「アリスとテレスのまぼろし工場(アニメ映画)」

総合得点
72.8
感想・評価
73
棚に入れた
215
ランキング
1095
★★★★☆ 3.9 (73)
物語
3.8
作画
4.4
声優
3.9
音楽
3.8
キャラ
3.7

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ネタバレ

waon.n さんの感想・評価

★★★★★ 4.8
物語 : 5.0 作画 : 5.0 声優 : 5.0 音楽 : 4.0 キャラ : 5.0 状態:観終わった

【傑作】1,私の中のフィルター 2,美しく残酷な世界3,小説を読んで

【First】

 岡田磨里節炸裂って感じですね。
 本当に優秀な脚本家さん。監督としては映画化2作品目になります。
 監督との兼業になり2作目ということで、演出の仕方もより洗練されてました。『さよ朝』よりも一段上の表現力になっていると思います。

 どんな絵コンテ修正入れてるのか私気になります!

 まだ観てない方はとりあえずレビュー読む前に映画館へダッシュを推奨します。

【Synopsis】

 とある工場町その名を見伏町。そこには大きな製鉄所があり、かつてご神体でもあった山を切り崩しながら成り立っている町である時、爆発が起きた。
 その日から、町は人々は成長を止める。
 成長停止の原因は山の神様の怒りとされ、鎮まるまれば元に戻れるという希望が人々を正気に繋ぎとめていた。
 そんな先の見えない状態が何年も続いた頃。
 この停まった世界から抜け出したい主人公はある少女に出会う。
 その子は町で唯一成長しする。
 つまり外から来た少女だった。

【Review】

 レビュータイトルの私の中のフィルターについてそこから書いてみようと思います。

1、私の中のフィルター

●リアルの事件や災害がもたらしたもの

 9.11後に映画中で現代以降の戦争または紛争が描かれればアメリカ人にとっては9.11以前と以後において、フィルターが入るのと同じように。
 日本人には爆発事故があれば、3.11関東大震災からなる福島第一原発の事故というフィルターを通してみてしまう。
 いや、日本人という主語を大きくしなくても良い。私の中にはそのフィルターがしっかりと入っていて、映画の意図とは関係なくあってしまうものなのだろうと意識させられてしまった作品だった。

 これまで、アニメでは『バブル』『すずめの戸締り』など、そもそもモチーフとしてもしくは、メタファーとして、もしくはテーマとして入っているアニメを観てきましたが、言ってしまえば分かりやすく、そうつくってるんじゃないの? って意図を感じ取れていました。

 しかし、今回は少し違っていて岡田磨里さんだからそこを突くことはしてこないだろうと思っていたし、本当にそんな意図はない可能性の方が高い。
 なので、映画というコンテンツが発するモノではなく、私の中にあって、あってしかるべきものとして存在してしまっているから色眼鏡で見てしまっているのだと気づかされてしまった。
 じゃあどの辺で感じ取ったの? って話をしてみると、冒頭で工場が爆発するシーン。そして、製鉄所がどうなったのか、町がどうなったのかを見せつけられた時。
 時間が止まってしまった場所。
 海岸線。
 あの後、石巻市、名取市、などに行きあの日から止まってしまった風景を見た。もしあの時、時間を切り取って永劫続く日常として、生きていたらどうなのか…。想像してしまう。

 そしてそんな中にいるかもしれない、本作の主人公は外へと希望を観る。


●いくつかの作品でみられる閉塞感

 場所に囚われる。時間に囚われる。どちらも岡田さんの作人はしばしばこういったモチーフが顔を出します。
 『花咲くいろは』では旅館に。
 『あの花』ではめんまがいた秩父という町に。また、めんまがいた時代に。それ故に引きこもりになった。
 『空の青さを知る人よ』でも過去と現在、そこから脱出できない人を描いている。
 そんな中から逆境を乗り越え、成長し―――だったり、一歩踏み出す勇気を―――みたいな雰囲気でした。

 今回の作品にもその閉塞感は重苦しい鈍色の空模様として演出され、物語のテーマへ繋がっているように感じました。


2、美しく残酷な世界

●テーマ、テーゼはなんだったのだろうかと反芻してみる。

 【時は止まれども変化は止められず】
 【停滞の中での変化】

 全体的に不条理が街全体を覆っています。
 いつまでも雪が降り続きながら。

 事故は誰の身にも突然やってくる。
 言ってしまえば【不幸】が降ってくる。
 そこにちょっと待って! っていう感じで、時間だけががストップしてしまった。
 誰にでも、同じ毎日の繰り返しで飽き飽きだ。こんな退屈な毎日から抜け出したい。などと嘯く青春時代を過ごした記憶がある、もしくは観たことがあるんじゃないだろうか。
 そんな鬱屈とした毎日は子供と大人で大きく感覚が異なる。そしてそこを描いている点は面白かった。
 日々成長を続ける10~20代とこれから歳を取って肉体的には老化していく30~上の世代。現状を維持したい大人との意識の相違は次第に対立へ向かっていくような気さえしてくる。

 見ている時の私はどっちのスタンスだったのだろうか。
 …いや、どちらの気持ちも分かってしまうなというのが正直な感想で、子供の頃の感覚も思い出せるし、現状を鑑みるとこのまま長い間生きていけるということにも惹かれる。
 物語自体は子供からの視点で進んでいくけれど、佐上のようなキャラクターが大人目線での欲求をストレート表現してくれたので、深堀りをする手間を省く役割をしてくれたのは上手いなと思いました。キャラクターとしても強いし面白いアクセントになったのは間違いない。

 若者の変化は身体の変化だけではない、精神的な変化でこれは止めることができない。
 そんな主人公とヒロインの二人に岡田さんがぶつける悪意は二人の幸せになるはずだった未来。もうたどり着くことのできない未来を見せる。
 二人はそこですれ違う。
〈あれは、今の私達の未来じゃない。だからこの子も私たちの子供じゃない〉
 そう、停滞した場所に居続けるという選択はつまり、子供は作れない。だからあの子は生まれない。とてつもなくツライ現実。
 でも本能では自分の子供だと感じてしまう。
 強烈な不条理で私は震えた。

 岡田磨里さんの脚本にはキャラクターに対して容赦なく悪意をぶつけることができる力がある。これがとてつもない魅力で観ていてツラいけど観てしまう。
【心に傷をつけられる→痛い→好き→痛い→心に傷がついた】
 逆説的に痛いと感じたものはもしかしたら好きの裏返しなのでは? という問いにも聞こえてくるからまた面白い。
 どんなに否定しても、愛情の裏返しに見えてしまうから睦実っていうキャラクターはツラそうに見えてしまう。

 テーマに対して、テーゼはこっちなのかもしれないなと、こうやって振り返ってみて思う。


●変化しない活動記録

 元の時間の動きに戻った時の為に変化しないように記録を付けるっていうのも面白かった。
 変わってないと安心する人、変わってしまったのに同じことを書かなければと思ってしまう人、欺瞞だと最初から書かない人。それぞれだろう。
 主人公は書かなかった。でもなぜ書かなかったのか、書けなかったのか。変化したいという欲求があったから。
 書いてしまうことで枠にハマるではないけれど、そこに収まってしまう怖さみたいなものを感じていたのかもしれない。
 ――自伝小説家トーマス・ウルフの原稿は文章が多すぎた為、編集者のパーキンズが編集者として校正して文章を短くしたという話を本で読んだ。ウルフは全てを描写したかったがこれでも削っている、これ以上は減らせないと二人は格闘したという――文章に残すというのはそういうことなのかもしれない。規定されてしまうことと一体なのだろう。
 彼は絵を描くのが好きだ。これも一つの表現を規定している物差しではあるけれど、決められた文章を書くのと違う点がある。
 中動的であり、且つ能動的である、そして上手くなるという変化を感じることができる。
 それだけでなく、居なくなった父と自分を繋ぐものとしても機能している。
 これだけマクガフィンとして優秀なこれを趣味に選んだのはスゴイ。
 あそこは泣けちゃうポイントだったよ本当に…。

●一番印象に残っているシーン

 さて、この間を揺れ動くすっごい生々しく岡田磨里さんのいい意味で悪意を観て胸が痛くなったキャラがいる

 それは妊婦の後ろ姿だ。
 とにかく動きが重い。
 こうなる前は生まれてくる日を夢想しない日はなかっただろう。
 しかし、停滞した今ずっとお腹のなかにいて生きているのを感じ続けるしかない。生まれることを夢見続ける。

 「希望とは目覚めている人間が見る夢である」

 調べたら出てきたアリストテレスの名言らしいけれど、停滞したこの世界では、希望は残酷なだけなんだ。
 こんな皮肉の効いた話はないよ。

 停滞した世界はかくも残酷なものなのか…。
 仙波や園部が耐えられなくなるのも分かる。
 となると、あれは救済だったのか?

3【追記】小説を読んで

 映画の公開より先んじて出版されていたみたいで驚きました。
 ひび割れの描写がああなったのはイメージボードを作成した美術監督さんが素晴らしい仕事をしたんだなって改めて感じました。

 また、タイトルにある『アリスとテレス」ですが、本文でちゃんと書いてありました。
 印象に残っているシーンで書いた彼の名言が引用されていました。
 そうすると、じゃあなんでアリストテレスではなくアリスとテレスなのか…。
 恐らくは二つの世界、希望の世界と夢の世界が隔たれていることの隠喩なのではないか、などと考えました。

 映画では描かれていたのか確認できていなかったので、Blu-ray買ったら確認したいなと思っている事がひとつあって。
 それは、小説版では妊婦さんが現実の世界を観た時に、子供と仲良くしている自分を見るというもの。
 そして泣き崩れる。
 この涙をどっちと捉えるのか…。
 どっちとはつまり、現実でちゃんと産まれてくれたという事の安堵や顔を見れた嬉しさによるものなのか、それが今後自分にはおとずれる事がない事への絶望の涙なのか。
 もしくは、嬉しいって感情の後に、絶望の波が押し寄せてきたのかこの心情を想像しながら読んでいて非常に胸が苦しくなった。

 正宗の父の日記を読むシーンがあった。
 ここにアリストテレスの言葉が出てくるのだけれど、映画では分からなかったが、居なくなった大人の象徴として出てくる父は希望や可能性という言葉を使う。
 希望を見る資格のある少女を犠牲に―――
 大人からの懺悔のように聞こえる。
 そして、自分も変わりたかった、だけど無理だった。でも、正宗お前はちゃんと変わっている。
 それを認めてもらえて、褒めてもらえて嬉しくないはずがない。
 変わっていく決断をするには充分な動機となる。例え今の世界を犠牲にしても。
 反対の面からみると悪役の立ち回りかもしれない。でも彼の視点で物語が進展しているので、そうはならない。
 むしろ、世界の存続を願って行動する佐上は主人公だったのかもしれない。見終わってから考えて俯瞰した時にこの捻りは面白く感じる。

 変えられない大人達の懺悔をここに見た気がした。。。

【おわりに】

 物語の順序に合わせてレビューを書いていないので、読みづらそうだななんて思いつつ書いてみました。
 主人公とダブルヒロインの恋愛模様については敢えて書くこともないかなって思ってしまったので割愛しました。

 しかし、違う世界だとしても近親者での色恋を三角関係にしちゃうなんて本当に恐ろしいことを考えなさる(笑)

 映像がどうだとかっていうのもほとんどレビューしてないけれど、いやはや頑張ってらっしゃる。
 アニメであんなにエロいキスシーンを描いちゃったらもう…Blu-ray買います! ヘビロテだ(使い方違うし死語感ある)。

 現実とのリンクを断ち切れずに視聴をする事になってしまったけれど、そうではない人だって、自分の人生という経験値からくるフィルターも同じなわけで特別なことではないし、あるから良いとか悪いとかそういうものでもない。超自然的にただあるだけ。千利休リスペクトって感じ?(知らんけど)
 
 最後に副監督の平松さんだと思うんだけれど、鏡の構図はメチャクチャ面白かったし、不思議で不穏で何とも言えない演出でした。
 監督と副監督の意見交換がどういった形で進んでいったのか興味を引かれる部分がありますね。

 何やら小説版も出てるじゃないですか!
 先に読んでいたらどんな楽しみ方になっていただろうかな。
 もし先に小説読んだ方がレビューしていたら、レビュー読みに行きたいです。教えてもらえたら嬉しいです。

 終わりにが長い…ってことで終わります。
 では、よしなに。

投稿 : 2023/11/03
閲覧 : 108
サンキュー:

10

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