東アジア親日武装戦線 さんの感想・評価
4.4
物語 : 4.0
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 5.0
状態:観終わった
“The Science of Consciousness”「祝福」が与えたデコーヒレンス
Ⅰ 序
本作に関しては物語も作画も近年稀にみる名作であったことにおける感慨は多くの方々とシンパシーを共に得るものと思考する。
私自身はファーストガンダムリアルタイム世代であるが、近年のマンネリズムに伴い2010年以後の新作は総じてスルーとしてきた経緯がある。
そういった心置きにおいて本作も半信半疑で視聴を始めた経緯があるが、所謂旧作の「呪詛」を克服し新たな「ガンダム像」をステートメントしたことへは素直に敬意を表する。
私はかねてより伝統を重んじることの大切さを「保守主義」を通して訴えてきたが、なにがなんでも古い姿をまとい続けることが唯一の正解ではない。
時には「イノベーション」が必要であるが「イノベーション」が生まれず30年近くもがき苦しんでいるのが日本経済の姿が正解とは誰も思わないだろう。
「イノベーション」が想起するには社会の活力を推進する「自由」が不可欠であり、それは仮面的な自由(設計主義的合理主義)であってはいけない。
『水星の魔女』は「ガンダム」の伝統を継承しつつ「イノベーション」に成功した。
ゆえに本作はガンダムの新たな1ページを刻んだ栄えある作品として後世に語り継がれることを念じて止まないのだ。
物語全般の概観として、伏線未回収など本作は2クールでは尺不足を否めないことから、本編での説明不足、未回収分は今後、劇場版、OVA等で補完されることを期待する。
とは雖も、4クール相当に匹敵するだけの多くの伏線を散りばめそのほとんどを回収した大河内氏の構成の巧さには脱帽するよりない。
本作を仮に4クール作品とすれば、冗長感が生じたことは否めなかったであろうし、回収のタイミングを測り損ねると『Occultic;Nine -オカルティック・ナイン-』のような忙しさとなり作品の魅力を損ねる結果となりかねなかった。
振り返れば、緊張感を持続するにはちょうど良い速度感だったことに収束する。
さて、私のレビューにおいて世俗的な感想を書き連ねることはもとより期待されてはいないであろうから、本作においてSF考証を担当された高島雄哉氏の考え方を中心に考察を深めたいと思う。
当然に私がレビューする以上は科学的根拠に基づいた内容となる。
古くからのフォロワー諸氏は筆者が物理学者であることを御承知かと推察するが、高島氏も理学部卒経歴である故に、爾後、敬意を表し記述する内容には「量子力学」、「素粒子論」、「宇宙物理学」etcの専門用語等を容赦なく使用することを前もって御承知置き願いたい。
以後のテキストを読む前に「量子論」と「素粒子論」の基礎の一部を過去の拙稿に記載してあるので、お目通しを頂き以後のテキストの理解の一助になれば幸いである。
『STEINS;GATE 0』
https://www.anikore.jp/review/1857368/
【簡単な物理概念のガイド】
①「量子論」
「量子」とは「粒子(見える物)」と「波(見えない物)」の場の状態であり、人間が目視観測しても認識不可な物体の状態を確率的に示す考え方を「量子論」と言う。
目視観測不可な事例として、死んだ猫と生きている猫が重なりあって存在している状態が典型的な「量子」の状態である。
「量子力学」と「量子論」はほぼ同意のものであり、量子の状態式の「ハイゼンベルグ方程式」が行列式で描像されることから「行列力学」の一形態として名付けられた。
量子状態を表す式としてはもう一つシュレディンガーの「波動関数」がある。
②「宇宙論」
二大柱は
宇宙の状態を記述する「一般相対性理論」と重力の状態を基準する「量子重力論」となる。
「量子重力論」は「素粒子論」とセットで解説されることが多いので後述する。
「一般相対性理論」は筆者の個々のレビュー内で説明をしているので参照して頂きたい。
③「素粒子論」
簡単に言えば素粒子は原子を構成する物質であり、物質の基本単位を扱う理論。
性質として「正物質」と正物質と正反対の性質を有する「反物質」がある。
具体例としてはプラスの電荷を有する「電子」は「反物質」である。
宇宙創世記には「正物質」と「反物質」は等量存在していたとされるが、「反物質」より微量質量が多い「正物質」との衝突で「反物質」の存在寿命は「正物質」より短い。(CPの非対称性)
「素粒子論」は弱い力の場を扱う分野でもあり量子力学で記述される場の理論と整合する。
しかし、量子力学では矛盾がなくても重力等の強い力を扱う相対性理論上では矛盾が生じる不都合が度々生じることから、これらを解決する「超弦理論」が提唱され現在帰納的事実の結果が待ち望まれている。
なお、本レビューは『機動戦士ガンダム 水星の魔女』全般に及ぶ内容であるので、この場所に集約する。
本欄で記述しきれなかった場合、乃至は「Season2」に特化した内容特に「戦争シェアリング」、「百合・LGBT」等の政治思想の機微に触れる内容はそちらへ記述を行うものとする。
II 「データストーム」考
ここより考察本編に入るが前述したように専門用語、専門理論をシャワーのように用いるので、頭痛を誘発される恐れがある方はここで撤退を願いたい。
(1)パーメット粒子が意味するもの
本作では宇宙元素のパーメットなるものの存在が設定され、この元素同士では情報が瞬時に共有されるとしている。
しかし、我々は既にこのようなものを媒介しなくても瞬時に情報を伝達、共有する技術的スキームを得ている。
小耳に挟んだことがあるだろうが「量子テレポーテーション」がそれである。
この事実は高島氏も当然知り得てるはずであるが、なぜわざわざパーメットを設定したのかが興味をそそる点である。
私が愚考するところ「量子テレポーテーション」は特に人体を媒介する技術ではなく、そこにパーメットを設定することによってガンダムの「呪い」を演出する意図があったのであろうと推測する。
本作ではパーメット間の情報伝達の仕組みは解説されていないが、無線的でかつ瞬時の情報伝達を可能とするテクノロジーは「量子テレポーテーション」しか存在しないことから、パーメット間では量子状態の転送が安定的に行われているものと仮定できる。
①量子情報論における情報の定義
{netabare} 情報の単位は「素粒子」であり、情報量は不変で消滅はしない。
ここで大切なのは、情報統計学で扱う情報と物理学で扱う情報は性質を異にすることから混同されないように願いたい。
また、上記「量子情報論」上の定義は#24においてデータストーム上で死者が現界した理論的裏付けにもなるので、脳にチェックをしておいて頂きたい。{/netabare}
②量子テレポーテーション現象
{netabare} この内容が本レビューで発信された時点で調べた方は多いであろう。
多分、現実に体験する現象ではないので理解に苦しむ方の方が多いと思われるが、前述、『STEINS;GATE 0』のレビューを読めば量子の性質は理解できるはずなので詳細説明は省き、ここではデータストームに繋がる要点に絞り説明する。
まず、現在の技術では量子テレポーテーション通信は非常に不安定であることからA地点から発信した情報(量子ビット)をB地点で受け取った場合工学的エントロピーの発生で混濁する。
量子ビットの通信は理論上速度概念を超越するが、ビットのもつれを確定させる情報のやり取り(ベル測定)は従来通信に依存するため光速を超えることはできない。
量子ビット情報の確定レスポンスとベル測定の情報伝達速度の差が工学的エントロピーであり、数学的には密度行列式で表現される。
つまり、現時点では100%確実な通信は理論上は可能であっても工学技術的に困難であることは理学者にとっては周知の事実であるからパーメットなる触媒を設定してエントロピーの発生を回避したと思考する。 {/netabare}
③ブラックホール情報パラドックス概説
{netabare} これもデータストームで起きる不可思議な現象を説明するうえで大切なギミックであるので独立項目として説明しよう。
この理論は大変難解ではあるが、今後の科学の行方を左右する大変示唆に富んだ内容であるので是非頑張って読み進めて頂きたい。
「①」で量子情報は消滅しないと記したが半分は嘘である。
「②」でも注意喚起したように、量子状態は人間レベルでは普通の観測は不可な領域であり、そこで起こる事象は多々人智を超えたことも起こり得るのである。
半分は嘘の意味は情報は隠れただけで消えてはいないと現代宇宙論では仮説されているという意味である。
人間は目で見た事象は事実と疑わないが、見えたもの全てが真実ではないというテーゼが物理学の根底にはある。
逆説的に、見えなくてもそこには真実が存在する可能性が留保されるのである。
この真理を量子力学情報に当てはめると、認識不可な情報はその時点では消滅していることと等価であるという真理が生じる。
つまり、認識不可となっただけで情報というスカラーは消えたかどうかは定かではない。
このような事象を「情報パラドックス」と言い、情報認識の分界を「シュバルツシルト面(事象の地平面)」と言うが、量子力学情報の基本は粒子であり、粒子の状態が所謂情報(量)スカラーである。
理論的に量子情報スカラーの内容は変わっても情報の量はあくまで等価であって、棄損されることはなく宇宙空間のどこかに存在し続ける。
ここまで読み進めて頭痛がピークになった方はこれ以後はリタイアを推奨する。
ここから更に「量子重力論」、「量子意識仮説」の説明も入り相当難解になるので覚悟して読み進めてほしい。{/netabare}
④「意識」の正体はデータ
{netabare} 本作ではエリクトがエアリアルの中に生体コード(データ)としてとして埋め込まれているが、この発想は完全なフィクションではなく量子論として科学論文が発表されている。
これが「③」で記述した「量子意識仮説」を用いた設定である。
順番に説明するが先に申し上げたとおり難解な理論であるので覚悟して読み進めて頂きたい。
(a)人の意識の正体は電気信号である。
このことはあらためて説明することもなく、意識を掌る脳が活動すると電信号が発せられる。
この現象を医学的に利用した代表例が「脳波」であるが、近年、神経とシナプスで起こる複雑
な生体電気信号の実体が徐々に明らかになってきている。
ガンドアームの設定概念は、神経から発せられる電気信号をパーメットを介して量子テレポー
テーション技術で通信し、動作に反映させる考え方であろう。
脳科学は門外漢なので詳しくは検索で調べて頂きたい。
(b)電気信号とは電子の位相変位(電流と電子のベクトル位相は負の相関つまり逆)であり電流とは
電子の流れを意味するが電流は抵抗が無い場合は光速と等しい速さだが、電子の流れは質量のある
「フェルミ粒子(電子)」が移動するため速度は遅くなる。
何が言いたいかといえば、意識の根源は量子効果を取る「素粒子」であり、この状態は量子力
学で記述されるという理論フォーマットを説明している。
実は「量子意識仮説」は極めて新しい理論で、その真偽は今後の研究が待たれるが、概要とし
ては「細胞内小器官のひとつである微小管内で起きる量子現象が微小管上に存在する量子ビット
によって形成されている」つまり細胞内での量子効果が意識を生み出していると言う仮説であり、
ネットワーク構造と神経電磁気運動が一定のパターンをとったときに「意識」が現れるとされて
いる。
高島氏が「量子意識仮説」の知見を保有しガンドアームのSF設定を詰めたことはほぼ間違いな
いと推察する。
参考までに「量子意識仮説」の元論文(英文)のリンクを記すので興味がある諸氏は独自に学
習して頂きたい。
“The Science of Consciousness Conference”
https://consciousness.arizona.edu/science-consciousness-conference
(c)まとめ
・意識の根源は「素粒子」である。
・意識は量子力学で記述可能な量子ビット情報つまりデータである。 {/netabare}
⑤意識の行く末、宇宙の果て?
{netabare} さて、「④」では意識の量子力学的特性について説明したが、意識は人体が生命活動を停止したら意識である量子ビット情報は消滅するのか?否である。
量子ビット情報は物理学的に因果律を破らない以上消滅することはないことは「③」で説明済みであるが、では肉体を失い量子ビット情報として独立した意識はどこに行くのであろうか。
オカルト的には肉体を失った残った意識は「残留思念」として霊魂等で実体化することがあるとする主張を耳にする。
所謂仏教で言うところの不成仏な状態であるが、成仏した意識はどうなるのか、宗教的には天国などの死後の世界に行くそうだが、意識はあくまで科学的データである説明をしたばかりで、舌の根乾かず非科学的な内容でオチをつけるわけにはいかないであろう。
では、肉体から飛び出した意識(量子ビット情報)はどこに行くのであろうか。
ペンローズ=ハメロフ の提唱では意識は宇宙に拡散するであろうとされている。
ロジャー・ペンローズはノーベル物理学賞を受賞した英国の理論物理学者で、スチュワート・ハメロフは米国の医学博士で彼等は共同研究で「量子脳論」を提唱している。
ただし現状の「量子脳論」はどれもプロト科学のコンセンサスを得られていないことに留意を要する。
蛇足だが、ペンローズ=ハメロフの量子脳論がプロト科学に至らない最大の障壁は、意識の根源は素粒子とは違う物質と規定しているところだが、彼等の理論が科学的な評価を受けるにはまず素粒子以外の物質の発見がないとならない。
ただし、彼等がなぜ意識の根源は素粒子とは別のものと考えた動機には肯けるものがある。
意識である量子ビット情報は生きている間は体内に固定され、死と同時に体内から拡散する性質が必要であるが、既存の素粒子論ではこのような特異点の存在は説明が困難なことは言うまでもないことである。
反面、「量子意識仮説」では体内量子ビット情報の特異点の説明は困難であるが、意識の正体は素粒子であることは微小管内で波動関数の収縮が観測され実証済みの事実であることからプロト科学として受け入れられている。
ここではあくまで科学的言説とSF設定の考察であるので、明確な擬似科学以外は仮説として捉えても差し支えないとするが、プロト科学以前の学説援用はフィクション色がより濃くなることとして了知を願う。
最後に、意識が量子ビット情報として宇宙に残っているのであれば可逆が可能である。
ここで「(1)」の「②」で述べたデータストーム上での死者の再生へと駒が進むが、本作では前提条件として「パーメットスコア8超え」を達成しなければ死者が再現しない。
因みに、パーメットスコア8でエリクトとカヴンの子が現界した。
であれば、「パーメットスコア」の元ネタとなる科学言説の説明が先であろう。{/netabare}
さて、ここまででも長大な文章となったことから以下は次回に寄稿とする。
ただし、寄稿時期は未定であるw
予習の意味で『STEINS;GATE 0』のレビューでは未掲載であった論文を提示。
興味がお有りの方は御覧あれ。
{netabare} “Black Hole Entropy and Soft Hair”
Sasha Haco, Stephen W. Hawking, Malcolm J. Perry, Andrew Strominger
https://arxiv.org/abs/1810.01847{/netabare}
※本レビューは余所で私が記した論述の一部転載であり、著作権は筆者のみに帰属することを宣言する。
2023年7月8日初稿