あつと さんの感想・評価
1.0
物語 : 1.0
作画 : 1.0
声優 : 1.0
音楽 : 1.0
キャラ : 1.0
状態:観終わった
これはひどいアニメ。
アニメそのものを求人広告か営業として使っちゃうのはいただけない。切実なのはわかるけれども。
以下理由。
「える」は京都アニメーションそのものの投影であり、メタファー。
そして「奉太郎」は京都アニメーションを新たな道に導いてくれるまだ見ぬブレインもしくはパートナーのメタファー。
これは最終話で明白
える曰く
自分は狭い世界の南北を取り持つ、その程度の力しかもたない存在。
そしてその世界は、最高に美しいとも可能性に満ちているとも思わない。
だけど自分はここにいるしかない。
加えて、商品価値を高めてみんなで豊かになる方法、みんなで生産を効率化して貧しくならない方法
いずれをとるなら私は前者を選ぶ。
なぜなら自分は会社経営に向いていないから。
これってもう
私たちは良いものを作っていける会社です。
でも自分たちの力ではこの世界から抜け出せないんです。
誰か助けて下さい、誰か使って下さいと言ってるようにしか聞こえない。
思えば、はじめの「氷菓」の話が京都アニメーションの叫びそのもののようだった気もするし
ストーリーも俯瞰すると、映画や漫画、文集などを題材に「作り手の苦悩」をまざまざと描いていた。
スタッフ総動員して。
だから内容的に自分たちが訴えたい内容を含んだ「古典部シリーズ」選んだんだろう。
まあ、2005年前後から目に見えて増え出した深夜アニメ。
アニメという狭い世界のなかで激しい客取り合戦がくりひろげられている。
このままいけばジリ貧は確定。
優秀な経営手腕をもつ人材。また、別分野のビジネスパートナーをどこも必死に求めているのだろうと思う。
そういえば関西のビジネス絡みの催しでよく京都アニメーションの姿をみるし。
でも原作の力を借りて、アニメーションそのものにその現状入れ込むっては反則行為じゃないかなと。
気づかない人がいるとしても、原作ファン、楽しんで観てる人への裏切りですわ。