とまと子 さんの感想・評価
5.0
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
畏れふるえる まだ飛ばぬ翼よ
窓枠で囲まれた鳥籠のような「学校」という時間
群れ遊び さえずり交わす生徒たちの中にあって
切り取ったようにひとりだけを見つめる みぞれ
軽やかに跳びまわり屈託なく人と交わる 希美
ふたりの少女は 同じ場所に背中合わせで立つように
ひとりは外むきに ひとりは内むきに
オーボエとフルートという それぞれの音楽を通して
自分自身を確かにしてくれるものを探しています
心というものを何かで表すとするならば
それは「音」にいちばん近いのかも知れません
この映画もまず「音」からはじまります
希美の跳ねるような足音 揺れる髪のリズム
後ろから追うみぞれの足音 ぼんやりと響くエコー
みぞれの心には 階段の五線譜に音譜が乗っていくように
希美を見つめる想いが音楽となって積み重なっていきます
実際に ご自身も音楽を愛してやまない山田尚子監督は
場の空気を音にすることと 絵にすることとを同時に進めて
この凛と張りつめた導入シーンを作り上げられたそうです
全編にわたって 無駄なカットも要らない間合いも
この物語に不要なものはなにひとつありません
誰が見ているのか 視線の先には何があるのか
考え抜かれ 選び取られた一枚いちまいのカットが
砂時計の砂粒を数えて切り取ったようなタイミングで
つながって流れ ひとつの音楽になっています
すこしだけ傾く横顔 さまようようなまばたき
空間を満たすもの音 ちいさく耳の奥を打つような音の残響
近づき 遠のき 覗き込み 見つめる視点
一本の線 測れない程の角度 数ミリの動き
そしてこの 青
何より印象的なこの映画を満たす澄んで重なる青色は
厚いガラスの瓶に閉じ込められているようでもあり
遠い空を映す水たまりの水面のようでもあり
まだ何者でもない時間の不安と自由と 寂しさそのものです
青い鳥はリズが教えてくれた赤い実を懸命に集めます
それは希美がくれた音楽 二枚のリードを結ぶ赤い糸
上手く語れない者ほど 伝えたい気持ちは強く
大きな翼ほど 羽ばたくのは難しい
リズはずっと戸惑っています
青い鳥は空を映した湖のよう
純粋で繊細 それはわたしの大切な音楽のように
わたしから離れることはないと思っていたのに
みぞれの音楽は一緒に生きていくひとのため
希美の音楽は生きていく世界を鮮やかにするため
でもそれでは上手くいかない
上手く いかないのです
新山先生とみぞれとの 向かい合っての会話があります
行動をなぞるだけではなく 心の中を想ってみては?
もし誰かのことを 自分のことを知ろうとするのなら
想うための心の翼 想像力を使いなさいと
そしてみぞれは そして希美は
それぞれが相手だけを見るのではなく 自分自身を見つめ
自分たちが互いに違う 独立した存在であると思い至ります
軽やかに輝く おしゃべりなブルートパーズの瞳も
自分がみつけた もの静かで力を秘めたガーネットの瞳も
その宝石は 自分自身のものではありません
それを知ることは 生きたまま心臓を剥がされるような痛み
希美は「みぞれの全部が好き」とは言ってくれない
みぞれは「希美のフルートが好き」とは言ってくれない
それぞれが激しい憧れと焦燥で血を流しながら
自分の中に同化していた相手を切り離し
それぞれの違う世界への旅立ちを見届けることになります
そして ふたりの行き先は別々になって
みぞれは音楽室で譜面を 希美は図書室でノートを
ふたりは初めて 同じ動作で次のページを開きます
そこへ向かうみぞれのステップは軽やかにスカートを揺らし
後ろから憧れて見つめていた希美のポニーテールのリズムは
今はみぞれの髪先に宿って テンポよく揺れ始めます
物語の最後 二羽の鳥は揃って学校という鳥かごを出ます
ここが外への扉だよ と手を振り知らせるのは希美
嬉しそうに微笑んで それを超えていくのは みぞれ
ふたりの歩調ははじめてぴったりと重なり
お互いを向き合うところでこの映画は終わります
そしてきっとここから
ふたりにとってはじめての
次の曲が始まるのです
京都アニメーションという錬金術工房で
何層にも重なり繋がれたガラスの濾過装置を通し
一滴一滴滴り落ちる宝石のしずくを集め積み上げて
この映画は作られました
わたしにできることは ただ
息をひそめ まばたきもせず
そのすべてを漏らすことなく受け止め
この心を震わせることだけです