plm さんの感想・評価
4.0
物語 : 3.5
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
俺ルール・俺ライフ
異世界ファンタジー系ライトノベル原作。
原作者自身がイラストレーターを兼ねているそうで、色彩豊かな絵柄がアニメでも発揮される。
主人公声優コンビが、さくら荘観てた人からするとキャラ名も合わさって面白いことになっている。
その他キャラも主役級ヒロインはってる人ばっかりで、豪華強キャラ声優大集結。
■異世界ファンタジー
それだけ聞けば、使い古された設定だと感じるであろう異世界ファンタジーというジャンル。
しかしこの作品の場合、古典的というより奇抜さに溢れた内容になっている。
例えば主人公 空のキャラクター性、異世界ものの最終目標といえば現実世界に戻ることだったり、
異世界へ飛ばされたことへの戸惑いを持ったり、ようは現実側の人物として描かれるのが基本だと思う。
だが、この作品の主人公は「現実なんてくそくらえ」みたいな台詞を平然と吐くし、
キャラの立ち場とか状況とかに関係なく、自身の思想に忠実で、ペースを乱さない。
作品内で最も自重しないキャラが主人公といった具合で、社会不適合者的な面ですら前面に押す勢い。
生い立ちや苦悩やらを乗り越えて、その行動根底にあるのは『かわいいは正義』の思想、
これで一貫しているために、妙に説得力がある。
つまるところ異世界ファンタジーという面より、主人公の個性発揮が強すぎて、舞台設定が霞むほど。
そしてそれこそが見所ともなっている。環境に振り回されることなく、環境を振り回す主人公たちだから。
■ゲーマーかイカサマ師(チーター)か?
{netabare} 作品タイトルが「ノーゲーム・ノーライフ(ゲームがなければ人生じゃない)」とある以上、
"ゲーム"は作品のキーワードであろう。
作品冒頭でチーター相手に自力で勝利するようなものが描かれていたこともあって、
当初はズバ抜けたゲーマー資質を持つ主人公サイドの話かと思っていた。
(ここでいう資質とは、ルール内で最善手を導き出す&最高水準の駆け引きができる才能、みたいなもの)
ところが異世界に入ってみれば、ゲーム内でのイカサマOK!あげく魔法もOK! 実質何でもアリ。
異世界で制限されてるのは暴力くらいなもので、それ以外はルール無用の現実と同等とさえ思える状態。
ゲーマーとイカサマ師(チーター)は違うだろう!
ゲーマーっていうのはゲームのルールに則って、攻略する人のことで、
イカサマ師やチーターはルール外の何を使ってでも勝つための手段は選ばない人だと思っている。
なのでイカサマ上等で進むならゲーマーとは呼べないな、と考えていた。
そうして観ていると実際、それが顕著に表れていたのがチェヌ回。
ゲームというのはお互いにルールを了解し合っていることで、対等な勝負が成り立つもの。
ルールにお互いの認識違いがあるほど、ゲームとしては破綻してしまう。
このチェヌ戦においてはそのルール自体があやふやで、しかも重要な部分が隠匿されている始末。
そしてその打開策は心に訴えかけること……もはやイカサマ師ともいえない。
ここで完全に、この作品がゲーム内容を主体としているわけではないと分かった。
■ゲームとして破綻している
だがそれでつまらない、とはならなかった。それでも面白いと感じるものが備わっていた。
この作品の魅力は、ゲーム内容だけに集約されるわけではないということに気が付いたのだ。
その場のノリであれ、駆け引きに意外性があって台詞回しや演出が面白い。
そう、この作品の魅力とは口八丁の駆け引きの上手さ、つまり「話術」にあると思う。
勢いに乗せられているようでもあるが、どこか筋が通っていると思わせられ、そして熱くなってくる。
演説の良さが作品を大きく引っぱっていたと思う。(とてもコミュ障とは思えない。)
これは、最初の方に書いていた主人公のキャラクター性による影響も大きいと思う。
普段から自分に正直な主張をする偽らざるキャラだからこそ、その言葉に主体性が伴って感じられる。
そしてそのことが作品自体にメッセージ性をもたせ、意識が伝わってくるがために、
作品性を強く感じられる要因となっているようにも思えた。
強いキャラクターの意思は、作品を印象付ける特色になるんだ、ということを学んだ。
あとゲームアイデアとしては、対ジブリール戦の"具象化しりとり"が素直に面白かった。{/netabare}