101匹足利尊氏 さんの感想・評価
3.9
物語 : 3.5
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 3.5
状態:観終わった
戦慄!ワンパンキング!!
トールキン氏の原作シリーズは『ホビットの冒険』は原作、劇場版三部作共に完走済み。
一方で本編である『指輪物語』は原作は読み始めては挫折を繰り返し、
劇場版『ロード・オブ・ザ・リング』三部作も、何度かTVロードショーで途中から観て、
今度しっかり通して見ようと思いつつ時は過ぎ去り。
今回、本作を観て、いい加減、RPGの原典でもある『LoTR』くらいちゃんと履修しとかないとと思い直してみたりw
【物語 3.5点】
2024年の世界は、表現の世界だけでなく、選挙イヤーとなった欧米の政治・経済界も含めて、
進歩し過ぎたネオリベ、多様性への反発から生じた揺り戻しがトレンドになった年だったと思われます。
この文脈からも本作の満足度の分岐点となるのは、
実質的に主人公視点が置かれた王女・ヘラを受け入れられるか否かだと思います。
ストーリーは、原作小説の「追補編」に6頁分だけ記されたという、
本編から約200年前のローハン王ヘルムの伝説を大作映画1本分に広げて脚本。
その際に、書物にも歌にも語り継がれない物語でシナリオを広げるために、
原作では「ヘルムの娘にウルフが求婚したがヘルムが断った」との一文だけ登場する名もなき女から構想を膨らませて、
王女ヘラという、ほぼアニオリのヒロインを造形。
またヘルム王の傍らで活躍する王女ヘラを語り部視点にすることで、
原作で心情描写の無かったヘルム王のキャラクターを拡張する狙いもあった模様(※1)
映像作品の『指輪物語』と言えば、近年アマプラ実写ドラマ版『力の指輪』(2022)(未見)が、
“黒人のエルフ”を登場させ、またポリコレが作品を台無しにしたなどと盛大に燃えていたようですが。
上記の通り、神山 健治監督ら本作の制作スタッフは、
多様性だから安直に女性を活躍させたのではなく、
近年の多様性作品を巡るデリケートな問題も踏まえて熟慮した上で、
王女ヘラ視点のヘルム王伝説を練り上げた。
何より神山 健治監督は『攻殻機動隊』草薙素子、『精霊の守り人』バルサと、
戦う強ヒロインの取り扱いに定評があり、
彼が参加するファンタジーヒロイン作品には唆(そそ)る物がある。
私も大概ポリコレアレルギーですが、
本作には、私のアレルギーを覆す程度の鑑賞理由はあったので、まずまず満足の行く劇場鑑賞ではありました。
と言うより、神山監督でなければ、眼中に入れなかったと思います。
ただ、王女ヘラの物語がポリコレ批判含めた懸念を完封できる程だったかと言うと、そこは微妙でして。
ヘラもじゃじゃ馬姫ではありますが、素体化した身体を使いこなす草薙素子や、熟練槍使いのバルサほど圧倒的な戦闘力までは持たない。
と言うより、ヘラ王女が草薙素子ばりに大暴れしたら『指輪物語』の世界観がぶっ壊れて再び炎上しちゃいますw
そこをヘラが武闘派王女と言っても男の戦士やオークには力負けする程度のリアリティでブレーキをかけつつ、
活躍度合いも伝説として語り継がれるヘルム王未満に自重。
例えるなら、封建社会下で、史実までは覆さないように女性を活躍させる近年の大河ドラマ脚本程度にセーブ。
個人的には世界観などにも配慮した佳作以上だったけど、伝説には及ばないくらいの物語に落ち着いた(とどまった)感じです。
【作画 4.5点】
実写映画版『LoTR』三部作にも参加したスタッフらが、
神山 健治監督を招聘(へい)して制作された、
米・日・ニュージーランド合作映画
ハリウッド超大作が表現技法としてジャパニメーションを選択したらどうなるのか?
アニメファンとしての私の興味はそこに尽きるかと。
最近、日本アニメ好きな海外の創作者たちが、
ジャパニメーションは、登場人物の内面を描写するのに優れた表現手段だとリスペクトするインタビューをよく見かけますが、
本作の作画にも、同様の嗜好が現れています。
合理的な判断を覆す程のウルフの復讐心やヘラ王女への愛憎が戦火の火種となるシナリオに、
引きつる表情筋が本音を示唆する日本アニメは最適です。
一方で、背景美術は大自然の偉大さ、恐怖を思い知らせるリアル志向。
最近は、背景にも作画を入れてキャラ心情を表すアニメ映画鑑賞が多かったので、
人間の心持ち程度じゃびくともしないリアル背景を押し出したアニメ映画鑑賞も久々でしたが、こういう作風も良いですね。
自然は加工できると人間が思い上がる以前の封建社会。
“冬将軍”最強ですし、黒い森は人知を超えた怪物が棲んでいる畏怖すべき魔境。
その中で懸命にあがいて戦う人間同士で、策が手詰まりになった時、
打開するのは人間より上位の伝説の怪物たち。
このシナリオパターンには強引さもありましたが、
作画にはねじ伏せるだけの説得力はありました。
封建社会の内戦故、戦闘もせいぜい数百人規模でしたが、
CGによる原動画の上に、手描き表現を一つひとつ乗せていった、軍勢バトルには、
チープなCGで数万人規模戦闘を自称する凡庸なアニメーションには無い迫力がありました。
もっとも、映像的に一番インパクトがあったのは、やはり大自然の脅威。
{netabare} 沼の主による象さん(ムーマク)丸呑みシーンなんですけどねw{/netabare}
何より、こだわりを感じたのは馬の描写。
特に馬を単なる乗り物ではなく、ちゃんと息切れする動物として描く姿勢は好感できます。
ただ、{netabare} ハマ王子{/netabare} は、もうちょい速い馬を選んどけば良かったのにとは思います。
【キャラ 3.5点】
主人公視点はヘラ王女でも、本作の主役はヘルム王で間違いないでしょう。
実際クレジットでも最上位はヘルムですし。
ヘルム王。老王ですが、敵をワンパンで薙ぎ倒す“槌手(ついしゅ)王”の異名を誇る剛腕は健在。
大体、此度の内戦の発端も、{netabare} ヘルム王がウルフの父・フレカをワンパンで撲殺しちゃった禍根{/netabare} でしたし。
ヘルム、これは流石に死ぬだろうと思った所からの、
{netabare} ソロの撲殺活動で亡霊騒動を巻き起こし敵軍の戦意を喪失させたり、
我が生涯に一片の悔い無しな最期{/netabare} など、
何か色々混ざってる気もしますがw
槌手王の暴れっぷりを堪能するだけでも、この映画鑑賞の価値はあると思います。
それにしても、撲殺王・ヘルムに加え、“盾の乙女”オルウィンまで無双する
本作は刀剣の立場が無さすぎて(苦笑)
クライマックスも(※核心的ネタバレ){netabare} ヘラが盾でウルフを“刺殺”して一件落着しますし。{/netabare}
一方で先述したヘラ王女や、ラスボス役となるウルフらは、
もうワンパンチ足りない印象。
ウルフも悪感情に囚われて過ちを重ねる臆病故の人間の愚かさを良く体現していましたが、
流石に、ちょっと愚か過ぎると思うこともしばしば。
そんな中、良心だったのが事あるごとにウルフの蛮行を諌める部下のターグ将軍。
が、ターグ将軍も、冷静な助言を尽く無下にするウルフの器の小ささを際立たせる演出装置に留まった感じ。
何だかんだ私は{netabare} ウルフに諫言するなと刺殺された{/netabare} ターグ将軍が一番不憫でした。
【声優 4.0点】
※日本語吹替版を劇場鑑賞
如何にも大作ハリウッドファンタジー映画らしい大仰なセリフ回し。
深夜アニメよりは舞台劇寄り。
この観点からも本作吹替は、深夜アニメ声優より、俳優、洋画吹替声優向きな作品。
実際、ヘルム王役には市村 正親さん、ヘラ王女役には小芝 風花さんと俳優を起用。
一方でラスボス・ウルフ役には声優・津田 健次郎さんが、
ネットリと復讐心を燃やす演技で食い込みますが、
ツダケンも近年は俳優業にも活動領域を広げているお方。
またターグ将軍役の山寺 宏一さんや、ソーン卿役の大塚 芳忠さんなどは、
『LoTR』三部作でも別役で吹替を担当した“経験者”声優。
それだけに、この深夜アニメ領域の声優が簡単には入り込めそうにない布陣に、
ハマ王子役でちゃっかりと入野 自由さんが心優しいイケボで割って入っているのが私は何か嬉しかったです。
こういう作品に養成所卒業したての若手声優が食い込めるくらいになったら、
声優界隈の演技育成力も成熟の域に達するのだろうなと思ってみたり。
【音楽 4.0点】
劇伴担当はスティーブン・ギャラガー氏(NZ)
終始、壮大な金管サウンドを前面に打ち出し、大作感を演出する楽曲構成。
ただ、私は静かに会話を咀嚼したいシーンではBGMはバックグラウンドで黒子に徹してくれる方が好みなので、
本作の劇伴のあり方は、あまり好きではありません。
ED主題歌はパリス・パロマ「The Rider」
高音女性ボーカルが幻想的な本シリーズらしいバラード。
ただ作画枚数10万を支えた作画兵力の大軍など、
本作はEDクレジットの長さもハリウッド超大作なので、
EDでは主題歌含めて3曲は費やしていましたねw
【参考文献】(※1)「アニメージュ」2025年2月号