hiroshi5 さんの感想・評価
4.0
物語 : 4.0
作画 : 4.5
声優 : 3.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
カフカという名の田舎医者は作家になるための決断を最後まで下せなかった。カフカの自己投影作品。
カフカの短編集の一つである「田舎医者」をアニメ化した作品。
私はカフカの作品は「変身」しか読んだことがないのだが、彼の作品はどことなく異様だ。
その異様さを再現しようとしたのか、このアニメも異様さを纏っている。主人公である医者や死に掛けの患者とその家族。
全員が怪しい雰囲気を持っていて正直見ていて疲れた。
この作品には幾つかの解釈の仕方があるらしい。
1.夜に鳴った呼び鈴は超自我、即ち主人公を見知らぬ天命へと引き渡す父権的な権威の間違った呼び声を意味するという解釈。
2.病気の症状、即ち精神的崩壊を描写した物語であるという解釈。
3.田舎医者は社会的な力を予測不可能で見通しのきかないものと誤解しているがために社会的に孤立し、それが彼を挫折へと導くという解釈。
4.脅迫観念に脅かされた人間の悪夢を表現した物語であるという解釈。
どの解釈にも精通しているのが現実世界と夢幻的世界の二つの存在だ。
現時世界とは彼の家。彼が診察中も女中であるローザを気にかけて治療を投げ出して帰ろうとしていた。彼が一番大事に思っているのがローザであり家のこと、つまりそれが現実だ。
夢幻的世界とは患者の家を指す。原作でも患者の家をどこか曖昧な説明で表現しているらしい。この世界では彼は医者であり、職業として患者を診なければいけない。
この二つの世界をカフカは女中のローザ(Rosa)と患者の傷色(rosafarbig)で表現している。
患者の傷は今しも「手篭め」にされているにちがいないローザにまつわる性的イメージが濃密に託されている。
このように二つの領域は決して隔絶しているのではなく、繋がっており、医者は両領域間を移動する。また呼び鈴が鳴ったとき、医者は馬車に乗って患者のもとへ出かけるのと引き換えに、残忍な馬丁にローザを引き渡さねばならないのであり、現実的生活を去って夢幻的世界に赴くためには女性を置いて行くことを余儀なくされる。
何かをまっとうする為に何かを犠牲にするというメッセージが込められているわけだが、これはカフカの人生観に対する戒めらしきものらしい。
カフカは早いうちから、婚約者との生活は作家としての自己と相容れないことを自覚していた。彼にとって詩作とは認識を促し、真実に向かい、それゆえに心を癒すものだったが、詩人として生きようとするならば、その代償としてローザが具現しているような具体的感覚的な生き方は放棄せねばならないと感じており、詩人・作家としての生は女性との関係を破壊する危険性を孕むものだった。カフカは発病が女性との別離にとって決定的なものであるということを直観的に認識するが、それでも彼は明確な決断を自ら下すことができない。かくして田舎医者は自分とローザを救うために帰ろうとするが、芸術と現実的生活との葛藤の中でついにどちらにも決断できぬまま挫折する。彼は2つの領域の間の在り得ぬ場所を彷徨い歩き、そして希望のない果てしない雪平原に姿を消す。
何とも予備知識無しではまったく理解できない作品だが、このアニメはその意図を把握した上で上手く医者の苦悩を表現していた。