フリ-クス さんの感想・評価
4.2
ふと足を止めてみたくなる、展覧会の絵
ずっと前、アンディ・ウォーホール展を見に行った時、
ああ、この人って特別すごい才能があるわけでもないのに、
シルクスクリーンで一発あてちゃって、
けっこうしんどい人生を歩むことになったんだなあ。
なんて感想をしみじみと抱いてしまいました。
シルク以前の作品には、ぱっとしたところが感じられないし、
後期の作品には半ばヤケクソみたいな匂いのするものがけっこうあって、
芸術家というのも大変なんだなあと思った次第です。
いや、もちろんウォーホール好きなんですが。
そう言えば『中二病でも恋したい』のOPでオマージュ演出ありましたね。
ママパチオマージュ全盛の中、ああいう使い方っていいなあ、と。
さて、本作『アニメ ブルーピリオド』は、
そういう芸術家というか、
その卵である東京藝術大学の絵画科(油絵)を目指す受験生のお話です。
この作品、放送前は、正直まるで期待していなかったです。
総監督が『宇宙ショーへようこそ』の舛成孝二さん。
『マギ』以来9年ぶりの監督で、かなりのブランク。
作風も、こういうのじゃないという印象が。
制作が『リリカルなのは』のSeven Arcs。
作画がちょっとな……ジュニアっぽいというか、かなり微妙。
主演が元コスプレイヤーの峯田大夢さん。
所属も声優系ではなく、芸能系のスターダストプロモーションだし。
要するに『いいものができる』と予測する要素が何もないというか、
申し訳ないけれど『コケなければ御の字』ぐらいのつもりで、
とりあえず視聴を始めた次第であります。
で、結論からいうと、見事に惹き込まれてしまいました。
まいった。ほんとうにおもしろい。
偏見もって見始めてほんとうにすまんかった、ごめんなさい。
さて、この作品の魅力は、大別すると以下の三つに集約できると思います。
① 絵画技法や芸大受験を全く知らない人でも引き込まれちゃう親切設計
② 主人公・八虎を中心とした、悩み彷徨う若者の青春群像劇
③ 有無を言わせぬ作品講評のリアリティ
まず①ですが、これ、本当に大事です。
僕ももちろんそうなんですが、視聴者の大部分というのは、
絵画の技法だの藝大受験の難しさだのというのは
まるっきり『知らん』わけでありまして。
その点、本作ではズブの素人だった八虎が藝大を目指すという、
視聴者と同じ立ち位置から学びを始める体裁をとっているわけです。
だからものすごくわかりやすいし、共感できる。
いや俺アニメぐらいしかわからんし芸術とか言われても……
というタイプの方でも気軽に見て楽しめる安心設計でないかと。
おまけに、段々と言われることが専門的かつシビアになってきます。
初回と二話までは、高校の部活レベルのお話ですから、
そんなに難しいこととか高度な技法なんてのはでてきません。
本編後に流れる『ブルピリ豆知識』も基本中の基本ですし。
{netabare}
ふふん、そのぐらいオレだって知ってるもんね、
そんな感じで油断しながら見ているうちに、
三話目から六話目までの予備校編がスタートします。
もう、教室に入った瞬間から、雰囲気が全然違います。
見かけからしてイカレてる奴が多くて、
リアルなんだろうけど、笑っていいのやら納得したらいいのやら。
もちろんここは本気で藝大を目指す連中の巣窟ですから、
知識や技術、さらには視点や意識の持ち方までもが全然違います。
少なくとも僕は『知らんかったこと』がほとんどだったわけなんですが、
その解説が自然なうえに丁寧なんだ、これがまた。
いやあ、勉強になります。
ここで視聴者は、いろんな技法を知らず知らず学ぶだけでなく、
プロによる『絵の評価』はどういう視点でなされるのか、
そんな狭くて難しいことをイチから教えてもらえるわけですね。
そういうのをこってりアタマに叩き込んだ上で、七話からは藝大入試編。
このあたりになると見る側もけっこうその気になっていて、
おお、その手できたか、みたく、
わかったような感想を持ってみたりみなかったり。
二次試験の課題がヌ-ドモデルというのも、おおっ、藝大っぽい。
というか、モデルさんが休憩のたびに前も隠さずストレッチしてるのが、
新鮮な驚きというか発見というか。 ヨロコビ言うな。
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総じて、実生活にはまるで役に立たない知識がてんこもりで、
視聴後はちょっとした知ったかぶりができるぐらいのレベルにあります。
この辺、うまく知的好奇心をくすぐってるなあと感心してみたり。
そして②の群像劇要素が、じわじわぐいぐいと視聴者を魅了していきます。
八虎の初期設定は、やるべきことをきっちりやる、イケメンチャラ男。
それに調子こいてたら単に『イヤなやつ』なんだけど、
そのきっちりさが『自信のなさの裏返し』なのが、共感度あげています。
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そしてその自信のなさは、制作姿勢にも現れています。
俺は天才じゃない。書いた分しかうまくならない。
そういう自己認識の元、千本ノックのごとく書くわ書くわ。
講師にダメだしされても、世田介くんに才能の違いを見せつけられても、
決してココロ折れたりせずひたすら書き続ける。
もはや『スポコン』ならぬ『芸コン』領域。
あの『響け!ユ-フォニアム』の、さらにハードモ-ドみたいな感じです。
そのくせ、わき目もふらず自分のことだけ考えてるわけでもなく、
藝大受験の二次試験前に、
親友でもない鮎川に付き合って海まで行くとかね。いい奴なのよほんと。
その鮎川がまた、いいキャラしているんです。
性自認は男みたいだから、女装指向のゲイになるのかな?
いやほんと、告られたら迷っちゃいそうなぐらい美形です。
鮎川のいいところは『おかしなやつ』じゃないところ。
外観上は一番かわってるんですが、
ただ自分の『好き』に正直かつ必死にしがみついてるだけで、
ポ-ズとはうらはらに、根っこは繊細で、悩める青少年。
わが道を行ってる顔をしながら自分に対する周囲の目を客観分析したり、
しんどそうな生き方をしてますが、共感できる部分が多いです。
八虎にだけ甘えて本音を吐露しちゃう弱さも、なんか純粋でいい感じ。
てか、この二人、実はけっこう互いを理解し合ってるんですよね。
そのくせ馴れ合いもせず適度な距離を保っているところが、
逆に相手を認めている感じがしてステキです。
そして、天才、世田介くん。
圧倒的な才能と傲慢なまでの自信、
そしてそれ以外は何もないというコンプレックスを標準搭載。
イケメンで友だち多しの八虎に対して
おまえ、リア充のくせに美少女アニメなんか見んなよ
的な敵愾心を抱くあたり、見事なよじけっぷりです。
ぐいぐいくる八虎を表面上は迷惑げに拒否りながらも、
内心うれしたったり困惑していたり、
ほんと、わかりやすくひねくれた性格してるなあ、と。
そのくせ、なんやかんやで二次試験のときには、
今日だけは無理した方がいいよ
なんて『対等な仲間』としてアドバイスもしたりして、
けっこうなついちゃってるあたりが、かわいいんだ、これまた。
そして、迷える秀才、桑名マキ。
藝大主席合格の姉など、家族全員が藝大出身という血筋の為、
世田介くんの絵を見てもビビらないし、タイマンはれる実力の持ち主。
そのくせ、こっちはお姉ちゃんコンプレックスを抱えていて、
自分のことを天才だとはこれっぽっちも思っていない。
謙虚なんじゃなくて、自分と比較する相手がデカすぎるんですよね。
性格はナチュラルそのもので、ふつうのトモダチ感がすごい。
ちょっと黒い部分もあるけれど、それをきちっと自己批判しているし、
あたりまえのように八虎に手を貸してあげたりとか、性格かなりいいんだ。
あと、弁当箱のデカさは、もはやかっこいいレベル。
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その他、個性あふれる受験生がびっしり脇を固めていて、
しかも一人一人の人物造形がしっかりしているから、
さまざまな若者が、それぞれの思いを胸に抱いて受験に挑む、
という『ありのまま感』がびしびし伝わってきます。
これぞ青春群像劇の醍醐味。いやあ、惹き込まれる。
で、③の『作品講評のリアリティ』が、ものっそい説得力あるんです。
なんと言ってもすごいのは、実際に作品を『描いている』こと。
それも一枚二枚のレベルではなく、
講評棚にならぶ作品だのボツ作品だのを全部。
しかもそれが
・うまくはないけれど『いい絵』
・うまいけれど『つまらない絵』
・うまくて面白いけれど『藝大レベルじゃない絵』
・うまくて面白くて『藝大レベルの絵』
みたく綿密に描き分けられているわけで。
あの『響け!ユ-フォニアム』でも、
プロのトランペット奏者と音大生に実際の演奏をしてもらい、
実力者同士のオ-ディションを再現してましたよね。
それと全く同じで『ちゃんと描いている』から説得力が違う。
美術さん、大変だったけど楽しかっただろうなあと感心してみたり。
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八虎が最初に書いた渋谷の絵なんか、
確かにこれっぽっちもうまくはないけれど『いい絵』だもの。
お母さんの絵はちょっと微妙だったけど。
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で、その講評をする美術部の佐伯先生と予備校の大葉先生が、
するどいんだ、これがまた。
佐伯先生は示唆して気づきを与えるような言い方、
かたや大場先生はズバっと切り込む言い方、
方向性の違いはあるけれど、どちらも根っこはわしづかみ。
{netabare}
矢口にとって『縁』は糸のカタチをしてた?
なんて大葉先生のセリフ、よくぞ言ってくれた、と思いましたもの。
昔から言われている直喩の使い回しなんて、思考停止でしかないしね。
よく聞いとけ、そのへんのラノベ作家。
{/netabare}
その他の講評も「ふんふん、なるほど」と納得させられることしきり。
もちろん実物の絵を前にしたら異論を感じる可能性もあるけれど、
画面に出てくる絵を見る限りでは、
僕ごときの眼力では「おっしゃるとおりでございます」と平伏するしかありません。
ちなみに同じ芸大ものでも『僕たちのリメイク』なんか、
完成作品を一切見せずに「すげえ」なんて言わせてましたよね。
それがいかにチープで不誠実な演出か、
本作と比較すると、しみじみご理解いただけるのではあるまいかと。
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僕的な作品の総合評価は、堂々のSランクです。
もちろんアニメに何を求めるかによって個人差はありますし、
一話まるっとバトルとか、萌え萌えきゅんきゅんとかを求める方には、
ぜんぜん、まるっきりおすすめできません。
ですが、きちんと『人のカタチ』をしていて、
誠実に作られた骨のある青春ドラマを求める方には好適の逸品です。
映像は、絵画作品だけでなく本編自体も、
見せたいと狙っているところはきっちりしっかり描けています。
博物館の背景なんか、かなりやばい。美術さん、えらい。
作画も、きちっと見せたいところは力入ってて、
一枚絵としても充分鑑賞に堪えうるレベルにあります。
ただ、それが全編で貫けてないんですよね。
カットによる出来不出来がすごい。
つなぎのカットなんか「え? 中国?」みたいな。
それが続くと「あのなぁ、Seven Arcs……」と思わざるを得ず。
美術さんの頑張りに5点をあげたいところなんだけれど、
京アニ品質を5点とするなら、
その部分で-1点は致し方ないところ。むしろかなり甘めかと。
かたや役者さんのお芝居は、高レベルで安定しています。
冒頭に書いたけれど、八虎役の峯田大夢さん、
作った感がほとんどしないナチュラルな基礎性質が好感度高し。
あまり『張らない』自然体のお芝居なんだけど、
きっちり感情を載せて台詞の奥にある核みたいなものをうまく引き出し、
矢口八虎という人物像を見事につくりあげています。
元コスプレイヤーとかで偏見もってほんとにごめんなさい。
これからいい役を引き続けられれば、人気出るんじゃないかしら。
お願いだから、乙女系やアイドル系は出ないでね。
鮎川役の花守ゆみりさんの男声もいい感じ。
演技がしっかりしているだけでなく、声そのものに表情がありますよね。
なでしこ演ってることでもわかるけど、使える音域がすごく広い人なんだ。
まだ24歳とかなり若いし、
足のケガもあるけど、信念もってアイドル活動控えてるみたいだし、
さらなる伸びしろのありそうな、いい役者さんです。
そして宮本侑芽さんの演じる桑名マキも、僕的にはかなり惹き込まれます。
作った感じがほとんどしない、ナチュラルなともだち声。
同じくナチュラルな峯田さんとの相性、抜群かも。耳、おおよろこび。
そして、なんと言っても影のMVPは、
佐伯先生を演じたラムちゃんこと平野文さんと、
大葉先生を演じた和優希(かず ゆうき)さんではあるまいかと。
このお二人には、揺るぎのない言霊、オトナの説得力がありました。
だからこそ、物語にびしっと芯のようなものが通ったし、
迷い、右往左往する受験生の『若さ』が浮かび上がったわけで。
音楽も「え? ヤマシタ?」と思わされるOPも、
きれいな声で実はけっこうエグいこと言ってるEDも、いい感じです。
劇伴は、いささか狙い過ぎなのが気になったかな。
あと、なんとかならんかったのか、OPのカット割り。
EDじゃないんだからもうちょっと動かそうよ。
ちなみに、原作者の山口つばささんと画家の山口健太さんが、
ねとらぼで対談やっておられて、こっちもかなり興味深い内容です。
いま35歳以下で年収300万ある油画家って、20人ぐらいじゃないか、とかね。
村上春樹さんの小説の中に、
「ピアニストの世界っていうのは神童の墓場なのよ」
なんて台詞がありましたが、油画の世界もどっこいどっこいだなあ、と。
それでも後先考えず飛び込むのが『若さ』の特権だし、
それぐらいイカれたやつじゃないと
突き抜けたものなんか創れないんじゃないかと思ってもみたり。
もちろん、イカれたまま最後まで突っ走れる人はほんの一握り。
ほとんどの人は川石のごとくカドを削られ、
海に近づくころにはまあるい普通のおっさん・おばさんになってしまいます。
何かを『好き』になるのは簡単なことです。
だけど『好き』に向かって突っ走るには、相応の覚悟と根性が必須。
さらに『突っ走り続ける』なんて、めったにできることじゃありません。
そして、足を止めたとき、
その人の『青春』と呼ばれる心的情景が終わるのではないかと。
だからこそ、本作は『ブルーピリオド』なんですよね。
ブルーピリオド=青の時代=青春時代と掛けたタイトルそのものが、
この作品が描こうとしている情景に他ならないわけで。
うん、よく描けてる、と僕は思います。
玉石混合のいまのアニメ業界は、
絵をまるでわかってない大富豪が買い漁ったコレクションを一堂に会した、
カオスやサバト的な展覧会のよう。
変な画商が売りつけた、
『なにを描きたかったのかちっともわからない絵』
みたいなものが、相当数まぎれこんでいます。
そんな中で本作は、
思わず足を止めて見入ってしまうだけの『青い輝き』をもっています。
両手をポケットに突っ込み、
軽く息を吐いて首なんか回したりしてから、
改めてじっくりと眺めてみたくなる。
ぐちゃぐちゃな展覧会で時折見かける、そんな一枚なのでありますよ。