努力でポジティブなおすすめアニメランキング 3

あにこれの全ユーザーがおすすめアニメの努力でポジティブな成分を投票してランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2025年03月05日の時点で一番の努力でポジティブなおすすめアニメは何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

88.0 1 努力でポジティブなアニメランキング1位
となりのトトロ(アニメ映画)

1988年4月16日
★★★★☆ 4.0 (1647)
11351人が棚に入れました
小学3年生のサツキと5歳になるメイは、お父さんと一緒に都会から田舎の一軒屋にと引っ越してきた。それは退院が近い入院中のお母さんを、空気のきれいな家で迎えるためだった。近くの農家の少年カンタに「オバケ屋敷!」と脅かされたが、事実、その家で最初に二人を迎えたのは、“ススワタリ"というオバケだった。ある日、メイは庭で2匹の不思議な生き物に出会った。それはトトロというオバケで、メイが後をつけると森の奥では、さらに大きなトトロが眠っていた。そして、メイは大喜びで、サツキとお父さんにトトロと会ったことを話して聞かせるのだった。

声優・キャラクター
日髙のり子、坂本千夏、雨傘利幸、糸井重里、島本須美、北林谷栄、高木均
ネタバレ

アニメアンチ2号 さんの感想・評価

★★☆☆☆ 1.8

京東★ジャブズニーランドの憂鬱

●5月の「秘め子」はもう死んでいる!?

~プロローグ~
魔女には薬学の知識があり所謂ハーブという薬草を用い香を焚き、サバトの儀式を行います。
{netabare}これが古の【イニシエーション】の要素であり、本来「見えない世界」
言い換えれば「幻覚」が見えるようになります。
トトロの森にもその種の「ハーブ」が生えていたことは古代宗教を知るものなら
容易に想像がつき、これで「見えない」トロロのトリックの謎が解明されるわけであります。

本作を理解する上で一番重要なのが宮崎監督の宗教観であります。
監督だけに限らず昔の人々は現代人に比べればとてつもなく信心深い種族でありました。

一連の作品内容から推察しますと恐らくは、日本古来の伝統文化を顧みない
現代人に失望にも似た気持ちを抱いているのでしょう。

現代人よ先祖代々受け継いできた古の神々と敬虔なる古代人の無垢なる心を思い出せ!
というメッセージ性が込められた作品のような気がいたします。

古の民の価値観とそれと真っ向から対立する現代人の価値観とのギャップを
巧いこと描いたのが「ミッドサマー」というホラー作品であります。

このホラー作は「儀式殺人」を題材にしており、グロシーンが過激だ・・・
ということで話題になったものであります。

率直に連続猟奇的グロ殺人が怖いというところもありますが、本当の恐怖は、
古の掟を強固に守るとある村人とそこに観光客として滞在する現代人とのギャップが
致命的な程までに埋まる見込みがないということから生まれる絶望感であります。

我々現代人からしてみると「儀式殺人」とか意味がわからない狂気の沙汰でありますが
「掟の民」からするとそれは生きる意味そのものであり、生きることに直結する
絶対不可欠な神聖な儀式=【イニシエーション】ということなのであります。

現代人からするとその意味がわからなくて恐怖しますが、古の民からすると
それを理解できない現代人が意味不明でそれで恐怖するわけです。

そういうことで、「古の神事」の意味を理解する監督としては、「現代人は
絶望的に終わってるんだぞ」という憤りで満ち溢れているのでしょう。

「はだしのゲン」などでも言及されていますが特攻隊で見事お国のために尽くした若者は
戦死して軍神となるので、それは大そうおめでたく、あっぱれ~!と村を揚げて祝った
という感じの所謂「軍神思想」がございます。

「はだしのゲン」は左翼のプロパガンダだろうという突っ込みもありそうですが
北欧神話の「バルハラ」思想や三国志の英雄関羽を祭った寺などの事例から、軍神信仰というのは割とよくある感じの宗教思想であったと考えられます。

戦死した残念感よりも神に転生したということに対するポジティブな思いが
その宗教思想には表れているように思います。

特攻隊の事例で言えば、親のため家族のため故郷のためにお役目を全うするのは
立派な行いであり、有意義なことであるが故に村を揚げて祝うに相応しく、
そのような立派な人物は軍神になり得る資格を有すると認められるわけであります。

「軍神になって何が楽しいの?」と首をかしげるのが現代人でありますが
昔々の日本人にとって神様にはとてもとても重要な意味がありまして、
「人間中心主義」ではなく「神様中心主義」の世界観の中で彼らは生きていた
のですから人の命が神の存在よりも軽視されるのは必然と言えるでしょう。

メイとサツキにだけ見えていて他の人には見えないのは、価値観の違いによるもので
特攻隊兵士の命に特別な価値があるのが見えるか否かの問題にも通じるものでありましょう。

普段は大人しく聞き分けがいい小学6年生12歳サツキですが、トトロのとなりハウスに
引っ越してきた時のテンションあまりに高すぎで、アパッチの雄たけびを披露するほどでした。

大学勤務の考古学講師の父も娘たちとの入浴シーンで子供のようにハイテンションで
突然大声で笑いだすというパフォーマンスを披露します。

百歩譲って小学生男子ならインデアンの真似をしてはしゃぐのは理解もできますが
小学6年生の女子がそんなに大はしゃぎするのかは疑わしいところです。

そこで考えられるのはトトロのいたトンネル付近には幻覚作用のあるハーブか生えていて
その影響でお化けハウスの一家が脳内トランス状態になっていたということであります。

インデアンも葉っぱを吸う種族であり独特の宗教観を持っていたようです。

父と娘たちとでこの地の守り神である御神木にわざわざ参拝に赴き、それで
作品内容が古神道とは全く関係ないですというのは無理があるどころか
むしろ宗教を意識し宗教にどっぷり浸かった表現だらけと考えるべきでしょう。

神様中心主義の考えから言えば、エヴァンゲリオンの「魂のルフラン」の歌詞
にもありますように、神様から頂いた命はちゃんと神の元に返すべきであり、
人間中心主義の現代人は神様を蔑ろにして頂いた命を粗末にし、挙句の果てには
独りよがりに自殺までする始末であると。

そうして人を殺し命を奪う時も自分本位な動機であまりに身勝手すぎるのだと。

それに比べたら純粋無垢に神様のために命を供物として捧げる儀式の方が高尚で
理に適っているとそういう考えが本作の背景にあるのではないかと思います。

神と袂を分かち、独自の道を行くようになった現代人には確固たる基盤がなく
危うい綱渡りの連続でありまして、故に救いの手が必要であるのは間違いないと考えられます。

しかし救いの方法が一度殺しておいて異世界転生で再生するという、いちいち
面倒くさいと言いますか、何故か現世で救わないのは、何かの詐欺の類だろうと
考えるしかなく、異世界転生での再生をごり押ししてくる感じの宗教は、ただただ
胡散臭い以外のなにものでもないというのが結論でございます。

神様の行う命の足し算その公式は、1=1→1-1=0

「命の錬金術」は詐欺師の手法であります。
来世ではなく現世での救済を期待したいところでございます。{/netabare}

ジブリで下ネタは少々気が引けますが、そういう作品だと諦めてください・・・
{netabare}
メイの「トウモロコシ」と「山羊」のシーンが何を表しているかしばし思い悩み
閃いたのが、「山羊」はエジプト神話の【セト】を表していたということでした。

【セト】が何の動物の姿をしているのかは諸説あり、
ウマ、ロバ、ジャッカル、ツチブタ、ワニなど色々であります。

姿は兎も角、【オシリス】の体をバラバラに解体してついでに「男根」も切除したのが
【セト】であり、「レタス」が好物ということであります。

で、レタスというのは【ミン】という神を象徴的に表すもので
その【ミン】は(直立した)男根の形を示すため、
【ミン】=「レタス」が好きな【セト】は「男根」と密接に関係する
性欲の神という性質があるのだとか。

レタスの茎から出る白い液があれを想起させるらしいです。

そんなわけでこの男根キラー【セト】に夫【オシリス】の大事な「作物♂」を
刈り取られた妻【イシス】はショックで意気消沈するわけです。

そうしまして「トトロ🦉」というのは【オシリス】と同じ作物を生み出し豊作を
もたらす神でありますので、農作物をもりもり生やすことができるわけであります。

トウモロコシとは「トトロ🦉」がもりもり生やした「作物」であり、なので
この作物を「妻」に持って行き食べさせれば、元気になるという話であります。

メイは「トトロ🦉」に母が元気になる方法を聞き「作物」=トウモロコシを
大事に抱えて母に届けようと考えるわけであります。

しかしそこに山羊に扮した【セト】が登場し、好物の作物=トウモロコシを
よこせとメイの前に立ちはだかるのでありました。

エジプト神話によれば【オシリス】の刈り取られた「作物♂」は、
川の中の魚に食べられたということであります。

本作では病院の母に元気になるトウモロコシが届いたので、神話とは全然違うとも
考えられますが、あの病院のシーンも例えばサツキの妄想だという仮説も成り立ち
また二人の子供を失った母の妄想に切り替わっていたということもあり得るかもしれません。

トウモロコシの行方は兎も角、「トウモロコシ」に特別な価値を見出したメイは
【イシス】と重なるとこもありまして、そういうわけでメイがシータに転生した説を
裏付ける一つの材料となるわであります。

【イシュタル-イシス-アシュタルト】などの女神は愛欲の【女神ヴィーナス】と
同類でありますので、「トトロ」のメイとは接点がないように思えるかもしれませんが
「売春婦」を意味する「(天空の城)ラピュタ」や風俗店のような場所を舞台とした
「千と千尋の神隠し」など踏まえて考えると必ずしもジブリ作品が性的な要素を
排除していないどころか、むしろ積極的に描いているというべきなのかもしれません。

【セト】と【イシス】の関係性からトウモロコシのメイが、シータに転生したという
一つの解釈が成り立ちまして、そしてその流れで考えたら案外パズーはサツキが転生した
姿かもという可能性も浮上したりするわけであります。

双子でもないのに「サツキ」と「メイ」は同じ「5月」を表しますので
一体感が強すぎるのですが、その反面顔とか性格とか似ていません。

二人は深い絆で結ばれていたから同じ「5月」の名なんだと考えてみたら
案外同じ時に同じ場所に転生し、シータとパズーとして再生したなんて
考えられなくもないのかもしれません。

とは言えサツキがパズーに転生したということを示す証拠はほとんどありませんが
「売春婦のラピュタ」という作品に隠された秘密については、何とか解明する努力だけは
してみるつもりであります。{/netabare}

「トトロの都市伝説」についてはかなり前に聞いた記憶がありますが、その後
新ver.が追加されそのために騒ぎが比較的大きくなったようであります。

その詳しいことについては最近まで全く理解できていませんでした。

{netabare}ファンタジー作品の場合は特にシンボリックな表現が多用されるため
その解釈によって意味が大幅に違うこともあり得るのは当然のことなのかもしれません。

「理屈」で考えたら、制作サイドが公式に否定したならばそこでデマ確定という話になる
のかもしれませんが、それでも解釈の仕方によっては都市伝説の言い分が成り立つことも
あり得ることは否定できない話であります。

ロゴスの形式とミュトスの形式、仮にロゴス(理屈)が駄目でも
ミュトス(神話)の形式により理を説くことにより、
真に成り得るか否かを試してみたいと思います。{/netabare}

「トトロ死神説」というものがありますが、これは比較的簡単に論証できます。

{netabare}死神とは大鎌(デスサイズ)をもった神でありますから、必然的にそれは
【クロノス】=【土星神サターン】ということになります。

【サターン】はその大鎌で父の男根を斬り落とし、我が子を食べて殺そうとした神であります。

本来親とは子を産み育てるものですが、食べて殺すのですから
「子どもを食べる【サトゥルヌス】」は死神そのものであると言ってもいいでしょう。

【サターン】には【ロード・オブ・ザ・リング】という異名があり
「指輪の主」を意味します。

「主」=「主なる神」でありますからそれは【鬼神バアル】ということになります。

【バアル】は【ベル】、【モレク】と同じ神であり、さらに
エジプト神話の【オシリス】も同じ神ということになります。

【オシリス-ベル-モレク-バアル-サターン】これらの神はルーツが一緒の
同じ性質の神であるということになります。

【バアル】にしても【モレク】にしても【鬼神👹】でありますが、
【モレク】の偶像には「フクロウ🦉」の形をしたものがあります。

トトロの名前は「ミミンズク」でありまして、姿も「ミミズク🦉」であります。

【🦉】=【モレク】=トトロなので、【バアル】=トトロとなり
「子どもを食べる【サトゥルヌス】」=死神=トトロとなります。{/netabare}

「サツキ」と「メイ」の名前は5月を表していますが、
4月30日が前夜祭で5月1日が当日となるある祭典があります。

{netabare}4月30日の前夜祭が【ワルプルギスの夜】
5月1日の当日が【ベルテーン】となります。

【ベルテーン】は「主なる神」=【ベル】を崇め奉る祭典であります。
【ベル】は【ケルト人】の神でありますが、他の民族の「5月祭」では
【グリーンマン】や【オーディン】がその代わりを務めることもあります。

【グリーンマン】とは古代エジプトの【オシリス】の色に由来するものと考えられます。
欧州や北欧では祭典に「5月の花嫁」が選出され儀式の重要な役割を担うことになります。

【グリーンマン】=【オシリス】の花嫁と言っても人間が実際に神と結婚できる
わけではないのでこの花嫁は象徴的に考える必要があるのかもしれません。

欧州の「5月祭」の原型は【ケルト人】の【ベルテーン】であると考えられます。

そういうわけで【バアル】信仰や【モレク】信仰に類似した儀式が
【ベルテーン】=「5月祭」でも行われるだろうということであります。

「ソウルイーター」という作品に登場する「死武専」という学校の校長が
「死神」様でありますが、死神というのは要するに「ソウルイーター」という
ことになるわけであります。

上記作品における主人公の決め台詞「お前の魂いただくよ!」というのも
大鎌の所有者=「死神」が「ソウルイーター」であることを示していると考えられます。

ということで【ベルテーン】=「5月祭」では、【等価交換の原則】により
「供物」として「魂」が捧げられるということになるわけであります。

「5月の花嫁」とは神のための供物であるということで、その関係性は
「子どもを食べる【サトゥルヌス】」と「ソウルイーター」に結ばれてしまうのであります。

この種の儀式については「どろろ」や「ひぐらしのなく頃に」でも描写されており
祇園祭と関係が深い八坂神社が祭る【鬼神】=【牛頭天王】=【スサノオノミコト】
に繋がる【👹鬼神信仰】を表すものであります。

「ひぐらしのなく頃に」に登場する古手梨花は巫女でありますが、
儀式で負う役は【メイクイーン】と同じであります。

【鬼神】と似たものに【アザゼル】という「追放の山羊」を意味するものがおりまして
そもそもは儀式の供物に捧げられた山羊の片割れでありますが、それが
【バフォメット】という名で呼ばれ鬼神のように祀られる神となるわけであります。

本作でメイが母にあげようと収穫したトウモロコシをまるでよこせと
言わんばかりにちょっかい出してきた山羊がおりましたが、それは
恐らく【バフォメット】を暗示するものでありまして【等価交換の儀式】を
要求していたということなのかもしれません。

しかし山羊がどうこう言う前に「ミミンズク🦉」に何かをしてもらっている
時点で【等価交換の儀式】に応じたと解釈できますので、「花嫁のメイクイーン」は
対価を支払う運命から逃れられないことが確定したのかもしれません。

「トトロ」とは「トロール」のことであるとも言われていまして、なので
「ムーミントロール」と同じという風にも考えられるわけであります。

ムーミン谷の「ムーミントロール」には「スナフキン」という友人がいますが
この「スナフキン」の元ネタはタロットカードの(№0)「ザ・フール」であります。

「ザ・フール」=「愚者」の緑色は、エジプト神話の【オシリス】に由来し、
早い話が「緑の愚者」は【オシリス】に一致しますから「ムーミントロール」も
【オシリス】の仲間ということなります。

「ムーミントロール」とは違う「ベルセルク」の「トロール」は普通に子供を
襲いますので出会えば即死確定、話になりません。

トトロはタタリ神=祟り神であるという説もありますが、祟り神は縄文人の神でありまして
呪術文明に属する神ということになります。

呪術文明と言えば【シュメール&バビロン文明】ということになり、
【ベル・バアル・モレク信仰】の如くそこでは子供は供物になってしまいます。

【スサノオノミコト】などの「👹鬼神信仰」のルーツは恐らく「縄文時代」にあり
そもそもは「シュメール文明」がすべての源泉であるという結論になるかと思います。

そういうわけで縄文土器を見たら「子供が危ない」と警戒すべきでありましょう。

最終的に「サツキ」と「メイ」が生きているのか死んでいるのかは断定できませんが
「サツキ」と「メイ」が【メイクイーン】の役割を担っているならば
生存はほぼ不可能ということになります。{/netabare}

さて例の「狭山事件」でありますが、ポイントは「女子高生」が不幸にも殺されたのが
「5月1日」であり、狭山市「祇園」が発見現場であったことであります。

{netabare}本作との共通点はほぼありませんが、「5月1日」に「祇園」という現場だから
「祇園」と【スサノオノミコト】の関係性を加味すると、実際どうかはわからないとしても
「儀式殺人」にこじつけることができる、そう解釈できないこともないという
ことになるかと思われます。

問題は宮崎監督がそれを知った上で本作にその要素を敢えて組み込んだか否か
ということになりますが、個人的な考えではこの監督なら古代宗教に詳しいので
【鬼神信仰】について知らないわけがなく、他作品で既に古代宗教の要素をふんだんに
取り込んだ内容を表現していますから、全部承知の上で作品作りをしたと見ています。

もちろん本作だけの解釈ではいかなる断定もできません。

知った上ですべてやってるということを示すには他作品から複数の証拠を
示す必要があるでしょう。

記憶が間違いでなければメイ行方不明事件の日付は8月21日です。
「 8月21日」だと何も関係なさそうなので【グノーシス転換】しまして
「12月 8日」としますと、その日はなんと(ローマカトリック教会が言うところの)
聖母マリアが母アンナの胎内に宿った日だそうです。

「聖母マリア」というのは実は【女神イシュタル】のことで、
天空の城ラピュタの「シーター」の名前の由来がこれであります。

【メイクイーン】が死んで「シータ」=【イシュタル】に転生したという
解釈ができるわけであります。

「 8月21日」死滅
「12月 8日」再生
この「ひっくり返った」関係性がおわかりいただけますでしょうか?

「生」と「死」が入れ替わることを日付の数字を入れ替えて示しているのであります。
【グノーシス主義】というのはシンメトリーに異常なまでに神経質なのであります。

「儀式殺人」は「再生の儀式」であるというのが古代人的発想なのでしょう。
再生のために殺すのは正義であるというわけです。

【メイクイーン】は祭司=儀式の進行役である場合もあるかもしれませんが
その場合は供物を別に選出する必要があります。

祭司の花嫁サツキ、供物の花嫁メイなどという話もあり得るかもしれません。

ちなみに「ミッドサマー」というホラー作品では花嫁は祭司役担当だったようです。

解釈は様々なものがあり得るものの、敢えてサンプルを一つ示すならば
メイのものかもしれないサンダルを確認した後の描写は
事件にショックを受けたサツキの現実逃避的妄想の世界が
描写されていたかもしれませんという話であります。

トトロの種を庭に植え生えたはずの大木が消えていたわけですから
実は妄想でしたとできるわけであり、むしろそれがファンタジー作品という話です。{/netabare}

「ジャニーズの都市伝説」は現実化しまして
「ディズニーの都市伝説」も間もなく現実化すると踏んでいます。
そして終には
「ジブリの都市伝説」も都市伝説ではなかったという未来も
近いだろうと確信しています。

本作に比べれば「天空の城ラピュタ」の方がジブリの本性を晒し易いと考えております。

ジブリ作品についはサブリミナル的な描写の話は聞きませんが、ある種の有害性が
あるという意味ではディズニーアニメと大して変わらないものだと考えています。

果たしてジブリ作品は子どもに見せられるような健全なものであるのかについて言うならば
残念ながらそういうものではないというのが個人的見解でございます。

投稿 : 2025/03/01
♥ : 0
ネタバレ

renton000 さんの感想・評価

★★★★★ 4.8

久々に

 何回目の視聴かは分かりません。90分弱の作品。
 久々に甥っ子と視聴したんですが、改めてすごい作品だなと思いました。作品自体のすごさももちろんあるのですが、何よりも国民的な思い出の作品になってしまっていることがすごい。私が見ても面白いし、園児が見ても楽しめる。素直にすごいな、と思いました。
 まぁひたすらネコバスのシーンをリピートさせられて、正直辟易したんですけどね…。


引っ越し:{netabare}
 トトロの引っ越しの特徴は、家族が欠けた状態であることと、都会から田舎に引っ越していることです。

 何度も繰り返し見ているために、お母さんが入院中であることは前提みたいに捉えてしまうのですが、作中でこれが明らかにされるのは開始後20分ごろでした。仮に初見だとすると、お母さんは既に亡くなっているのかな、という感覚で引っ越しのシーンを見ることになると思います。楽しげな家族の引っ越しシーンでありながら、家族の重要な要素が欠けている様が描かれています。

 都会から田舎への引っ越しであることはセリフとしては明らかにされていませんが、描写からは明らかです。サツキのファッションは他の同級生たちよりもずいぶんおしゃれですし、お弁当の内容も電話などの時代背景から想像されるものよりもずっとカラフルですからね。自然に触れて喜んでいるのも都会出身だからこそだと思います。都会で育っていることは間違いないでしょう。で、この都会から田舎へというのは、トトロのいないところからトトロのいるところへ、ということでもあります。


 同じ世界観で引っ越しが描かれる作品は他にもあって、それは魔女宅。アプローチは逆です。
 欠けている家族を描いているのではなくて、家族から欠ける側を描いています。キキは仲睦まじい両親の元から離れていく側です。
 都会から田舎への引っ越しではなくて、田舎から都会への引っ越しをしています。魔法の薬やホウキで空を飛ぶキキを友人たちが見送ることなど、田舎では魔法が日常の中で受け入れられています。一方、都会では魔法は認知もされていません。つまり、魔法のあるところから魔法の無いところへの引っ越しです。

 家族仲が良好であったり、トトロや魔法などの都会にないものが田舎にはあったり、どちらの作品も世界観としては共通しているのですが、アプローチとしては真逆なんだと思います。
 トトロの直後の作品が魔女宅ですから、当時の宮崎駿監督の世界に対する認識が垣間見えます。テーマの一つである田舎にあるものの重要性を、同じ世界観を表と裏の両面から見ることで描いていました。


 この構造がガラッと変わる引っ越しがあります。それが千と千尋。
 家族の全員で引っ越しをしているにも関わらず、楽しげな様子はありません。都会と田舎という対比の中でドラマが用意されているのではなく、ドラマが起こるのは異世界になってしまいます。
 都会と田舎の対比がされない以上、引っ越しではなく旅行でも話は進められたと思うのですが、あえて引っ越しから始めたことで、上で挙げた2作品との対比を作っていたように思えます。都会と田舎で対比が出来るような時代ではなくなってしまったということなのかもしれません。
{/netabare}

不在への振る舞い:{netabare}
 トトロの物語にはワクワクするような楽しいシーンが多いのですが、トラブルのシーンも結構多いですよね。作中で起こる大きめのトラブルをまとめるとこんな感じ。

 庭にいたはずのメイが行方不明。お父さんが帰ってこない。
 学校に来てしまうメイ。お母さんが死ぬかもしれない。

 共通点は誰かが不在であることへの振る舞いであると思うんです。上で書いた引っ越しも、母親不在における家族の振る舞いとして捉えられます。もちろん究極的な不在は、最後に出てくる「死」です。その前までの不在は、最後に出てくる「死」へのステップとして描かれていたように感じます。

 家族の不在に対するメイの振る舞いは、とても分かりやすいです。
 サツキが学校に行ってしまっても、お父さんが近くにいれば何も問題はありません。ですが、お父さんまでいないとなると耐えられないんです。サツキを追って学校まで来てしまいます。お父さんの帰りが遅くてもサツキといれば耐えられる、というのも同様です。そばにいる家族が必要なのであって、近所のおばあちゃんではダメなのです。

 では、サツキはどうなのかというと、メイよりは高いところで不在への耐性があります。
 サツキは家族の中で母親の役割を十二分に果たしています。家事をしたり、メイの面倒を見たり。これらのシーンは何度も繰り返し遡及され、かなり強調されています。メイほど幼くはないのです。
 ですが、如何にサツキが母親の役割を全う出来ていたとしても、現実の母親の死の保険にはなり得ませんでした。サツキは単なる不在には耐えられます。しかし、母親の役割を持つサツキですらも、現実の母親の死という究極的な不在には耐えられませんでした。サツキほど自立をしていても、子供にとって親の代替は存在しないんだ、ということです。

 この家族観を大きなスケールで捉えたものが社会的なコミュニティです。父親が不在であっても、サツキとメイを救う手はコミュニティには存在しているのです。これが前項で述べた「田舎にあるもの」へとつながっていきます。トトロの存在自体は「田舎にあるもの」を象徴化させたものですが、トトロの存在を消してこの作品を見たとしても、「田舎にあるもの」の重要性はゆるぎないものだったと感じました。

 しばしばトトロにはテーマがないとか中身がないなんて言われたりしますが、そこまで言うほどストーリー偏重ではないように思えます。
{/netabare}

雑記:{netabare}
 トトロの上映時間を調べるためにググったら、都市伝説がかなり上の方の検索結果に出てきたので驚きました。公式で否定されているとかそういうことはどうでも良くて、それ以前にこの意見が出て来ること自体にも、かつそれが広く認知されてしまうことにも違和感を覚えます。

 そもそも死をテーマとして描く作品で、実際に人を死なせる必要など皆無です。死は象徴的に描けばいいのであって、実際に誰かを殺すこととは次元の違う話だと思います。象徴物としてや構造的(境界的)に死を描いた作品はたくさんありますし、そのような作品では、何が死を担っているのか、境界のどちら側にいるのか、というのが重要なのであって、やはり実際の死とはリンクしていないように思えます。
 都市伝説のネタ的な面白さには同意しますけどね。久々に読んだのでの面白かったです(笑)
{/netabare}

投稿 : 2025/03/01
♥ : 12

みかみ(みみかき) さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

リアルな雨のよる(追記:鈴木さんのこと。あるいはパヤオのこと)

昨年、中日新聞がテレビ欄の紹介文で、
「少女は2匹の不思議な生き物を執念深く追う」
という紹介をしたことで、話題になったりしたな…というどうでもいいネタを思い出したりしましたが、それはさておき、



「子供向けアニメ」とされていますが、実際には必ずしも、子供向けアニメではないように思っています。というのも、わたしが子供のころは、地味な話なのでけっこう退屈で……もっとラピュタとかドラゴンボールみたいな、わーっと、元気なおとこのこが大活躍するようなはなしがいいわぁ、と思っていました。こんなリアルな雨の夜の描写とか…なんか怖いこと思い出すし、あんまりたのしくないわぁ…
 とか。思っていましたよ。



 で、逆に、年をある程度とってからみると、このリアルな夜の描写とかが逆にいかにすぐれているのか、とかということをまざまざと思い知るわけです。とんでもなく、よくできている…!
 わたしは、トトロと魔女宅は、子供のころと大人になってからで評価が逆転したのですが、そういうお子さんだった人ってほかにはいないものなのでしょうか。

■追記:パヤオの口の悪さをめぐって

 (これは、トトロじゃなくてもよかったのだけど、とりあえず、ここに書いておく)

 パヤオは、しかし、こういうものを作る人でありながら、一方で非常に口がわるい、という話がある。っていうか、口が悪い。
 たとえば、手塚治虫御大の追悼本のなかで、手塚をボロクソに批判する、という所業をパヤオはやって遂げている。はっきりといって、パヤオはある意味でイカれている。おいおい、お前、言いたいことはわかるけど、大丈夫かよって、ちょっと心配になる。
 でも、まあ、ある程度、大規模なオペレーションが必要な映画・アニメ・ゲームなどのコンテンツ制作においては、ディレクター/監督の役割をはたす人は、たいがいイッちゃってる。ある人は「強靭なメンタル系」と言っていたが、ストレス耐性があるとかって人は要するに、イッちゃってるんですよ。ほとんど。
 わたしの知る限り、イッちゃってない人は、たいがい「あっ、自分には大規模開発は無理だわ…」ということを悟って、1作か、2作をつくったところで、強力なオペレーションが必要とされる大規模開発からはフェイドアウトしていく。
 なんで、イッちゃってる必要があるか、というと「無理な要求」を通す必要が何度も生じるからだ。無理な要求、をスタッフに求めるときに、それを言うことのできる強靭なメンタル・タフネス。そして、それによって恨みを買っても耐えることのできる鈍感さ。それがイッちゃってる、ということの強みだ。

 で、ただ、イッちゃってる人は本人一人だけだと、あまり仕事がうまく回らない。だって、周囲が振り回されるだけだからね。「なんなの、あいつ。すごいのはわかるけど、あの言い方はなんなの?」と周囲はストレスをためる。イッちゃってる天才は「なんで、うちのスタッフどもは、この程度のことが理解できないのか…!!!!!!」とストレスをためる。天才には当然みえている孤独な複雑系。それが、周囲の人間には見えていない。
 なので、絶対に、右腕となる調整役の人が必要になる。パヤオの場合は、やっぱみんな言ってるけど、鈴木敏夫の存在はやはり非常にでかいよね。鈴木さんの立ち回りのうまさや、パヤオと周囲との関係の調整能力がなければ、ぜったいに巨才・パヤオは成立してなかったろうと思う。
 「一発屋」系の天才の人って世の中にけっこういるけれど、そういう人って多くの場合、信頼できる右腕と出会えてないんだよね。だからこそ、一発屋、で終わってしまう。巨大な才能を安定的に出していくための、体制にめぐまれない。これはとてもとても惜しいことだ。本人もものすごいストレスを抱えるし、周りの人もものすごいストレスをかかえる。そういう現場を見ていると、わたしも人ごとでない気がする。

 パヤオが、鈴木さんを通じて仕事を非常にうまくできるようになってきた、80年代。トトロみたいな作品もつくれて、本当にパヤオは、幸せなやつだなぁ、としみじみ思う。
 わたしは、パヤオもすごいと思うけど、鈴木さん、本当にすごいと思う。こういう、イッちゃってる系の人の対応をするのって、本気で疲れるというか、大変だもの。
 相手が目上だったりしたら、なおさら、ぜったいに無理だよね。

投稿 : 2025/03/01
♥ : 14

68.6 2 努力でポジティブなアニメランキング2位
魔王2099(TVアニメ動画)

2024年秋アニメ
★★★★☆ 3.5 (106)
339人が棚に入れました
未来すらも支配せよ 己が魔王であるために 統合暦 2099 年――新宿市。究極の発展を遂げた未来都市に、伝説の魔王・ベルトールは再臨した。巨大都市国家の輝かしい繁栄と......その裏に隠された凄惨な“闇”。新たな世界を支配すべく、魔王は未来を躍動する!第 33 回ファンタジア大賞――異次元の《大賞》受賞作、遂にアニメ化決定!
ネタバレ

101匹足利尊氏 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.8

サイバーパンクな魔王復活物

かつて勇者が魔王を倒したファンタジー世界と、機械文明世界“アース”が融合。
融合世界にて転生した没落魔王が、再び支配者に返り咲くため、近未来の東京にて、
レトロゲーム実況動画配信で“信仰力”を集め、成り上がりを目指したりする、
同名ライトノベル(未読)のアニメ化作品。

【物語 3.5点】
勇者が魔王倒した後で云々、魔王が復活して云々。
このジャンルに対して私は王道から逃げているのでは?という疑念を抱きがち。
よって本作も視聴当落線上で躊躇していましたが。
一方でサイバーパンクは好物ということもあり放送途中から後追い視聴。

見始めてみると、魔王が、悪逆非道な恐怖で下々に圧政を敷く、絶対支配者タイプではなく、
部下想いの漢気のある存在だったこと。
そもそも、本作における魔王VS勇者というのが勧善懲悪ではなく、
不死の支配者である魔王が、定命(じょうみょう)の人間世界を背負って挑んで来る勇者を受けて立つという構図。

魔王ベルトールと勇者グラムの間には、高次元で死力を尽くしてぶつかったからこそ、通じ合える、
強敵(とも)の絆があり。
かつてのファンタジー世界の価値観も廃れた、電子荒廃都市の堕落を憂う視点も共有。
その上での、{netabare} 魔王と勇者の共闘が渋くて熱かったです。{/netabare}

私にとって不得手なジャンルでも、味付けが好みに合ったのか美味しく頂けました。


全体構成は、2部構成。

7話までが原作1巻“新宿編”で、魔王に不敬を働きまくった元・六魔侯・マルキュスにリベンジを図る。

12話までが第2巻“秋葉原編”で、“電脳魔導都市”秋葉原の魔法学園に転向、潜入した魔王一行が、高校デビューしつつ諸問題の解決を目指す。

正直、キリが良い所までと考えたら、“新宿編”を追加エピソードやアニオリで補強して1クールやった方が上策だったのではとも思いました。
というより、今やTVアニメも配信で観る人増えているのだから、7話半クール完結のアニメがあっても良い気もします。

もっとも私はサイバー秋葉原も堪能したかったのと、
“ひじき”こと緋月のキャラが、金髪美少女ハンターの私のセンサーに反応したので、
“秋葉原編”も余興のOVAみたいな感覚で楽しめましたが。


【作画 3.5点】
アニメーション制作・J.C.STAFF

ファンタジア大賞のアニメ化は商業的にあまり成功しない?
ジンクスを背負った諸作品の中では、まだスタジオに恵まれた部類。

が、同スタジオも2024年秋は、終盤放送延期した『ダンまち』5期も含めた5作も元請けし、
本作も割かれた作画兵力は潤沢とは言えません。

料理の作画も凡庸。
ただ、序盤、力を失った魔王が忠臣マキナのボロアパートに身を寄せた際の粗末な食事は、
作画カロリーの低さも相まって妙な哀愁が漂っていて良かった?ですw

思い返せば、あのボロアパート。
再起を目指して寄り添うベルトールとマキナの素朴さが、
私は一番味わい深かったですね。
{netabare} あそこをマキナ拉致ついでに爆破させたマルキュスは、やはり万死に値しますw{/netabare}


ただし、限られた作画カロリーの中でも懸命に演出しようとする意志は感じました。
バトルシーンでも、アングルを工夫しつつ、瞬間移動の如き映像で、最小限の枚数で高速戦闘を表現してみたり。
あとは、{netabare} 女神の依代となり、自らとは異なる意志の介在に苦悩する緋月の心象世界とか。{/netabare}

何よりサイバーパンクな新宿、秋葉原の蛍光色重視の背景はテンション上がりました。
また電脳荒廃都市・新宿の東京都庁みたいなきらびやかなツインタワービルを眺めていたら、
昨年の都知事選でも争点となり物議を醸した、
億単位の予算を投じた東京都庁ライトアップを思い出してジワリましたw
誰もが魔法を使える近未来が到来するまで、
金を喰う都庁ライトアップは控え目になさっては如何?とか思ってみたりw


【キャラ 4.0点】
魔王ベルトール。
底辺でも逆境でも常にマイペースなのが彼の威厳であり、笑点でもありw
一番可笑しかったのが、{netabare} 秋葉原編、緋月とのラッキースケベ混浴シーン。
普通なら男の主人公もヒロインの裸を前に狼狽える所。
が、ベルトールは恥じるどころか、余の美しい肉体を見よと陶酔し、
一方的に赤面するのは緋月だけという一風変わった混浴カットでしたw{/netabare}

敵キャラではマルキュスの秘書・木ノ原が渋くて私好み。
ちょっとズレてる感じでカタコト英単語連発する真面目美女が、スーツ姿や“マギノギア”装備で刀剣を“雷光抜刀”する姿がグッと来ます。
{netabare} 錆びついた大剣を振り回す勇者グラムとのマッチアップは、
新旧の価値観が交錯する舌戦も含めて、デリシャスでした。{/netabare}

自称天才美少女スーパーハッカー・高橋。
魔王周りでは貴重な定命の人間キャラ。
電脳都市のナビゲート役として、会話劇の起爆剤として。
作者も使い勝手が良いと語る潤滑油キャラ。
こういうキャラが一体いると便利だなと私も感じました。


【声優 4.0点】
主演・魔王ベルトール役の日野 聡さん。
一人称は余。コミカルでもシリアスでも形態変化しても、
威厳を意識したという演技で作品を支配。

魔王を甲斐甲斐しく世話するマキナ役には伊藤 美来さん。
魔王復活を待ち続けて苦難に耐えた日々をベルトールに労られた際に涙する演技などは特に、
忠義と思慕が滲み出ていて好印象でした。


新宿編ラスボス・マルキュス役の松風 雅也さん
誰もが複雑な詠唱なしに魔法を操れる夢の後頭部挿入デバイス“ファミリア”を開発販売し、
新宿の支配者に成り上がった元・六魔侯。

魔王に不敬なマウント芸を働くデカ過ぎる態度から、
不利になると小物感を丸出しにする。
『半沢直樹』バリな痛快復讐劇を演出したのは松風さんの好演あってこそ。

やはり魔王役・日野 聡さんと互角に掛け合えるのは勇者役の浪川 大輔さんぐらい。
マルキュスでは力不足でしたw


あとは秋葉原魔法学園・学師・マグロいやwマグ=ロサンタ役・日笠 陽子さんの、
絶妙なカタコト感とか。


【音楽 4.0点】
劇伴担当は加藤 達也氏。
融合世界が舞台ということで、王道ファンタジーなピアノ&ストリングスから、
近未来SFなテクノ、エレクトロまで幅広い対応が求められましたが、
同氏は時に、バンドサウンドやボーカル曲も交える流石の守備範囲で魅せてくれました。

OP主題歌はシユイ「ホロウ」
『水星の魔女』のED「君よ 気高くあれ」でSFタイアップ力も実証済みの同アーティストによる良バラード。

ED主題歌はsekai「スピラ」
静かな電子音のイントロが、どんなパターンの引きにも好対応し、EDを守り抜いた佳作バラード。
こういうEDの仕事。私は評価したいです。

投稿 : 2025/03/01
♥ : 14

ヘンゼル さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0

ラノベアニメの中では75点。一般のも含めると60点ぐらいの出来。

原作未読。久しぶりにラノベ原作のアニメを見た気がしました。

見終わった感想は、まあ普通。
最近の新規のラノベアニメの品質がそこまで高くないのもあってか、それと比べたら中の上レベルぐらいの面白さかな~という感じですね。
ただそれもラノベという枠内の話なので、一般アニメと比較すると中の下より少し上ぐらいの評価かなと思います。

暇つぶしで見れば面白いと思えるかもしれませんが、本気でこの世界に浸りたい!という方には個人的におすすめは致しません。
その理由は後ほど記載しておきます。


さて、まずは良い所からですね。
①世界観
結構面白い世界観だな~と率直に思いました。
サイバーパンクというジャンルで、「コンピュータに管理されてはいるが、退廃的で暴力的な未来社会」を指す言葉なんですが、本作はそれに付け加えて「魔法」が入ってきます。
言うなれば、マジカルサイバーパンク?という事なのでしょうか?
本作はそういう要素を元に世界観を構築しており、ちゃんと説得力がある描写を随所に入れ込んでいます。

例としては、「ファミリア」という身体に着ける機器とかですかね。
この機器が及ぼす社会体制や、実際の使用者などの描写が丁寧でとても良かったと思います。

②キャラ
ベルトールというのが本作の主人公で、タイトルにもある通り「魔王」なんですが、魔王というキャラとしては意外と普通かな?という感じでした。
陳腐なキャラかもしれませんが、勇者魔王物を知っていれば比較的想像しやすいキャラでもあり、余計なことを考えずにダイレクトに伝わるキャラでもあるので、私的にはそこがグッドだなと思いました。

③作画
全体を通してみれば、中の上あたりぐらいでしょうか。
第9話辺りから怪しいシーンが多くなってきますが、それもそこまで気にならない出来でした。
そのため、作画は結構いい方です。

良い所はこんな感じですかね。
では次に、悪い点に行きましょうか。

①世界観がちゃんと生かされていない
主にサイバー要素が少ない、というか現代機器の基準とそこまで大差ない感じなので、未来的なガジェットや先鋭的な都市システムが出てくることもほとんどないですね。
そういうのを期待して見ない方が良いです。

また、戦闘シーンでもサイバー要素が生かされる事が少なかったなという印象。
勇者VSサイバー秘書は結構出来がいい方なんじゃないかなと思いますが、それ以外がうーん。魔王VSマギノギアが次点ですかね。
特に酷かったのは女神VS魔王の戦いで、サイバー要素が何もない。
秋葉原で戦うのであれば、せめて秋葉原の要素をもっと生かしてほしかったなという感じですかね。
都市中の電力を集めてレールガンでぶち抜くとか。
まあそうなると、このお話の根本から変更しないといけないですが。

②一部シーンの作画
ベルトールが真の姿でしたっけ、それを敵に見せつけるという流れがあるんですが、その姿がまあ酷い。
作画も相まって「小学生のころとにかく強そうな要素を片っ端から入れました的なドラゴン」になっていて、あまりにも共感性羞恥が過ぎる出来でした。
あと、喋るたびに口をパクパクさせるんじゃない。鯉じゃないんだから。
ドラゴンなんですから、もう少し厳かにしていて欲しかったですね。

③テンポ
ベルトールが真の姿をお披露目した回に、これまで散々煮え湯を飲まされてきた敵キャラに対して圧倒するという流れがあるんですが、そのテンポが長くて冗長です。

そういうシーンは、スピーディである方がカッコいいと思うんですよね。
よくありますよね。恨んでいる奴だったしても一発殴って終わりにするやつとか。
私個人としては、たとえそれが復讐する相手だったとしても、執拗にネチネチ痛めつけるのは好きじゃないんですよ。
なぜならたとえ感情移入してそのキャラを見ていたとしても、結局は他人で、自分がやられたわけではないからです。
本作はテンポも悪いのも相まって、そのシーンの描写がくどかったように感じました。

でもこの点に関しては、完全に私個人の好みによる評価ですので、復讐シーンは時間たっぷり見たいという方には刺さる内容かもしれません。

次に、第9話及び第10話に出てきたメイド喫茶のシーンのテンポ。
これが作中では特に一番酷かった。
その後に出番もないようなネタキャラを、何十秒も画面に出すんじゃねえよと。
それ以外にもこの回の話に出てくる会話や、決闘シーンがありえないぐらい冗長で、露骨に尺を稼いでいる感じでした。
面白いシーンなら別に良いんですが、本作は全体的にギャグのキレが悪い上に、会話劇にしてもラノベ特有の長ったらしい言い回しをそのままアニメでも使うので、脚本家が仕事してないんじゃないか?と思ってしまいました。

しかし逆に、最終話らへんのテンポがありえないくらい早かったですね。
ただその割に、設定や舞台状況の説明不足が甚だしく、今何が起こってるのか、いまいちよく分からず意味不明でした。
結局、魔法街と電気街が対立しているのはなぜだったのでしょうか?
謎です。

④ラノベアニメにありがちな安い「暗い過去」を持ったキャラ
正確に言えば、その話を作るために即席の「悲劇のヒロイン」を出してくることですね。
これ、つまらないんでもう見たくないです。
たかだか数話、話の中核を担っただけのキャラに、何をどう思わせたいのでしょうか?
感動? 
できるわけないんですよ。
こういう話づくり、というかこういう見せ方しかできないから、ラノベアニメって書籍原作より、WEB原作の方が売れるんですよね。

総評
ラノベアニメとしては普通ですが、漫画原作のアニメなども含めると「田舎では神童などともてはやされていたが、有名進学校では普通よりちょい下の劣等生」という感じの出来ですかね。

ただ、ラノベアニメ好きの方には一度観てみても損はない作品かなと思います。
最近の書籍原作のラノベアニメはハズレな事が多いので、本作はそれと比べると十分当たりだと思います。
取り敢えず、区切りが良い8話辺りまで観てみる事をおすすめします。
第9話以降は言ってしまえば駄作に片足突っ込んでいるレベルの出来なので。
以上です。

投稿 : 2025/03/01
♥ : 0

大重 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5

世界観は面白く作画も良好。でも…地味。特に光るところがない。

1話感想 3.8 世界観は面白く作画も良好。興味はあるが…
地球とファンタジー世界が融合した世界に、ファンタジー世界で500年前に封印された魔王が復活したが、なろう系とは違って魔法が廃れている世界ではなく、もっと発展していて魔王が雑魚扱いされる展開。

世界観はなかなか面白く作画も良好。
興味は持ちました。
しかし、文句無しに視聴決定、とはならなかったのは、あまり主人公を好きにはなれなかったせいか。

主人公は不死者だそうで。でも勇者相手には殺されたわけ?
不死者の定義が良くわかりませんが…。
価値観が人間と違うせいかイマイチ共感できませんね。
部下に裏切られて気の毒、なのかもしれませんが、500年も封印されていて部下はその間外で生きていたのだから、そりゃ色々あるでしょう。

問答無用で従えと横柄になる方がどうかしている。
後はちゃんと部下の言うことを聞かなかったり、自分の力を過信していたのはわかりますが周囲が意味不明な状態なのにきちんと情報収集をしないところなど…。
でもこれは、過去圧倒的強者だったら警戒しないのは仕方ないかな。

まあ事情はわかりますが、でも好きにはなれませんでした。
なので評価は高いのですが、見るかどうかはまだ迷っていますね。
でも高優先順位にしたいところです。

全話感想
なかなか良かったと思います。
まあだから見たのですが。
作画は良好。内容もそれなりに面白く…。
まあ、安定して普通には楽しめました。

でもまあ、苦言を呈すなら… 地味でしたね。
うーん、主人公が不死だからピンチらしいピンチもなく、かといってなろう系のような爽快さだけを重視してただ楽しめるようにしてくれているわけでもなく。
魔王なのに配信者、というのも面白い設定なのに、主人公に数という力を与えただけで用済みなのか。
配信者であることが設定的に生かされることは無かったですね。

悪くない止まりで、特別な面白さはなかったです。

結局最初にキャラがいまいち気に入らなかったわけで、その通りでしたね。
どんな内容でも好きになったキャラなら楽しめますし、そうでなければどうでも良くなってしまう。
結局ベルトールを好きになれませんでした。でもマキナが可愛いのでかろうじて見れたってところですね。

投稿 : 2025/03/01
♥ : 3

計測不能 3 努力でポジティブなアニメランキング3位
魔神創造伝ワタル(TVアニメ動画)

2025年冬アニメ
★★★★☆ 3.1 (7)
28人が棚に入れました
小学4年生の主人公「星部ワタル」は動画配信でスーパースターを目指すリューチューバー。 ある日突然、迷いこんだのはトンデモ異世界な「宙部界」(ちゅうぶかい)。そこでは、迷惑系なヤカラたちが人々を困らせていた。 ラスボス「エンジョーダ」を倒し、人々の笑顔を取り戻すため、ワタルは救世主としてブロックで創った魔神(マシン)「龍神丸」とともに戦うことになる。 いま、ワタルと仲間たちとの大バズリな冒険バトルが秒ではじまる!

たナか さんの感想・評価

★★★☆☆ 2.9

リデュース・リユース・リサイクル

リメイクではなく新世代向けの完全新作
コッテコテのキッズアニメ

01
YouTubeからキッズを取り戻そうとする涙ぐましい努力

おっさんが考えた「キッズアニメってこういうもんでしょ」みたいな感じ。動画配信やマイクラなど流行りの要素を取り入れてはいるがノリが完全に昭和。キッズに寄り添うならMOBAとかFPSになると思うのだが、健全なものを好んでほしいという親心への配慮といった印象。今の子はコレ見て楽しめるのかは謎。とっつきやすさ重視なのはわかるが決めセリフが「秒でBANだぜ!」って。BANをやっつけるって意味にするのはどうかと思うのは自分がおじさんだからなのか。

キッズアニメなのでしゃーないがほぼ全てのセリフが説明セリフ。そのうえやたらと噛み砕いた表現にしているので、セリフ量に比べて情報量がかなり少ない。ゆえにクソなろうと比べてもテンポが悪く体感時間が長くなる。YouTubeに馴染みのある世代ならなろうレベルの速度感でも理解できそうな気がしないでもないし、小学生低学年が見ても普通に退屈だと思う。あとは婦女子狙いが透けてみえるのも萎えポイント。

CGの龍神丸がちゃんとカッコいいのは流石。アレンジされてはいるがどうみても龍神丸。時代を越えても耐えられる存在感に、初代のデザインがいかに優れていたのかがわかる。でも初代世代のおっさんが見ればって話で、今の子供達はどう思うのでしょうね。杉田氏はもう完全にロボ声優になってしまった。初代に寄せた演技はちゃんとキマってていい感じ。

古いIPを再利用したいだけの下心で爆死は免れないでしょう。

投稿 : 2025/03/01
♥ : 0

大重 さんの感想・評価

★★★☆☆ 3.0

名前は懐かしいですね

本作の前身であろう、魔神英雄伝ワタルと言えば私らおっさん世代からすると「懐かしい、子どもの頃見ていた」となるのでは。
私は見ていなかったので知りませんが。

でも主人公がワタルでロボが龍神丸でヒロインがヒミコで顔のでかいおっさんが仲間に居る、くらいは知っています。
なんでだろう。アニメージュとかでちらっと見たのかな。

というわけ懐かしい以外の印象もなく、内容も子ども向けなので特に見ません。
採点もなしです。子どもがみて面白ければ良いですね。というか見ると良いですね。

しかし、現代の子ども向けに作ったであろう作品で、主人公が当たり前のようにYoutuberをやっているのは、へー、と思いました。

主人公なのだからある程度身近な存在であるべきで、Youtuberがどこか遠い存在だと思っていたら主人公にはできません。

Youtuberは今どきの子どもにはそれだけ身近な題材なのでしょうね。
全員が当たり前にやっているわけでは無いでしょうけれどクラスメートがやっていてもおかしくないような、ちょっとしたあこがれの職業、みたいな感じでしょうか。

ダンジョン配信ものとかイマイチが乗りにくいように、若い人との感覚のズレが今後とも気になるのかなぁ、とは心配になりました。

投稿 : 2025/03/01
♥ : 4

レオン博士 さんの感想・評価

★★★★☆ 3.5

小学生男子向けアニメ

17時台に放送されているちゃんとした小学生男子向けアニメ
昔から続くシリーズらしいですがわたしは初見

ふつうの少年がyoutubeみたいなものがあるファンタジー世界に行って世界を救うスーパースターになって、迷惑youtuber(youtuberだけじゃないかも)とロボで戦う単純でポジティブなアニメ

なんでロボでバトルしてるの? 
不正したり変な配信するより、茶番でいいからロボバトル配信するのが一番再生数稼げそうじゃない?って突っ込んじゃダメです

今の子どもが好きそうなものがいっぱい詰まってますねー
予算潤沢で作画綺麗、子ども向けアニメの基本は抑えられていていいアニメだと思う

世界観はごちゃごちゃしていてよくわからないし、ストーリーは完全に子ども向けだけど、子ども向けアニメはこれでいいとおもう

投稿 : 2025/03/01
♥ : 11
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