「紅の豚(アニメ映画)」

総合得点
86.6
感想・評価
1215
棚に入れた
8071
ランキング
193
★★★★☆ 4.0 (1215)
物語
4.1
作画
4.1
声優
3.9
音楽
4.0
キャラ
4.1

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ネタバレ

青陽 さんの感想・評価

★★★★★ 4.9
物語 : 4.5 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 5.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

Porco Rosso and the Sky

※祝ミッション完遂記念! の通知。更新と表示されたでしょうが、ほぼ新規レビューです。

草の根草の根やってきた
飛べない豚タグ撲滅運動は遂に目的を遂げました。
↓過去の活動説明と懇願書
{netabare}
「飛べない豚はただの豚だ」と思ってるやつ!
飛ばない、だよ。より正確には
「飛ばねぇ豚はただの豚だ」
飛べないと飛ばないじゃニュアンスが大違いだから気をつけてください。
できるできないの話じゃない、やるかどうか。
ヤツは自分の意思で飛んでいるからあんなにもかっこいいんだ。
自分のルールに従って生きているから、自由で魅力的に見える。
決して曲げられないこだわりがある。それが豚なのにかっこいいと感じる不思議につながっているのだろう。

普通に考えれば、あの台詞が「飛べない豚は…」だと
ジーナの「今にローストポークになっちゃうんだから。わたし嫌よ、そんなお葬式」に対する返しとしておかしいしね。
我飛ぶ、ゆえに我あり…なのです。

しかし、残念ながらアニメのレビューサイトであるはずの此処あにこれでも
紅の豚のアニメ成分タグを見てみたら
「飛べない豚はただの豚だ」になっていた…。しかも18人もUPを押していて......

好きな作品だし、いろいろ語りたいことを追記しようと思ったけど
それより 取り急ぎこの残念な状態をなんとかしたい!普段はアニメ成分なんて気にしないけど、これが公認されているのはレビューサイトとしていかんでしょう!!

このレビューを読んだあなた!まだNNY(無い内容)に近いこんなレビューにサンキューなんて押さなくていい。ただ
間違ったタグを削除するためには0もしくはマイナスまで下げねばならないようです。
ちょっと手間だけどアニメ成分のページに飛んで
間違ってるタグをダウンして、正しい方をUPするのに協力していただけたなら
ひとりのジブリファン、豚ファンとしてとてもありがたいです。 懇願書[終]
{/netabare}

…キャッチしてくださっている方々を筆頭に、多くの署名があったからこそです。本当にありがとうございました!
ぶっちゃけ 成分タグなんて見てる人がどれだけいるか知りませんが、これで少しでも誤解する人が減れば嬉しいです。


…とは言ったものの、私がこの運動を始めてから投稿されたレビューにも「飛べない豚〜」と誤用されているものがいくつもありました。なんてこった…!
しっかりと本作を観たならば、あり得ない間違いだと思うのだけれど(´・ω・`)
…観終わったといっても
豚の生き様、そのかっこよさの本質を理解されていない方が多いということなのでしょうか?

ならば…私が!
自分なりの拙い解釈ではありますが、豚の魅力を熱弁しようではありませんか!!
(以下は長文なので、余裕のあるときにどうぞ)


風立ちぬに紅の豚…描きたいもの描いた作品は何かが違う?

{netabare}

ナウシカ、ラピュタ、トトロ、魔女の宅急便…
これまでの作品で 昔から宮崎氏の構想にあった物語イメージは描き尽くしたそうだ。
この先は新たな挑戦となる。
そんなときにプラモデル雑誌に連載していた話を元に映画を作らないか?という話が出てきた。
しかしそれはこれまでの子ども向けのものと異なり、同年代向けの作品になる。

「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のためのマンガ映画」
という企画テーマを元に、最初は飛行機内での上映を目的とした短編作品になる予定だった。
長編映画を作り終えたばかりだったので箸休め的な感覚もあっただろう。
しかし、制作していくうちに物語は徐々に熱を帯びていき、ついには長編アニメ映画として劇場公開されるに至ったわけだ。

後に宮崎氏は「個人的な映画を作ってしまった。やはり子どものために作るという方針は大事にすべきだった」といった内容のコメントを残している。

しかし、当初のターゲット層である中年男性だけでなく、私や私の友人(性別問わず)もこの作品のファンだ。
それに知り合いの小学生男子もジブリで一番紅の豚が好きだと言っていた。

最近プロフ欄で「ロボットものは苦手です」と書いてある男性ユーザーをよく見かけ、
ONE PIECEで時々ある 【ロボを見て男キャラは目を輝かせ、女性陣は無反応】ってギャグも現代では当てはまらないのかな〜と少し寂しい気持ちを感じたりしてたけど

こういう子どもが一人でもいるならきっと大丈夫です。

中年向けに作られたとしても、宮崎さんの趣味全開でも
やはりいつの時代も飛行機が飛んでいるだけで楽しめる少年は居るのです。

ポルコも二郎も空に憧れた仲間…いや、宮崎氏の分身といったほうが正しいでしょう。それゆえに、この2作品は熱の入りようがこちらにも強く伝わってくる気がします。
本人は反省したようだけど、作りたいものを作った 好きなものを描いたこれらの作品は実に輝いてると思うし、私のお気に入りです。
{/netabare}


始めは ただ飛びたかった
{netabare}
ただ空に憧れていた若き日の記憶。ジーナを後ろに乗せ、飛ぶことを純粋に楽しんでいたマルコ少年。彼の目に映る青空は何よりも輝いていたことだろう。
飛ぶことが夢であり、飛んでいく先の見果てぬ地も夢であった冒険飛行家の時代。
それは空を飛ぶ男たちにとって夢のような時だったに違いない。
しかし、やがて彼らは時代の濁流に飲まれてしまう。

風立ちぬの場合、市民が貧困に喘ぐ中で自分たちは多額の資金を用いて人殺しの道具を作っている。そのことの残酷さと、それでも作りたい作らねばならないという技術者としての徹底した意志が描かれていた。
だが、彼は実際に戦闘機を操り戦場を馳せた軍人たちとは違う。
凄惨な現場を知らないからこそ貫けた意志…なのかもしれない。

空を駆けた者たちはどうだったか?
最近観た「永遠の0」に紅の豚
状況は違えど、どちらも戦いを拒もうとした。
・愛する家族のために生きて帰りたい
・ただひたすら命を奪い合う愚かな戦争に嫌気がさした
今では理解されるだろうが、そのような考えは当時認められるはずがない。
日本では非国民、イタリアでは豚扱いといったところか。
逃げ出した臆病者と蔑む人もいるだろう。しかし、私はけっしてそのように言うことはできない。

なぜなら
私はその苦しみを知らないから。
それはけっして体験することのできない痛みだから。

ただ飛ぶことに魅せられていた純粋な男が、軍人となり、多くのパイロットが死んでいく様を見せ続けられる…。かつて同じ夢を語った仲間も、同郷なら良き友になれたであろう敵も、皆 命を散らせていく。
空高くに浮かぶ飛行機の群れを見て彼は何を感じただろう。
…戦争など、まともな神経をした人間が耐えられるものではないのだ。
そうしてマルコは軍を去った、心が擦り切れてしまう前に。


戦争を続ける人間の愚かさに呆れ、空を飛ぶために自分がしてきたことを恥じ、彼は豚となった。
なぜ豚ヅラになったかとか、魔法が云々…そういうのは些細なこと。
奴は 人間に、人間でいることに嫌気がさしている、それだけわかれば充分。
{/netabare}


豚は守る、己のルールを
{netabare}

そうして映画冒頭にある、無人島での気ままな暮らしのシーンに歴史は繋がっていくのだ。
何も知らずに見ればのんきな豚にしか見えないが、実際は抱えている過去がある。

とはいえ、あの暮らしは おそらく中年のおじさんが憧れる場面だろう。
「今のすべてを放り投げて、どこか違う場所で悠々自適に暮らしたい」
中年でなくとも、誰もが一度くらい考えたことがあるはずだ。

{netabare}
[余談開始!]
考えたことない人でも、どうぶつの森をプレイしたことがある人ならそんな気持ちがわかるはずだ。
木を揺すって果物を食べて、欲しい家具があったら虫とりをしたり貝を拾ってお金稼いで…そんなシンプルな暮らし。

そういえば、あの世界の村人も動物の顔をしている。彼らもまたポルコのように現実のしがらみから逃れて来た元人間なのかもしれない。表向きはのんきなやつらだけど、過去は人それぞれ…いろいろあるだろうからなぁ。そこに触れないで気ままな暮らしを楽しむことがあの村における大人としての嗜みなのかもしれない。……そんなわけないけどね!!!
[余談終り]
{/netabare}

しかし、雫のお父さんも言っていた。「人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにもできないからね」と…!
だから豚は必要以上に多くを語らない。カーチスに撃墜されても
機体の不調だと言い訳したりしないし、そもそも殺されそうになったことに怒りを露わにする場面もない。
ポルコは自由を求める責任と代償を理解し、受け入れたうえで
自分の望む自由な生き方を全うしているのだ。
かつて軍にいた頃の仲間フェラーリンとの会話
「冒険飛行家の時代は終わったんだ。国家とか民族とかくだらないスポンサーをしょって飛ぶしかないんだよ」
「おれはおれの稼ぎでしか飛ばねえよ」
「飛んだところで豚は豚だぜ?」
この会話に豚の豚としての生き様が詰まっていると思う。

このセリフを始め、ポルコには名言が多いが
それらはすべて豚の姿だからかっこよく見えるのではないか。
もしポルコがナイスミドルの容姿でそのようなセリフを言って、女にモテる映画だったら…。さすおに以上に 作者の願望投影が酷いと批判されることになっただろう。


しかし、ナイスガイでなく実際は豚だ。まぎれもなく豚だ。そのユーモラスな見た目と、人生経験を積んだ中年らしい言葉の数々がギャップとなり魅力を生んでいる。豚なのにかっこいい、ではなく
豚だからかっこいいのだ。
さらに
フィオにキスされたり、カーチスに「ジーナはお前を待っている」と告げられて顔を真っ赤にしてしまうところも(いい歳なのに!)
ただダンディーなだけでなく、愛らしい魅力となっている。厭世的で豚面ながらも人間臭いのだ。
女慣れしてるように振る舞っているが、実はウブなのだろう。
そう考えると、今期のオオカミ少女に似ているかもしれない。
{/netabare}

He flies in order to fly.

{netabare}
豚の生き様に話を戻そう。
物語の終盤では
大破された愛機の修理代とフィオの運命をかけた大勝負が幕を開ける。
カーチスも良い腕をしていて高度な空中戦が繰り広げられるが、豚は得意技のひねりこみでカーチスの後ろを取り、勝負は決まったかと思われる…がしかし!
豚は止めをささない。そこで空賊のボスがフィオに説明する。「いま撃つとアメリカ野郎にも当たっちまうからな」「豚は殺しはやらねえんだ。戦争じゃないとかなんとか…キザでいやな野郎だぜ」
そう、止めをさせないのではなくささないのだ。
かつての経験から…

殺すために飛ぶのではない、飛びたいから飛ぶ。それが豚の信念。
自分とフィオの命運がかかった
ここ一番という時でもけっして曲げることはしないポリシー…これをかっこいいと呼ばなかったら、きっと世界に「かっこいい」はない!

ジーナにアクロバットを披露したシーンもそうだが、言葉でなく飛行で意思を示すのがかっこいい!
言葉で伝えるのは大事なことだけど、言葉でなく態度で示したい…それも男の願望、求めるかっこよさのひとつだろう。紅の豚ではそれを最高にかっこよく表現し、なおかつ相手の女性は理解してくれている。まさに理想が描かれているのだ!
{/netabare}


耐え忍ぶも漢の美学

{netabare}
両者、機体トラブルを起こし
男くさい殴り合いの末にポルコは勝利を手にする。

軍にお祭り騒ぎを嗅ぎつけられたことを知り、一目散に島を脱出していく人々。
フィオはポルコとともに行こうとするが、ポルコは彼女をジーナの飛行艇に無理やり乗せて
「こいつをカタギの世界に戻してやってくれ」と言う。それに対し
ジーナ「ずるい人、いつもそうするのね」
ポルコ「すまねえ、行ってくれ」

今までにもいろいろあったのだろうけど、過去を匂わすだけだ。いちいち回想に飛ばない。察しろよ、というスタンスなのはビバップにも似た大人の雰囲気だと思う。

そうして飛行艇が空へ発つ刹那、フィオはポルコにキスをする。そうして去っていく二人の女。
風に舞ったフィオの帽子を拾い上げるがポルコの顔は見えない。しかし、カーチスの台詞から察するに…?


寅さんやカリオストロルパンに見られる、カタギの世界とヤクザな世界を生きる者の別離シーンだ。
本当は一緒に居たい!…だけど、彼女の未来を想えば そうするわけにはいかない……そんなジレンマ。
無法者主人公だから演出できるかっこよさなのだが、ここはかっこいいと思う人とそうでない人に別れそうだなー。私の場合、音楽の盛り上がりもあって とても感動したシーンだけど。
女性視点だと、それでもいいから連れて行ってほしいと思うのかな?
でも、フィオはポルコの気持ちを察したうえでキスしたんだろうし。大切だからこそ、あの選択が正解なんだよね。それにポルコが恋してるのは…。

うん、やっぱ……か っ こ い い!


その後ジーナさんの賭けがどうなったかは私たちだけの秘密。ということだが、エピローグに一瞬だけ赤い機体が映っている。それも昼間のホテルアドリアーノに!
それはつまりそういうことなのか?
だが、インタビューでポルコは人間に戻ったのか?と尋ねられた宮崎氏は「人間に戻ってもまたすぐに豚に戻り、十日くらい経つと飯を食いにジーナの前に現れる」と答えている。
けっきょく明確な答えは無い、秘密なのだ。それが良い。
何もかもが説明されることを望む視聴者もいるだろうけど、匂わすだけで終わるのも想像の余地が残って私は好きだ。
それでも、ただひとつ確かなのは
この先も豚は豚らしくやっている、ということでしょう。

{/netabare}


【好きな飛行シーン】
{netabare}
紅の豚は やはり空を飛んでいる場面が印象的!その中でも特に好きなのは3箇所。
ひとつ目はマンマユートの奴らとやり合った後、ジーナの店へ向かうとき。夕暮れの中を飛ぶポルコの機体はさながら真っ赤な太陽のようだ。

ふたつ目は修理がてらミラノへバカンスに向かうシーン。
雲の切れ目から差した一縷の光がサボイアの真っ赤な機体と青い海を照らし出す。その煌めきによってカーチスに見つかっちゃったようだが、ここは実に美しい光景だった!使用される「Doom-雲の罠-」という曲も美しい旋律ながら怪しげな雰囲気を醸し出していて素晴らしい。

みっつ目はポルコとフィオが修理された機体に乗って飛び立つシーン……も迫力があって好きだが
その後 フェラーリンに軍の警戒網の抜け道を教えられ、低空飛行している場面!
先に挙げたふたつのシーンとは違い、主観的視線&縦の動きの映像となっていて
まるで自分も二人と一緒に空を飛んでいるような気持ちにさせてくれる。そうして、いくつか丘を越えた先に見えたのはアドリア海…そして、この場面で流れている曲の名は「アドリアの海へ」
…もうね、アドリア海の飛行艇乗りたちが飛ぶことに魅せられてしまうのも納得ですよ。
フィオが「綺麗…世界って本当にきれい」と思わず口に出してしまうのも当然!
世界恐慌が暗い影を落とす中でも変わらずに世界は美しいのです。
{/netabare}

豆知識

{netabare}
「レッド・バロン」
マンフレート・フォン・リヒトホーフェン

紅の豚のモデルとなった第一次世界大戦におけるドイツのエースパイロット。赤く塗られた機体を操り空を舞った彼は幾多もの敵機を堕とし「撃墜王」と呼ばれた。

だが、華々しい名声の裏で葛藤があったようだ。ポルコも雲の上での経験が無ければ、彼と同じような最期を辿っていたのかもしれない。
リヒトホーフェンの人生を描いた映画が制作されているので紅の豚ファンなら一度は観ておくとよいだろう。
ただし この映画の主人公は豚でなく、岡田将生似のイケメンだけどね。実際のレッドバロンも写真を見る限り、男前だったみたいだし。
{/netabare}

♪Music
好きな曲については語りだしたらとめどなく長くなりそうなので、サントラについて少し。
これはジブリのサントラCDの中でも特に素晴らしい。名盤と断ずるに些かの躊躇もありません!
「帰らざる日々」この曲が特に好きですね。ポルコとジーナのテーマであり、紅の豚という作品のテーマでもあります。この曲のメロディを元に劇中でもいろいろアレンジされた曲が流れるのですが どれも素晴らしく、一曲一曲 映画の場面が鮮明に浮かんできます。目を閉じてサントラを聴くだけで映画を観終えたような気持ちになる。これはCDであり、映画なのです。それはどのジブリサントラにも言えることですが、特に紅の豚はその感覚が強い…ただ単に私が何度も繰り返し見すぎたせいかもしれませんが。


起承転結のある映画音楽のサントラやコンセプトアルバムなど
CDとして曲の構成がはっきり意味あるものは好きです。

投稿 : 2014/12/02
閲覧 : 382
サンキュー:

26

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