ハト さんの感想・評価
4.1
物語 : 3.0
作画 : 4.5
声優 : 4.5
音楽 : 4.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
長濱演出が光る、ある意味最高の原作賛美アニメ
平凡で何の変わりもしない退屈な日常。凡人ばかりだと思う周囲の人間達。錆び付いているように思える町。そんな中で中学生という多感な時期に思春期特有な鬱屈した感情が、憧れている女の子の体操服を手に取ったしまったことで、激情となり華のように開花していく禁断の青春白書。
世界観・舞台は何気ない学生の日常にあり、閉鎖的な小さな町の中で物語が進行していきますが、惡の華が他作品と圧倒的に違う点は作品全体から得体の知れない嫌悪感が満ち溢れていることです。ある意味気持ち悪くて恐怖に似た物を感じ、ホラーに近い緊迫感が常にピンと張り詰めている作風となっています。視聴者としてはまず最初に強烈な拒否感を感じると思います。
これらの世界観を演出している要因の1つは全編ロトスコープで制作されていることです。ロトスコープというは、先にカメラで実写モデルを撮影した物をトレースしてアニメーションに再構築して描写する製作技法です。トレースでのアニメーション表現で目新しいの「坂道のアポロン」での楽器演奏シーンなどがありますが、トレースの分とても滑らかなアニメーション表現がされます。
しかし惡の華の場合、秒間24コマの実写映像を秒間8コマのアニメーションに変換することして、実写トレースのリアルすぎる動きと、コマ落ちした妙なぎこちなさの共存により、得たいの知れない気持ち悪さ・怖さの演出に成功しています。
これを普通のアニメにすると、アニメ的デフォルメがどうしても入ってしまう。そうなると作品の中で描かれる変態的行動による背徳性・異質性が「アニメだし、あるよね」と許容されてしまいがちになります。また完全実写作品になると、昨今様々あるようなアニメ・漫画を頑張って実写にした、あの何とも言いがたいチープな感じになってしまいます。
その点に関してロトスコープという表現は作品の持ち味を活かした上で、現実世界にいる視聴者に強烈な擬似感を与えるのに、絶妙にマッチしていたと思います。
また実写とアニメの狭間だからできる演出はこの作品ならではで、各シーンに効果的に盛り上げています。
例を挙げるとすると、
・3D背景との融合。
・原作者の幼少期から主人公春日へのオーバーラップ。
・本当にデフォルメの無いリアルな巻き戻し演出。
などです。
メインキャラクターである主人公春日高男、ヒロイン仲村佐和、佐伯奈々子の三人は共に、内面はリアルな思春期で多感な中学生として描かれていますが、開花していく狂気な面はこの作品の全てと言って良い部分だけに非常に異質に感じます。しかしそれに至るまでの心情は多くの人が共感できるものになっていると思います。彼・彼女等を取り巻くクラスメイトもよくいるリアルな中学生であり、特に春日の友達である山田や小島は当たり前のように春日をからかい、気兼ねなくつるむ良い友達として登場します。このような子供っぽい普通のクラスメイトがいるからこそ、メインキャラの狂気の面の異質性が非常に際立っています。
しかし、実写キャストを使用しているのでどうしても中学生の見た目には見えないのは残念です。これは実写キャストを使う欠点だと思います。
音楽・音響もこだわって作られている点も非常に良かったと思います。
OPはタイアップ曲ではなく、メインキャラクターをテーマにそれぞれ書き下ろされた楽曲になっており、全13回で4回変わりますし、インパクトのあるEDの楽曲も原曲である「花」を再構築し新しく作られた楽曲になっています。
演者の熱演もとても良かったです。アフレコでは実際、体で演技もしながら録っているだけあってリアルで自然な演技になっています。特に仲村役の伊瀬茉莉也さんの絶叫演技や、春日役の植田慎一郎さんの腰砕けの時の演技は見物です。
ストーリー構成は非常にゆっくりではありますが、その分心情表現、空気感の表現、緊張感の表現は十分すぎるほど尺を取り、非常に丁寧に描かれています。この"特有の間"や"少ない1セリフ"で多くを語る演出は、蟲師の時に感じることが出来た、長濱監督らしさだと思います。この辺はアニメによくある表現ではないので、非常に賛否が別れる部分だと思いますが、見るのが辛いくらい、痛く、ひしひしと心情が伝わってきました。
ただ最終回は確かに面白いものではありましたが、途中までとはいえ、1クールと進めてきた話の締めはしっかりとされなかったのは非常に残念でした。
惡の華を手がけた長濱博史監督は、過去に蟲師など、原作の作品性を最大限汲み取ったアニメ化により評価されている監督でもあり、今作でも絵柄は違うものの非常に原作の作品性をしっかりと汲み取った作りになっています。ストーリーはほぼ原作の流れを踏襲され、セリフやカット割りはもちろん、実写の撮影の際でも原作漫画を台本に撮影したりとこだわりを見てとれました。そして終盤に登場する、"惡の華は原作者押見修造さんのもう1つの人生である"という意味が込めれてた、「原作者」幼少期から作品の中の存在の春日へとオーバーラップする演出は、はっきり言いますと、もはや普通のアニメ作品では不可能な域まで達していると思います。そして同時に、原作への賛美を見ることができました。
もしこのレビューに「演出」という項目があるならば★7くらいつけたいです。
惡の華はそのストーリー内容や、全編ロトスコープでの制作、実写前提の演出など昨今のアニメにはあまり見られない作風になっていることもあり、かなり人を選ぶ作品だと思います。実験的であり、裏打ちされ全ての場面に意味がある様々な演出が語り甲斐がある所など、私は「serial experiments lain」を思い出しました。正直商業的には受けにくい作品ですが、こういった作品をまだ今の業界でも作ることができるんだと思うと嬉しく思いました。そういった部分でもまさに業界や視聴者に傷を残したアニメだと思います。