青龍 さんの感想・評価
4.2
物語 : 4.5
作画 : 4.0
声優 : 3.5
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
社交ダンスをトレースする天才
竹内友による原作漫画は、『月刊少年マガジン』(講談社)にて連載中(既刊12巻、原作未読)。
アニメは全24話(2017年)。監督は板津匡覧。制作は、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』、『PSYCHO-PASS サイコパス』などのプロダクション・アイジー。
前回あげた『ダンス・ダンス・ダンスール』のレビューで多くの方が似た作品として名前を挙げていたので視聴を開始。
(2024.3.20初投稿、3.22評価を修正)
本作は、進路に悩む一見ごく普通のどこにでもいそうな中学3年生の主人公・富士田多々良(ふじた たたら:CV.土屋神葉)が、ある日突然、競技ダンス(いわゆる「社交ダンス」)と出会い、そのトッププロを目指すという「スポ根」ものである。
【トレース(完全コピー)の天才】
しかし、主人公の多々良は、実は「トレースの天才」。「トレース」とは、わかりやすくいえば、「他人の動作を完全にコピーする能力(完コピ能力)」、「モノマネの上手い人」のこと。
人は一度見た他人の動きを再現する際に、見た通りにやっているつもりでも、ほぼ全ての人が完全にはその動きを再現できていない(一応、空手の指導経験あり)。
主な原因は自分の動きを客観視できていないことにある。そこで、多くの人は、自分の頭の中のイメージと実際の動きとのギャップを埋めるため、鏡を見たり指導者の指摘を受け、反復練習して動きを修正していくことになる。
が、極稀に勘がいいとか要領がいいとかいうレベルを超えて、1回見ただけで見本となる動きを完璧にトレースしてしまう人間が実際にいる。
もっとも、その場合でも、見た目の動きが同じにすぎず、実際に指導者と同じレベルの威力のある蹴りや突きを出せるという人までは見たことも聞いたこともない。
その原因は、体格・筋力・関節の可動域といった個人差や、動きの仕組みを理解していないことにある(動きの意図や理屈を分かって動くのと分からずに動くことの違い)。
だから、多々良のトレース能力の天才的なところは、動きの仕組みを全く理解していないにもかかわらず、個人差を無視して、一人で踊っているときにパートナーが具体的に見えるレベルまで動きを完全に再現できている点にある。
例えば、野球で大谷選手と同じ動きができたとしても、動体視力、体格、筋力など他の能力も頭抜けて必要なので、同じようにMLBでホームラン王になれない。
しかし、競技ダンスの場合は、そこまで超人的な身体能力は要求されないので、競技ダンスの世界的なトッププロとして本作に登場する仙石要(CV.森川智之)の動きさえ完全に再現できるなら、そのレベルに近いところまではいける。
(ただ、そうはいっても仙石の動きを完全コピーするには、少なくとも身体能力も仙石と同じでなければならないし、仙石に体格で劣る多々良は、仙石と同じ動きをしても見映え負けする。だから、多々良は、体格に勝る選手にも勝てるよう独自の動きを工夫していく必要がある。)
したがって、多々良のこのトレース能力は、競技ダンスにおいて、チートクラスの類まれな天賦の才といっていいだろう(※この才能を頭の片隅に置いておくと本作を理解しやすいと思う)。
【主人公の不遜にも見える言動のわけ】
何の取り柄も好きなものもないと思っていた多々良は、第1話で「何か一つ胸を張って好きだといえるものがあれば、僕は変われる気がする」といって競技ダンスを始める。だが、正直にいって、その程度の覚悟では世界のトッププロを目指す動機として弱いと思った。
しかし、上で書いたような多々良が秘めていた天才的なトレース能力を頭に入れて考えると、彼が「他のスポーツではなく競技ダンスなら好きになれそうだ」と直感的に思ったことにも合点がいく(他の人より上手く出来そうなので好きになれそう)。
さらに、多々良は、仙石が踊っている映像をみて、「自分も仙石になりたい」といったのである。つまり、主人公の能力からすれば、仙石への純粋な憧れからそういったのではなく、世界的なトップダンサーである仙石のダンスを見て、そのダンスを自分もできると思ったということなのだ。
そんな不遜にも見える主人公の言動に対して、仙石が、そんなすぐに俺になれるもんじゃない、競技ダンスを舐めるなという態度をとったのも当然だろう。
だが、本作では、そんな仙石の想像を遥かに超える才能の片鱗を主人公が見せていくことになる。
【11話まではチュートリアル編(※若干のネタバレあり)】
主人公は、上にも書いたように動きの基本的な理屈がわかっていないので、応用ができない。つまり、完全コピーの弊害というか、パートナーに合わせて自分の踊りを変えることができない。
{netabare}11話までは、花岡雫(CV.佐倉綾音)、赤城真子(CV.諸星すみれ)といったフォロー能力に優れたトップクラスのダンサーがダンスパートナーとなるので、その辺りの主人公の粗が出てこず下駄を履かされた状態。
いわば、競技ダンスのチュートリアル編として、その魅力を主人公が感じていくパートになっている。
12話以降から、主人公が高校に入学し、競技ダンスの競技人口の男女差から、幼少期からリード(男)役をやってきた緋山千夏(CV.赤﨑千夏)とパートナーを組むことになる。
千夏は、フォロー(女)役としても類まれな才能を秘めているのだが、リードばかりやってきたのでフォローが苦手。
結果として、お互い、相手に合わせることができず、理由もよくわかっていないので、フラストレーションから正に"face to face"の衝突をしていくことになる(12話から採用されているオープニング曲、UNISON SQUARE GARDENの「Invisible Sensation」と映像は、12話以降の二人の葛藤を表していると思う)。
もっとも、この辺りから本格的に青春を感じる「スポ根」ものが始まっていくので、個人的にはより楽しめた。{/netabare}
【魅力的なライバルたち】
また、スポ根ものとしては欠かせない、雫のリーダーで天才ダンサーの兵藤清春(CV.岡本信彦)、真子の兄でリーダーの赤城 賀寿(CV.富田健太郎)、オールドスタイルに固執する釘宮方美(CV.櫻井孝宏)といった個性的で魅力的なライバルたちが出てきて本作を盛り上げていく。
加えて、男女ペアという競技の特性から来る特有の問題や、彼ら登場人物たちの背景描写もしっかりなされ、それぞれが抱える問題も垣間見えてくる。
本作の登場人物たちは、ただのライバルに収まらない人間味あふれる魅力的なキャラクターとして描かれている。
【社交ダンスと男女の価値観の変遷】
あと、本作に感じた裏テーマは、社交ダンスと男女の価値観の変遷だろうか。
社交ダンスは、基本的に男性がリードし、女性がフォローするというのが古典(クラシック)である。それは、社交ダンスが生まれた時代の男女の価値観を反映した役割ともいえるだろう。
しかし、現代においては、仙石のパートナーである本郷千鶴(CV.寿美菜子)や千夏のような、その価値観に沿った役割に収まりきらない強い女性が出てくる(※とりあえず、ややこしくなるのでLGBTQ問題には深入りしない…)。
主人公は、兵藤清春いわく「感情で踊るダンサー」であり、「パートナーに寄り添うことで自分の姿を変えていく歪んだ奴」。
確かに、歴史と伝統ある社交ダンスにおいてリードなのにリードしない主人公は歪んだ存在なのかもしれない。しかし、現代になって男女の価値観も移り変わっていき、「パートナーに寄り添う」ことのできる主人公が、これから社交ダンスにどういった変革をもたらすことができるのかも(特にこれから続編が制作されれば)注目点だろうか。
本作では、そういった、ちょっと壮大なテーマも感じた。
【最後に】
本作は、一見普通に見える少年がトレース能力という外見からは分かりにくい才能を発揮することで、魅力的なライバルたちと伍していく、多くの人があまり興味がないと思われるマイナースポーツである競技ダンスのスポ根ものである。
私は11話までのチュートリアル編で社交ダンスという今まで知らなかった世界のことが知れる面白さを感じられたし、12話以降は、スポ根ものとして、人と人との熱い交流があって、より楽しめたので回を重ねるごとに引き込まれた作品でした。
他のレビュアーさんに、本作の11話まで観たところで『ダンス・ダンス・ダンスール』の方が評価高いかもとコメントしたことを後悔し、かつここで訂正しておきます(笑)。
両作とも同じくらい面白かったので、どちらかを観て面白いと感じたなら、両方ともオススメです。