ひっく さんの感想・評価
5.0
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:今観てる
私達の世界
この作品の魅力を充分に言語化することは、全アニメの中でも最も難しいかもしれません。「小さくて可愛いキャラのほのぼのアニメ」という認識でなんとなく流し始めたら、いつのまにか自身の生に対する価値観が変わってしまいました。
かつて私達の社会では、常に人並みの幸せと成功を求められ、良い会社に入らなければならない、身を粉にし続けて良い給料をもらい続けなければいけない、良い異性と恋愛して家庭を築かなければならない、そんな"常識"を言わずもがな強制されてきました。しかしその水準のハードルが上昇していく一方で、そこに乗っかれる牌は徐々に減っていき、常識と現実のズレは、やがて普通の人々と旧来の社会の心の軋轢を生んでいきました。上の世代からは理不尽な責任と旧式の"普通"を押し付けられるのに、その普通を叶えようと行動しても門前で煙たく払われてしまう。
このようになってしまった現在の日本で、自身を犠牲にして会社と一心同体の契約を交わして尽くし、過労で倒れることは果たして自身の幸せでしょうか?自身の心ではなく社会の慣習に従って裕福でない家庭を築くことはどうでしょうか?例えば、今日の飯とささやかな娯楽の分だけ働き、友人とおそろいの雑貨を買い、花や太陽を見て美しいと感じる、それは幸せではないのでしょうか?社会がなんとなくの空気で押し付けてきた「生きる意味」、それは果たして何か絶対的な存在が定義した正解でしょうか?生きるとは今この瞬間、自分が持っている意識であり、私達はそれしか分かりません。でも確かに太陽が昇れば暖かく感じ、花を眺めると心が落ち着き美しさを感じ、何気ない会話で誰かと同じ感覚を共有できれば嬉しく思える。それこそが一番原始的な幸せの本質なのではないでしょうか。
そして生き物は何か災害があればあっけなく死ぬし、捕食し捕食され生存と死が繰り返されていく。そこに善と悪の駆け引きなどはなくて、いくら理不尽でもただの摂理でしかない。
この作品は話と話の隙間の、語られていない何もない部分の雄弁さがあまりにも突き抜けていて、それこそがちいかわの世界が市井の人々を魅了する理由だと思います。これは癒されアニメというフォーマットで擬態した、私達に原始的な何かを気付かせる、現世代の覚醒コンテンツなのです。