nyaro さんの感想・評価
4.6
物語 : 5.0
作画 : 4.0
声優 : 5.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
家族・幸せ・日常・命は当たり前ではないと思い出させてくれる。
「この世界の片隅に」「火垂るの墓」「アンネの日記」「風が吹くとき」「はだしのゲン」など直接的な戦場じゃなところでの戦争の悲惨さが描かれた作品がアニメ作品には沢山あります。ほとんど原作付きで原作者に戦争体験があるので生々しいですけど、どの作品もアニメ化によって更に生々しいものになっています。
どの作品も正直見たくないです。けど、定期的にこういう作品に触れるようにしています。自分はどういう過去の上に今暮らしているのかを感じることができますし、逆に今後自分に降りかかるかもしれない可能性を意識しておけるからです。
本作は、この見るのが辛い作品の中ではかなり見やすくはあります。悲惨さや感情の動きが少ないわけではないです。
今、戦争が世界で起きていますが、残念ながら報道だと妙に現実感が欠如してしまいます。ニュース報道のやり方がバラエティ化したというのもありますが、やっぱり感情移入できないからかなあと思います。
戦争どころか気象災害や震災ですら自分の周囲で起こらないと自分ごとにならないのが実感かもしれません。
報道される現地の被災者は情報でしかありません。しかもそれが、MLB速報や犬猫のおもしろ動画と同じ枠で流れます。つまりそれは世界のどこかで起きている他人事です。
ところが、アニメですと登場人物の生活に触れることで、追体験・感情移入につながってきます。つまり臨場感があり生々しく感じることができます。
特に本作なんですが、90分映画の初めの60分近く疎開が始まるまではかよ子という少女の日常を延々と描写します。映画ですので起伏があって退屈はしないのですが、先入観なく見ていれば何を描いたテーマなのかわからないかもしれません。
ですが、後半三分の一の展開。この映画構成における日常と非日常の断絶が見ているこちらを絶望に陥れます。だから結末の意味が深くなってくるのだと思います。
変な言い方ですけど、ストーリーそのものは単純です。伏線といえば題名に関わることくらいです。ただ、家族という存在の大切さとか自分は家族によって生まれて生かされている、ということを忘れてはいけないということを強く感じます。
そう、ポリコレで議論から抜けてるなあと思うのが、自分ひとりで生まれてきたのか?男女の営みと家族や地域の人間の努力の上に生きてるんだろう?と言いたいところです。
自分の生命としての存在や、家族・先祖の生きる努力を否定してどうすんの?と。
そして個人だけで幸福を論じるから、幸せが経済性やルッキズム、怠惰と安寧に帰結します。共同体、特に家族のために生きる人生だからこそ、どんな人間にも生きる意味と幸せの形があるというのを忘れてしまいます。そういう事もこういう映画を見て、思い出したいところです。
少子高齢化は逆説的な言い方で誤解を招かないようにしなければいけませんが、戦争が長期間起こらない結果です。生命として子孫を残そうというモチベーションが低下して個人の生存が種の保存の本能を上回ります。
今我々が言っている「閉塞感」の正体は長期の平和による贅沢病です。一人当たりのGDPがどうのこうの、日本はオワコンとか言っている人の言説はこれが感じられないので薄っぺらく感じるんだと改めて思います。
一時流行ったトマ・ピケティのr>gという経済理論を見ればわかりますが資本家に富が集中するのは必然で、それを助長するのが消費=幸せと感じる社会です。それをリセットするのが戦争です。
アニメそのものは90年代の非常に丁寧な作画です。そこは結構大事で感情移入の為にこのクオリティはとても役立ったと思います。
総評すると、幸せ・家族・人権を考えるならせめて本作のような優れたアニメを見て、自分はどこから来て、今後どうなるかを考えたいところです。デオドラントされたハッピーエンドの作品ではなく、悲惨でやり場のない感情が生まれる作品といえるでしょう。
23年8月現在で本作レビューが私が初めてというのもちょっと寂しいですねえ。「幸せ」「家族」の視点を変えて価値観をリセットするには、戦争ものはお勧めです。