞれのキャラの葛藤や心情がうまく表現されていました。風舞高校弓道部女子も大活躍でしたね。
最後は、お互いがお互いを認めて競技で競い合う、そんな素敵な作品でした^^
OPは、1期に引き続きラックライフさん、EDは丁さんが歌っています。
最後に、1期でも書きましたが、ツルネ(弦音)は、心に響きますね^^

投稿 : 2024/11/16
♥ : 15
ネタバレ

剣道部 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0

十人十音

[文量→中盛り・内容→考察系]

【総括】
青春弓道アニメの2期。「流石、京アニ」という、安定したクオリティですね。

基本は、男子高校生の爽やかな青春と友情といった感じですが、同じく武道をやっている身からすると、武道としての要素もしっかりと描かれていて、充分に楽しめました。

三期も期待ですね!

《以下ネタバレ》

【視聴終了(レビュー)】
{netabare}
特に感動したのは、4話目。

地方大会を機に、自らの射形を見失ってしまった湊が、自分と向き合い、乗り越えようと努力する話。

ゴム弓を命じられた後のカット。本来、必要とは思えない、野球部のノック。その打撃音がやけにリアルだった。

そこで、「ハッ」と思い、以降、音に注目しながら、作品を観ることにした。

すると、本作には様々な素晴らしい音があることに、後ればせながら気付いた。

ゴム弓の軋む音、スマホのマナーモードの音、雨粒が地面を叩く音、自販機から落ちる缶コーヒーの音、踏み切りの警告音、掃除機やタイピングの音、カップがひっくり返る音。

本作のタイトルは「弦音」だから、弓道に関わる音はこれまでも注目してきた。選手一人一人の「弦音」は全員違うし、的に当たる音も、一射ごとに変えていた。それは気付いていたけれど、ここまで、色んな音にこだわって作っていたとは気付かず、聞き流してきた自分を恥じた。

弓道は、武道の中では珍しく、対人競技ではない(他は、空手の型くらいかな?)。

だからこそ、「自分の型(射形)」を追求する武道であり、その「型」は、十人十色で良い。

弓道は、求道。自分の射を、どこまでも求め、己を高めていく個人的な武道。

と同時に、「息合い」。孤独になりがち競技だからこそ、他者と高め合ってい、世界を広げていくことが重視されていた。

息合いは、「生き合い」でもあるのだろう。音楽は、全く同じ音をいくつ重ねても、美しさは生まれない。異なる音同士が重なり、調和するからこそ美しいハーモニーが生まれる。

古来、「殺人」を目指してきた武道は、どの競技においても、「活人」に変わってきた歴史がある。弓道における「活人」の理想形を見られた気がする。

本作のテーマと、弓道の競技性、京アニの技術。

全てが調和し、美しいアニメを生み出していた。

本作のシナリオには、正直、特段の独創性や、天才的な展開があるわけではないと思う。わりと普遍的な(王道の)話を、弓道という珍しいテーマでやっているだけだと言われれば、そうかもしれない。

同じく京アニの「Free」と見比べれば、似てない要素を探す方が難しいとも言える。

ただし、京アニが、「Free」で一番こだわっていたのは、水中の作画シーンだと思う。「音」にこだわる本作とは、演出の方向性が違う。

私が思う京アニの凄さは、「原作の良さ(魅力)を見抜く目」にある。

例えるならば、モデルのスカウトが、「将来どんな顔に成長するか」や「化粧映えするか」「どんな服を着せたら似合うか」を見抜いた上で、事務所に所属させる、みたいな。

この原作の、どこを磨けば、どう光るのかを見抜く目が確実で、それをやりきるだけの技術力があるから、ハズレの作品が極めて少ない。

「けいおん」「ユーフォ」「小林さん」「エヴァガ」と、全て、方向性が違うが、全て名作である。

私はP.A.WORKSも大好きなのだが、あそこは逆に、得意なジャンルや作風が特化していて、そこにハマる原作やアニオリだとめっちゃ面白いけど、ハマらない時は、なかなかフルスイングで空振るからね(笑) まあ、それも含めて、私の二大好きな制作会社なんですがね(笑)

京アニには、これから先も、素晴らしい原作を見抜き、素晴らしい作品を創り続けてほしいと思います♪
{/netabare}

投稿 : 2024/11/16
♥ : 15
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