薄雪草 さんの感想・評価
4.0
物語 : 4.0
作画 : 3.5
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
金のリンゴのプレゼント
「ともに白髪の生えるまで」。
「お前百まで、儂ゃ九十九まで」。
夫婦和合への期待を、昔の人はそう言いました。
体つきも顔の皴も変わるから、ちょっと無責任なリクエストかもしれませんけどね。
平均寿命が80歳を超える昨今では、還暦は富士山の8合目あたりに思えます。
それなら胸突き八丁の20年に見せあう笑顔が、日本一の夫婦にふさわしいでしょう。
相手のことを「空気のような存在」とからかえるのが、その世代ならではの軽口です。
でも、空気感がどれほど薄くても、"なくてはならない酸素のような人" と公言できるなら、素敵なことですね。
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お岩木山を望むリンゴ畑は、先祖代々からの営みの証。
地元育ちの苦労人、正蔵と、東京暮らしのお嬢様、イネ。
対照的な二人が神社の軒下に出会うなんて、いかにもあり寄りなシチュエーション。
初めての言葉はぎこちなくても、素朴な想いにあふれていたのは、縁結びのご神徳のおかげかもしれませんね。
イネは女の感情のままに。正蔵は男の想いのままに。
ささやかな積み重ねに、人生を太くする運命が撚り合わさっていきます。
淡い恋の芽生えに白い花が咲きはじめ、やがては孫にも恵まれる黄金の実りもあり・・・。
イネと正蔵は、若返っても呼び名こそ「じいさま、ばあさま」で、どこか微笑ましく、なかなかの楽天ぶりです。
そこに感じたのは、見た目の変化にも全くぶれない、正蔵とイネの魂のつながりの深さです。
家族のフクザツな心情や、仲間うちの噂話も余裕綽々に受け流し、アダルトな魅惑に憧れる中学生にもおおらかな笑顔で包み込む寛大な振る舞い。
そんな "二人のトキメキ" が、本作の魅力の一つになっているのは間違いありません。
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あまり見慣れないキャラ設定と、ツッコミ満載のハプニングの連続は、素朴な人情噺に置き換えられ、心温まるストーリーに仕立てられています。
時間をかけて築き上げてきたパートナーシップは、若さを取り戻してもなお、盤石さは1ミリも揺るがない余裕ということなんでしょうね。
今どきは、半ば、離婚がレギュラー、非婚もイレギュラーでなくなってきています。
そう思うと、二人のスタンスは、少し眩しく、また貴くも感じました。
60年分のベターハーフの充足感と、都度都度のリスペクトからの有用感は、案外、お岩木山の神さまからの後押しがあったのかもしれませんね。
お話の閉じ方も、ぐっとくるシーンに、気持ちがしんみりと温まりました。
夫婦で寿命が違うのは当たり前ですが、先立つことをイネから聞かされた正蔵の驚きはいかほどのものだったでしょう。
深く愛し合い、慈しみ、助け合ってきた配偶者が、日常からいなくなってしまう怖さと虚しさ。
死別のストレスは、誰にとってもなおのことひとしおに思えるものではないでしょうか。
歳をとればとるほど、精神は肉体に固く縛りつけられます。
目が見えにくくなれば外への興味は薄れ、足が衰えれば旅行などの関心も減退しがちです。
でも、二人は肉体の若さを取り戻し、精神を生き生きと回春させたのです。
それどころか正蔵は自分の寿命をイネに移し分けるなんて、さすがにそれはおねだりしすぎでは?とも思えなくもなく・・・。
でも、二人が手を取り合って天寿を全うするなら、この上ない幸せなことだと思います。
というわけで、今までにない斬新な視点とベクトルを持ちあわせた作品性。
そんなふうに感じました。
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見始めは、何のギャグもの?みたいに訝(いぶか)しんでいましたが、見終わってみれば、いたわりあう人生の深みに、琴線が触れたような印象です。
出会いの馴れ初めに感じる不思議さのように、積み上げてきたエピソードもまた不思議のオンパレード。
同じように、死にゆく間際にも、夫唱婦随の不思議さを心に通わせられるなら、それはそれで本望なのかもしれません。
黄金のリンゴとは、人生を豊かに実らせるための知恵という象意があるんですね。
言い換えれば、夫婦の水入らずにも、おもてなしの試行錯誤を尽くし、甘い果肉を分かち合う関係性を育むということです。
本作は、なろう系バージョンの一つの変形ものだと思いますが、そんな類型に納めるだけでまとめていいものではありません。
想念の持ち方一つ、物の見方一つで、人生はもっと黄金になるという教訓が詰まっている、そういう面白さです。
願わくば、正蔵とイネのような相思相愛に少しでもあやかりたい。
そして命がつきるその間際まで想いを貫いてみたい。
そんなふうに思いました。
うん、まさに私的ダークホース。
とてもいい作品でした。