フリ-クス さんの感想・評価
4.3
逮捕しチャイナ
世の中には、いろんなフェチの方がおられます。
これをご覧になっている諸兄の中にも
いわゆる『女性警察官フェチ』の方がおられるのではないでしょうか。
もちろん、そんなのは全然OKです。
あえてカミングアウトする必要もないぐらいのささやかなご趣味です。
健全、とまでは言いませんが、
フェアウェイの端っこぐらいには乗っかっていると僕は思います。
僕の知り合いには『カミングアウトしない方がいい』というか、
オモロ哀しい性癖をもったやつが何人かいて、
そのうちの一人は某有名ミュージシャンの後ろでギタ-弾いたりしています。
ほんと、真剣な顔で「最低でもGカップ」とか言ってんじゃねえよ。
あ、書いちゃった。
さて、本作はそんな女性警察官フェチの方のみならず、
『楽しく見ごたえのある職業系アニメ』として、
広く一般の方々にも見ていただきたいと思える佳作であります。
ちなみに『女性警察官』というのは、カタいようですが正式名称。
昔は『婦人警官(婦警)』という名称でしたが、
雇用機会均等法のなんだかんだで20年ちょっと前に改正・統一されています。
ですから、若い子の前で「婦警さん」なんて口にすると、
なに言ってんだこのおっさん(おばさん)と思われちゃうのでご注意を。
じいちゃんばあちゃんがJRを『国鉄』と呼ぶのと同じアレなんです。
で、女性警察官アニメと言うと
浅学な僕は『逮捕しちゃうぞ』ぐらいしか知らないのですが、
あっちは交通課のお話でしたよね。
かたや本作は地域課、いわゆる『交番のおまわりさん』の話で、
基本は『こち亀』と同様のお話と考えていただきたく。
ただし『こち亀』が荒唐無稽なギャグ漫画であったのに対し、
こちらは原作者の泰三子さん自身が勤続十年の元女性警察官で、
「警察のことを知ってほしいから」
という思いで描きはじめた作品であるだけに
コミカルテイストが強いものの、かなり、リアルよりになっています。
扱う事件も、かまってちゃん通報など罪のない・軽いものから、
DV、薬物犯、検死、交通死亡事故、婦女暴行犯などシリアスなものまで多種多彩。
まったりしたセリフ回しで自虐ギャグ満載の作風でありながらも、
犯罪や生死に正面から向き合う姿が随所に描かれており、
ちゃんとした『警察ドラマ』の側面も持っているグリコ設計になっております。
物語は「公務員ならなんでもいいや」で女性警察官になった川合麻依巡査が
・超長時間労働のブラック勤務
・女性の少ない、ゴリゴリの体育会系気質
・無理解かつ、好き勝手なことを言う一般市民
などに悩んだりつまづいたりしながらも、
ペアの藤聖子巡査部長に導かれ少しずつ成長していく姿が描かれています。
ちなみに『巡査』は、九段階ある警察階級の一番下ですね。ペーぺ-。
そして『巡査部長』はそのいっこ上。下から二番目。
あくまでも階級名であって『巡査部』の『部長』という役職名ではありません、
(そもそも『巡査部』なんて部署、ありませんしね)
一般企業の役職でいうと『主任』ってぐらいの感じかしら。
ケーサツ組織が男社会で体育会系、というのはまったくその通り。
暴徒や凶悪犯などと対峙する可能性が高い職業ですから、
執行力強化だけでなく殉職者を出さないためにも、
対応するためのスキル(武道・逮捕術)を常に磨いておく必要があります。
実際、警察官は男女問わず、ほとんどが何らかの武道の有段者です。
しかも毎週、鍛錬を強制的にやらされる『現役』体育会的側面もあり、
運動・格闘が苦手な方にはかなり過酷な職場ではないかと。
そんななか、女性警察官を増やそうとがんばってはいるものの、
現在の女性警察官数は二万人ちょっとで、だいたい10%ぐらい。
40人学級で女子が四人だけ、みたいな感じです。
これでもかなりマシになった方で、
つい10年ほど前は、クラスの隅っこに二人だけ、的な存在でした。
そして、超長時間労働のブラック勤務というのも、
もちろん地域によって差が大きいものの、おおむねホントの話です。
これは地域課警察官の特殊な勤務体系に深く関係しています。
これについては長くなるのでネタバレで隠しておきますが、
これを知っておかないと、
本編のお話がちょっとわかりにくいかもです。
{netabare}
交番勤務の地域課警察官は、いわゆる三交代制になっています。
と言っても繁忙期の工場みたく、
全体を三班に分けて八時間ずつフル稼働、
というようなヌルいものではありません。
全体の人員を三分割するところまでは同じなのですが、
一回の勤務は『二十四時間』。
これを二日おきに繰り返すのが基本体系になっております。
もうちょっと詳しく言うと、
次のような三日間のサイクルを曜日とか盆・正月とか関係なく、
年間を通して回し続けます。
一日目[当番日]
朝八時半に勤務開始。
二日目[非番日]
朝八時半に勤務終了。
(休憩が八時間あるので、実勤時間は十六時間)
三日目[公休日]
ひたすらおやすみ。zzz……。
え゛、三日に一回もおやすみがあるの?
二日目だって八時半以降はほとんどお休みみたいなもんだし、
全然ブラックじゃないじゃん。さっすがコームイン。
そう考える方が多いだろうとは思いますが、
もちろんこれは『就業規定上』のお話であります。
まさか公務員の規定が労基法ぶっちぎるわけにいきませんものね。
いろいろ調べてみたところ、現実は以下のような感じみたいです。
一日目[当番日]
朝、遅くとも八時前には出署。
(体育会系だけあって、とにかく朝、早いらしいです。不文律)
八時半から全体朝礼・武道訓練などやってから交番へGo。
長い長い勤務のスタートです。
ちなみに、二十四時間中八時間は休憩できることになってますが、
よっぽどヒマかつやる気のない交番でない限り、
ちゃんと三食とれて二~三時間仮眠できれば御の字なんだとか。
夜中に通報・事件とかあると、仮眠ゼロもありえます。
二日目[非番日]
朝、当日の当番へ引き継ぎ。
と言っても、当日当番は全体朝礼などがあるため、
この段階で、勤務時間が二十四時間こえちゃってます。
引継ぎ後は、未決処理と呼ばれるいろんな書類作成や事務仕事。
たいした事案がなければお昼前後に帰れますが、
ややっこしい事件があったりすると夕方までかかることも。
また、引継ぎ前に起きた事故・事件は本人の担当になるので、
事案の大きさや発生時間によっては、
家に帰れるのが夜になることも珍しくありません。
前日八時に出署したとして、お昼に帰れても二十八時間連続勤務。
三十時間ぐらいザラ、というのが実際のところなんだとか。
さらに、この『非番日』というのは休みではなく待機扱いで、
なんかあったら容赦なく駆り出されます。
アニメでも山狩り・マラソン交通整理・取り調べ協力・似顔絵作成など、
けっこうな頻度でこの非番日業務が登場してましたよね。
(逮捕術科訓練や合コンも非番日のお話でした)
あれ全部、交番で二十四時間勤務してからのイベントなんです。南無。
三日目[公休日]
ふつうに休めます。zzz……。
ただし、土地柄というか人柄というか個人差というか、
公休日でも普通に緊急招集かけるオニ署長というのがいるそうです。
要するに「事件なんてこの10年聞いたことねえべや」という町(村?)はいざ知らず、
めんどくさい方やランボーな方が多くお住いの地域だと、
事件・事故が連続で起きたり通報電話がじゃんじゃんかかってきたりして、
二日間ほとんど不眠で馬車馬のごとく働き、一日、死んだように眠る。
という地獄車のような三日サイクルに突入してしまうのだとか。
どの交番に配属されるかで、天国と地獄。
ほとんどロシアンルーレットみたいな趣があります。弾、三~四発入ってますが。
(あと、相方もロシアン。脳筋先輩とペアだとサイアクらしいです)
ちなみに地域課は『なんでも屋』として応援人員に回されることも多く、
署内に帳場(捜査本部)が立ったりした日にゃ、
捜査講習を受けたことのある地域課警官が、
刑事さんと組んで地回り、なんてこともあるようです。
アニメでも薬物犯の尾行だとか連続婦女暴行事件の帳場入りだとか、
刑事課の応援に入る描写がちょくちょくありましたね。
一斉取り締まりなんかにもしょっちゅう駆り出されたりするそうです。
{/netabare}
さて、一般論として警察官というのは、
教師、自衛隊とならんで世間から『標的』にされやすい職業で、
なんか不祥事があったら、マスコミから即時ボコボコにされてしまいます。
そして二言目には「この税金ドロボーがぁ」とか罵られます。
そんなこと大声で言うヤツはたいてい、
たいした額の税金なんか払ってないわけですが、それでも。
かたや、警察というのはたかだか25、6万人の組織です。
それで一億人以上の国民の安全を、
365日、24時間、守り続けなきゃイケナイわけです。
単純計算だと、警察官一人あたりで守っている国民は、約480人。
それで、刑事犯罪だけ追いかけるならまだしも、
酔っぱらいの対応、道案内、事故対応、交通整理、防犯、悪ガキの補導、
果ては死体の処理から痴話ゲンカの仲裁まで、全部やれと。
365日、24時間、全部やれと。
その上で、態度が気に食わん愛想よくしろ、ミスは許さん、
アレしろコレしろソレすんな、いいから今すぐ動かんかい、と。
いやほんと、おまえらいったい幾ら税金払ってんだ。
{netabare}
本編の中でヤクザに「この税金ドロボウが」とか言われ、
源刑事が「オレたちだって税金払ってんだよっ!」と言い返してましたが、
あれって実は、ほぼ全警察官の『心の叫び』なのでは。
{/netabare}
もちろん、そうは言ってもやるべきことはやらなきゃいけないし、
文句を言うべきことに文句を言っていいのはあたりまえ。
できていないことを正当化する必要はありません。
ただ、そのまえにもう少しだけ、
ケ-サツというものを理解してあげても罰はあたんないんじゃないかと僕は思います。
現実問題として、彼らに救われなかった人・生命は確かに存在します。
そのことはもちろん、猛省しなきゃいけない。
しかしその逆、彼らによって救われた人・生命や、
未然に防がれた事件・事故なんて、それこそ無数にあるわけです。
いい子ちゃん的発言で気に食わない方が多いかも知れませんが、
まずは彼らの仕事をちゃんと理解して感謝とリスペクトの気持ちを持つ、
その上で、言うべきことは言う。
そういうのが大事なんじゃないかと僕は思うわけです。
いやほんと、いい子ちゃん発言で恐縮ですが。
本作は『おまわりさんの日常』を笑いながら楽しく見られるわけですが、
見終わった後でちょっとだけでもそんな気持ちになれたなら、
原作者の泰三子さんも、頑張って描いた甲斐があるんじゃないでしょうか。
僕個人としての作品おすすめ度は、堂々のSランクです。
なんと言っても『お笑いとシリアス』『エンタメとリアル』の配合が絶妙で、
なじみのない素材を万人向けに調理した、楽しい一皿に仕上がっています。
ここまでぐちゃぐちゃと『いい子ちゃん的』なことを書いてきましたが、
お話そのものは教育的でも説教臭くもなく、むしろ逆。
皆さまのNHKではとても流せないような罵詈雑言が飛び交っていて、
自虐的なスパイスが強めに効いた辛口の一皿であります。
そのスパイスをイヤな辛さに走らせず、風味としてうまく昇華させているのが
石川由依さん(藤巡査部長)と若山詩音さん(川合巡査)という、
劇団ひまわりの先輩・後輩コンビのお芝居です。
(石川さんは三年前に退所してますが、若山さんは現所属ですね)
音監の小泉紀介さんの手柄でもあると思うんだけど、
とにかく会話の『間』がいいんです。
アニメの『間』というよりも、舞台演劇におけるそれですね。
台詞一つ一つが観劇者に届くだけの余韻やタメがある。
漫才よりも落語に近く、絶妙なタメと余韻が耳にとっても心地いい。
そして、このタメによって視聴者の耳に、
『辛み』の奥にある『旨み』を咀嚼する余裕が生まれるわけです。
これ、萌えアニメの間で演ってたら辛みしか耳に残りません。
すごいのは、それをほぼ完璧に演じた石川さんと若山さんです。
ただ単にタメばっかり作るのではなく、
シ-ンに応じ、時には相手の語尾をかじってみたり、まさに緩急自在。
相手の台詞との間合いによって自分の台詞も生かすという、
ものすごく高度なテクニックを惜しげもなく披露してくれています。
ちなみに、山田刑事を演じた土屋神葉さんも、劇団ひまわりのOB。
成人してからも、かなり舞台に上がってます。
さらに源刑事を演じた鈴木崚汰さんは、
NHK杯全国高校放送コンテストの朗読部門で優勝した方でして、
こちらも『タメ』と『余韻』のスペシャリスト。
ほんと、この面子だからこの作品が作れた、みたいな
素晴らしいキャスティングです。
6話の『合コン狂騒曲』なんか、そのまんま舞台でできるじゃん。
なお、副署長役のケンドーコバヤシさんの評判がいいですが、
僕も素直に「うまい・味がある」と思います。
調べてみたら、二十歳の時に吉本総合芸能学院に入学してから、
テレビに出れるほど売れるまで十年ぐらいかかり、
その間ずっと、なんば花月などの舞台中心に活動してたみたいですね。
出てくるキャラクターは、
みんな過剰な正義に燃えたりせず『ほどほど感』があって良き。
等身大というか、わかるわかる的な共感性があります。
いかにも新米というか、無思想・無目的な川合巡査の素朴さもいいですが、
適度に黒くて姉御肌の藤部長、きゅんです。
{netabare}
七話『尾行選手権』あたり、そんな藤部長の魅力が全開。
あたりまえの顔で「捕まえたら遠慮なく有給の申請できる」と言い放ち、
山田刑事を手玉に取る感じ、最高かと。
そのくせ九話『UFO』で窓割って入るとこなんか、シビれるほどかっこいい。
「死なない飲まない通報しない、そして寝るっ!」一回言われてみたいかも。
{/netabare}
音楽は、OP・EDとも曲自体はいい感じ。
ただ、OPの『パンばっかの動かなさ』は、もはや噴飯レベルかと。
EDの止め画、私服姿の連続も、なんだかな。
『女性警察官もみんなと同じ一市民』的なことを言いたいのだろうけど、
『安直過ぎて逆に伝わらない演出』の典型になっちゃってます。
そして、僕がこの作品で一番驚かされたのは『映像』です。
初見の印象は「はあ? なにこのアク強いキャラデ。中国?」だったのですが、
視聴を続けるうちに気にならなくなってきて、
中盤以降はまったくふつうに、違和感なく楽しめるようになりました。
京アニなどのトップクラスと比較すれば見劣りしますが、
しょうもない萌え系やなろう系なんかより数段マシじゃん、みたいな。
で、この作品、キャラデと総作監・絵コンテまでは日本なのですが、
それ以降は、ほとんど中国制作なんです。
動画だけでなく、演出、各話作監から原画までぜ~んぶ中国。
いわゆる『日本でタタキを作って中国で制作』形式ですね。
いやほんとすごいなあ、と。
力の入った止め画なんか、日本の二流アニメ-ターよりよっぽど上手い。
デッサンも一般的なアニメの水準にらくらく到達。
術科訓練の払い腰なんか、ちゃんと『柔道』になっていますもの。
美術が国内制作だけあっておかしな背景もなく、
悪い意味での『中国くささ』が、ほとんど感じられません。
まずは、ここまでの管理ノウハウを築き上げたマッドハウスに敬礼。
アニメ国粋主義者の方には、少し耳が痛いかもですが、
管理手法が確立して品質がこのレベルで安定し、
さらに日本人好みの絵柄を書けるアニメ-ターが増えてくれば、
トップレベルにある一部の制作会社を除き、
中国が日本アニメの中心的な『製造工場』になる日が来てもおかしくないな、と。
{netabare}
中国アニメはそのうち日本のアニメを超えちゃうんじゃないか、
そんな『中国脅威論』が語られ始めて久しいですが、
僕は「しょうもない作品は、すでに抜かれている」と考えています。
そりゃ中国は国策としてアニメ制作を税制などで後押ししてるから、
そんなふうな言い訳をする方もいるでしょうが、
そうではなく、真因ははっきりと『粗製乱造』にあります。
思考停止のキャラデ、テンプレ使い回しのキャラクター。
役者が絶句し、音監が匙を投げる素人原作。
昭和臭が漂うカクカクのデッサンしかできない原画マン。
専門学校生の習作みたいな3DCG。
ちょっとかわいいだけで、まともな芸をもたない新人『声優』。
そんなもんで『数合わせ』『日銭稼ぎ』アニメを作ってる連中が、
これから『世界に通じるアニメ文化』を作るんだと燃えている方々と、
いつまでも対等以上に戦えると考える方がどうにかしています。
競合に抜かれる・職を失うのがイヤだったら、
相手よりも『よりよいもの』を作ればいいだけのことです。
その努力もせず「どうしよう」なんて、なに言ってんだという話です。
{/netabare}
現時点でも、うまくコントロールすれば中国でこれほどのものができるわけです。
もうあとは『絵面のテイスト』の咀嚼だけ。
そういう実情を知る上でも、本作はかなり意義があるよなあ、と。
ちなみに、本作で『リーゼント率が高い・悪人面』と言われた刑事課ですが、
僕が個人的に(いい意味で)お世話になった刑事さんは、
文学青年風の優男で、親切で人当りもよく、ドラマ風にかっこよかったです。
つまるところ、物事を何でもかんでも十把一からげにするのは良くなくて、
(組織として)これこれこういう傾向がある、
というぐらいの認識にしておいた方が現実に即しているのではないかと。
少なくとも『刑事はみんなヤクザと見分けがつかない』というのは、
世間でいう『アニオタはみんなロリコンである』と同じレベルの話なので、
そういう言動は気をつけなくちゃな、と思うワタクシでした。
慎むべし、慎むべし。