エイ8 さんの感想・評価
4.0
物語 : 3.5
作画 : 4.5
声優 : 5.0
音楽 : 3.0
キャラ : 4.0
状態:観終わった
セルフ皮肉
『陰の実力者になりたくて!』(かげのじつりょくしゃになりたくて)は、逢沢大介による日本の小説。Web版は小説家になろうにて2018年1月から掲載中。
第1期は2022年10月から2023年2月までAT-Xほかにて放送された(wikipedia)
本作を一言で言い表すとすると主人公であるシド・カゲノーが異世界で適当に劣化ルルーシュっぽくロールプレイして遊んでいたら世界の方が合わせてくれる話です。
序盤の彼は厨二病とかいう次元じゃなく現実と虚構の区別がついていないただただ本気でヤバイ奴です。昨今はちょっとでもおかしな人を見つけるとすぐサイコ〇スだなんてレッテルを貼りたがる傾向があると感じそれについて自分は批判的に見ていますが、それでも尚彼に関して言えば自分も自信をもってサイ〇パスだと断言したい気持ちを抑えられません。
彼の頭にあるのは「設定」と、あくまで主観的な俯瞰的視点から「どう見えるか、どう見られるか」だけであり周囲の人間は全てそれに巻き込まれている形となります。これが結果的に上手くいっているのはどういうわけか彼が適当ぶっこいて作った設定や行動が一々正解してしまうからなだけでありただの結果オーライです。
なろうにありがちな残虐行為は敵を「わかりやすい悪人」とすることにより相対的に正当化させますが、本作に関して言えば度を越していると言わざるを得ません。一応ちょこっとだけ義賊的な様相も呈してはいますが、少なくとも彼に関して言えば自分がなりきるために虐殺できる相手を探しているようにしか見えません。というか、実際そうなんだと思います。1話の転生前の時点で暴漢を必要以上にリンチする描写がありましたが、あれはこの男の本質としては惨殺できるものならしたいという欲求を抱えたシリアルキラーとしての現れだったと言えるでしょう。彼が転生前に殺人を犯さなかったのは法の壁があったからで、それが無い異世界ならばどれだけ人を殺そうが全く問題ないと考える、ある意味もっとも転生者向きの性格をしているとも言えます。
彼はシャドーガーデンの面々はあくまで自分のおふざけに付き合ってくれている、ぐらいの感覚のままです。この期に及んで何かがおかしいという点に気づいていないのです。作品として鈍感系或いは勘違い系にしたいのはわかりますが、それにしたってあまりにも酷い勘の鈍さのためこれも下手したら気づきたくないから気づかない振りをしているまでありそうです。ようするに結局自分本位の大量殺人を繰り返しているに過ぎません。そして大切なものをそぎ落としきったと嘯く彼はそれすら自己肯定しているのでしょう。完全にイカれた異常者の思考です。
そんな彼はやたらとモブであることに拘りを見せますが、これも実に中途半端です。彼のモブはおいしそうなシーンだけを抜き出してやってるだけでいつもは全然モブってません。普段はどちらかというといけすかないクール系、やれやれ系の方でしょう。彼はモブの役目だと言ってわざわざ執拗にローズ・オリアナとの闘いを引き延ばしたり彼女を庇って斬られたりしますが、一番最初にやられるのがモブだとしても「ネームドキャラクター」を守るのはモブの役割ではありません。彼自身もだからこそ「ネームドキャラクター」には近寄らないようにしていた筈なのに矛盾しています。
しかしながら彼は周囲からはあくまでモブとして扱われています。クレア・カゲノーという優秀で有名な姉がおり、一時的であるとはいえミドガル王国の第二王女アレクシア・ミドガルとの交際経験があるにもかかわらずです。普通であるならばモブとしていられるわけがありません。他の作品ならばいやがおうにもスポットライトの当たる場所に連れてこられる周辺事情です。しかしながらそれでも尚彼はモブと見られていますがこれも単に世界がそういうことにしているだけに過ぎません。
一方で本作では普段主人公属性の強いCV松岡禎丞のヒョロ・ガリが終始モブを熱演しています。モブを気取りながら全然モブらないシドと普段の主人公気質を抑えに抑えてモブ役に徹するCV松岡、これが制作サイドからのセルフ皮肉でないとしたら一体何だと言うのでしょう!
ところで気づいた方もおられるでしょうが本作で敵としてシドーらに虐殺されるのは「男」だけです。シドは直接的には一人たりとも女性を殺してはいません。「悪魔付き」といわれるものが女性ばかりなので何らかの裏設定はありそうですが、それにしてもここまであからさまに男女の差をつけてくる作品は意外とみかけません。これぞなろうの本懐!というべきところでしょうか。
ひょっとしたら彼の陰の実力者としての矜持の中に「女は殺さない」みたいなのがあるのかもしれません。(一応記憶?上のオリヴィエや幼少期のアウロラに関しては殺したと見る向きもあるかもしれませんが、あれはむしろ記憶上だからこそ殺せたのでしょう。しかも幼少のアウロラに対しては「ごめんね」などと謝ってもいます。とても彼の台詞とは思えません。)
もっとも厳密に言えば無茶苦茶建物を破壊したり災害を引き起こしたりしてるので何人か死んでるのが普通ですし直接死んでなかったとしても家がなくなれば間接的に死に至るケースもあるでしょう。そんなことすら一切お構いなしなのが我らが主人公シド君というわけです。
ところでアレクシアがシャドーガーデンを騙っていると誤解した時、シドは彼女を殺そうとしました。彼女が「辻斬り」であったとしてもそのことは責めず、あくまで彼の「設定」に割り込んできたから怒ったのです。ようするに彼の中での価値順位は義賊行為<女性<<<<<独りよがりな設定、というわけです。いや元々彼は自分の「設定」にしか殉じていないと思われるでしょうが、つまりその設定の中で「辻斬りを成敗する(義賊行為)<女性」と言うわけです。とんだむっつりスケベです。
本作の主人公シドには本当に嫌悪感というか、見てはいけないものを見てるという感覚が非常に強かったです。ぶっちゃけ有害作品に分類されるべきものだとすら思いました。本作は「オーバー〇ード」に似ているという声をちょくちょく聞きますし、あれもあれで有害な方だとは個人的には思ってるのですが、その一方で少なくともあちらの主人公のアインズさんは(心の声が元の人格のままというギャップをどう見るかという向きはあるものの)自分の組織を守ることに特化しているという意味では一貫していました(一期までの感想)。
一方で本作のシドの方はというと徹頭徹尾自分のことばかり。これは自分の頭にある設定だけだからこそ劇中においては存在する筈もないカメラを意識した行動までとるわけです。その一方で完全に役に入り込むとまではいかず実のところただ演じているだけであるという自覚があり、実際には本当の陰の組織を作る(作った)実力がある上にその資金すら稼いでいるにもかかわらず完全に一線を引いてお遊び以上のものとして捉えてない矛盾。そして配下であるシャドーガーデンの面々たちも同様のつもりとの思い込む。面白いのがあれだけはっちゃけてる彼が真実に自分が慕われているとは思っていないところなんですよね。世界により全てを見通している「ことにされている」彼ですが、皮肉にも彼女達の心だけはな~~~んにも見通せてないんですよ。普通の作品ならばこの矛盾が色々活きてくることになりそうですが、本作ではあくまで「鈍感」「勘違い」のコメディとして消費されるだけなんでしょうね。
とはいえそんなヤベー奴であるシド君も中盤辺りから少し事情が変わってきました。具体的に言うとシェリー・バーネットを助けた辺りから単なるシリアルキラー以外の顔を見せ始め、作品としても少しマイルドになっていきます。誠に遺憾ながら、こうなってくると結構良くできた面白い作品なんですよ。
本作はシドという主人公のキャラがぽっかりと空虚であるのに相反し、周囲を彩る女性キャラ達の人間模様は実にドラマチックに展開していきます。アレクシア・ミドガルの焦燥、アイリス・ミドガルの怨嗟、ローズ・オリアナの苦悶などは実に見どころたっぷりでした。少々性格が悪いかもですが、クソ男であるシドにハイスペ女子達が翻弄されるという見方をするのも楽しいかもしれませんw
それにしてもキャラ名があまりにもやっつけすぎ。ヒョロ・ガリもそうでしたがフシアナスとかキンメッキとか挙句の果てにドエム・ケツハットとか……名前で扱いが分かるようなのはギャグ作品だけにして欲しいです。
尚、音楽に関してはクラシックを使えば良くなるに決まってるので評価ナシ扱いとして星3つにしておきます。