turn999 さんの感想・評価
4.6
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
誰もがくぐるこの気持ち……
第二次性徴期真っただ中の中学一年生。
保健の教科書的には男女の境界・違いが、外面的にも内面的にもできてくる時期だとされます。
お互いを男と女とみはじめ、彼氏(カレシ↑)・彼女(カノジョ↑)をつくったり、セックスを意識します。
女 の 子 に な り た い 男 の 子 、 二 鳥 修 一
男 の 子 に な り た い 女 の 子 、 よしの
一般的に”男女の境界ができる”といいますが、「男女の境界は動いている」のほうが合っているのかもしれませんね。
その激しい動きの影響を受けて「自分ってなんなんだ?」主人公にとりんなら「男ってなんなんだ?」と葛藤する中学生を描くのがこの『放浪息子』。
たまたま、にとりんは”性別”に悩んだだけであって、土井くんのように人付き合いに悩んだっておかしくありません。みなさんだって、家族、血縁、お金、異性、同性、勉強、転校、病気、死別、ルックスなどなどで、悩んだり劣等感をもったこと、一度や二度じゃないですよね?(笑)わたしは数えられないほど味あわされた!!
この作品は中学生タイムリーな感情をあつかっているので、わたしには「そうだったなぁ…」としか今はもう感じれません……。中学生がこれをみて、どう感じるのか聞いてみたい気もします。(女装!オカマ!とか返ってきそうだけど ^^:)
ちなみに聖書に「放蕩息子のたとえ話」というのがあります。
補足ついでに、どうぞ♪
” ある人に息子がふたりあった。弟が父に、『おとうさん。私に財産の分け前を下さい。』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。 それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。 彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。立って、父のところに行って、こう言おう。「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。息子は言った。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。 そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』そして彼らは祝宴を始めた。 ”
新約聖書 ルカの福音書(15:11~24)より引用。