お茶 さんの感想・評価
4.4
物語 : 4.5
作画 : 4.0
声優 : 5.0
音楽 : 4.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
あらゆる人が注ぎ込んだ熟練の技
昭和の落語界を舞台にした噺家の愛おしき素顔と業を描いた作品。
噺の本編は師匠の追憶で、師匠が落語をするきっかけとなった子供時代のお話。
同時期に弟子になった友人であり家族みたいな男と一緒に落語をするなかで起こる人情話。
アニメで落語をする、という試みは非常に興味深い。
落語家は長年修行してようやく上がるのに対して、本作の声優さんの噺っぷりったらありゃしねえ。
関智一、石田彰、山寺宏一、林原めぐみを起用したキャスティング力すごいですよ。
「おい、見てみろよ。赤鬼さんだ」
たったこれだけで、実際には存在しない赤鬼を生み出すことが落語は可能だ。これを聴いた観客が頭のなかで、"勝手に"赤鬼をつくってくれるのだから、つくづく落語って便利なシステムであると思う。落語の凄さは、観客の思い浮かべる赤鬼が一人ひとり違うであろうこと。節分の鬼のような可愛らしい鬼を想像する人もいれば、もっとリアルで恐ろしい鬼を想像する人もいることかと。
「おい、見てみろよ、いい女だ」
この一言で向こうから歩いてくる「いい女」を表現することができる。映像なら、実際に「いい女」を画面に登場させる必要がある。この女性が必ずしも観客にとって「いい女」であるとは限らない。落語だと観客が勝手に自分の「いい女」をキャスティングしてくれる。
落語のポテンシャルやばい。
人の落語もいいが、アニメの落語はさらに自由な表現ができる。
アニメも映像化するわけですが、重要なところはあえて落語で語るバランス感覚がよき。ありありと情景が浮かんでくる。やっぱり演出って、いちいち説明すると野暮になったり、作画に凝りすぎると苦しくなることがある。そこの線引きが重要かなと。化粧で女形を演じるビジュアルとか、噺を長い尺で展開できるとか、アニメーションで落語をする良さがある。
石田さんの妖美で艶がある声、山寺さんの間の抜けた感じとしぶさとか、林原さんのハスキーで可愛い声とか、落語っぽくなる技、声の良さ、声優の仕事っぷりが遺憾無く発揮された極みがここにある。
明るく滑稽な男と、陰気で色香な男の対比を描くことで、それぞれの持ち味を見出す物語としても、単純な面白さとしても、優れた構成をしていると思う。時折、入れてくる落語が各話の内容を暗に示していることで、一層物語を濃ゆいものにしていた。噺家の心境は落語では分からないけれど、本作では噺家の心の声も入ってくるのは、アニメならではの面白さがある。ひとつのエンターテインメントの裏にある、あらゆる人が注ぎ込んだ熟練の技は恐ろしいほど。