らしたー さんの感想・評価
4.0
物語 : 3.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
スベってもお義理でクスッとしちゃう『日常』の強み
観たのはけっこう前ですが。
とりあえず妙齢の乙女が背中にどでかいネジを背負ってる時点で視聴者的なYES/NOは概ね決まるんじゃないでしょうか。
あれ天才の発想だよなあ。すんごい残酷だけどもw
こういう系のアニメをさくっと完走できたのは自分にとってわりと例外的で、この『日常』の、いったい何がそうさせたのだろうと今更ながら考えつつ、だらだらと。
結局のところ「キャラクターと空気感が好きだった」という、ただそれだけの話なんですが。
●『日常』の空気感 ~ホスピタリティ
いい意味で世界に奥行がないというか、しゃべったりわらったりしている「その瞬間」にしか、キャラは意味を持たせてもらってないという感覚があって、それが妙に心地よいというか、観ている人のためだけに「数秒間存在する世界」という特殊な箱庭感が、ことさらに強烈な作品じゃないかと思うのですよ。表現が難しいですけど、「過剰なまでに視聴者を意識している」作風なんですよね。
これは、ある種のホスピタリティといってもいいかもしれない。
あえて言うなら、映画と舞台の違いでしょうか。
映画ってのは顔の見えないターゲットにえいやーって投げてくるようなものでしょう。それに対して舞台は、とりあえず「今日来てるお客さん」を満足させて家路に付かせることが肝要なわけです。つねに、いま目の前にいるコアターゲット相手の勝負なのです。
この『日常』から感じるのは明らかに後者のマインドで、まるでシットコムのように、観てる人間とリアルタイムに笑いの温度感の駆け引きを仕掛けてくるところがあります。明らかに、作品の方で勝手に自分でハードル上げちゃってるんですよ(そして私はリスクをとって攻めてくる作品に甘いのである!)。
でも、というか、だからこそ盛大にスベっちゃっても、なんか許せちゃうんですね。こちらを楽しませるためにあの手この手で全力だから、それすらも健気に思えてしまう。こっちとしてもちょっと気を遣って「クスッ」と返してあげたくなるのですよ。
高いハードルを越えられずに足をつっかけちゃっても笑って許してあげたくなるし、時にはハードルの下をくぐってズルをやっても、見てみないふりをしてあげたくなる。
そういう視聴者との間の空気感のつくり方というか、だらだらと付き合える信頼関係をうまく築けているのが、この作品の強みではないかと。だから、時々あるクリティカルヒットな笑いを、作品と一緒になって盛り上がれるというか。
「途中からだんだん楽しくなってきた」、という感想が多いのも案外そのへんに理由があるのかもしれないなあ。空気感を共有して信頼関係が出来上がるまでにある程度時間がかかりますから。シットコムとかも序盤の数話は演者も視聴者もぎこちないからねえ。
…とかいろいろ考えはてみたんですが、単純に顔芸の出来の良さもけっこう大きい。
残念なことに、自分が顔芸に弱いという事実を再認識させられました。
なにこの笑いの沸点の低さ。
ていうか顔芸をばかにしたらいけませんよ!
だいたい顔芸が優れたアニメにハズレはありませんから。
●その他感想
・OPのクオリティの高さも中毒性の要因
・スターラ姫の声が日高のり子とかじわじわくる
・効果音の凝り方とか地味にすごかったような