フリ-クス さんの感想・評価
4.3
物語 : 4.0
作画 : 4.5
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
プロ小市民が多すぎる
いきなりですが、本作でいうところの『小市民』とは、
マルクス主義の用語である『小市民(プチブル)』ではありませぬ。
嘉門達夫さんの楽曲『小市民』的なるヒト、つまり、
どこにでもいるふつうの、つましくささやかに暮らしている市井の人々
のことを指しております。
ちなみに嘉門達夫さんが1988年に同曲を発表する以前には、
ふつうの人々を『小市民』と称する言語慣習は日本にありませんでした。
(あったかも知れないけど、メジャーじゃなかったです)
イッパン的にはヒダリにおおきく傾いた方々が、
ジブンたちの主義主張に賛同してくれない中産階級者に逆ギレし、
ブベツするような意味合いで使っていたコトバかと。
そこんとこを逆手にとって、
なかば自虐的に「わしら小市民だもんね」と開き直り、
市井の方々の暮らしをコミカルに歌い上げた嘉門達夫さん、着想がとってもよき。
おかげで日本人が抱く共通の言語感まて変わっちゃいましたしね。
いまの若い人はマルクス的な意味など知らず、
いや~ジブンなんかたいしたことないっスよ、ほんと小市民っスから
なんて感じで使ってるんじゃないかしら。
とてもよいことだと思います。共同幻想は終わったんだ、小市民バンザイ。
で、本作なのですが、原作は米澤穂信さんの小説(完結済み)で、
目立つこと・イキったこと・倍返しなこと、
そういうアレな言動を封印して小市民になろうとしているけれど、
ついつい血が騒いでナニしちゃう高校生の男女ペア
を主人公にした、
中高生向けのラノベミステリ-ですね。
この原作小説は、
最初に出した『春期限定いちごタルト事件』だけで終わらせるつもりが、
そこそこ売れたのとタイトルに『春期』とつけちゃったので、
こりゃあ春夏秋冬やんないとダメかなあ
みたいな感じでシリ-ズ刊行することになった作品群であります。
(ちなみに拙は、珍しいことに既読です)
今ク-ルは本編四作+短編集の中から、
『春期限定いちごタルト事件』
『夏期限定トロピカルパフェ事件』
と、短編集の中から時系列をいじった一話をアニメ化したもの。
残る『秋』『冬』は来年四月からオンエアということです。
続きは原作買ってねえ♪
みたく残尿感たっぷりの畳み方はしておりませんので、
原作未読の方も安心してご賞味くださいませ。
さて、米澤穂信さんの中高生向けラノベミステリ-原作アニメというと、
やはり京アニさんが制作した名作『氷菓』が思いだされます。
(あちらの原作は『古典部シリーズ』と呼ばれております)
ここからちょっと原作本に関わるよもやま話。
『氷菓』を見ておられない方や、
アニメは作品が全て・原作なんか関係ありませんやん
という方にはつまんない内容なので、
まるっとネタバレでかくしておきますね。アニメ本編にあんまり関係ないし。
{netabare}
古典部シリーズは、もともと角川スニーカー文庫で出ていたのですが、
シリーズ完結編のつもりで書いた『さよなら妖精』が、
テイストがチガウ、
という理由で同文庫からのリリースを拒否られてしまったんですよね。
より厳密に言うと、
サブレーベルのスニーカー・ミステリ倶楽部をやんぺすることになったんだそう。
そういうのは書くまえに言いなさいよ、書くまえに。
ただ、お話自体のデキが素晴らしくよかったので、
先輩作家(笠井潔さん)のすすめもあり、
古典部の要素を排除するように書き直したうえで、
版元を創元社に移し、一般文芸として単行本化されることになりました。
(もちろん、文庫版も創元推理文庫から)
ですが、一般文芸の単行本ってお高いじゃないですか。
で、米澤さんが、
スニーカー文庫で『古典部』を続けられるメドか立たず、
デビューから応援してくれていた中高生ファンに申し訳ないなと思い、
より安価に楽しめるよう創元推理文庫からリリースしたのが、
この『小市民シリーズ』なのであります。
ちなみに創元社から出た『さよなら妖精』単行本の評判がよかったらしく、
それを横目で見ていた角川書店の連中の間で、
米澤けっこう売れるやん
『古典部』続けさせなあかんやん
単行本売れるんやったらスニーカー文庫に置いとくのもったいないやん
というハナシになったようで、
それ以降も古典部シリーズを継続することになりました。節操ありません。
そして出版形態は『さよなら妖精』まるパクリ、
新刊を単行本で出版し、後に角川文庫で文庫化する流れになったんだなう。
その後『古典部』『小市民』シリーズは並行して出版され続けます。
時系列で言うと、こんな感じ。
(ちなみに〇が古典部で●が小市民シリーズであります)
〇2001年11月 『氷菓』(角川スニーカー文庫)*デビュー作
〇2002年08月 『愚者のエンドロール』(角川スニーカー文庫)
*2004年02月 『さよなら妖精(元:氷菓完結編)』(東京創元社)
●2004年12月 『春期限定いちごタルト事件』(創元推理文庫)
〇2005年06月 『クドリャフカの順番』(角川書店→角川文庫)
●2006年04月 『夏期限定トロピカルパフェ事件』(創元推理文庫)
〇2007年10月 『遠回りする雛』(角川書店→角川文庫)
●2009年03月 『秋期限定栗きんとん事件上・下』(創元推理文庫)
〇2010年06月 『ふたりの距離の概算』(角川書店→角川文庫)
*2012年04月 アニメ『氷菓』放送
〇2016年11月 『いまさら翼と言われても』(角川書店→角川文庫)
●2020年01月 『巴里マカロンの謎(短編集)』(創元推理文庫)
●2024年04月 『冬期限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)
正直、ドル箱作家を半分さらわれたみたいで、
角川書店の連中は面白く思っていないでしょうが、
そんなん読者・視聴者は知らんがな。
てか、
文句言うまえに社内の人間教育ちゃんとしなさいよというハナシです。
{/netabare}
そんなこんなでアニメとしての本作は、
アニメ『氷菓』と原作者が同じというだけでなく、
・主人公の年代(高校生)
・物語の舞台(岐阜。ただし本作は岐阜市、氷菓は高山市でロケハン)
・対象年齢・テイスト(中高生向けライトミステリ-)
・原作の執筆時期
までまるかぶり、性格がちょっと違うふたごみたいなものなのであります。
というわけでアニメ『氷菓』の大ファンである拙は、
本作の製作が発表された時から、
期待ハンブン・心配ハンブンで楽しみにしておりました。
(心配はもちろん『氷菓の劣化版』にならないか、ということですね)
最初っから京アニ『氷菓』と比較されるのがまるわかりの本作。
この荒行に挑戦したカントクは、
『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』『すべてがFになる』『約束のネバーランド』
などで比較的若めのファンにも名が知られており、
『約束のネバーランド第2ク-ル』
の改変でボッコボコに叩かれた記憶が新しい、ベテランの神戸守さん。
制作は、2014年設立でそんなに有名な会社じゃないけれど、
『アンデッドガール・マーダーファルス』
で「おお、けっこうやるじゃん」と思わせたラパントラックさん。
この期待できるようなできないようなタッグで、
京アニさんだけでなく日本アニメ史においてもエポックメイキングな作品、
故・武本康弘氏監督の『氷菓』の姉妹作に挑むことになりました。
でもって、第一ク-ル完走後の印象というのは、
けっこう頑張った・楽しく見られた
というものであります(いやいや、どんだけ上から目線なんだ、僕)。
極私的なおすすめ度は堂々のAクラス。
ただし、萌え的な観点で申し上げると、
登場する主要女子キャラがヒロインの小山内ゆきただ一人であり、
見かけはともかく中身がアレなヒトなので、
草食系ダンシの方々にはなかなかハードルが高い作品になっております。
(女子高生あるあるも『ない』ですしね)
そこんところで振り落とされず、
なおかつ「これは『氷菓』とは別モノなんだ」と割り切れた方のみが、
ゆったりと作品を楽しめる仕様になっております。
まず、映像がキレイ。というか叙情的。
ロケハンがんばったであろう岐阜市内の風景を巧みに使ってまして、
静かな、そしてパっとしない地方都市の、
『日常生活の緊迫感のなさ』とか『起伏や面白みに欠ける青春』みたいなものが、
いい感じに伝わってまいります。
キャラデ・作画もけっこうなお点前。
デッサンがリアル寄せでおまけにローアクション演出のため、
ジュニア向け作品よりもワンランク大人な物語、という印象になっています。
こんなところにまでこんな手ェ入れるかなあ、
という職人ダマシイはまったくなく、
手抜きなところはけっこうあからさまに手抜きなのですが、
(かなり中国つかってますしね)
それでも全体的には高評価。
デッサンぐちゃぐちゃの量産型なろう系とは一線を画しております。
{netabare}
ちなみに拙が個人的にとってもお気に入りなのは、
ヒロイン小山内ゆきの『おかあさん』のキャラデです。
DNAってすごい、とか思っちゃいました。 {/netabare}
物語や謎解き的なものは、すごくもしょぼくもなく、まあこんなもんかなと。
ただ、推理とは呼べないような日常の知恵働きから、
がっつりと刑法に抵触する、地方あるある的な悪ガキとの対峙に至るまで、
それなりに起伏のあるコース設定なので、
ダレることなく快適に完走できるんじゃないかしら。
あと「なんでこんなプロットに尺とるかなあ」と思ってたら、
それが後の展開でピースとしてぴしっとハマるのは、けっこう快感かもです。
(ただし、ほんとムダに尺とってるプロットもそこそこあります)
キャラクターの魅力度は、
ヒロイン小山内ゆきの独走状態、他を周回遅れにするほどのぶっちぎりかと。
他の方のレビューを拝読していると、
最後のアレがナニなのでけっこうパリィされているようですが、
拙的には『ほどよいクロさ』がお気に入り。
逆に男子主人公の小鳩常悟朗くんは、
拙的には、あんまり感情移入できなかったかもです。
{netabare}
中学のときにDQN系中二病を発症し、
イチビって名探偵を気取っていたらウザくてハブられた。
そんなしょうもない黒歴史をスティグマみたくご大層に抱え込んでいて、
そんなジブンに酔ってるフシもあり、
なんかいろいろ完治してないメンドくさいやつだなあ、と。
お友だちである堂島健吾の小鳩くん評は、まさに正論。
あとは最終話、
小山内ゆきを負けインにしてしまった度量の狭さもなんだかな。
アレって『面白がって罪に陥れた』のではなく、
一日でも長く『恐怖の対象』を自分から遠ざけるための方策ですしね。
しかも相手は薬物常用・凶器所持・暴力常套というアレなヒト。
そこのところを情状酌量せず、
正論でもってパリィしちゃった『青くささ』が妙にリアルでやだわ。
{/netabare}
音楽は、EveさんのOPと小畑貴裕さんの劇伴だけなら、
満点つけてもいいぐらいの高水準。
とりわけOP映像、
狼とキツネが楽しそうに大空をぴょんぴょん飛び回ってるところが実によき。
(本作の根底に流れているものを楽しく象徴していますよね)
で、それらを台無しにしているのが、ammoさんのエンディング。
べちょっとした歌い方もアレなんですが、
それはスキキライの問題だからよこっちょに置いておくとしても、
おまえホントに原作読んだ?
と言いたくなるほど作品と乖離している世界観が壊滅的かと。
小鳩くんと小山内さんの間柄はレンアイ関係などでは決してなく、
お互い相手をそこそこ気に入ってる互助関係
なんですよね。共依存、みたく大層なものじゃない『ほどほど関係』。
(で、小鳩くんよりも小山内さんの方が、もたれかかり気味)
ただしニンゲンの感情なんてゼロイチで割り切れるものじゃありません。
この二人の微妙でふしぎな関係や距離感、
そしてそれらが事件ごとに変化していく『揺らぎ』を、
繊細なタッチで美しく描いているところが本作最大の見せ場である、
そんなふうに思うんですわたし。
その観点からすると、このベタ甘ED曲は歌詞も曲調もダメダメかと。
最後にこれが流れることで、
なにがやりたいアニメなのかまるでわかんなくなってしまっています。
ammoさんファンの方々にはほんと申し訳ないんですが、
楽曲単体にケチをつけているわけではありません。
アニメのED曲ってなんのためにあるんだ、というおハナシなのです。
役者さんのお芝居は、上々の出来かと。
どうやら神戸カントクの方向性として
狙い過ぎない感じを狙う
みたいなものがあるらしく、そこがきっちり表現できています。
とりわけ小山内さん役の羊宮妃那さん、
ちっこくてかわいらしい外観のうちに秘める『ヤバさ』みたいなものが、
ちょいホラーっぽく楽しく表現できていました。
小鳩くんを演じた梅田修一朗さんは、
雰囲気が若干イタキャラになってしまいましたが、
これはカントクの方向付けなのかな。
(ちなみに『負けイン』の温水くん演ってた方ですね)
その他、レギュラーではなく単話のみの出演になってしまうのですが、
堂島健吾のお姉さん役に安済知佳さん、
新聞部であげパン食べてた女子部員役に瀬戸麻沙美さん、
小山内さんのおかあさん役に早見沙織さん、
おそらくは『オ-ディションの負けイン組さん』がチョイ役で出ておりまして、
地味に豪華なキャスティングとなっております。
(こういうの、オ-ディションあるあるなんですよね)
あと『氷菓』との比較なんですが……
{netabare}
あれこれ述べる前に大前提として知っておいて欲しいのですが、
制作費がぜんぜんチガウ
んですよね。もちろん『氷菓』の方が三~四割高くて、
ぱっと見、一話あたり400万、ひょっとしたら500万円以上チガウかも知れません。
イッパン的に深夜アニメの制作費は一話1100~1500万円ぐらいなんです。
そして本作は、その枠内でもシブめな方なのかな、と。
かたや『氷菓』は、その枠内に収まらない、数少ない特例作品のひとつ。
その二作の出来栄えを単純比較するっていうのは、
いくらなんでもさすがにセッショ-なんじゃないかなあ、と
元カンケ-者の拙なんかは思うわけです。
もちろん純粋な視聴者さんからしたら
そんなのカンケ-ねえ
というハナシにしかならないと思います。
そこはまったくそのとおり。
ほんとそのとおりなんですが……けどさ、でもね、はい、おっぱっぴ~。
演出面を単純比較するなら『氷菓』の圧勝なわけです。
メリハリが利き、わかりやすく、視覚的に楽しく、しかもグリグリ動く。
心象風景もただ美しいだけでなく、いちいち象徴的な意味が込められています。
モブの人数もリアル寄せで豊富、
おまけに作画に手抜きがなく画面バランスがまったく崩れません。
こういうのってただ予算が多かったからではなく、
それを物語を紡ぐため効果的に配分して作品クオリティをあげた、
故・武本監督や京アニスタッフの才能であり手柄なんです。
かたや『小市民』の方は、明らかな枚数不足。
背景や原画・動画合わせると、
一話あたり1000枚あるいはそれ以上、制作枚数が少ないんです。
モブはがらがらで過疎地域みたいだし、
心象風景の表現だってムリのある『背景の使い回し』が散見されます。
写真使ったり背景のズームや色彩変更で枚数稼ぎ。
ココアのくだりなんか現実と脳内の描写線引きが甘くてわかりづらいですし、
廃体育館でのバトルなんか枚数節約のため全カットですもん。
もちろんそれは、予算のモンダイ。
拙は最初に本作を『叙情的』『大人な物語』と称しましたが、
そうなるだけのジジョ-があったわけで、
これを無理に『氷菓』に近づけようとすると劣化版にしかなりません。
そうした観点から鑑みて、神戸守監督、ほんとにいい仕事されたなあ、と。
原作を損なわない範囲で、
キャラクターのニンゲン性や心情を掘り下げていく方向にシフト。
知恵と工夫で枚数を節約し、見せたいカットをきっちり動かし仕上げていく。
動きの少ないぶん役者の芝居品質が大切になるので、
半プレスコみたいな感じで収録し、荒行まがいのMAで品質を維持。
小山内ゆきが「私有財産の保全」とか言い出すカットとか、
おお、この手があったか
と思うぐらい、おカネをかけないのにスゴ味のあるいい演出でしたしね。
ただまあ、そこまでしても1クールで10話しか作れなかったわけです。
いやほんと総額いくらで予算組んでたんだ。
もう一社ぐらい製作委員会に巻き込めなかったんかい、つったく。
{/netabare}
そんなこんなで、やはり本作と『氷菓』は別モノ。
限りある予算をやりくりし、
精一杯の知恵と努力で『視聴に値する作品』を創り上げています。
派手さはありませんが、じっくり叙情的に物語を紡ぎ、
中高生向けライトミステリ-原作なのに、
しっとりと情感が伝わる本格的な青春譚みたくなっています。
アラを探せばいくらでも発見できるでしょうし、
作品のト-ン上、小鳩くんがいささかイタキャラ気味ではありますが、
それでも充分に楽しめる一本に仕上がっておりまする。
ただまあ、ジミはジミなんですよね。
ミステリ-的にはせせこましいし、
テンポゆっくりだし、動かないし、女の子すくないし。
殴るける斬る、銃や魔法を打ちまくる。
とびっきりの美少女とナニがアレして胸がきゅんきゅん。
歌って踊って泣いて笑って、あたしゼッタイ夢を叶えるんだぁ。
そういう作品と比べると、圧倒的に『ジミ』です。
いやもうほんと、
あんなやつクラスにいたっけレベルのすさまじいジミさです。
ですが、ジミ子にはジミ子なりの良さがあります。
とりわけこの子は、
経済的に恵まれない家庭環境にもイジケたりひがんだりせず、
ヒトの気持ちを深いところまできちんと考え、
ナミダぐましいやりくりを続けながらも、
前向きな努力を惜しもうとしない『よいジミ子』なんです。
ただ、残念ながら世の中はおおむね、
そういう子がワリ食うようにできています。
リアル世界でももちろんその傾向は強いですが、
とりわけエンタメの世界では、
小市民の多くが求めているのは、こういうアレじゃないんです。
いやほんと、
世の中ってそういうものではあるんですが、
一人でもふたりでもこの子の良さをわかってあげてくれたらウレしいな。
そんな思いでつらつら書いていたら、
またまた長いレビューになってしまいました。
話の長いオトコって、やだわ。