キャポックちゃん さんの感想・評価
4.4
物語 : 5.0
作画 : 4.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
濃厚なロマンに溢れた秀作
【総合評価☆☆☆☆】
何年か前の大災厄により文明が破壊され、人間を食い殺す怪物ヒルコが出没するポストアポカリプス的世界。少年マルと少女キルコが「天国」を求めて旅する物語と、近代的な教育施設で集団生活を送る異様な子供たちの物語が、交互に描かれる。ミステリ要素も加わって、最近では珍しい濃厚なロマンに溢れた秀作である。
人類終末期にさまざまな場所を旅するというストーリーは、『少女終末旅行』や『けものフレンズ』など近年のアニメに少なからず見られるが、よりグローバルな視点で眺めると、バラード『結晶世界』オールディス『グレイベアド』など1960年代イギリスで流行したニューウェーブSFに源流がある。アニメ第11話には、ニューウェーブ流「終末旅行もの」の先駆けとなるネヴィル・シュート『渚にて』を、廃墟の一室でマルが読むシーンがある。
一方、謎の施設で不思議な教育を受ける子供たちの話は、カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』をはじめ、数多くの先例がある(私は黒沢清の映画『蛇の道』で哀川翔が主催する塾のエピソードが好き)。この2つのストーリーのいずれか一方だけなら、それほど魅力的ではなかったかもしれない。しかし、さまざまな伏線を張りながら両者を緊密に組み合わせ、時にコミカル、時に悲惨なサイドストーリーを添える見事な語り口は、見る者を捉えて放さない。特に、第8話「それぞれの選択」でタブレットを通じて伝えられるメッセージには、胸を衝かれた。
さらに加えて、文明崩壊後の世界の描写が卓抜である。悲しいことではあるが、これは、さまざまな写真素材が入手可能になったおかげだろう。自然に逆侵略されつつあるプリピャチや双葉の街並み、阪神大震災後の傾いたビル群や市街戦の跡が生々しいウクライナの住宅地、かつての生活実感が残り香のように漂う軍艦島の廃墟とあまりの無意味さに圧倒される旧共産遺産---こうした写真を目にしたクリエーターたちが、人類終末期における街の姿を幻視したのかもしれない。
本アニメでは、キルコとマルが訪れる街の情景が実にリアルであり、周囲との関係性を通じて二人の内面が伝わってくる。例えば、第5話「お迎えの日」におけるアパートのリアリティ。外出から戻ったキルコは、室内にマルが見当たらずパニックに陥るが、その心の動きは、生々しさを感じさせる部屋の描写と相まって、息苦しいほど強烈に迫ってくる(その後の軽いギャグとの対比もうまい)。
石黒正数による原作漫画だけではなく、深見真の脚色もきわめて優れており、2023年春アニメのベストワンと太鼓判を押したい。
話半ばという感じで終了したので、おそらく、さまざまな謎解きをする続編が制作されるだろう。もっとも個人的には、このまま理に落ちることなく終わる、余韻を漂わせたエンディングの方が好ましく思えるのだが。