HG anime さんの感想・評価
4.1
物語 : 4.5
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 3.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
遺伝子のルーティーン
日本のインターネット普及率がまだ6%くらいだった1995年のアニメ映画。インターネットやデジタル化の可能性に人々が瞳を輝かせていた当時としてはタイムリーであると同時にユニークな視点からデジタル化に焦点を当てているこの作品には、当時赤ん坊だった私には今になっても分からない魅力があるのだろうと思う。しかし、そんな私でもこの映画は楽しめた。
物語の概略(ミスリードがあったらすみません)↓
ガベル共和国旧体制の統領である革命児マレスは日本国に亡命しており、日本国はODAを要請してきたガベル共和国新政府に対して、①ODA要請を受諾し、マレスを引き渡す②ODA要請を拒否しマレスを引き続きかくまう の二択を迫られている。日本国外務省は米国のニュートロン社と作った『プロジェクト2501』というハッキングプログラムを使ってマレスを犯罪者に仕立て上げ、国内外の反発を最小限にして選択肢①を採ろうと図った。しかし2501が自我を持ち暴走する、というのが中盤までの展開。政治の黒い『調整』が描かれていて面白い。終盤はちょっと味気が変わり、“電脳化人間の子孫と人間の子孫の比較”“人間という存在における『世代(生死)』があることの意味・役割”といったことがテーマといえると思う。プロジェクト2501と素子は融合という形で子孫を残したんだと思う。エンディング直前の幼女義体の電脳人間は2501と素子の子孫だと私は読み取った。
まぁ正直ミスリードがあるかもしれない。この作品は原作ファンにとって過剰説明のないものとなっている気がするから、原作を読んでいない人には不親切な作品だと思う。でも原作を読むつもりもないし、上記のように読み取って満足できたのでそれでいいと思っている。こういう作品は人それぞれ感想が違って然りですからね。
素子の気持ち、なんか分かるな~。誰しも『世界中のすべての物質は自分一人のためだけに存在するのかな』と思ったことがあるんじゃかいかな。神のような人知を超えた存在が自分を取り巻く環境を作っているような気持ち。親や兄弟や友達もすべてプログラミングされているかのような気持ちの悪さ。素子が自分の存在をどこまで信じたらいいのか分からない憂鬱ってそういうことなんだよね。それには自分だけでは答えが出せないと思う。でも人との触れ合いの中で自分の存在に価値が見いだせるのなら、前を向いて歩こうと思える。それでいいんだと思う。
他人にはなかなか切り出せないけれど、人間にしかできない贅沢な悩みを映画にしたような作品。名作だと思う。