遥か彼方 さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
神に背いたのはエヴァだけではない!?
まどマギレビューで少しエヴァに触れたのでこの機会に自分のこの作品への思いを纏めてみようと思う。
普通に賞賛したりお勧めする内容、または反対にオチが理解不能でこの作品の良さが納得出来ないと言った賛否両論は語り尽くされてそうなので、私は気になる一視点のみからこの作品を語りたいと思う。
因みにTV版は一応一通り(目を覆った所は数箇所有るが)視聴した。
した筈だがこれを書くにあたりwikiで色々確認した所これまた「こんな伏線有ったっけ?こんな残酷な展開だったっけ?」と全くと言って良い程この作品の展開について行けてなかった事が判明(正直その頃心身共に凹んでいてその時期視聴したアニメは半分くらいしか記憶に残っていないものが多い、と言うパーソナルな言い訳をここで述べさせて頂く)
この作品の初視聴もリアルタイムでなく調度その時期。勿論今以上にグロ耐性皆無でまず感じたのが
使徒がグロい!!!
だった。
まあ使徒って言うくらいだから敵でも羽の生えたそれなりの人間型を想像していたのだと思う。
進撃の「巨人」と比べたらまだこっちの方が数倍普通に歩いている分には、何もしないで画面に映っている分にはグロくない。因みに巨人は「キモい」に値する(今気付いたが、顔が無駄に人間的で個性豊かなのに、その顔で人間を殺戮(食)する。巨人と言う化け物であれこれって一種のカニバリズム的じゃないか?)えらく脱線してしまったが巨人はいるだけで「キモい」だが使徒は上手く表現出来ないが、その形状、目の位置、大きさ、色使い、全てがどこか人間の本能が拒絶したくなる様な「嫌悪感」を感じさせる。
「この作品って何でこんなに気持ち悪い描き方してるんだろう」
と一緒に見ていた人物に聞いた所
「人間が気持ち悪いと思う、不快感を煽る様な描き方をわざとしてるからだろう」
と言う答えが返って来て非常に納得しつつも一層この作品に恐怖を覚えた。
実はここまでが前置きだったりする(ので時間の無駄だと思う人は即刻ここで引き返して頂く事を推奨する)
突然ですが、皆さんはこの作品がこれだけ国民的アニメとまで言われる様になったのは何故だと思いますか?
また考えた事って有りますか?
wikiでは「斬新」と称されていました。
確かに何かが斬新、何もかもが斬新だったのかも知れないけど。
設定も、展開も、キャラ達も、途中で挿入されるクラシックの名曲も、色々斬新には違いないと思います。
ここで断言しておきますがこのレビューは作品アンチや酷評では有りません。寧ろ人間がよくこれを産み出せたな、と畏怖の域でこの作品の存在を認めています。
その理由を今年一番話題をかっさらっているアニメ「進撃の巨人」と比べながら述べたいと思います。
私がエヴァンゲリオンの感想を一言で言うと
怖い作品。
こうなる。
物理的なグロい怖さだけでなく、本当に恐怖してるのは「精神的なモノから来てるであろう不可解な」怖さ。
まず進撃との共通点
・過酷で容赦ない世界観
・残酷なキャラ達の行く末
・敵わない敵だと解っていても、それでも戦おうとする生き様
・進撃(原作未読なので後の伏線は解らないが)エヴァ共々作品に張られた様々な興味深い伏線、そしてネタバレ(これはエヴァのキャラには特に非常に濃厚だと感じている)
だと簡易ながら自分で考察してみた。
次、進撃との相違点
・進撃はどんなに残酷でも敵わない敵でも「生きていく」と言う人間本来の前向きな願望に溢れていて、この残酷な世界でどうやって生き残るのかを知りたくて視聴している人も多数だったと思う。暗闇の中から一縷の希望を必死で見いだし、懸命に生きるキャラ達に感銘を受ける視聴者がいる。
・エヴァの場合、残酷な世界で敵わない敵を倒す為試行錯誤で「計画」が準備されてはいるものの、どこか全てが「破滅的」なのだ。
仲間の生き様を見てシンジは何度も挫折を味わい、そしてパイロットとして戦う事を決意する。
こう書けば主人公が成長し前向きに生きようとしている進撃と同じ様な感銘を受ける物語と取れるのだが、エヴァには宗教観が強く含まれている。アダムとエヴァ、旧約聖書それらをモチーフにしている為、人間の根本に眠る「何か」を呼び覚ましてしまう。
「何か」の正体をずっと考えていた。
何故自分がこの作品自体にこれ程までに恐怖するのか。
何故使徒の姿を見て、視界だけでなく精神の底から嫌悪感を感じてしまうのか。
何故この作品が国民的アニメとして、いや今では世界的にまで広がって行くのか。
自分は心理学者でないし、興味は有れどそっちの方面は全く無知だ。
それでもエヴァを観てそんな私が辿り着いた結論が一つ。
人間には本能的に「破滅願望」が有るのではないか?
禁忌を犯したい、その願望はアダムとエヴァのりんごの物語から人間が本能的にそれを持ち合わせているのは知っていた、がそれ以上に殆ど表には出さないけど上記の願望が眠っているのでは無いだろうか。
「劇場版Air/まごころを~」のレビューは多分しないので(と言うかやっぱり全体的にグロくて視聴不可能なので)ここで纏めさせて頂くが挿入歌の「Komm, süsser Tod〜甘き死よ、来たれ」(関係無いけど因みにこれもアニソンベスト10入確実曲)で
It all returns to nothing(訳・無へと還ろう)
と言う歌詞を見て、なんて破滅的なのに安らぎを感じさせ、かつ胸を抉られる言葉だろう、と感じた。
作中ではこれが世界が崩壊していくシーンで流れる。
一番のトラウマは子供が描いた血塗れの絵と共に、皆が崩壊し溶けて行く場面、堪らない。
子供=純粋の象徴?だと思うが、その子供の絵が血塗れ。
あるゲームで有った展開だが、まだ母親の胎内にいる赤ん坊が既に人間として行動できるキャラに乗り移った場合どうなるか(これ知ってる人、良ければメッセ下さいw同士です!)
その乗り移られたキャラは残虐極まりない方法で殺人を犯す。
つまりこの世に生を受けた命は既に残酷さを持っていて、その時期が最も残酷な事が出来る時期、と言う事である。
考えてみれば善悪の分別が付かないのだから当たり前なのだが、その血塗れの絵を思い出したら一緒に上記の観念が付いてきた。
そこで監督が描きたかったのは何だろう。
人間の持つ狂気?いや、やはり私はあからさまな恐怖でなく、破滅を迎え一旦全てをリセットしてそれこそ歌詞の「無に還」るべきだ、と言うメッセージだと思う。
そう考えるとどうしてもこの作品は、どこまでも「破滅」とその後の何もない事が安らぎを得る事であるのを意味していると思えてならない。
自分の中に破滅願望が有ると考えるだけで恐ろしいと思うが、エヴァの展開、宗教観を使って示唆している事などを考える。
使徒が精神的に私の嫌悪感を容赦無く呼び覚ますのは、彼らが「神」であるからかも知れない。
人間の本能に眠っている(かも知れない)神に背いた罪悪感と畏怖が使徒を怖がらせ、戦い生きようとしているにも拘わらずキャラ達が精神的に崩壊していく、または使徒に殺されていく様は「神」には人間は決して敵わない。そして人間は今一度全てを捨て「無に還る」べきだ。
非常に宗教臭いがエヴァのテーマはこれなのではないかと思う。
私程宗教観に縛られた見方をする視聴者は希かも知れない。
反対にそんな事百も承知だ、今更何を言ってるのかと呆れられるかも知れない。
だがもしこの作品のテーマの一つが「破滅願望」なら、これが国民的、いやもう世界的に受け入れられてるのは人間の本能のどこかにその願望が有るからかも知れない。
この作品は知らず知らずの内に人間の恐ろしい願望を引き出しているのでは無いだろうか?(だからと言って現実が破滅する訳ではないし、視聴者が破滅を望む訳では決してない)
ただ私と同じ様にこの作品に不可解な恐怖を覚える人がいたら、もしかしたらそうなのかも知れないと思い、これを書いてみようと思った。
視聴して恐怖を感じたのにその後考察サイトを漁りまくっていた。きっとその不可解な恐怖がとてつもなく魅力的に感じられたのだろうと思う。それも矛盾してる気がするが。
破壊じゃ駄目、狂気とも違う、破滅だから。
無にしてしまってそこに存在するであろう安らぎ「甘き死」にどこまでも憧憬を覚える。
この感情も本能なのだろうか。
少しだけだが、この作品は世に生み出されて良かったのかとさえ思う。ただのカルト的な宗教の怖さではなく、人間を魂から揺さぶる「何か」を含んでいる、やはり私にはこの作品は怖い。怖いはずなのに惹かれる。
「神」に背いてこの作品を生み出したのは人間。
そしてこの作品こそが、本当は禁断の果実かも知れない。
(ここまでこの気持ち悪いレビューを読んで下さった方がいらっしゃったら心より感謝致します。今回必要に応じてかなり宗教と絡めましたが特に他意は有りません。「怖い」理由を追及したらこうなりました。いつも以上の長文、乱文失礼致しました)