101匹足利尊氏 さんの感想・評価
4.4
物語 : 4.5
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
パプリカみたいに色とりどりな社会の縮図を炙り出した絶品フレンチ団地コメディ
フランス・パリの社会住宅(政府が整備した低所得者向けの団地)
夫を亡くして以来、現代社会への適応も上手くハマらず、
生活、子育て全般に折り合いを欠くシングルマザー・ポレットが、
一人娘リンダに亡きパパが得意だったパプリカチキンが食べたいとせがまれ、
ストライキが続くパリで何とかチキンを手に入れて料理しようと、
挙げ句、{netabare} 生きた鶏を奪取してシメようとして、{/netabare} 周囲を巻き込み騒動を巻き起こす社会派コメディ映画。
【物語 4.5点】
現代社会の病理を炙り出しつつ笑いも取る傑作。
社会や時代についていかないと取り残されるけど、ついていけない、生き辛い……。
近年、私もこの種のストレスが強くなっていますが、これは決して歳のせいばかりではない。
都市は子供が無邪気に遊び回れないように設計。オフィス街でまともに子供が出歩いている姿などほぼ見かけない。
疎外された子供たちが夢想を花開かせるのは、部屋での寝静まれない夜だけ。
羽を伸ばせない大人たちも不満や鬱憤(うっぷん)が溜まっている。
そりゃパリ市民もストを起こしたくもなるというもの。
個人に大した調理スキルがなくても食材や料理にありつける現代社会。
これをストで麻痺させることで時代に適応しようと足掻いてきた現代人が、
パプリカチキン騒動を通じて、原材料から料理一つ満足に作れなくなる程に“生きる力”が劣化してしまっている様を浮き彫りにされるプロットも苦くて妙味。
人間が人間のため作った文明に合わせるため、人間が失われているという皮肉。
その世界観ベースにコメディをスパイスして、箍(たが)を外していき、
最後は人間解放感の中で、高い共感度を伴った独特の笑いと感動を味わうことができる。
脚本レシピも練り込まれた、各国際賞レース連勝も納得の逸品です。
【作画 4.5点】
大胆かつ独特。だが決して手抜きではなく、計算に基づいた映像が構成されている。
各キャラクター、各物体ひとつごとにワンカラー配色し、
人種の坩堝でもある団地の多様性もカバー。
絵の具をぶちまけたようなベタ塗りが、閉じない輪郭線からはみ出したりする。
まるで子供のお絵描きみたいな奔放な絵面が、
現代社会に圧殺されている諸々と、そこから弾け出すエネルギーを体現。
さらに強烈なのが夜の描写。
撮影で暗さを演出するのではなく、各人、各物と輪郭線のカラーを反転させた、
ブラックボードアートのような配色で闇を表現。
リアル以上に漆黒な画面が、
暗闇の記憶の深淵に、幼少のリンダが封じて来た父との思い出も効果的に示唆。
作画カロリーは軽量ですが、フットワークの軽さを活かして、
プレスコ(収録の後に作画)も実現。
実際に子供に遊ばせた音を拾って、それに合わせて作画することで、
ガキんちょは何をしでかすか分からない、子育てアルアルのリアリティ再現にも成功。
何よりシンプルかつカラフルな画面により状況把握もしやすい。
なくした指輪とか、固有カラーで光ってくれたら、失せ物探しに重宝するのにと、私もちょっと羨ましかったりw
鑑賞者に読み取らせる負荷をかけない、スムーズな心情伝達が、
アニメなんだけど妙にリアルという感想につながっているのだと思います。
【キャラ 4.5点】
主人公リンダの母として奮闘するポレット。
ひとり親というだけでなく、現代社会が要求する様々な適応能力に関して弱者であり、格差社会の貧困層を体現。
諸々の対処法が分からないポレットは、
{netabare} 生きた鶏捕獲{/netabare} というとんでもない手段を取ったり、
姉その他色んな人に相談を無茶振りし、迷惑をかけてしまう。
このポレットが象徴する関わりたくない社会的弱者だが、
厄介だからと言って見捨てると、ますます孤立して社会的コストになりそうな感じ。
イタいほどリアルなのですが、私が彼女を見放せないと感じるのは、
次の時代が核心的と強いたスキルやシステムに順応できなければ、
明日は我が身、リンダママとの焦燥感を私も抱いているからだと思います。
そのポレットに厄介事をふっかけられる姉・アストリッド。
ヨガ・インストラクターの“できる女”として活躍する一応の社会的強者。
振り回されても妹その他を見捨てられずストレスを溜めていく彼女を見ていて、
ふと、私が以前行った整体院にて先生に聞いた、心身を整える達人であるはずのヨガ講師が、意外と整体の常連という小ネタを思い出し笑いしてしまいました。
社会的役割をクソ真面目に演じるばかりでは擦り減ってしまいます。
ストレス解消のため禁断のスイーツに現実逃避するアストリッドが、
最後{netabare} テキトー極まりない警官・セルジュ{/netabare} と昵懇(じっこん)になったのは、
中々のラブコメだったと思います。
総じて見ていれば誰か共感を覚える人物が見出だせる。
キャラも妙にリアルな群像です。
【声優 4.0点】
※日本語吹替版を劇場鑑賞。
俳優タレントがメインを担当した吹替キャスト陣。
主人公リンダ役は層の厚い子役界から落井 実結子さんとあって、
さほど心配しておらず実際安定。
一方で母・ポレット役の安藤 サクラさんは、
アニメ声優初挑戦となった前作レビューにて私が酷評コメント書いていることもあって、
結構心配でしたが、オロオロしながら騒動の起点となるキャラクターを、
まずまずの吹替で再現されており杞憂に。
最近、私は俳優タレントの収録に関しては、日本アニメより外国アニメ吹替の方が、
安心して聞いていられるという感想を述べることが増えています。
洋画吹替界隈の、リップシンクには頼れないので、ちゃんと声を張って伝えるという収録傾向が、
濃厚キャラボイスを過剰摂取する私の深夜アニメ脳に馴染むのかもしれません。
どうも私が俳優タレントのキャストにアレルギー反応を示す要因は、
“ちゃんとした声優”かどうかより、ボソボソ喋ってセリフや心情の起伏を捉えづらい、
邦画の悪習にあるような気がしてきました。
【音楽 4.5点】
音楽担当はクレモン・デュコル氏。
方々を巻き込みながら転換する場面に、
管弦楽をベースに、柔軟なメロディ変化で好対応する上々のコメディBGM。
挿入歌のスパイスも効果的で、男声テナーのクッキングソングも楽しげでした。
日本語吹替用に翻訳もされた「Dormir,dormir」は夜に遊び足りていない子供たちの想いがうごめく眠れない人向けの子守唄。
ED主題歌はフランスのシンガーソングライター・ジュリエット・アルマネットさんの「Un souvenir ou deux」
最後はラブコメ、愛だねで幕を引く本作。
在りし日の愛の思い出を静かに語るバラード曲は程よく甘い食後のデザート。
【付記】
4月の封切りから上映している映画館は流石にもう上映終了してきていますが、
5月GW後に少ないながらも上映開始する館もあるようです。
前衛的な作画で堪能するフレンチ・コメディ。
ご賞味されてみてはいかがでしょうか。