出オチ さんの感想・評価
3.9
物語 : 4.0
作画 : 3.5
声優 : 3.0
音楽 : 5.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
良くも悪くもAve Mujicaの前哨戦
CRYCHICの解散、MyGO!!!!!の結成から崩壊、殻を破った主人公の能動的なアプローチが光る復活劇があらかたのストーリーである。
令和最大の鬱ストーリーとメディアが勝手に取り上げていた記憶があるが、各々に理念があり信念があり取った選択肢から得られる成功・失敗から生み出されるTRPGさながらのストーリーメイクに辛辣な要素や意志の衝突が織り込まれているだけで、こういった困難に立ち向かう事を鬱と呼ぶにはあまりに浅慮と呼ぶべきか。まどマギの京介をクズ男と呼ぶようなものである。
自殺志願者と勘違いされた橙がバンドに誘われてCRYCHICを結成、順当にライブを成功させるも祥子の態度が急変し解散。
「自分が上手く歌えないから」「祥子のせい」「CRYCHICは解散していない」というトラウマを植え付けられた学生達が留学に失敗した愛音との出会いで迷子のバンドを再結成。
「失敗したら逃げればいい」という怠惰を橙に自認させられ真摯にバンド活動を始める決意をした愛音、「祥子無しでも自分がいれば」と身を擦り減らすも行き過ぎてメンバー達と衝突してしまう立希の掘り下げもありながらの初ライブ。成功はするものの祥子の涙を見てしまったそよの躁鬱的な行動により解散。
ここで立ち上がるのは橙。失いたくないなら自分から、自分の歌詞を心の叫びを放出するための単独ライブに野良猫の楽奈はおもしれー女と評しサポートギターとして一助。最終的には全員が揃い2度目のライブ、3度目と成功し「一生バンドをやる」「CRYCHICは忘れない」という決意で歩みを進めることに。
が、最終話で長らく語られなかった祥子の周辺が描写されてオシマイ。
●良かった点
バンドという枠組みでありコンセプトから脱線せず、脚本の"ワザ"を見せない振り回されないキャラ達の人間模様をしっかり描ききったこと。こういったハードなアニメになると"バズ先行型"のワザが垣間見えるのが令和のムーブメントではあるが、そういった要素を使わず(何なら鬱アニメじゃないって否定までしてる)に容赦なくこういったストーリーを描いてくれたのは先行して巨大IPとなった「ぼっち・ざ・ろっく!」との差別化にも成功している。橙の成長談として、あの娘は俺だと自分を重ねられるリスナーも多くはいると思うので、そういう観点で見ればかなりの力作。
粒立ちの良いキャラクターも沢山揃っている。大半はリアリストだ。
「留学に失敗し逃げれば良かろうなのだった愛音」「誰にも任せられないから自分がどうにかするしかないと頑張りすぎる、それでいてバンドが大事である立希」「この世の不利益は当人の能力不足と自己嫌悪に陥る橙」とケレン味のないキャラクター達に自己投影出来るリスナーもいるのでは?
削れる話が少ないのも素晴らしい。楽奈のバックボーンは総集編を見ないと分からないが「いや、ここ削って代わりに入れろよ!」となる場面が無い。
ゴールデンカムイみたいにキャラの関係性や心情を一つ一つ読み解くのが好きな人にはうってつけの作品。ぼっち・ざ・ろっく!はカラッとしてるしね。
●ダメだった点
ベースでありオリジナルメンバーである長崎そよのバックボーンがコンドームぐらい薄い。
彼女はCRYCHICが全てでありどこかですれ違ったからメンバーが分離した、解散していない、だから愛音と楽奈を利用して祥子を取り戻したかったという経緯を持っているが、この"ここが全て"という動機が凄く弱い。クラスメイトとは良好な関係であり、母親も仕事詰めで帰宅頻度は少ないがそれでもしっかり愛されている。全てのキャラに「哀しい過去」はいらないが、部活感覚での"好き"であそこまで精神崩壊にも近しい行動に出るのは弱すぎた。バンド存続のために手を尽くした立希や何をすればいいか分からなくなってる橙、能力不足を錯覚させられ自己嫌悪に陥る愛音と本当の迷子が近くにいるから余計にである。立希の「実は私もバンドを利用していた」も橙ファーストのキャラが言うのだから言わされてる感強め。
一番嫌だったのは睦と祥子の脱退理由が最後まで判明しなかったこと。
睦は「伝書鳩にはなるな」という呪いをかけられた幼馴染。祥子が大切であり全ての一挙手一投足は祥子を慮ったキャラ。しかしながらも8話の祥子の蛮行もあってギター練習中にピックを落としたりMyGO!!!!!のライブ後に差し入れをしたりと既に壊れているのは彼女だろう。彼女が事情を話していれば・・・と責めるのも酷だろう。
祥子はこのストーリーにおける絶対悪。橙を除けば。
ライブ後に携帯を見た祥子はCRYCHICを脱退。その後は教室でピアノを弾いたり学業に励みながら脱退理由を探るそよを捌き続け、時にはスタジオに向かうMyGO!!!!!を観ながら「私への当てつけ?話をつける必要がある」と憤慨、本来立つべきだったステージでの春日影の完成を観たことにより号泣。彼女の涙を観た長崎そよが本当の理由をヒアリングするも暴言を吐き続け最終的には9話のそよの行動に至る。
最後の最後で絢爛豪華な一家が赤羽のボロアパート住まいへと凋落した事実が判明。
その傍らでAve Mujicaを結成。「幼馴染で両親が業界でも有名なポジションにいる睦」「アイドルユニットの片割れであり旧友の初華」「プロレベルの実力を有する海鈴」「そんなネームドを"ダシ"にして引き入れる熟達した腕前でありYouTuberでもある祐天寺」で結成されたAve Mujicaは、なるほど確かに「最短でメジャーデビュー」するには相応しい駒が揃っていて「大箱」でライブをするにも相応しいだけの求心力がある。"音"ではなく"メンバー"で評価されるバンドとしては何とも冷静沈着に営利を求めた最適解だろう。
ただ、そこに至るまでに"自分のせいでCRYCHICが解散したとトラウマを植え付けられた者"や"どこかですれ違ったはず、絶対にあの頃を取り戻す、何をすればいいか分からなくなり精神をやられた者"や"あいつがいなくてもなんとしてもバンド活動を続けなきゃいけないと迷子ながらも奮起した者"がいたはずだ。彼女たちは被害者だ。愛音との出会いや橙の一手で大団円となったから終いでいいはずがない。あの雨の日に「身内に不幸がございましてね、私がいなくても頑張ってくださいませ、応援してますわ」と言ってしまえばそうならなかったはず。
そうはしなかった一端が先行放映、そして今年から放送されるAve Mujicaで分かる訳だが、前提有りきの話作りって嫌なんだよな。鬱ではないけど辛辣で不快だと感じた要所要所が全て祥子の行動だし。ダブルオーで釘宮理恵を討伐する時のルイスの発言を思い出しました。
で、そのAve Mujicaも既に破綻する伏線がちらほら。
初華はまぁ大丈夫だろう。昔から祥子と仲良いし。海鈴も揉める要素がない。立希の苦労をずっとラフに見ていた良い意味でサッパリとしたキャラクターだ。
睦はギターのピックを落としたりキュウリの差し入れをマジトーンで拒否されて衝撃的な顔つきになるほど何かが溜まって壊れている。彼女がAve Mujicaに加入する理由も"祥子が壊れそうだから"である。CRYCHIC解散時の「楽しくなかった」発言も含め祥子を慮る行動が既に限界を迎えてそうである。
祐天寺は昨今のゲーム実況者やYoutuberに多く生息する数字持ちにはなんとか取り入れようと柔和な態度になるも、そうじゃない者には喧嘩腰になる配信者。祥子の事情も何となく察した発言をしており、メンバーの身内事情が無ければ加入しなかった数字主義である。
こういったYoutuber要素をアクセントとして品質高くなった作品は見たことが無く、逆に失速したり話の中身を大幅に盛り下げる作品を多く見てきた。
個人的にはAve Mujicaの評価は祐天寺にゃむにどれだけの比重を置きすぎないかによって変わってくるだろう。睦と祐天寺と"輝くところに連れて行った"橙ぐらいしか話の緩急をつけようがないので尚更である。父親との折衝ばかり描かれたらそれはそれで面白くないの確定だし。
●統括
ここまで長々とAve Mujicaというバンドについて語ってきたが、これが現実である。全ては豊川祥子という人物を描写するための前フリでしかないのだ。
MyGO!!!!!は名作だが、消化不良となった部分部分がかなり不快で次作を観ないと分からないというのは酷であるという評価。