ほーきんす♪ さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.5
作画 : 5.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
【ネタバレ有】「“日常系推理ミステリー”の極み!」
果たして“日常系推理ミステリー”なんてものが他に存在するのかは分からないが…、この作品は、まさに“日常系”“推理”“ミステリー”である(“青春”とか“学園”とかを付け足してもいいかもしれない…)。
一瞬でその作品に引き込まれる(ハマってしまう)、典型的な例がまさにこの作品だろう。
言葉通り、OPを聞いた瞬間そのOPに、主人公・奉太郎(ほうたろう)とヒロイン・千反田(ちたんだ)が出会った瞬間この作品自体に引き込まれている自分がいた…。
“日常系推理ミステリー”と言ったが、具体的には、(放課後や学校行事など)、他愛もない普段の日常で起こる、他愛もない小さなミステリーに、(かなり)個性的な力(“能力”というか“性格”というか…)を持った主人公たちが挑んでいくという物語である…(実際には、挑もうとするのは千反田であり、千反田に(無理やり)促される形で奉太郎が解決するという形になる)。
物語やキャラクターの設定は、“シャーロック・ホームズシリーズ”になぞらえているところが多く―
―超省エネ(分かりやすく言えば面倒くさがり屋)だが、天才的推理力の持ち主である主人公・“奉太郎”がホームズ、自称“データベース”で、奉太郎のサポートをする“里志(サトシ)”がワトソン、一見きつい性格に見えるが、実は責任感が強く、友達思いな“摩耶花(まやか)”がレストレード警部に当てはめられて作られている(実際(といっても架空)のレストレード警部はもっと頼りないイメージだが…)。
正直、観るまでは、学園ものでかつ京アニ(京都アニメーション:“涼宮ハルヒ”や“けいおん”など)だと知っていたので、最近は刺激的なアクションやファンタジーものばかり観ていた自分としては、おそらく退屈だろうと思って、観るべきかどうか迷っていた…(ちなみに、上記の両者を否定しているのではない、というかむしろ京アニ作品には名作が多いと思っているが、今(最近)は観る気がしなかったという意味)。
しかし、とりあえず1話だけでも観てみるか…、と思って観てみると、OPが始まった瞬間、最終話まで観ることが決定した……
本当に良い曲っていうのは、初めて聞いた瞬間(もっと言うならOPの出だしの出だし)から、心奪われる感覚になるんだな…と思わされた…(OP1の「優しさの理由」)。
作画も非常に良く、京アニのある意味完成形と言っても過言ではないほど―
―京アニ特有の、透明感というか、画に瑞々(みずみず)しさのようなものを感じさせてくれる…。
また、作画や音楽による世界観が独特で、シャフト(特に「物語」シリーズ)以外で、こういった世界観を創れるところがあるとは思ってなかった。
次にストーリーだが…基本的には1話完結型で、どこからか持ってきた“謎”を、奉太郎(たち)が解く、という形なのだが、よく頭を使いながら観ると、1つ1つの話が、実は結構考えられている(作中のミステリー話がという意味ではなく、あくまで、アニメの話自体が、自分たち視聴者が考えさせられ、裏をつかれる話になっている…(要はオチがあるということ))ことに気付く。
第1話の“女郎蜘蛛(じょろうぐも)の会”の話などは、本当はただの作り話だけど、それをまるで本当にこの学校に伝わる話だと感じるように作り上げており、嫌な後味が残らない騙し方(騙され方)のオチになっている…。
ただただ、奉太郎の天才的推理力をはっきりするのではなく、
特に11話で奉太郎が、自分が他人より優れている“のではない”ということを改めて感じさせられる、話などはいいタイミングであり―
―自分は特別な人間ではない、本当の意味で他人に“使われている”ということに気付く(…よく里志が“奉太郎は使ってこそ意味がある”と言うが、そこには愛情や信頼がある)、という話は全体のアクセントとして非常に良かったと思う。
この物語は、結局のところ、だれが他人を利用しているのか、だれが他人に利用されているのか、が分からないということに、底の見えない恐怖のようなものを感じる…(具体的には、奉太郎以外の人間(特に里志と千反田)が、仮面をかぶった悪魔のように見えるところがよくあったように感じた…)。
欠点を見つけるのに苦労したが、強いて言うなら、OPやEDをカットしている回が多いことが残念だった…。
なぜこんなに良いOPなのに(話の時間上仕方がないのだろうけれど)、OPやEDをカットするのだろう…と思った。どうせなら、ムービーは進めつつ、後ろで(バック音として)OP・EDを流しても良かったのではないだろうか…(特にED)…。
他には、もう少し大きなテーマが1つあってもよかったようにも感じる。
具体的には、奉太郎だけでは解けない問題に直面し、千反田、里志、摩耶花のそれぞれの力(個性)を生かして、古典部4人で難問を解く、というストーリーがあってもよかったのではないだろうか…。
この作品で一番(話数的にも)大きな謎は、千反田の叔父の話も含めた“カンヤ祭”(文化祭)編だったと思うが、実際のところは、奉太郎ひとりで“簡単に”解いてしまう…。
まぁ、そうは言ったが…、途中までは、世界観をもっと広げて大きな謎に立ち向かっていく、という方向にした方が良かったのではないか…と思っていた。
しかし、最後まで観てみて、結論として、より“現実に近付いた”この終わり方のほうが良かったように感じる。
どうしても推理もの、ミステリーものと考えると、某“ハイテクメカ常備のメガネの少年”や、某“神になろうとしたノート常備の青年”のように、主人公が、世界の中でもトップクラスの頭脳の持ち主になっていく物語が多いが…、
あくまでこの作品は、1つの町の1つの学校の1つの部活動の話なのであって、あえて世界観を広げずに、この範囲内で物語が進むことに意味があるように感じる…。
(余談だが)主人公たち以外の、1話の一部にしか出てこないようなキャラの声優たちが、恐ろしいほどに豪華なメンツである…(ぜひ、wikiを参照) 。
どうも最近は、非現実的で、すぐに命を懸ける主人公たちがいる作品を観ることが多くなってしまって良くない(ことに気付かされた)。
この作品のように、日常系の、日常の中の変わった出来事や展開に一喜一憂する作品も悪くないんだと、(なぜか)穏やかな気持ちで、(“アイスクリームする”ことなく)そう思った…
(終)