とまと子 さんの感想・評価
4.7
物語 : 5.0
作画 : 3.5
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
夜の半球
地球の半分は常に太陽からの光が届かない夜の側にあって、この物語の多くのエピソードはその夜の半球で物語られます。
何故ならこの物語のヒロイン=イリナ・ルミネスクは「吸血鬼」と呼ばれる人類の亜種のような存在で、明る過ぎる太陽の光を苦手として、夜の冷えた暗闇の中でこそ自由に息がつけるからです。
その夜の雰囲気を伝えるようなセリフ少なめで行間で物語るような脚本(原作者自らが書かれています)を十分に活かすには、もしかしたらもっと時間をかけた作画や枚数の多い動画が必要だったのかも知れませんが、それでも、魅力的な登場人物たち、冷たく鮮烈な空気感、そしてその中で紡がれていく絆と想いの物語は、わたしはとてもとても、とっても大好きでした。
舞台は旧ソビエト連想によく似た架空の国、時代はかつての「東西冷戦」ととてもよく似た設定で、"東側"と"西側"は宇宙開発でしのぎを削っています。
でも、そこで"人類初の偉業"の事前試験のために宇宙に打ち出されようと厳しい訓練に耐え続けているイリナにとっては、そんな「東と西」の話しはどうでもよいこと、むしろ自分が先に宇宙に行くことで、人類といつも虐げられてきた"吸血鬼"との「昼と夜」の戦いに勝利することを考えています。
規律違反をおかしドロップアウトしかけている宇宙飛行士候補生であるもうひとりの主人公=レフ・レプスは、イリナと出会い彼女を知っていくことで「夜」の側への扉を開けて踏み出すことになります。
ふたりは毎日陽が落ちる頃に出発し、人気のない夜の街を走り過ぎて訓練場に向かいます。
わたしが大好きで毎回しっかり見ていたエンディングアニメーションは、そんなまるで真夜中のデートのようなふたりの訓練場までの道行きを淡々と見せています。
サイドカーに乗るイリナを気にかけるように見るレフ。その視線を避けるようにそっぽを向くイリナ。
でもレフが振り返らなくなったら、今度はイリナの方から伺うようにレフの横顔を覗き込みます。
一度視線を戻しますが、レフが気づいていないことを知って、再びレフを見て…
そうしたら、もう、じっとレフの横書を見つめ、視線を外すこともできなくなる…
動きの少ない、とても静かで短いアニメーションですが、これほど「恋」の気持ちを思い出させてくれるアニメをわたしはあまり知りません。
でも、それは「恋」かも知れないけれど、でもやはりふたりが住むそれぞれの”種族”の世界の違いはとても大きく、その気持ちをそのまま伝え合うことは容易ではありません。
きっとふたりはお互いに最後まで知り得ないこと、本当に理解することはできないことが残るのではないでしょうか?
違う者同士が想い合う。
相容れない者同士が心を通わせる。
それはLoveというよりはCareと呼んだ方がよい気持ちなのかも知れません。
でも、違うからこそ、理解し合えないからこそその気持は強く、ひたむきなのかも知れません。
{netabare}中盤、わたしにとってはこの物語のクライマックスに思えるシーンがありました。
墜落したカプセルを見て恐れと虚しさに力を失くしてしまったイリナに気力を取り戻してもらうため、レフはある提案をします。
それはイリナにとっては自分を劣等種と見られないためには”人類”にはいちばん見せたくないこと。
レフにとってはかって持っていた”吸血鬼”を忌み恐れる気持ちのいちばんの理由であること。
「吸血」です。
生まれも”種族”も、互いの身体さえも、その違いを超えて「血」でつながるふたり。
このシーンはいわゆる”ラブシーン”ではありません。キスすらしません。
でもわたしはこれほど純粋でそしてある意味エロチックな愛情表現は、少なくともアニメでは見たことがありませんでした。{/netabare}
投げつけられるナイフのようでもあり、甘え擦り寄る猫のようでもあるイリナを演じる林原めぐみさんの声。
妖しいノスフェラトゥと月の雰囲気を演出してくれるOPのアリプロジェクト(!)の音楽。
EDの胸の高鳴りをふんわりと星空に浮かべてくれるようなChimaさんの歌声…。
いろいろな意味で、わたしにとってきっとずっと記憶に残る、美しく切ないアニメでした。