メカニックで戦いなTVアニメ動画ランキング 5

あにこれの全ユーザーがTVアニメ動画のメカニックで戦いな成分を投票してランキングにしました!
ランキングはあにこれのすごいAIが自動で毎日更新!はたして2024年11月23日の時点で一番のメカニックで戦いなTVアニメ動画は何なのでしょうか?
早速見ていきましょう!

55.6 1 メカニックで戦いなアニメランキング1位
白銀の意思 アルジェヴォルン(TVアニメ動画)

2014年夏アニメ
★★★★☆ 3.1 (304)
1589人が棚に入れました
アランダス連合王国とインゲルミア諸国統合体。長きに渡る二国間の戦争は、アランダス建国以来の不抜の城塞、グレート・ウォールを挟んで膠着していた。
しかし、固く閉ざされていたはずの砦の門が音を立てて開かれ、戦況は大きく動き始める。

アランダス東方山地の隠し砦に駐屯する独立第八部隊。そこには初陣を控えた新兵、ススム・トキムネの姿があった。
命令に従い、サモンジ・ウキョウ中尉の指揮の下、本隊と合流すべく移動を始めた彼らは、民間人を襲撃するインゲルミア軍と遭遇する。
罠の可能性を顧みず先行したトキムネは、トレーラーに乗っていた技師、ジェイミー・ハザフォード、そして白銀のトレイルクリーガー・アルジェヴォルンと運命の出会いを果たす。

戦うことが当たり前となった世界の片隅で起きた出会い。この小さな偶然は、トキムネたち独立第八部隊の未来を変えると同時に、戦局に大きな影響を与えることになる――。

声優・キャラクター
逢坂良太、大西沙織、土田大、大原さやか、櫻井浩美、浜田賢二、手塚秀彰、赤﨑千夏、橋本ちなみ、愛美、櫻井孝宏、速水奨、葉山いくみ、松本忍、千葉進歩、吉野裕行、小林裕介、山本格、興津和幸、近藤孝行
ネタバレ

生来必殺 さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

運命という戦況に、白銀の意思は、如何に抗うか?

ミリタリーテイストが強めの単純ロボットバトル系とみせかけて
実は人間ドラマ重視で人物描写が巧み、メッセージ性も強く、
よく噛みしめるほど旨味が感じられる味わい深い作品。
(第1話で違和感でもなんでもいいからなんか気になる要素を
興味として見出せるか否かで本作に対する好き嫌いが分かれると推測)

オマージュに満ちているがそのオマージュが上手く生きており、
ロボット系作品を見尽くして、もうロボットバトルはお腹一杯
という印象を持っている自分にはかなりのストライク作品だったかも。
逆に言うとロボットバトルに期待する人には・・・

登場キャラのそれぞれの思い、政治的思惑、運命が
戦場という舞台装置の上で交錯する、多元重層ワールド。
夢、友情、裏切り、郷土愛、復讐、後悔、信念、命、生きがい
視聴する側の感受性次第でいろいろなテーマを見出せるのが本作の魅力。

航空戦力がないとか、主人公サイドの分が悪い戦況とか
いろいろな細かい設定が見事に嵌まっている印象を受けた。

少しヘタレな主人公と葛藤に溢れた物語が好きな人には結構お奨め。
{netabare} ヘタレ系主人公にある種の嫌悪感を感じるのも王道的設定のひとつ。{/netabare}

個人的には機動戦士ガンダムの正統な後継者の地位を与えたいくらいに完成度は高いと評価する。
(完成度が高い=一般的に楽しめる、ということでないのであしからず)

一般論で言うならば、見る前から偏見をもって作品に触れるのは望ましくないのだが
本作に限って言わせて貰うなら、本作の真の主人公はナンジョウという名の
テストパイロットであるかもしれないという仮説、
それを是非とも念頭において見て貰いたく願うものである。

☆以下は内容に更に踏み込んだ感想等々につき閲覧注意!
{netabare}印象的に描かれてた握手にはどんな意味があったのか考えてみた。
手と手を繋ぎ、人と人を繋ぎ、人の温かさや思いを繋ぐ。
人間関係と因果関係の繋がり、過去と現在と未来の繋がりがなかなか上手い
という印象を本作に持った故の邪推にすぎないが。

NRシンドロームそれ自体が厄介な病であるのだが、その影響を間接的に受けた
サモンジ隊長もNRシンドロームの最大にして最重度の被害者、感染者であるように思えた。
NRシンドロームというよりそれに基づくトラウマ体験。
それが彼の心に重くのしかかり、自虐的で破滅的な道を歩ませることになる。

頭脳明晰で元帥に成り得る器のエリート軍人であったサモンジウキョウは
型破りの軍人ナンジョウレイカとめぐりあい…考え方が360度引っくり返る。
180度はナンジョウレイカの情熱や思いに触れたことにより、
そこからの180度は実験の失敗と何も出来なかった自分への後悔の念により。

かくして彼は、軍律命令より部下の命を重んじ、自分の保身のために
平気で部下を見殺しにする上官はぶん殴るエリート街道から転落した男になり
その一方でトラウマ体験が、生来皮肉屋だった彼をよりいっそう皮肉屋にする。

しかし皮肉な運命は、皮肉な男が最も望まない形で廻り続け、めぐりめぐって
再びめぐりあう・・・
実験失敗に終わった機体の後継機と実験機のパイロットであった彼女の実の弟。

指揮官は重大な決断をしなければならない、部隊を全滅させないためにも。
新型機体アルジェボルンを有効に活用することは状況的に見てベストな選択
だったのだろう。
軍人として、部隊を預かる指揮官として・・・
指揮官は部下をコマのように扱うのだが、一人の人間として考えた時
その決断が誤りだったと彼には思えたのかもしれない。
上官に鉄拳制裁を加えたように自分自身にも制裁を加えるべきではないのか?
皮肉な運命も、自分のケジメつけろと彼を促しているようであった。
だからこそ、死にたがりの男を射殺するのは、まさに「慈悲」以外の何者でもなく
サモンジ同様に皮肉屋で切れ者であるカイエン准将の本質をついた言葉に
微笑で応えるサモンジの姿がとても印象的だった。
{/netabare}

☆本作の内容を理解する上で重要なのが設定
{netabare}恐らく製作者が描きたかったことは従来型のロボットバトルでも、リアルな戦争でもないのだろう。
はっきり言って主人公が搭乗する新型ロボが、戦闘シーンで活躍したことはほとんど印象にないというか
戦闘に勝利したシーンがほとんど描かれていない。
省略されたり、主人公の機体がいろいろと間に合わなくて、隊長が事前に仕掛けた爆弾を
強行爆破させる命令を下すシーンが何度かあったり。
機体が動かず中に閉じ込められてた主人公を民間人のヒロインが徒歩で救出に向かうとか・・・
敵の新型とライバル同士で激しいロボットアクション的対決が始まったかと思ったら
耳をつんざくような唸り声や奇声をお互いに発しているだけで、その状況を見守っている人が唖然としてる状況をただ描写してるとか・・・

結局これはどういうことなのかと言えば、確かに戦争の話なのだが
戦争は戦争でも負け戦に特化した物語ということがミソ。
第1話で軍事的重要拠点グレート・ウォールが陥落し、降伏しか選択肢が無いことが
早くも確定してしまったところが物語の始まりなのである。
だから今更新型の機体を手に入れその性能を存分に生かして局地戦に連勝したところで
戦争の大局にはほとんど影響がないのだ。
局地戦に何度勝っても、和平交渉の時期や条件がやや変わるくらいで
勝利をもぎ取ることができないという設定が確定している。

負け戦の撤退戦をいかに上手くこなし、いかに生き延びるかということがむしろメイン。
そしてもう一つ重要な要素は、将官たち率いる司令部は既に瓦解しているということ。
本作の終盤でカイエン准将の謀反により敵と通じていた和平派の将官は粛清されのだが
ある意味、第1話で既に司令部は有名無実となり、戦争を遂行する上では
何の役にも立たない存在になってしまっている。
司令部はグレート・ウォールを死守せよとの命令を下したのだが
この戦力差ではとても荒唐無稽で無茶苦茶な命令であり、
少しでも「センス」のある戦人ならばそれがどれ程無意味なことか言うに及ばず。
戦力を建て直し反撃の期を窺うために一時的に戦略的撤退すると称し
拠点は即時明け渡すのが妥当な考えであるはずなのだ。
勝ち目の無い戦争の局地戦で勝ち目の無い戦いを挑んで全滅ではただの無駄死に。
こういう特殊な状況下ではお偉いさんの命令を無視してでも、現場の判断で
臨機応変に戦術を駆使してなんとか生き延びる選択肢を選ぶ方が賢いはず。

例えば「死亡フラグ」を回避するためにも・・・{/netabare}

☆ロボット系作品と見せかけて単体のロボット戦はどうでもよかったりとか・・・
{netabare}戦術論についての一定の理解を暗黙の了解として視聴者に求めるとか・・・
思えばいろいろと敷居が高い作品なのかもしれない。
敵味方を問わず登場キャラが発する言葉をすべて聞き逃さず、何を言わんとしてるか
把握できないと現状と今後の展開が理解できないかもしれないという少し厄介な要素があるようにも思える。
もしかしたら第1話が一番理解するのが難しいと言えるかも。
重要拠点であるグレート・ウォールの攻防戦の不利な情勢に怖気づき尻尾を巻いて逃げていく
将官たちの姿から将来的敗戦が確定したことを読み取らなければならなかったり。
主人公の命令違反は問題にならないどころか、実は隊長も主人公と同じ結論を
出そうとしていた可能性を読み取らなければならなかったりとか。
主人公の命令違反よりもより深刻なのはイズミ大佐の命令違反の方なのだが
それが問題にならない理由も状況から読み取らなければならなかったりとか。
(イズミ大佐により「生きて不退の大門に戻れ」と全軍に送られた指示は
将官が「死守」せよ発した命令に明らかに違反する)
推理小説というわけでもないのに一々引っかかった発言などを覚えておかな
ければならないというある種の煩わしさが付きまとう。
イズミ大佐の命によりグレート・ウォール守備隊は速やかに降伏。
それにより敵方のインゲルミア軍は多勢に無勢の掃討作戦に移行するのが戦術の定石。
なのだが、そもそも守備本隊とは別行動の独立第8部隊の近くに掃討戦を行う敵主力がいるわけもなく
もし運悪く敵主力と遭遇したらあっという間に取り囲まれて一巻の終りなのは当然。
(それを熟知してるからこそ独立第8部隊は得意技の先手必勝で逃げまくっている「テキパキ!」と)
掃討戦というものは圧倒的に戦力的優勢の状況で行われるものなので
百歩譲って陽動作戦が必要?だとしてもわざわざ民間人に偽装する意味がない。
いずれにしても、掃討戦を展開してる大部隊が近くにいるのなら独立第8部隊の目利きの偵察が
事前に察知しているはずなので、副隊長と軍曹が話していたような非常に消極的慎重論は当てが
外れているとしか言いようがない。
あの状況を総合的に判断すると民間の車両が小部隊の敵に襲撃されているのは間違いなく。
自国の領土内で民間人が敵軍に襲撃されているのにも関わらず見捨てるとしたら軍律命令違反以前に
軍隊の存在意義すら否定することになり、部下を見殺しにして逃げた保身の将官と
同じことをやっているオチになるのだ。
迂闊に部隊を危険に晒すような真似はしないのは隊の方針だとしても、
民間人の生命を守るという話では少し事情が異なるはず。
その時、隊長が終始無言で最後まで迷っていたのは、民間人を救出した後の追っ手を
振り切れるかどうかの一点だけだったのかも。
そしてその命令違反のシーンで当の主人公が発していた言葉も押さえておく必要がある。
「わかってるよ、わかってるけど・・・」ついやっちまう性質(たち)らしく。
わかっているはずなのに「どうして俺はいつも・・・」と後悔の繰り返しなのだが、
それこそが未熟者の証という趣旨の描写シーンであろう。

その時の主人公の判断、意思決定自体は間違いではなかった。
直感的「センス」も悪いわけではなくむしろ良いのだが、どうせ命令違反、
いや意思を通したいならイズミ大佐のように「センス」のあるやり方を選んだ方が
「幸せになる」という趣旨の。
そういう意味合いで、先輩パイロットの色男は、撤退戦は「テキパキ」、
「戦場ではセンスが大事」、「幸せになるためのセンスを磨こう」
と未熟な後輩の主人公に助言していたようだ。

負け戦における撤退戦上手、処世術上手の猛者たちが集まる独立第8部隊が
航空戦力がない、ロボット兵器の(対装甲)火力の弱さという設定の中で
生き残るのは意外と簡単なことなのかもしれない。

訓練で2度死ぬも、本戦では死亡フラグを覆したのも、言わば色男の処世術のなせる業なのだろう。
逆に言うと訓練でいくら勝っても本戦で死んだら意味がないということを
主人公に叩き込むために行われたのがあの模擬戦の目的と言えよう。

もし「元帥」になれるなら、きっと色々なことを自分で意思決定し
色々なことを思いのままに変えられるのだろう。
軍政を改革し、腐敗を絶ち、第三国からの介入によって自国を食い物にされるような
惨めな事態も防げるはず。
「元帥」とはある意味勝ち組の象徴であるが、誰もが容易になれるものではない。
世の中の大多数の人は「元帥」にはなれず、意図しない不利な戦を強いられたり
第三者の介入を受け主導権が握れないような戦いを余儀なくされる。
思うようにならない戦況に翻弄され、消耗し、一進一退、時には撤退戦の連続・・・
時に途惑い、時に立ち止まり、戦いの意義を見失い、士気は落ちてゆく。
思うように攻められない形勢不利な戦いを毎日のように繰り返していくうちに
白銀の鎧はどんどん錆びつき、鉛のような重さだけが体に圧し掛かる。
それでも白銀の戦士たちの終り無き戦いは容赦なく続く。
この辛くて果てしない戦いを生き延びるために不可欠なことは死亡フラグを回避すること。

例えば「オープン回線」で仲間に呼びかけてみるとか。
どんな有能な戦士でもすべての問題を単独で解決するのは不可能なことなのだ。

有能な指揮官であるサモンジ隊長が最終的に「連絡将校」という過酷な役目を負わされたのも
恐らくは「オープン回線」を使いこなせるようにと考えたイズミ大佐の配慮であったのかもしれない。

{/netabare}

投稿 : 2024/11/23
♥ : 15
ネタバレ

ホワイトマウス さんの感想・評価

★★★★★ 4.9

男の友情ですか? 私には理解できません!

アルジェボルン、わくわくしながら見てましたが、ようやく見終わりました。
特にトキムネ君とジェイミーさん、サモンジ隊長とスズシロさんのお話はドキドキでした。
人間ドラマとしてとても重かったと思います。それにしても戦争って嫌ですね。みんなおかしくなっちゃう。

{netabare}
隊のみんなは結局死者が出ていないので、ハッピーエンドでした。でも、トキムネ君とジェイミーさん、恋人になると思っていたので、ちょっと残念♡
2人はお互い協力してアルジェを動かしていたので、とってもハッピー♡な気分で見ていたんですけど・・・・

このお話で、サモンジ隊長のとった行動がよく理解できませんでした。トキムネ君のお姉さんの亡くなり方が衝撃だったのは分かるのですが、それがあの行動に結びつくのがわからなかったし、友人のイズミ大佐がサモンジさんを止めず、逆に自爆的な行動に理解を示すところがわかりませんでした。

だから、スズシロさんの
「男の友情ですか? 私には理解できません」
というセリフ、私自身、ほんと、そうだよね~っと納得してしまいました。
{/netabare}
個人的には、今年の名セリフだったと思います。

以前のレビューです。

{netabare}
「スズシロさん、素敵♡」2014.12.26 20:53

この作品の題名、あまり見たいって思えないくらい、ネーミングが良くないように思います。
あにこれのみなさんの評価も低いですね。

確かにアルジェヴォルンは内容が重くって、たくさんの戦死者が出るシーンが出て私もちょっとつらいなあと思うシーンもありました。

でも、このお話は世界観がしっかりしていて、人間関係の描き方も悪くないと思います。

主人公のトキムネ君の成長が、物語の中では遅いので、視聴されている皆さんには耐えられないのかな。

私のお気に入りは、ジェイミーさんとスズシロさんです。ジェイミーちゃんは応援したくなります。

スズシロさんは他人に思えない。私と似ているかも(ウソです(^^;)髪型は似てるかも・・・)
スズシロさんの声って、シドニアの騎士の艦長さんですし、あの落ち着いた雰囲気、見習いたい。

トキムネ君も部下ができて成長していくのかな、と思ってたら、また彼に障害が・・・

今後が気になります。

{/netabare}

投稿 : 2024/11/23
♥ : 57

Ka-ZZ(★) さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

キャッチコピーは、「導くは『白銀』、戦うは『意思』」

この作品はワーナーBHEが制作したオリジナルアニメだったようですね^^
事前情報は全くなく、キャラデザが好み・・・という理由で視聴を始めた作品です^^

アランダス連合王国とインゲルミア諸国統合体は長きに渡り戦争を続けてきました。
アランダス連合王国の独立第8部隊に所属する主人公のススム・トキムネは、トレイルクリーガーという人型ロボットの操縦士なのですが、とある戦闘中に民間のトレーラーを発見するのです・・・
そこで、アルジェボルンというこれまで見たことのない人型兵器と、アルジェボルンのエンジニアであるジェイミー・ハザフォードと出会い・・・物語が動いていきます^^

正直・・・戦争の内容は良く分かりませんでした^^;
軍服や使用されるトレイルクリーガーが両国とも良く似ているので、敵味方の区別がしずらいんですよね^^;

しかもどちらにも戦争派と保守派がいて、皆んな含みを持たせた話ばかりするので戦争の展開は分かりづらいと思いました^^;

それでも毎週の放送が楽しみだった作品です^^
その理由は何といってもキャラデザが私にとってストライクだったからです(//∇//)

ジェイミー・・・最初はトキムネと衝突ばかりでしたが、アルジェボルンによって随分良い方向に変わりましたよね^^
アルジェを通じてトキムネとジェイミーは一蓮托生なんですもん・・・
中盤以降のお互いを思い合う気持ちは態度は好印象でしたよ^^
彼女自身も物語の展開に合わせて可愛らしさに磨きがかかっていくようでしたよ^^
もう、ジェイミーが見たいからこの作品を見続けた・・・といっても過言ではありません(//∇//)

そして、スズシロ・サオリさん・・・
どうして、そんなに色っぽいんです(//∇//)?
サモンジ隊長の少し後ろを歩く姿・・・その他一挙手一投足が色っぽ過ぎですぞ〜
その色っぽさ・・・最早反則の域に入るのではないでしょうか(//∇//)?

こうして見ていくと、トキムネの後輩のナミエ・ポートマンや整備士3人衆も味があって良かったッスね^^;

と、キャラの話題ばかりを書いてしまいましたが、これまでのトレイルクリーガーと姿かたちが全く異なるアルジェボルン・・・
この機体に関わる物語にはしっかり感動させて貰いました^^
それに、戦闘シーンは迫力があって十分満足できるレベルだったと思います^^

オープニングテーマ
「TOUGH INTENTION」歌 - KOTOKOさん
「ZoNE-iT」歌 - KOTOKOさん

エンディングテーマ
「フェイス」歌 - 三澤紗千香さん
「Vivid Telepathy」歌 - 玉置成実さん

オープニングテーマの2曲は車で聞いています^^
エンディングの玉置さんの曲・・・とても良いのですが、背景のジェイミーが色っぽ過ぎて時折歌を聞くのを忘れてしまいました(//∇//)

2期24話の作品です。戦争や敵味方などを下調べして知識を付けて見るときっと違った評価になる作品だと思います。
個人的にキャラデザは最高でした(//∇//)

投稿 : 2024/11/23
♥ : 24

62.5 2 メカニックで戦いなアニメランキング2位
装甲娘戦機(TVアニメ動画)

2021年冬アニメ
★★★★☆ 3.1 (96)
259人が棚に入れました
今日から私はスナイパー……!?日常を奪われ、その肢体に〝LBXユニット〟と呼ばれる戦術兵器を纏う5人の少女――〝装甲娘〟たち。選ばれし転移者である少女たちの使命は、多元世界をまたいで蝕み増殖し続ける金属生命体・ミメシスの掃討と殲滅。時空を超えて強いられた傭兵暮らし、それは世界の「希望」と「絶望」とを垣間見る命がけの修学旅行だった!

声優・キャラクター
逢田梨香子、村川梨衣、大西沙織、福原綾香、宮下早紀

71.7 3 メカニックで戦いなアニメランキング3位
機動警察パトレイバー(TVアニメ動画)

1989年秋アニメ
★★★★☆ 3.8 (280)
1660人が棚に入れました
時は1999年。社会は作業用ロボットことレイバーで発展を遂げる一方、レイバーを使った犯罪も多発。警視庁は対レイバー用の特機パトレイバーを準備した。レイバー小隊である特車二課第二小隊へ配属された婦警の泉野明は、パトレイバー・イングラムに“アルフォンス”と命名する。

声優・キャラクター
冨永みーな、古川登志夫、池水通洋、二又一成、大林隆介、榊原良子、郷里大輔、井上瑤、千葉繁、阪脩、西村知道、よこざわけい子、合野琢真、鈴置洋孝、土師孝也

ひげ さんの感想・評価

★★★★★ 4.8

暴れまわるザ・ライトスタッフ(あっ軽い人々)。

正直ガンダムより好きです。
従来のロボットアニメが立ち向かってきたリアリティではなく『リアル』な小型ロボットという本懐をなしとげた。子供向けのトリコロールともおさらば!!
近未来(だったw)この世界ではレイバー(労働者)の名の通り、ただの建築、土木機械である。
銃も熱を出すような武器も持たない。
ファイナルファイトばりにそこらへんの角材や鉄パイプを手に襲ってくる。
あと飲酒運転ww痴情のもつれ・・。
それらを仲裁、取り締まるためにパトレイバー(特殊車両2課 パトロールレイバー中隊)が存在するのだw。


玩具とした場合の販促面、人物と一緒に映したときの映像的な問題もあり主役機は8mクラス。手足は人間のように、腰は細く。だそうだ。
OVAなどでは電線や歩道橋に四苦八苦する姿が自虐と皮肉をこめて描かれる。人型である理由も劇中でも『かっこいいから』だからね。警察は正義の味方ですみたいな・・。


かなり明確な操縦方法、メンテ(どこまでやられたらメーカー整備とかある)方法やらレシプロ補助発電、電動式の駆動システム、各部のアクチュエーターや軽量化のためのFRPのペラペラ装甲、果ては道交法の車両としての設定(股間にナンバーがついてる・・)までとにかく細かい。
普段は肉眼で作業できるようにコクピットが上下に移動するのも強度と整備性はどうなの?なんていわずに、実用的かっこいい。実際旧式、量産タイプではオミットされる機種も。


一番の功績は80年代当時、コンピューターではなく、OSという言葉を用い、ソフト(OS)、ハード(機体)と呼称したことかと。
操縦技術は元より、個人の操縦のクセや好みを覚えさせて、OSをちゃんと育てないとせっかくの最新、高コスト機体も活かしきれない。逆にどんな優秀なOSを入れても対応できるくらいに機体がよくなければ意味がない。ボトムズで少しでたけど、これはそれまでのロボットアニメにはなかった。
そして歩行型の乗り物は酔ってゲロを吐く。。

で・・ここまで詳細に設定をつくっておきながら、動きは非現実的にド派手でコミカル。作業用レイバーは石原がとび蹴りしてくるレベルのディーゼル黒煙を巻き上げつっこんでくる・・。
なんとも粋な作品。


サンデーの漫画版はコミカライズ云々ではなくて漫画もアニメも原作なんです。
ゆうきまさみ自身が原作グループのヘッドギア立ち上げメンバー。

鉄人28号のオマージュ、黒いレイバー事件をメインストーリーとして基本的に1話完結、ボトルショーばかりのオムニバス形式でお話が進みます。

個性的なキャラクターが織り成す警察官(おまわりさん)公務員wとしてのロボットアニメ、新社会人の青春群像劇、コメディ、ドラマ、ミステリー。。。
そう踊る大走査線はこれかれレイバーをとったものなんです。
偉大なネタ元の逮捕しちゃうぞ への感謝の気持ちも忘れない。パトカーが・・トゥデイw。
後藤隊長曰く、隊員としての日々は部活動みたいなもん。らしい。いつかはオトナになってそれぞれの道へってことかな。
だれでも楽しめる作品なので興味ある方はぜひ。

一番好きな話は押井守の『特車二課壊滅す!』です。
14話の後藤隊長の拡声器での台詞も最高。
パト2も含め、やっぱり後藤隊長が理想の上司だなぁ。。

投稿 : 2024/11/23
♥ : 18

ぶっかけ さんの感想・評価

★★★★★ 5.0

特車2科は永遠

これのせいで、とゆうかおかげで私にとってロボットとはガンダムでなくパトレイバー
何が面白くて何が面白くないかの判断基準は、未だにこの作品を軸に考えている程

フィクション全般は、至極勝手に自由に物事を進めていて、制約は自ら作るしかない。
作り手の責任とでもゆうんでしょうかね
規制することでジレンマが生まれ物事が交錯する
規制は世界観や設定であり、交錯するジレンマを魅力的に見せるのが登場人物です
そこにデザインや演出・ストーリーを加えさらに磨き上げたものにこそ、秀逸であるとゆう評価はなされる
だから、その責任が感じられない作品は評価できないと私は思っています
そう言う、あくまで自分にとって面白いと思うモノの根拠が何であるのか、に答えを出してくれた作品です

投稿 : 2024/11/23
♥ : 8

takato さんの感想・評価

★★★★★ 4.3

ロボよりキャラ萌えの極致な日常アニメ。押井さんが好きなのは美少女より立ち食い蕎麦。

本作は、テレビだけでなく映画やOVAまで複数ある大人気作品である。このレビューは映画を除いたシリーズ全体の評価です。


その特徴は、劇的な危機や盛り上がりを主としてきた従来のロボットアニメの対極、僻地で勤務する公務員の日常を淡々と描くというスタイルだ。


上手くやらなかったら砂を噛むように退屈だろう。しかし、本作は凸凹で立ちまくりな多様キャラたちの丁々発止なやりとり、押井さんのあまり注目されないユーモラスな面が活きていて実に愉快な作品である。


出るキャラみんな魅力的で、モブにまで明夫さん、石田さん、テラコヤス、マダオと超豪華メンバーばかりの本作だが、一番輝いているのは年長の後藤さんと南雲さんだろう。


多くを経験した上で力が抜けている大人な深味とチャーミングさが両立している後藤さん。


ハマーン様やクシャナ殿下などでお馴染みの、命令を下すために産まれてきたような女司令官がピッタリの南雲さん。


この一見、水と油な二人が織り成すアンサンブルだけでも本作は見る価値充分である。


本当に尊敬できる大人キャラが希少な現代のアニメを見てて、たまに本作を見直すとホッと一息つけるような癒しがある。


南雲さん好きの私としては、後期OVA「二人の軽井沢」の回はアニメ史上に残る最萌えエピソードの一つと言いたい。


本作に関わってた声優さんでもう亡くなっちゃった方が何人かいるのは悲しいことだが。とにかく最高の配役は最高の演出に勝ると言いたい。押井さんとしては嫌だろうが、キャラ萌えなき押井作品は辛い。

投稿 : 2024/11/23
♥ : 20

57.5 4 メカニックで戦いなアニメランキング4位
ガンダム Gのレコンギスタ(TVアニメ動画)

2014年秋アニメ
★★★★☆ 3.2 (384)
1504人が棚に入れました
宇宙移民と宇宙戦争の歴史となった宇宙世紀が終焉後、しばらくの刻が流れた。

新たな時代、リギルド・センチュリー(R.C.)を迎えた人類の営みと繁栄は、平和と共にこのまま続いて行くものだと思われていた。

R.C.1014年。
地上からそびえ立つ地球と宇宙を繋ぐ軌道エレベータ、キャピタル・タワー。
地球上のエネルギー源であるフォトン・バッテリーを宇宙よりもたらすが故に神聖視された場所である。
そのキャピタル・タワーを守護すべく組織されたキャピタル・ガード候補生のベルリ・ゼナムは、初めての実習の最中、いずれの国の技術でもない高性能モビルスーツ、G-セルフの襲撃を受ける。
作業用モビルスーツのレクテンで交戦したベルリはG-セルフの捕獲に成功する。
しかし、G-セルフを操縦していたアイーダ・レイハントンを名乗る宇宙海賊の少女に何かを感じるベルリ。
それは見たこともないはずのG-セルフに対しても同じだった。
そして、特定条件を満たさなければ動かないはずのG-セルフをベルリは何故か起動させてしまう。

キャピタル・タワーを襲撃する宇宙海賊とアイーダの目的、G-セルフに選ばれたベルリが辿る運命、その果てに待ち受けるリギルド・センチュリー全体を揺るがす真相。

全てはレコンギスタの始まりに過ぎなかったのだ。

声優・キャラクター
石井マーク、嶋村侑、寿美菜子、逢坂良太、佐藤拓也、高垣彩陽、福井裕佳梨、井荻翼

ヌンサ さんの感想・評価

★★★★★ 4.9

富野作品への愛があふれ出す!!

 これが、本当に富野由悠季監督の最後の作品になってしまうのでしょうか・・・衰えなど一切感じられないハイ・クオリティな大傑作だったと思います!

 まあ優れたアニメ作品すべてに言えることなのですが、手を抜いたシーンが一切ありません。常に全力。スタッフの方たちが常に歯を食いしばってアニメを制作していたんじゃないかと思わせるくらい気合の入った映像が矢継ぎ早に繰り出されます。

 まず最初に言えることは、とてつもなく個性豊かなキャラクターたちです。あまりにも魅力的なキャラクターが多すぎて、名前はほとんど覚えることができませんでした(いつものこと)。しかしどのキャラクターにも、あざとくない程度に記号的特徴が存在している点は興味深かったです。個人的にはクリム・ニックの天才キャラが、微笑ましくて好きでした(後半は存在感が薄くなってしまっていましたが)。

 そんな大集団の中でも、ひときわ強い光を放っていたのはステアでしょう。彼女のセリフを聞くためにこの作品を視聴していた・・・というのも半分本当なくらいです。彼女の片言の日本語が本当に耳に心地良くて、個人的な嫁リストに彼女は見事登録されましたよ(笑)!

 ストーリーがよくわからないという方も多かったかもしれません。正直僕も、どことどこが争っているのかいまいち把握できていませんでした(笑)。しかし富野由悠季監督の作品というものは、いわゆる富野節があればなんでも面白くなってしまうものなのです。独り言で視聴者に状況を自然に(?)説明したり、「~だってぇ!?」、「~でしょうが!」、「~だなんて・・・」といった独特なセリフ回し、他の演出さんだったら絶対に尺を使わないであろう描写(相手の意見に同意するという描写だけで結構時間を使う、など)から感じられるドキュメンタリー性など・・・富野由悠季監督の作品をひとつでも見たことがある人だったらわかってもらえるのではないでしょうか。

 さらに全体的に登場人物が野性的なもの彼の作品の特徴で、今の時代からしたら斬新に感じられるかもしれません。そもそも富野由悠季監督はトリック殺人というものが理解できないそうです。人を殺すのは突発的なことだから、頭が冷静な状態で密室トリックなどを考える人間のことが理解できないのだとか。その話を聞いたうえでキャラクターたちを見ていくと、トライバルな踊りなどからその辺りを感じることができます。

 お互いに相手の話を聞いていない感じや、艦の対応が常に行き当たりばったりなところは、主な登場人物が軍人なロボットアニメと大きく違う点です。子どもが艦の中を駆けずり回っている描写は非常に微笑ましくもあり、同時に戦争の哀しさも強調しています。

 オープニングアニメにおけるスタッフのクレジットは、近年の作品では映像を立てるための道具として利用されることも多くなってきています(背景に上手く溶け込ませたり、場合によってはオープニングアニメ内のキャラクターが文字を動かしたり)。しかしこの作品のクレジットは、バンバン絵の上に被ってきます(笑)。昔のアニメはみんなそうだったわけですが、逆に潔いですし、新鮮にも感じました。あとアイキャッチの動画が非常に気持ち良いものでした。こんな動きを、もっと日本のアニメーションの中で見てみたいものです。

 菅野祐悟さんによる音楽も鳥肌もので、メインテーマのカッコ良さは必聴です。

 あと、画面が全体的に原色が多かったように感じました。ある意味、子ども向けを目指していたからでしょうか。完全な子ども向け作品にはできていないかもしれませんが、子どもに見せても勢いで楽しんでもらえそうな気はします。少なくとも近年のガンダム作品の中では、一番子どもにも耐えうる作品になっているのではないでしょうか。

 声優陣は、石井マークさんを中心に富野監督に相当鍛えてもらったでしょう。是非、今後の貴重な糧にしていってもらいたいです。

 全26話なんて短すぎます!こんなに短く感じた26話は生まれて初めてです。終わり方からして続編は難しいのでしょうか。是非、劇場版とかお願いいたします!




 ・・・もしや分割シーズン制なのでは!?と未だに信じている自分がいます(笑)。

投稿 : 2024/11/23
♥ : 11
ネタバレ

剣道部 さんの感想・評価

★★★★☆ 4.0

素人達による宇宙戦争

[文量→特盛り・内容→考察系]

【総括】
私は高評価なんですが、この作品、ひじょーーに評価が難しい作品ですね(汗) それはとにかく、「分かりにくい」という一点に集約されると思います。

なんてったって、序盤からワケノワカラン専門用語&富野節の連打。行動原理のワカラン主人公&登場人物達。誰がどの勢力に属し、どの勢力が誰となぜ争っているかも分からない状態で新たな勢力がどんどん登場してくるカオス……。

置いてけぼりにされ、途中離脱者多発も頷けます。

でも、だからこそ、自称ガンオタとしてはじっくり付き合いたくなる作品でした。

《以下ネタバレ》

【視聴終了(特盛りレビュー)】
{netabare}
私が1~3話を観た感想は、「あ~、これは私達(ガンダムファン)に向けて作ってないな」ということだ。

そもそも、「ガンダム」と他のアニメは背負っているものが違う。既に数多の作品が発表され、巨大な市場を形成しているガンダムにとって、その市場を維持、発展させていくことが命題となっている。その為に重要なのは、私達(ファーストから好きな)古参ファンではなく、10年後以降に主な消費層となる、現在の小中学生。だって、うちら古参ファンなんて、なんだかんだ新作に文句言いながらも、多分死ぬまでガンダムファンやめられないしね(苦笑)

私はガンダムシリーズ(漫画、ゲーム等を除く)を、(勝手に)4つの区分に分けている。※( )は未視聴。抜けがあったらすみません。

groupA 宇宙世紀モノ (と、その延長線上)
ファースト・Z・ZZ・逆シャア・08小隊・0080・0083・(UC)・F91・V・IGLOO・ターンA

groupB 新世代モノ (イケメン多数&複数ガンダム)
W・X・SEED系・OO系

groupC イロモノ外伝系 (ガンダムはあくまで素材)
G・ビルド

groupD 新規開拓系 (ガンダムファン以外が狙い)
AGE・(鉄血系)・Gレコ

2000年代以降、groupBの作品群が発表され、一定の商業的な成功を納めた。また、これまでガンダムに興味をもっていなかった層から、新たなファンを獲得した。ところが、サンライズなど制作陣は重大なことを見落としていたのだと思う。それはgroupBをきっかけにガンダムファンになった層は、groupAのファンにはなりにくいということ。下手すれば、groupAのアンチにすらなりかねない(だって、逆に私達ファースト好きの中にはSEEDや00を批判する人多いでしょ?)。groupBにとってのガンダムとは、SEEDでありOOの「格好良いガンダム」であり、ファーストなどは「古くさくて格好悪くて分かりにくいアニメ」にしか過ぎない(極論ですが)。ですから、groupBのファンは、「そのガンダム」のファンにはなるものの、そこから「ガンダムシリーズのファン」になる確率は低く、これでは過去のコンテンツを有効活用できないので、商業的には非効率的だった(ちなみに私はわりと、新世代のガンダムに寛容です)。

この「Gのレコンギスタ」を観た時、「あ~、これは今の小中学生をファースト等に引きずり込もうとした作品だな」と思った。

「Gレコ」の「昔風の作画」「難解な富野語録」「萌えないキャラ」を楽しめた(あるいは耐えた、経験した)小中学生ならば、ファーストをはじめとした、groupAに対するアレルギーは少なく、また、groupBも別物の作品として楽しめるだろう。そういう長期的な野心を感じる意欲作として、私はレコンギスタを評価している。

実際、富野さんも「本作は新しい世代(今の小中学生に)見てもらいたい作品であって、それ以上の年齢の人が観ても役に立たない」「でも、僕は単に噛み砕いた分かりやすい作品が子供向けだとは思わない。疑問を感じる機構を数多く配置し、成長の中でそれぞれの答えを出してほしいという、老人から孫への願いを込めている」「所詮ロボットものだからと諦めてしまえば良かったんだけど、色々詰め込み過ぎてしまった。僕の悪い癖が出た。こんなに見ずらいアニメを作ってしまい、申し訳ないと思う。(⬅これは多分、制作元への謝罪であり、視聴者への謝罪ではないだろう)」「でも、種は蒔いたぞという自負心はあります。個人的にはかなり好きな作品。若い視聴者が20年後に思い出してくれれば良い。」「ヒット作ではありませんが、今の時代に作っておいて良かったと、自画自賛している。」という趣旨の発言をしている。この富野さんの言葉が、一番のレビューではないだろうか?

なぜ今作で、15年ぶりに「富野監督」が実現できたかというと、そういう制作側の商業的狙い(長期的プラン)と、富野さんの「ターンAはこれまでのガンダムの総括であって、その次の「脱ガンダム」を見せるものではなかった。だが、今回のレコンギスタで脱ガンダムが出来た。脱ガンダムという挑戦が出来るのは、世界で僕(富野)しかいない。」というガンダム生みの親としての矜持が合致した結果だろう。

だから、うちら古参のガンダムファン+groupBスタートの新世代ファン=つまり全てのガンダム好き が楽しめなくてもそれはしゃーないって(笑) この作品に正しいレビューが書けるのは、「Gレコが、ガンダムデビューっす」という若人だけっすよ(笑)


……さて、前置き(驚愕!!)はこのくらいにして、アニメそのものの感想を(笑)

このレコンギスタを、見て思ったのは、敵も味方も皆が「稚拙」であるということだ。戦略的にも、モビルスーツの操縦(バトル)的にも「?」と思う場面が多い。また、主人公のベルリを始め、登場人物の多くに、戦争をやっているという悲壮感や危機感、責任感がない。なんかみんな能天気でチグハグ。なのに物語だけはサクサクと進んでいく。この辺が、レコンギスタが駄作と言われる所以だろう。

しかし、レコンギスタを考える上で大切なのが、ガンダム史上の、①宇宙世紀開始→少なくとも200年以上が経過→②宇宙世紀終了(この時点で文明の多くが破壊、人類が滅亡しかける)→1000年以上が経過(この間、②の反省を踏まえ、人類は科学技術の発展を自ら制限)→③大陸間戦争勃発(軍備の様子から、恐らく第一次世界大戦レベルかそれ以下)→④ミノフスキー粒子を使い始め、モビルスーツの運用が始まる→⑤レコンギスタ開始 という、歴史の流れを踏まえることだ。

レコンギスタのおもしろいところは、庶民の生活と軍事技術において、科学技術のレベルが乖離しているところ。庶民の生活的には、おそらく西暦19~20世紀のレベルだが、軍事においては、一年戦争時より遥かに高い技術がある。これは、「ヘルメスの薔薇」と呼ばれる宇宙世紀のデータベースを流用しているからで、いわゆるオーバーテクノロジーを使っているから。(しかも、戦場にモビルスーツが配置されたのも、おそらくレコンギスタ開始のほんの少し前から)。

つまり、「今まで自動車や飛行機も満足に操縦したことのない生活をしてきた人々が、いきなりモビルスーツで戦争している」のだ。作中でも、(10年前に現人類史上初の大陸間戦争があったばかりで)大抵の兵士が初陣で、軍のエース(マスク大尉)までもが「宇宙戦闘は初めて」とか言うし、サラマンドラ(軍の最重要作戦を任された艦隊の旗艦)の艦長が、戦闘中に航海日誌を書くというお気楽さ。もう、ブライト艦長にでも殴ってもらいたいw

つまり、敵も味方も、皆が戦争素人達なのだ。

宇宙世紀は戦争の時代で、その中で様々な戦術が生み出され、パイロット達も切磋琢磨し、組織も育ってきた。そんな時代に生きた英傑たちと、昨日今日戦争を始めた素人達を比べ、「なってない」と言ったって、そりゃあ無理ですよ。まあ、「戦国大名達にイージス艦やステルス戦闘機を与えた」ようなもんだと思って下さい。折角のステルス戦闘機なのに、「やあやあ我こそは!」とか、やりそうじゃない?w

特に、トワサンガ到着後はヒドイ。「好きな人が姉だと分かり、八つ当たりで勝手に出撃する主人公」「自分のオトコがピンチだから発砲する頭の沸いた女達」「負けたことが悔しいだけで暴走するプロ軍人」……彼らがやっているのは、もはや戦争でなく、ただの小競り合い。ホント登場人物、バカばっかり。

でも、彼らに崇高な使命感や、高度な政治判断を期待しないで下さい。そう、彼らは皆が素人なのだから(笑)

また、本作の特徴として、「新兵器、新MSの登場頻度が異常に多い」というものがある。多分、シリーズ屈指。富野さんはインタビューの中で、「レコンギスタのテーマのひとつに、技術屋の都合だけで進化した技術の危うさがある」と述べている。この作品を見ていて感じたのは、「新兵器を、まるで新しいオモチャのように喜び、気軽に戦争に使っている」という違和感(実際、稼働実験すらまともにしていないのに、実戦投入するなんてざらにある)。数年前にアメリカで、幼い子供が本物の銃で遊んでいて、弟を撃ち殺してしまったという悲しい事件があった。それと同じような精神性(問題提起)を、レコンギスタのキャラ達には感じた。

富野さんは基本的に、「肯定による否定」を行う人です。つまりはツンデレw ガンダムも、「戦争を描くことで反戦を訴えた」かったわけですから。

おそらく、レコンギスタで訴えたいのは、「歴史は繰り返す」「例えそれが人類の手に余るものであっても、戦争に利用してしまう」という、人類普遍の愚かさではないだろうか。

この作品は、アムロやシャア、もっと言えば、ランバラルやノリスなど、(能力的にも思想的にも)真の軍人をイメージして観るから、ストレスがたまるアニメになるのだ。

レコンギスタの「人類」は基本、皆、戦争素人なんだから、(良くても)バーニィやクリス、カツやファ、ハサウェイやアイナ、後衛陣も、ベルトーチカやニナ、最強クラスでも、ガロードやシロー達だけで戦争してると考えたらどうだろうか?

私はそう考えて視聴したら、「ある意味、今までのガンダムで一番のリアル(素人による戦争の現実)を描いているかもしれない」と、思えた。そこが、高評価の理由だ。こんな「駄作」で過去のガンダムを「否定」(脱ガンダムが)できるのは、世界で唯一、富野さんにだけ許されたことかもしれない。

あっ、でも、単純に面白くないってのには、全面的に賛成ですが(笑)

長文失礼しましたm(__)m
{/netabare}

【視聴終了(要約バージョン小盛りレビュー)】
{netabare}
ガンダムは既に巨大なコンテンツを形成しており、それを維持、発展させるには、10、20年後の消費層になる、今の子供達を既存(ファーストなど)のコンテンツにハマらせる必要がある。そのために、富野節全開の「古くてクセが強い」ガンダムを見せておくことに価値はある。

アニメ的には、とにかく支離滅裂な展開と、ツッコミ処満載のバカキャラが出まくるが、忘れてはいけないのは、この世界の住人が「戦争素人」であるという、(ガンダムの)歴史的視点。ある意味、これまでで一番リアルなガンダムだった。

アニメとして、シンプルにツマラナイことは否定しない。しかし、こんな「駄作」で過去のガンダムを「否定」できるのは、世界で唯一、富野さんにだけ許されたことかもしれない。
{/netabare}

投稿 : 2024/11/23
♥ : 28
ネタバレ

ブリキ男 さんの感想・評価

★★★★★ 4.5

ゆきてかえりしGセルフ

ガンダムシリーズの生みの親、富野由悠季監督の最新作に当たるアニメ。発表は2014年。全26話

秘匿された宇宙の一点から供給されるエネルギー源フォトンバッテリーを受領、管理、統括する「キャピタル・テリトリィ(国名)」、そこに属する自衛組織「キャピタルガード」、同組織の候補生ベルリ・ゼナムは、なし崩し的に、策謀、野望の渦巻く戦禍の中に身を投じていきます。

宇宙(そら)から堕ちてきた少女とメカ、軌道エレベーター「キャピタル・タワー」で発生した宇宙海賊襲撃事件を皮切りに物語は動き出す!

脚本・監督を務められた富野監督は、本作を※1ロードピクチャー(ムービー)に位置づけており、小学校高学年~中学生を被視聴対象として期待していたとの事。それ以上の年齢の人が観ても「役には立たない」そーです^^; 因みにわたしは放送当時とっくに成人していましたが、これまでに丸々2周しています。「※2見なければ何もわからない!」ので、見るっ!(笑)

ガンダム作品と言えば、宇宙コロニー、月、地球と、転々と舞台を変えながら進行する物語構成や、戦争、擬似家族ドラマ、少年の成長などをミックスしたSFロボットアニメというイメージが一般的かと思われますが、既に完成されてしまったスタイルと言うべきなのでしょうか、本作Gのレコンギスタ(以下Gレコ)もその基本的な構造に違いはありません。

戦争色や戦闘描写の殺伐さが影を潜めている点や、※3中休み的な笑いの要素が増量されている点については、富野監督自身が「第二のデビュー作」と公言している「ブレンパワード」、続く「∀ガンダム」、「OVERMANキングゲイナー」の一連の流れの延長上に本作が位置している印象を強くしていますが、関連して、初期のガンダム作品ではお約束だった、生の感情や主張を吐き出し合う会話のドッジボール的な場面等も控え目に、敵味方、仲間同士の軋轢もかなり薄口になっています。富野節は健在ですが、内容は心をえぐるストレートな表現からユーモアたっぷりの搦め手にシフトしている様に見受けられました。これは上で触れた「第二のデビュー」からの自然な流れでもあるんですが、古くは「無敵鋼人ダイターン3」「戦闘メカザブングル」「重戦機エルガイム」なんかでも多用された演出だったのではないでしょーか。

※1~3
{netabare}
※1:例によって家(宇宙船)ごと移動する旅なのでロードムービー感は希薄。どちらかと言うとグランドホテル方式に近いと思います。保護者がいて、衣食住の心配がなくて、文明に囲まれて、社会との繋がりが強固なら、あくまでも個人的な意見ですが、それは旅ではないと思ってます。わたしなんかよりもっと説得力のある旅の定義に触れたい方はアーシュラ・K. ル=グウィン女史の「夜の言葉―ファンタジー・SF論」を読むべし。読書案内としても非常に読み応えのある書です。

※2:次回予告のナレーションから。「見たくなくても見る!」とか「スリリング過ぎるから見なくていい」とか半自虐的な台詞も^^;後半のやっつけ感ありありのナレーションを除いて総じて面白い!

※3:主要キャラが元気に踊るアイキャッチもひじょーに見応えがあります。マスク大尉と天才クリムのダンスは特に(笑)振り付け担当は富野監督の実娘、富野幸緒さん!
{/netabare}
善玉悪玉の対立構造も、選民思想や過激思想にどっぷり浸かった独裁者(あくまでも親玉が)と、それに抵抗する人々というステロタイプの図式から離れ、悪玉は野心や理想に捉われた、やや間抜けなキャラとして、善玉は飄々としていながら根は純朴、いい意味でのドライさを漂わせるキャラとして描かれており、後者については何となく現代で言うところのさとり世代の若者達を彷彿とさせました。戦争物の側面もある作品なので当然死者は出てしまうのですが、大義名分や憎悪の応酬で戦うわけでは無いので緊迫感や悲壮感をあまり感じさせません。

「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」でピークを迎えた、互いの正義をぶつけ合う二元論的な闘争のお話は、多様性と単一性の対立に置き換えられ、また大人対子供の図式も、従来の上下の関係から離れ、異なる相を見せる様になりました。

初期ガンダム作品における大人の立ち位置は、子供に社会の厳しさを諭す教育者や、乗り越えるべき壁といったものでしたが、本作における彼等の立ち位置は、良くて子供の庇護者、悪ければ単なる敵として、いずれも滅び行く者達の象徴的存在として描かれている面が強烈だった様に思います。{netabare}物語後半の、4陣営の長の立場にある人物達が残らず死亡という形で退場する展開は、さすがに恣意的で、やや自虐的なブラックジョークの様にも見えてしまいましたが(迷台詞の宝庫!グシオン総監お気に入りだったのに…残念--;){/netabare}富野監督の若者世代への期待と、大人世代へのそこはかとない諦念が垣間見える様でもありました(汗

この舞台では大人への依存から離れ、生き方の指針を自ら決めて行動する若者達が主役です。現代における大人と子供の関係を映した鏡、※4レコンキスタによって滅ぼされない※5多神教の世界を描いたお話ともとれる本作の構造、雰囲気は、過去のアニメ制作現場における自身の采配を"独裁的"と振り返る富野監督が、第二のデビュー以後、へり下って若者の目線に寄り添う姿勢を取る様になったという心境の変化とも重なります。

※4~5
{netabare}
※4:本作のタイトルを敢えてレコン"ギ"スタとしたのは富野監督のジンクスによる判断だそーです^^イコールにしてしまうとイメージが固定されてしまうので、それを回避するのにも役立っている気がします。アメリアとかミック・ジャックとかもそうですね。

※5:これについて富野監督は明らかに意識されている様で、MSの名にジャイオーン(アイオーン)ヘカテー、カーリー、ダハック(ザッハーク)、ルシファーなどが見られる。いずれも一神教の視点からは悪魔と見なされるものたち。主人公機のGセルフも作中で悪魔呼ばわりされているシーンがある。神話由来の名称には他にユグドラシルなんかも。トリニティ(三位一体の某神サマ)も一応参戦してる。天使の名を冠するガンダムが多数登場する前シリーズOOとは大違い。鉄血でまた悪魔だらけになります(笑)
{/netabare}
科学信仰への警告もGレコの大きなテーマと言えそうです。作中で言及される「ヘルメスの薔薇の設計図」。そこから生み出されたGセルフという神にも悪魔にもなれる力。その力を最後まで持て余してしまうベルリの姿は、MS(メカ)の性能を限界まで引き出して戦った科学信仰の代弁者たる過去のガンダム作品(第二のデビュー以前)で活躍した英雄達(いわゆるニュータイプ)の姿とは大きく異なります。

MSという巨大な力の使い道を理解しつつ自在に操る事が可能な"ニュータイプ"はガンダム作品における進化した未来の人類の位置付けですが、本作の主人公ベルリとその好敵手に当たるマスクは、あくまでも凡人としてその力に振り回され続けるのです。

Gセルフ(MS)と並んで、力を象徴するガジェットとして印象的なものに、マスクの装着する※6ゴーグルも挙げられます。富野監督のネット嫌いはけっこー有名ですが、ひょっとするとこのゴーグルは、丸まんまネット端末の暗喩なのではないでしょうか。装着すると攻撃的かつハイテンションになり、外すと憑き物が取れた様にニッコリ爽やかになる。クルマ運転する人にもいますよね、そういう人たまに(汗)

J・R・R・トールキン先生の著した「指輪物語」に登場する「一つの指輪」あるいは覗き見石の「パランティア」に相当する、所持者を堕落へと誘う力の象徴、今の世で言えば軍事兵器やネット端末、自動車、オカネ、その他諸々…。付き詰めると、もっとちっぽけな力もこれに当てはまり、ヒトが同族や他の動物を殺める為にこしらえた原始の武器も、大人が子供に対して振るう圧倒的な腕力も、古来から人を増長させる力の一部だったと言えるのではないでしょうか。
{netabare}
恋してる先輩の(劣等感を解消する)為に「死んで!」と、わりと仲の良かった(フリをしてただけなのかも知れない)男の子に言ってのけてしまう、本作に登場するヒロインの1人マニィの怪物加減も、力(Gラッハ)を手に入れたゆえの暴走なのかも知れません。リアルでこんな子いたらホラーですけどね(汗
{/netabare}
ベルリは力を制御出来ずに罪を負い、マスクは憎しみを力に乗せて(※7立てよクンタラよ!と)突き進む。戦場では全力を尽くしても手心を加えても、等しく(あるいは手加減した時の方が)人が死んでいく。力が大き過ぎるから。まるで力そのものに悪意が宿っているかのように。

ベルリとマスクは力の制御に失敗し、第3の男クリム・ニックだけがこれに成功していた様に見えたのは、科学信仰の一縷の希望と言えるかも知れません。力の運用はやや利己的ながら、信念に基づき、憎しみや後悔に後ろ髪引かれる事もなく、技術(MS)の操縦は計算づくで、冷静かつ巧み。PCユーザーに例えると※8ハッカーに相当するクリムは、テクノロジーとの円満な関係を築くことの出来た新人類(ニュータイプ)にやや近い存在と言えそうです。尊大で能天気(笑)、時に純粋と言える程に残忍な判断を下すクリムですが、根は優しく人に寛大。迷いの無い彼の戦い振りからは、ある種の清々しささえ感じられます。正に※9鋼の心で風のように行く男。ブリキ男のGレコお気に入りキャラの1人です。

※6~9
{netabare}
※6:設定上は眼球運動をモビルスーツの操縦に反映するなどしてパイロットを補助する、ヘッドマウントディスプレイ内蔵の多機能ゴーグルとのこと。

※7:「機動戦士ガンダム」の登場人物ギレン・ザビの演説のもじり。オリジナルは「悲しみを怒りに変えて、立てよ!国民よ!」

※8:PCを使ってワルサするクラッカーではなく本来の意味の。

※9:長谷川裕一先生の漫画作品「機動戦士クロスボーンガンダム 鋼鉄の七人」から抜粋。
{/netabare}
力の運用と言えば、最終話の1カット{netabare}「あの大きい軍艦の正体がわかりました!あの軍艦に乗ってる大人って、大きなおもちゃをもらってはしゃいでるんです!」{/netabare}もなかなか衝撃的でした。年若い女の子2人が利権と覇権を求めて病まない大人達を断罪するシーン。

古今東西の戦争なるものを俯瞰して見ると、その根源が、全ての生物に根ざす原始的な生存本能とマッチョ文化に根ざしている事は疑いの余地もありませんが、Gレコの世界では女性の威力と発言力が男性と均衡しているどころか、時として勝っている印象さえ受けます。

戦争という危険な文化を発展させ続けて来た"男"を戒める役割に"女"が据えられたのは、よくよく考えてみれば至極自然な成り行きで、見方によっては、この役回りは神の代行とも取れます。大人の男にとっての神、彼等を一喝する存在は、つまるところ女の子だったわけです(笑){netabare}かつて神に次ぐ地位に座していたとされ、イヴを誘惑した(G)ルシファーがそれを成した光景は暗喩的表現だったのかも知れません。{/netabare}


初見の感想としては、非連続的でややエキセントリックな言動の目立つキャラ達の心の動きに付いていけず、振り回されてばかりで、また各陣営の目的も抽象的な言葉で語られるシーンが多く不明瞭に見えてしまい、物語の全貌を把握する事ができなかったという感じでしたが、2周目にして、何ゆえGレコには物語としての文法的な欠陥が目立つのか、またカオスなキャラ造形が目立つのか、やっとこさ理解出来た様な気がした次第(笑)

戦場以外の接点がほぼ無い、主人公ベルリとその最大の敵役となるマスク(名前です笑)の奇妙なライバル関係にも、それがよく現れている様に、Gレコのテーマはディスコミュニケーションを下敷きにした人間ドラマ、それ自体を描く事にあったのではないかと思われます。

元々実写ドラマ(映画)監督志望だった富野監督が、若かりし日に吸収したであろう50~60年代のヌーヴェルヴァーグ風の詩的(投げっ放しとも言う笑)な台詞回しは、リピートする度に異なる色彩を拾える生の人間の声に限り無く近いもので、間違えたり、勘違いしたり、上手い嘘が入ったり、結局のところ意味が分からなかったり^^;聞き手の耳にすっと入り、文字と意味の量が一対になる折り目正しい表現とは一線を画します。

最終話のマスクの口から放たれる台詞 {netabare}「将来独裁者になるような血筋の者はこの世を去れ!」{/netabare}は、それを体現した究極の形であった様に思われます。この台詞はあまりにも唐突で、あまりにも激しい。相手の正体すら認識していないベルリと、ベルリに対して一方的な怨念を募らせるマスクの間に異常な温度差があるのです。だからこそリアル。

キャラ同士の誤解無き会話の成立が前提として据えられた物語は、富野監督の言うところの理想の人類=ニュータイプのみが登場する物語であり、表現を変えれば、相互理解を完結した上で衝突する家族同然(以上)の人間関係だけが存在する非現実的な世界であると言えます。

一人の綴り手が設計した、ヒトを理想化したキャラ達を、その綴り手の分身や兄弟姉妹と見立てると、彼等の作る会話劇は自問自答と何ら大差の無いものとなり、行き着く先は閉じた世界の一人芝居、色彩に乏しい味気のないドラマになってしまいます。

編集された世界は理路整然としていて安心感がありますし、整備されたキャラ造形は美しくて魅惑的ですが、わたし達アニメファンの目は、ややもするとその快適な世界に矯正されがちです。

そこが遥か彼方のユートピアなのか、はたまた近くのディストピアなのか? わたしは多分後者だと思いますが、富野監督が危険視する"子供騙し"―取捨選択が禁止され、焦点が固定された甘い夢―にはドラッギーな魅力がある事も確かです。他の動物達と同様に、ヒトもまた、生物学的に見ても基本的にはジャンキーですから(笑)。でもそれで錯覚もしやすい。

例えば※10鳥類は、カルシウムが欠乏している場合、白くて硬く粉々になったものなら化学成分に関係なく何でも、視覚と触角を頼りに見境なく食べてしまうという、進化の過程で身に付けた、本来ならば生存という目的にとってプラスとなる性質を持ちますが、この性質は同時に、有毒な炭化物を誤って摂取してしまうという、命取りの危険も孕んでいます。

同じ様に、やれカッコイイ、やれかわいい、綺麗だの、泣けるだの、ヒトが快楽や安心を感じる表面的な要素は、本質を見誤る最大の障害ともなりえます。「かわいいは正義!」なんて言葉はその最たるものですね(汗)浸り続けると本質の認識との間にズレが生じ、更にはそのズレを不快なもの、醜いものと判断してしまう程に強力。快楽に追従した思考回路をやみくもに肯定し続ければ、先に挙げた鳥の例の様に、時には中毒死を引き起こしてしまう可能性もあるのではないでしょうか。

SFから始まりファンタジーを経て、またSFへと還る。富野監督の第三のデビュー1号作品に位置付けられるTV版Gレコの唯一無二な点は、同監督の打算知らずの姿勢がなければ到底実現しえなかった、解釈を規定せず説明もしないアートとしての魅力、そこに尽きると思います。それは妥協しか存在しない世界の提示。

今にして思えば、本作の第3話予告で高らかと謳われる「見たくなくても、見る!」は自虐ではなく、「現実を直視しなさいよ!」と同義であったと腑に落ちます。

目で確かめるこの世界は混沌を好み、醜くて丸い。整然とした四角い秩序の対極にあるもの。だからこそ望み、つかみ取る喜びがある。

そこでは動体視力と愚者の探究心が最強の矛となり、理解出来ない事を理解するための妥協と許しが無敵の盾となるのです(笑)


※10:近代における動物行動学の草分け的存在コンラート・ローレンツ先生の著書「行動は進化するか」から。同書では動物全般(特にヒトが)が好んで摂取する糖や油によって起こる弊害についても語られている。

投稿 : 2024/11/23
♥ : 19

62.6 5 メカニックで戦いなアニメランキング5位
ライドバック RIDE BACK(TVアニメ動画)

2009年冬アニメ
★★★★☆ 3.6 (197)
1036人が棚に入れました
国連の解体や東京大震災などを経て、学生達による反政府運動が再び活発になっている2020年の日本。学生運動の一拠点でもある武蔵野文芸大学に、一人の少女が入学してきた。彼女の名は尾形琳。類い稀なる舞踊の才能を持つ琳は、入学初日に人型二輪車ロボット・ライドバックと出会う。それが、世界を変革するきっかけだとは、誰一人知る由もなかった…。
ネタバレ

キャポックちゃん さんの感想・評価

★★★★★ 4.7

「答えのない問い」を突きつける予言的な傑作

(2022年9月、末尾に【小論】を付け加えました)

【総合評価☆☆☆☆☆】
 傑作であるにもかかわらず、知名度が低いアニメの代表だろう。
 基本的なプロットは、テロリストと政治権力の相克を巡って展開されるが、何と言っても、テロ撲滅という大義名分の下に導入された自律型ロボット兵器(実質的な殺人マシン)が興味深い。
 プレデターに始まる軍用の無人ドローンは、テロリスト暗殺の兵器としてアフガニスタンやイラクで実際に使用されたが、遠隔操縦で人殺しの指示を出すオペレータに多大な精神的ストレスを与えることが問題となった。そこで、個人識別のためのAIを搭載し、自力で標的を探し出して暗殺を遂行する自律型殺人マシンの開発が、アメリカを中心に進められている。人道的観点から国際法によって禁止しようとする動きもあるが、実現していない。
 本作に登場するのは、ライドバックと呼ばれるオートバイに手が付いたような機械。もともとは人間が跨がって操縦する乗り物だったが、プレデターを思わせる新型ライドバックは、無人でもAI制御で攻撃ができるように改良されている。物語のクライマックスでは、クラシックバレエで鍛えた運動神経でライドバックを操るヒロインが、人間としての尊厳を懸けて、暴走する無人ライドバックの群れに立ち向かう。

【小論】「答えのない問い」を突きつける予言的な傑作
 きっかけは、10年ほど前に大陸の片隅で始まった小さな戦争だった…。国際的なパワーバランスが崩壊し秩序が一変した社会情勢を背景に、錯綜した状況に翻弄される少女・尾形琳の姿を描くアニメ。2009年制作とは信じられないほど予言的である。ちなみに、琳のテーマとして作中で何度も繰り返される旋律は、ムソルグスキー作曲「キエフの大門」。
 政治的に微妙な問題を扱っている上、残酷なシーンもあり、子供向きではない。だが、世界秩序について考えようとする大人の視聴者には、多くの示唆を与えてくれる傑作である。

【作品の舞台】
 作品の舞台となるのは、局地戦での核兵器使用をきっかけに、国際情勢が大きく揺れ動いた世界。一時は核を保有する超大国が主導的だったが、新たに開発された分散型兵器によって基地が制圧され核兵器が事実上無力化されると、強大な軍事力に頼ってきた世界の秩序が一変する。日本は核の傘を失った上、続いて起きた巨大地震の打撃で社会が混乱、頻発するテロを抑えきれなくなったため、もともと海外のレジスタンス部隊だったGGPを治安維持の目的で駐留させる。
 本アニメの設定によると、核兵器を無力化したのは、ライドバックと呼ばれる「オートバイに手が付いたような」ロボットとされる。ただし、これはアニメ的な視覚効果を狙った便宜的設定と考えた方が良いだろう。近未来の戦争が、巨大な破壊力を持つ大型兵器ではなく、サイバー攻撃による敵兵器の無力化や、多数の自律型ドローンによる分散攻撃(ガメラに小型レギオンが取り付くような)をメインとすることは、多くの軍事専門家が指摘する通り。AIによる顔認識機能を使って人間が操作しなくても要人を暗殺できるドローンも、2020年頃に実用化されたらしい(アニメ後半で登場する無人ライドバックは、このドローンの地上走行版と言える)。ライドバックは、安価で大量生産可能な民生品でありながら、容易に兵器に転用できるPCやドローンなどのアレゴリーである。
 GGPは「Global Government Plan」の略称で、超大国主導の国際政治を再編することが本来の目的だが、日本に駐留するのは、司令官ロマノフに率いられた事実上の軍隊。警察を傘下に置き政府に無断で緊急事態宣言を発令するなど、強権的な体制作りを進める。当然の結果として反GGP運動が盛り上がる中、GGPとBMA(反GGPを掲げるテロ組織)は、ともに軍用ライドバックを導入し武力対決に踏み切る。

【脚本の素晴らしさ】
 物語は、GGP対BMAの争いを軸にしながら、その周辺の動きを含めて多面的な展開を見せる。GGPとBMAいずれにも主流派・反主流派があり、複雑な内部抗争が陰に陽に進行する。驚くべきは、こうした策動をきちんと描ききった脚本の妙。ストーリーに直接関わる主要人物だけで1ダースを超えるのに、各人が従う指導原理が明確に叙述され、それぞれの行動方針に納得がいく。
 私が好きなのは、GGPで副官的な立場にある女性士官の描写。ふだんは感情を見せず実務的なのに、ロマノフが退席すると、書類をさっさと片付けながら自分でパラパラめくり、不敵な笑みを浮かべる。{netabare}この女性が陰で何かしていることを匂わせ、終盤における急展開の伏線となる。{/netabare}登場人物の多くがただの賑やかしにすぎない水増しアニメとは一線を画する、本格的な群像劇と言って良い。
 全体の中心にいるのが、ヒロインの琳。彼女は、震災で早世した天才バレリーナの娘として過度の期待にさらされ悩んでいたが、舞台上での怪我を契機に、バレエからきっぱり引退。何の目標もなく進学した大学で、スポーツとしてのライドバック競技に出会い、バレエで鍛えた身体能力を生かして好成績を収める。そのまま楽しい学園生活を送れるかと思いきや、親友をテロから救うためにライドバックを超絶技巧で乗りこなす映像がテレビで放映され、運命が一転。GGPとBMA双方から目を付けられ、両者の狭間で翻弄され続ける。
 琳は、もともとモラトリアム型で社会問題に関心がなく、バレエという閉ざされた世界で生きてきた。そのせいでGGPやBMAについての知識が乏しく、しばしば優柔不断に思える言動を示す。しかし、そのことが逆に、2つの勢力を善と悪に分ける教条的な解釈をいましめ、人間らしい生き方の何たるかを教えてくれる。このような描写を正しく読み解くことができれば、最終局面で彼女がある選択を行う理由がはっきりとわかるだろう。
 興味深いことに、こうした琳の姿は原作漫画と大きく異なっており、アニメ独自のものである。脚色を行ったライターの貢献か、監督が作品の方向性を指示したのか、具体的な経緯はわからない。

【高度な演出テクニック】
 アニメ『RIDEBACK』最大の眼目は、練り上げられた脚本を完璧に映像化した演出テクニックだろう。新人監督・高橋敦史の力量には端倪すべからざるものがある。
 例えば、何度も挿入されるテレビの報道番組。第5話では、テロ騒動から脱出するライドバックの映像を紹介しながら、いかにも聡明そうな解説者が、乗っているのが二人連れの女性であり、民間人が軍の包囲網を突破したことを、驚きを押し殺した口調で指摘する。時間軸に沿って繰り広げられるアクションを堪能してきた視聴者は、その瞬間、自分たちの目にした光景が、客観的にはどう認識されるかを察知する。このように視聴者の理解を映像でコントロールするのは、きわめて高度な技術を要するのだが、高橋は、いともやすやすと実行している。
 アクションシーンも素晴らしい。ライドバックは、近未来の乗り物であるにもかかわらず、エンジンを吹かす音やタイヤの軋みがオートバイそっくりで、妙に生々しい。これは、SFの世界に視聴者の知悉する現実を適度に混ぜることで、リアリティを増す手法である。よくよく目を凝らすと、走行中に車輪の位置が変わったり、かなりの高さから無事に着地したりと、工学的に無理のある動きも散見するが、エンジンやタイヤのリアルさが際だっているので、あまり気にならない。近未来的な操作パネルと旧式のハンドルやペダルが混在する外観も、印象的な音響と相まって臨場感を増幅する。
 人間が搭乗する二足歩行型巨大ロボットは、技術上の障害が多く高速走行は困難である。ロボットアニメでは、(『コードギアス 反逆のルルーシュ』のように)脚部に車輪を取り付けたり、(『新世紀エヴァンゲリオン』のように)あえて人工物には不可能な動作をさせて逆に非現実感を強調したりすることで、表現上の問題を回避する。『RIDEBACK』は、オートバイ型変形ロボットという独自の解決法を提示した訳である。オートバイのようにスピーディに動き回って視聴者に高揚感を味わわせた後、変形して人型に近い形態になる(こうした工夫は、オープニングアニメで集約的に表現されている)。
 ロボット同士のバトルもある。特に、第6話と第11話の終わり近く、琳が軍用ライドバックと闘うシーンの迫力は凄まじい。どちらも数秒で終わる一瞬の闘いなので、子供には物足りないだろうが、状況を把握できる大人は、息を殺して画面を見つめ、終わった後はしばし呆然としてしまう。

【作品に込められたメッセージ】
 アニメは、最終回でストーリーラインが分裂したように見える。{netabare}GGPとBMAの対立は、陰で暗躍していた勢力が事態を収める。一方、琳は独自の行動に出て、自律型殺人ライドバックを、バレエを思わせる華麗な動きで破壊していく。{/netabare}このラストは、ハッピーエンドのようで、どこか煮え切らなさを感じさせる。
 ある意味、それは当然のことである。世界秩序が一変したのに、すべてがあっさり解決するはずがない。「こんな解決法もありますよ」と提示するにとどめたと考えるべきだろう。
 力に頼る秩序は意外なほど脆く、簡単に壊れてしまう。現代人は、その危険性を至る所で目にしているはずだ。では、どうすれば良いのか。答えはない。しかし、アニメの中で琳は、答えがないなりに、決して踏み越えてはいけない一線、揺るがしてはならない原則があることを示す。それは、「命を守る」ということだ。時に力への憧れに身を任せそうになりながらも、彼女がこの原則を失念することはない。
 琳は、大切な家族や友人を助けようとするとき以外、他人に暴力を振るわない。第6話で弟を守るために警官を負傷させてしまうと、その警官が夢に現れ彼女を責めさいなむ。それほど、命を守るという原則を重んじているのだ。BMAのリーダー・キーファが、抜群の技量を持ちながら優柔不断で行動を起こそうとしない琳をなじったとき、彼女はこう答える。

 「人の命をなんとも思わない人たちと一緒にいるだけで、吐き気がします」

 素朴で情緒的だが、人間らしく力強い答えである。

【どうでも良いことですが】
 琳は、幼い頃から短いチュチュを穿いてクラシックバレエを踊ってきたので、パンツが見えても恥ずかしくないのだろう……多分。

投稿 : 2024/11/23
♥ : 3

なぎぃぃ さんの感想・評価

★★★★★ 4.3

少女は鉄馬に恋をする。

OPを動画サイトで発見し、一目惚れで観た作品。
OPはMellさんで個人的にバイクが大好きでなんという組み合わせなんだっとっwww

内容は、近未来、両親共にバレエの天才ダンサー、その血を受け継ぐ主人公「尾形 琳」もちろん琳も天才ダンサーでかなりの期待と共に初の主役の舞台で靭帯を断裂・・・
手術に成功し、踊れるには踊れるんだけど、母を目標にしていた琳はプレッシャーともう届かない目標と諦め、絶望に陥る;

その後、大学に入学し目標も何もない琳、たまたま雨宿りで入ったRIDE BACK部の部室
入部希望者と勘違いされRIDE BACKに乗らされるはめに

RIDE BACKは簡単に言えばロボット+バイクですねっ!
普段はおんぶされてるような感じでRIDE BACKと呼ばれる
クラッチ?になるのかな?(ギアチェンしてるところみるとおそらく)二回チョンチョンと引くとバイク型にもなり高速走行可能っ!
主人公の乗るFego(スペイン語で炎)は癖が強くACSというライディングをアシストする装置が役に立たない設定でつけられている、サスの制御バランスを自動で補正するACSが無い状態であの手足ついた不安定なもの乗りこなすんだから、さすがダンサー平行感覚?バランス?がつよいっ!ここで設定生きてきますかっwww

他にもRB-Zと呼ばれるZRXそっくりな車種なども登場し、むねあつ

1話から盛りあがり、2、3、4話ともうさいこーでしたっ!
RIDE BACKのデザイン、乗り手からの視点、流れる綺麗な背景、盛り上がるBGM

ですが、中盤から徐々に失速・・・あのままレースの話でいってればもっと人気もでたんじゃないかなーっと、残念です。。
全体で見るとぼくは好きな作品でしたねっ!
お気に入りお気に入りっとっwww

EDもかなーりきにいりましたわーっ><
またバイクに対する熱を思い出させてくれた作品っ!漫画のほうもチェックしていきたいですっ!

投稿 : 2024/11/23
♥ : 4
ネタバレ

nyaro さんの感想・評価

★★★★★ 4.1

映像的なオーパーツ。すさまじい映像のアニメでした。

 当時、本作を見てアニメというものの表現の可能性に驚かされました。すさまじい3DCGでした。OP映像のレンダリングのすさまじさ。グランツーリスモみたいなゲーム専用機ではなく、アニメでここまで金属光沢が表現できるのか、という感動がありました。映像的にはオーパーツかもしれません。

 話はバレエを怪我で諦めた女子大生が、バイク+ロボットのような乗り物ライドバックに出会い、テロに巻き込まれてテロリストとして指名手配されるというストーリーです。
 正直テーマは見つけづらいところがあります。ライドバックの動きがバレエに通じるところがあって、ヒロインは覚醒します。が、ヒロインには主義主張もなく友人を助けるという動機で、テロに巻き込まれて逃げ回るだけです。

 友情のエピソードも主体的ではなく憧れの存在としてなついてくる幼馴染とのストーリーでした。

 ただ、13話で話が奇麗に完結しているうえに、ストーリーは面白かったと思います。ライドバックというバレエに通じる機械と出会い覚醒する。この乗り物を極めたいと思う。そこまでは良かったと思います。ただ、その後のヒロインの行動の選択になんでもいいので「動機」があればなあと。テロに加わるにしても、逃走するにしても、全く別の競技などのストーリーにするにせよ「私はこうしたい」が弱いですよね。「友人を助けたい」はウォンツではなくマストですので動機とは言い難いです。

 だから、最後ヘリに乗らない選択をした時に「おお」と思いましたし、彼女が主体性を持って動けたのはいいのですが「心の赴くままに舞う」ためだけにその選択をしたのがどうだったでしょう。バレエの代替ではないのか、という疑問が生じます。
 彼女がライドバックで美しく舞うのを見るためだけに作られたアニメに感じてしまい、ちょっとストーリーの深みという点で残念でした。

 ただしそのヒロインがライドバックで舞うアニメの出来は半端ではありませんでした。迫力、動きやエフェクト、3DCG等々が素晴らしく、なんといってもヒロインの造形の魅力があって「アニメを見る」という楽しみにおいては、すさまじい水準の作品だったと思います。ですので、映像を楽しむだけでも見る価値があると思います。映像だけは何年たっても心に残っていました。声優さんも一世を風靡した水樹奈々さんでしたので、力が入っていたのでしょう。

 再視聴したくてアマプラやDアニメを探しましたが無くて、結局古い録画を探して見つけ出しました。ということは、やはり人気は無いのでしょう。JDという年齢層、テロに巻き込まれて行く、{netabare}友人の死{/netabare}という題材が、受け入れられなかったのかもしれません。


追記 SF設定について、バイクで戦うは荒唐無稽のような感じがあります。その昔のSFでメガフォースという映画でバイクで戦ってましたが、やっぱりちょっと頼りないというか、空想にしか見えないというか…瓦礫には圧倒的に弱そうですし、射撃をするにも進行方向をそっちに向けたら事故っちゃいますし。ロボット化できるならありなんでしょうか?

投稿 : 2024/11/23
♥ : 1
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