ヒロトシ さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.5
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
全ての『輝きたい人』に捧げる作品
P.A.WORKS10周年記念作品。脚本に『true tears』でもシリーズ構成を務めた岡田麿里。キャラクター原案に岸田メルを迎えての意欲作。青春お仕事ストーリーとテーマを謳った今作では、湯乃鷺温泉の旅館『喜翆荘』で仲居見習いとして働くことになった松前緒花。仕事に対しての厳しさと喜びを通して、人生をつまらないと遠く冷めた目で見ていた緒花が、『輝く』ために歩き出す過程を描いた作品。
今作のテーマの一つである『輝きたい』輝こうと足掻いているのは何も主人公の緒花だけではない。板前を目指すために家族の反対を押し切って、住み込みで修行を続ける民子。自分に自信が持てず、家と外での自分の置かれた立場の違いに悩み、そんな自分を変えようと仲居の仕事を始めた菜子。この3人はそれぞれ性格や育った環境が違えど、自分を変えたいと懸命に努力している姿は共通しており、それ故に同世代の人間からは浮いている印象を受ける。その比較は同級生である結名との触れ合いで顕著に現れている。高校生というとまだまだ自分の進路が見えてない人が多い。結名のように『やりたいことが多すぎて将来の事とかよくわかんない~』という子の方が圧倒的に多いのだ。今作品ではそれが異端として描かれているのが、また岡田麿里女史らしい。学生生活のエピソードに話を割いたのも、結局は『仕事』と『学生』の両立し得ない要素を話の中に取り入れて、視聴者に印象づけたかったのではと思う。
今作を語る上で外せないのが女将さんの存在と『喜翆荘』という空間だ。自分がこの作品が例年にないくらいツボにはまった。その理由を改めて考えてみた時、話が好きだったのか、キャラクターが良かったのか、テーマが自分に合っていたからか。色々考えてみたが、結局は『喜翆荘』が好きだったのだ。喜翆荘という空間で皆が働いている姿を見るのが、自分にとっては大好きで、それゆえに、話が進んでいくうちにこの作品が終わるという事を考えると寂しくなった。終盤になって、喜翆荘が存続の危機に立たされたとき、旅館の人達は喜翆荘を守ろうと奮闘していた。その姿は自分にとって妙に共感できた。喜翆荘が無くなるという事はこの作品も終わってしまうという事だ。このシンクロ具合が自分にとってこの作品がどれだけ好きであったかの証拠に他ならないと思う。
そして喜翆荘を語る上で外すことが出来ないのが、女将さんの存在だ。1話で連帯責任として、民子の頬を引っぱたくという衝撃的なシーンを印象付けた人だが、この人の行動・発言は驚くほど理に適っていて、だからこそ旅館の従業員は皆女将さんを尊敬しているし、最初は反発ばかりしていた緒花もやがて尊敬できる人として、女将さんを慕っていく。元々喜翆荘というのは女将さんの名前から取った、いわば女将さんの分身である。皆が喜翆荘を好きだという事は、女将さんも好きである事と同義だ。そして自分も女将さんのキャラクターに非常に好感を持っている。結局の所、本作品を評価する基準はこの『喜翆荘』『四十万スイ』がどれだけ視聴者にとって印象に残るものであったかが重要だと思う。
作画が綺麗といったP.A.WORKSの職人がかった仕事も相変わらず。所が彼らの凄さはこれだけではない。ブックレットからの引用になるが、都会のシーンはビルが描かれることが多く、非常に閉鎖的な空間として描かれている。これに対し、湯乃鷺は空を空間の中に取り入れている事が多い。これは湯乃鷺に来る前の緒花の心情と来た後の心情を風景に投影して描いているという事なのだそうだ。単なる綺麗な絵としてではなく、こういった演出面の巧みさも合わせて見てみると。いかに奥深い作品が分かる。
唯一残念なのは若頭がいまいち共感出来なかった所だ。旅館の頼りない跡取り息子として、ダメな所も露呈しながらも、懸命に旅館の為に頑張る。その姿は立派だが、その努力の仕方が空回りすることが多く、それゆえにすぐに落ち込む。落ち込む姿を緒花に見せるなど、大人にしてはあまりにもダメすぎるのである。ダメな大人は次郎丸などもいるが、彼は彼でネタキャラとして上手く立ち回っていただけに、それが功を奏した。しかし若頭はただ落ち込む・ネガティブになるというそれだけの印象が強くて、それ以外の彼にしか出せない味というものがなかった。不遇のキャラだったと思うが、登場人物の大半が好きだった自分にとっては彼の存在はマイナスと捉えるほかなかった。
長く書きすぎてしまったが、最後に言いたい。この作品は物語は緒花達にとっては始まりなのである。最終回で緒花達はそれぞれの人生を歩き出す。しかし彼女達は自分がまだ輝けたとは思っていない。ようやく自分達は輝けるのではないかという根拠を心の中に秘めただけだ。緒花が『今はまだつぼみだけど、きっと―』と想いを語り、そして視聴者に向けての緒花の物語はここで幕を閉じる。緒花達には緒花達の物語があるように、人にはそれぞれ物語がある。自分達は喜翆荘の面々の人生のプロローグを覗かせてもらったに過ぎない。今度は自分達が輝きに向けて歩き出す出番ではないのだろうか。これがP.A.WORKSが全ての人に働いている人に贈る『青春お仕事ストーリー』の本当に伝えたかったことだと思う。