らしたー さんの感想・評価
4.2
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
ある意味で奇跡的な着地
*9/25更新(最終話まで視聴完了)
既刊5巻とアンソロジーと公式ファンブックとやらをうっかり買ってしまいました。
9/21更新分で、「明確なディレクションに爽快感をおぼえる」と書きました。
が、公式ファンブックでの大沼監督と吉岡シリーズ構成の対談では、そこに至るまでにいろいろあったんだなー、という裏事情が書かれていて大変興味深かったです。
かいつまんでいうと、もこっちに強く共感するがゆえに当初は「救いの物語」を指向した大沼氏と、最初から主人公と距離を保って「のび太くん」「ちびまる子ちゃん」の亜種という捉え方をしていた吉岡氏、という構図があったようです。
最終的には大沼氏の「気付き」によって、
『救って“あげる”は上から目線』
『もこっちを成長させたり救ったりするのは厳しい』
という路線でGOになったという。
この相反する作品のファーストタッチが、結果的にアニメ版を良いものにしたのかなって気がしてます。
私自身は、100%吉岡シリーズ構成の立場で作品に接していたというか、むしろもこっちが救いようもないほどダメだからこそ庇護欲に駆られるのかなとも思っていました。だってもこっちが救われたり成長したりしたら主人公としての価値が激減するでしょうし。
ただそこはそれ、他に類を見ないタイプの主人公なだけに、制作現場ではその取扱いには相当な葛藤があったようです。
しかし。
最終盤2話の描き方を見る限り、大沼監督が当初目指していた、隠しきれない「救い」のエッセンスというやつが、作品の方向性を失わない程度にそれとなくにじみ出ており、結果論ではあるけれども、ものすごーく絶妙な着地をしたのではないかと思っています。
ほんと、針の一点に着地するような絶妙さで。
もこっちは相変わらずクズでダメで安定だけども、そこには救いのない闇とはちがう、何かが目の前に広がっている、前進的な余韻が残りました。
これを是とするかどうかは原作信奉の度合いによるんでしょうかね。
--更新ここまで--
*9/21更新(11話まで視聴。)
あえて傑作と呼ばせていただきます。
ぜひニコニコで観てほしい、というかこれニコニコで観るのが前提なんじゃないかって思うくらい。ネタの振り方が激しすぎて、ひとりで観てると損した気分になっちゃうかもしれない。
主人公というのはこのくらい牽引力のある存在でなければならん。
この作品、難しいことやってないよね。
主人公であるもこっちのクズさと惨めさをひたすら描くだけ。
いっさいのブレがない。迷いがない。どこまでも激しくいく。
内容うんぬんの前に、まずその明確なディレクションに爽快感をおぼえるのだ。
ガンガンONLINEで原作もいくつか読んでみたが、アニメのもこっちは、かなり可愛く描かれてるなあという印象。原作者が本来表現したかったキワドサというのは薄れてしまっているのかもしれないが、そこは「動く・しゃべる」というアニメの利点でトレードオフかなと。
賞味期限の厳しいネタを多用しているだけに、数年後には埋もれちゃってる可能性も高いが、たとえ類似作品を出してきても、もこっちの圧倒的主人公性を凌駕するのは容易ではないだろう。
なにかの金字塔を打ち立てたような気がする、なにかの。
--更新ここまで--
なんとまあ。
すげえキャラクター。すげえ女子高生。
思考回路が完全にネット依存症の野郎のそれなんである。
もういろいろ終わってるんである。
まとめサイトだけでもチェックしなきゃ、とか、花の女子高生の感覚とは思えん。喪女だろうがコミュ障だろうが関係なく、女子高生がそんなクズみたいな義務感持ってちゃダメだろ普通。
さすがにこれ、等身大の若年喪女を描いてどうこう、とか、そんなたいそうなもんではない。ないはず、である。お願いだからそうだと言ってください。
これはインドアな娯楽にべったり染まってしまったダメな大人に高確率でフックしそうなもろもろを散りばめて、みんなでネタを楽しみましょう、という、極めて純度の高いサブカル指向アニメでしょう。とくに夏休み期間を描いた中盤数話の内容なんかを見ると、そうとしか考えられないのである。
このご時勢に出すべきイロモノギャグ作品という意味で、たいへん完成度が高く、コンセプトも明確な傑作ではなかろうかと。孤独な学生生活という時代に左右されない主題を扱いつつも、各種のパロディやネットスラングが作品のスパイスとして大きな役割を担っており、「誰に見てほしいのか」があきれるくらいわかりやすい。
原作も読んでみたくなりました。
それはさておき。
この壮絶なまでにイタい主人公が、ちょっと愛おしく思えてしまうのはなぜなんだろう。いろんなものが濁りきったクズなのに、なぜだか嫌いになれないのである。
自分の中にあるクズな部分を代わりに体現してくれているから嬉しく思うのか(一種の自己愛?)、あるいは「駄目だこいつ…早くなんとかしないと…」的な眼差しで心地よい傍観者でいさせてもらえるからなのか。
いろいろ考えたけれど、結局、アニメの主人公という枠組みにおいて、この子が「現状を変えようとしているから」なんだと思う。良くも悪くもアクションを起こすからなんだろうと。たとえそれがあさっての方向を向いていても。
だから、好きではないが、嫌いにもなれない。
逆に言えば、こんなサイアク設定のダメキャラでさえ、主人公格を得るためには、現状からの変化や前進を求める存在でなければならないんだなあと、変なところで何かを悟ってしまった。
チャレンジングな演出も多く、とんがったギャグアニメとして相当良い出来と思われます。物語の進行密度が低く、何話からでも観れるカジュアルさもありがたい。
最近こういうのばっか観てるなあ。