キャポックちゃん さんの感想・評価
3.6
物語 : 3.5
作画 : 4.0
声優 : 3.0
音楽 : 3.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
天元様カッコ良すぎ
【総合評価☆☆☆】
大人気を博している『鬼滅の刃』シリーズだが、私はそれほど好きではない。主要登場人物一人ひとりに個別エピソードを用意するストーリーがやや盛り込み過ぎで、全体に話がクドい。個人的には、映画『ある殺し屋』(監督:森一生)で主人公が殺し屋稼業を営む理由をいっさい説明せず、ただ特攻隊の映像を一瞬インサートしたケースのような、ストイックでエッジの効いた演出に心惹かれる。笑いをとるためのデフォルメショットが随所に現れるものの、山岸凉子のスリラー漫画に突如挿入されるコミックリリーフほどの衝撃はなく、あざといウケ狙いに思える。
それでも、『遊郭編』の後半にはのめり込んだ。何と言っても、宇髄天元という個性の強いキャラが最高に魅力的だ。第5話、帯の隠れ処でモウモウと立ちこめた煙の奥から姿を現すシーンには、本気でゾクゾクした。
天元は忍びの出身である。忍びは権力者にとって駒でしかなく、謀略の陰で使い潰される運命にある。特に、情報収集のために肉体を利用させられる「くノ一」は、人間としての喜びを許されないまま果てるしかない。こうした定めに疑問を抱き忍びを抜けた天元は、生き残っていた3人のくノ一を「妻」として同道する。まね事でもいいから結婚の幸せを味わわせてやろうという、深い人間愛のなせる業である(と私は理解した)。
天元の闘い方は本人が言うほど派手ではなく、爆薬などの小型武器を駆使し抜け忍らしい機略に富む(例えば、はじめて姿を現した妓夫太郎に立ち向かう場面)。戦闘力では煉獄に一歩譲るかもしれないが、情報を収集した上で隊員の配置と戦法を練り上げており、人心掌握に長けた知的なキャプテンといった風格がある。女性に好かれる所以である。
バトルアニメでは、強大な敵を前に危地に陥った主人公が、もはやこれまでかという瞬間になぜか力に目覚め、怒濤の反撃に転じることがあるが、いかにもご都合主義的な展開で見ていて鼻白む。しかし、天元の場合、その弊が感じられない。彼には、スパイとして遊郭に潜入させた3人の妻と鬼殺隊若手メンバーを守るという責任があったからだ。
ここで想起されるのが、「キンシャサの奇跡」と呼ばれたアリvs.フォアマンのヘビー級タイトルマッチ。「俺にベトナム人を殺す理由はない」と徴兵を忌避してタイトルを剥奪され、絶頂期を棒に振ったアリは、彼と互角だったフレージャーやノートンを2Rで沈めたパンチ力の持ち主・フォアマンの敵ではないと予想された。だが、試合途中までずっと劣勢だったにもかかわらず、8Rに渾身の一撃で逆転勝利を収める。
後に沢木耕太郎が行ったインタビューで、「アリはなぜ、あなたの殺人的なパンチを無数に浴びながら、耐えることができたのだろうか」と問われたフォアマンは、一瞬遠い目をしてから、「アリには闘う目的があった……闘う目的さえあれば、人はどんな苦しみにも耐えられる」と答える(NHKスペシャル『奪還』1995年放送)。ベトナム反戦や黒人解放のシンボルとして若者やリベラル層から圧倒的な支持を集めていたアリは、ぶざまに倒れるわけにはいかない。彼らの希望を守ることが、闘う目的だった。
守るべきものがある人間は、信じられない強さを発揮できる。その実例を知っているからこそ、『北斗の拳』のジュウザや『鬼滅の刃』の天元の闘いぶりが、理に反したものには思えないのだ。{netabare}片目・片腕を失い全身を毒に冒されながら、なお不敵な笑みを浮かべて妓夫太郎に闘いを挑む天元の姿は、鬼以上に鬼気迫るものがある。{/netabare}