「もういっぽん!(TVアニメ動画)」

総合得点
72.6
感想・評価
209
棚に入れた
522
ランキング
1127
★★★★☆ 3.6 (209)
物語
3.7
作画
3.6
声優
3.6
音楽
3.5
キャラ
3.7

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ネタバレ

ナルユキ さんの感想・評価

★★★★★ 4.5
物語 : 5.0 作画 : 4.0 声優 : 4.0 音楽 : 4.5 キャラ : 5.0 状態:観終わった

元運動部特攻

23年冬アニメは不作。なんて前評判が飛び交っていたのも既に懐かしさを感じるこの頃。私も『お兄ちゃんはおしまい!』以外は過去作を観る期間に充ててしまったな……転天革命や天使様も一応、観たんですけどね。
上記のように「不作だー豊作だー」とのたまうのはアニオタの中でも“萌えオタ”に分類される輩が中心だ。キービジュアルで並ぶ美少女たち、美麗な挿絵をはさんだライトノベルのアニメ化、どれも前評判だけで当時の話題をかっさらっていく。その中で話題に挙がらない作品はどれだけ内容が良くても1クール分、本当に全く話題にならない。これがアニオタ全体の、本作に対する非情な扱いでもある。
こんな良い作品をこのまま埋もれさせるわけにはいかない。
そう思った同志が沢山いるようで非常に心強く、私も遅筆ながら冷めない内でのレビューを投稿しようと決意するに至った。誤字脱字・解釈不備・引用過多などがあれば遠慮なくご指摘ください。
女子柔道をテーマに、その大変さや悩みをリアルに描きながら、柔道の楽しさが伝わってくるのが魅力。女子高生らしいゆるくかわいい日常にもクスッと笑える作品。

【ココが面白い:元運動部を魅了する第1話】
中学でやってきた部活を続けるのか辞めるのか────その代表的な分岐点となる高校1年の春に心が揺れ動く主人公・園田未知(そのだ みち)を軸に描いた第1話に先ずは心掴まされる。
彼女は『YAWARA!』のような天賦の才や英才教育に恵まれた主人公ではない。多少身体が柔らかく、これまでコツコツと経験を積んできただけの「凡人」だった。自覚もある彼女は中学3年で柔道を辞め、高校では彼氏を作り甘酸っぱい3年間を過ごそうとしている。
「武道」というのは本当に辛い。夏の猛暑でもムダに着込むし、逆に冬に冷やされた館内の床でも裸足で歩くのがデフォルト。試合は殺し合いではない────でも本気で命のやり取りをするのかという気迫を持って相手と闘うのだから怪我を負わされても無礼講というなんとも野蛮なスポーツである。とても嗜み程度の覚悟で続けられるものではなく、ミチのように中学で芽が出なければ辞めてしまうのは、高校生活に夢見る少年少女にとって至極、真っ当な選択だ。
しかしそんな武道にも良いところがある。それが“1本”。鍛えた自分の成果が「相手を倒す」という形で現れるその瞬間。これがとても気持ち良く、病みつきになるからこそ辛い稽古に耐え忍んで力をつける。そんな1本の気持ち良さがミチの後ろ髪を引き続けていく。
中学最後の試合に負かされた相手・氷浦永遠(ひうら とわ)との再会。そのトワからの不器用ながらも熱烈な廃部決定の柔道部への勧誘。揉み合いの末に思わず決めてしまった1本の背負い投げ────全てが「柔道をやれ」とお膳立てされているようで、然れどそれに従えば自分の高校生活は武道で台無しになってしまうんじゃないかという葛藤が良く表れている。『思い出させないでよ』と辛そうに絞り出したミチの台詞がとても印象的だ。

『ミチ……もっかいやらない?』

決め手は“未知の正妻”なんて異名を持つ親友・滝川早苗(たきがわ さなえ)。彼女もまた強い柔道家にはなれそうもなく、親とは高校からは勉学に専念するよう約束まで交わしている。そんな彼女がミチの本当の気持ちを見透かしたかのように、嘗て自分が誘われた時のお返しをする。
彼氏を作ってイチャイチャしたい。
夏は海へ行き、日焼けを気にせず遊びたい。
でも────やっぱり柔道もしたいんだ。
全てがミチの本心であり、相反してるように思えたからこそ葛藤した。そんな時の親友の後押しほど心強いものはなく、彼女は自身で自他問わず納得のいく答えを出せるこの作品の主人公だ。

『柔道もする。彼氏も作る───1本、取りまくる!』

こうして廃部が決まり畳も剥がされかけていた柔道部は3人の新入生で結成・復活・再始動する。ワクワクできる「1本」が未来にあると強く信じて……。
私も中学高校は元運動部員、しかも南雲安奈と同じく剣道部ということもあって、ミチの気持ちにはものすごく共感してしまった。「そこまで書いて柔道部じゃないんかい」ってツッコミは無しでお願いします(笑)

【ココがすごい!:ガッチリ体型な女子の魅力と柔道シーン】
このアニメが残念ながら多くの人の目に届いていない(主要なまとめサイトすら取り上げなかった)のは主に「柔道」というテーマと独特なキャラデザが主な要因に挙げられる。主人公ですら辞めようか続けようか悩みに悩んでしまった柔道────年々競技人口も減らしている「武道」はハッキリ書いて我が日本でももうオリンピックくらいでしか沸くことのないマイナーなジャンルだ。本作は深夜帯アニメだが萌えオタに刺さることも殆どないだろう。
キャラクターデザインも往年、人気のある女性キャラに共通するスリムでバストの有無だけで差別化したようなスタイルの良さはなく、5頭身くらいで「横幅」をしっかり取った太ましい体型をしている。淡い色彩と現実的な髪色(茶髪すら教師の指導が入る世界観)から一定のリアリズムも感じられるが、そういったキャラクターには野暮ったい印象が抱かれ、萌え豚には食指の動かない作品になることも多い。
ただこのデザインは柔道をしっかりと描くにあたっては最適なビジュアルだ。その理由を製作陣の1人がこう語る。

『アニメの原則論として、頭身が高いと動きが硬くなるんですよ。動きをちゃんとやろうと思ったら、6頭身が限界だと僕は思っているんです。今回は、原作の絵がだいたい6頭身ぐらい。僕はあの頭身でも魅力を損なわずに表現できると思ってましたし、柔道をちゃんとやるにあたってはこれ以上高い頭身は無理だったというのが結論としてありました』(アキバ総研, BAKKEN RECORD/大松裕, 2023-05-04)

6頭身はアニメ・マンガで女性キャラクターを描くにあたり最も起用される頭身だ。そこから敢えて1段階落とした5頭身で描くことによって取っ組み合いのある柔道の描写に一切の躊躇いが無くなっている。仮に作画が崩れて伸びてしまっても6頭身。この違和感を等速視聴で拾える者は素人の中にはいないだろう。
組み手争いから握り崩し、踏み込み、投げ……柔道の細かな一挙手一投足が凝ったディテールで描かれており、尚且つダイナミックなカメラワークや演出で各キャラ向かい合って思いをぶつけ合う迫力が、身体の幅を広めに取っているからこそより凄まじく感じられた。
本作の女性キャラがそこまで萌えないこともない、とも主張しておく。5頭身スタイルは『魔法少女まどか☆マギカ』と同じくらいであり、表情の幅広さは『宇宙よりも遠い場所』に匹敵する。EDのサビ部分から始めるダンスを恥ずかしそうに踊るトワちゃんの可愛さには誰も異論を唱えることは出来ない。

【そしてココが熱い:女子柔道部をテーマに描く青春ドラマ(1)】
ここまで書くと本作は柔道をテーマにしたスポ根アニメという印象を受けるだろう。それも間違ってはいないのだが、それでもこの『もういっぽん!』は単なる熱血スポ根ものとは大分趣が異なっているように私は思う。なぜなら柔道における勝ち負けを「二の次」として見せているからだ。
「ミチの『1本を取りたい』って要は勝ちたいってことでしょ?」と思うかもしれないが、少し違う。彼女は純粋に投げることへの快感を求めており、それが柔道へのモチベーションとなっている。部活も乱取り(技を掛け合う自由練習)を好み、他校で背負い投げの上手い娘がいれば煙たがられようと師事を仰ぎに行くなど、投げへの研究には事欠かない。しかしストイックで、勝利に対し執念深いかと言われるとやはり違うのである。
{netabare}金鷲旗(きんしゅうき)3回戦がその象徴だろう。対戦相手に腕の関節を極められてしまい、強引に抜け出そうとするミチ。それを仲間が制止し後を任せるように言う。
ここで終わりじゃない。この大会は団体戦で、自分の後ろにはまだ3人もいて、仲間たちとの柔道がずっと先に続いていく。でもここで無理をしてしまえば──
確かに負けん気も強い彼女だが、第1話ではそれが祟って失神負けをしてしまっている。その時は笑い話で済んでいたが、気道を押さえ込まれるというのは死に直結する危険な状況だ。柔道において怪我や事故を防ぐには、技を極められた者が勝利への執念を捨てる覚悟や判断力も求められる。
ミチは相手の背中を2回叩く。「参った」の合図だ。自ら敗けを認めるのは何も知らない周りから観れば情けなく映るのかも知れない。しかし自らの敗けを“選べた”ことが彼女にとっての成長であり、その報酬として彼女は怪我を負って柔道を中断することはない。絶え間なく「1本の気持ち良さ」を求め続けることが出来るのだ。{/netabare}

【そしてココが熱い:女子柔道部をテーマに描く青春ドラマ(2)】
ミチにとって────結成・復活・再始動した青葉西高校にとって────そして他校の柔道部にとっても柔道は“青春”の一部だ。どれだけの強豪校でもその裏ではハードな練習メニューに愚痴をこぼし、ミチと同じく彼氏を作って甘い一夏を過ごしたいと考えている者もいる。強面の主将ですら『私も彼氏を諦めてはいない』と言いきった時は思わず吹き出してしまったが、なんてことはない。この作品のテーマは「女子柔道部」。登場人物の大半は皆、等身大の乙女なのだ。
登場人物らは柔道が好きだから「大会」という一つ処に集まる。そして青葉西高校と出会い、柔道で心が通じ、繋がる。相手の強さや努力を本心から褒め称えることで馴れ馴れしくも距離を急速に詰めるミチ、逆に柔道をしている時としていない時のギャップが凄まじく誤解やすれ違いを生みやすいトワなどを中心に、他校という遠い関係性であっても繋がりが連鎖し太く束ねられていく様が高校時代、運動部の「理想」な日常や青春を表しており、観ているこちらも気持ち良い。
柔道そのものを格好良く描く試合のシーンにも目が見張るものの、個人的にはそれよりも終わった後の「礼」や合間の団欒・絡み、大会終了後の緩んだ空気、そして何より「柔道を続ける・始める」という選択を取る際の各キャラクターに用意されたドラマに趣を強く感じ取れた。
もちろん勝利の喜びや敗北の悔しさはスポーツ物に付いて回る要素であり、この作品も弱小チームが強いチームに果敢に挑んであわよくば下していくような「アンダードッグプロット(成り上がり)」というジャンルの側面も強く持つ。しかしそれでいて必要以上にキャラクターたちが勝利にガツガツしていない。もちろん皆、向上心はあるものの、それよりは1人1人の青春や思いを勝利至上主義ではない形で描いている。私がこれまで押さえてきたスポーツジャンルの作品とは違う、より澄んだ空気が備わっており、この作品の大きな個性となっている。

【他キャラ評価】
南雲安奈(なぐも あんな)
彼女が最初に剣道部にいた理由はメタ的に考えてしまえば幼馴染みの主人公との「近くて遠い距離感」を表すためだと思う。柔道部と剣道部は同じ武道を扱う部活であり、活動場所も隣同士で置かれることが多い(畳を常設するために離している高校もあるが)。同じ武道場を使い大会の日程・場所も被る同級生、しかし「違う部活」という時点で安奈とミチの高校生活は共にあるとは言えず、そんな彼女を置いてミチが早苗やトワ、他校の柔道部の娘らと仲良くなっていくのを「観ることしか出来ない」というもどかしさを序盤、描写していた。運動部の大きな目標であるインターハイ(全国大会)の切符をトワに託すシーンからも伺える。
ミチと安奈は小学生からの長い付き合いであり、安奈はミチに相当入れ込んでいる。何でもかんでも百合として観るのは私も良くないとは思うのだが「好きな友達とあらゆる場所・場面で一緒にいたい」という気持ちは現実の女子高生らしい「親愛」の描写に他ならないだろう。
{netabare}だからこそ第6話、剣道部に入るようミチを誘い、剣道を極めんとしていた安奈が柔道部への転部を表明する流れは本当に複雑な気持ちを抱いたが、最後には納得することができた。
1年生でレギュラーを取り、インターハイ出場まで狙える剣道少女が一転して柔道を始めるというのは常識で考えれば有り得ない選択だ。あまりにも勿体ない。しかし劇中で丁寧に言及・描写されたように、その「常識」におとなしく従い剣道を続けた場合に予期される後悔、常識に抗わなければ手に入らない彼女の望みとミチに対する気持ちの吐露を見せられた後には、「有り得ない・勿体ない」という感想こそが安奈のような部活選びに悩む少女を萎縮させ、灰色の青春を送らせてしまうのではないかと考えるようになった。
親愛を優先した部活変更があってもいい。部活は高校生活、かけがえのない個人の「青春」の一部なのだから。そこに大きな悔恨が残らぬように常識を返す「勇気」を振り絞った安奈に、架空のキャラながらリスペクトを禁じ得ない。{/netabare}

【総評】
23年冬アニメを代表するに相応しい、視聴者を大別することのない総合力のある作品だと評する。テーマやビジュアルなどの第一印象から放送当時は敬遠されていたようだが、私よりも先にレビュー・感想を挙げていく人の口コミから、6月現在は徐々に視聴する人が増えてきている印象があり、そのポテンシャルが認められていると判断して良いのかも知れない。
平成元年の『YAWARA!』という作品以外には存在しなかった柔道アニメを令和に作り出したという事実に先ず大きな意義があり希少価値が高い。さらに柔道を単に厳しいもの・熱いものとして描くのではなく、部活動としての楽しさや爽やかさ、ある意味で「気楽さ」なども取り入れて女子高生の青春物語に落とし込んでおり、柔道というスポーツで勝利の栄光や敗北の悲哀を描くのでもなく、柔道を経て各キャラがどう上向きに変化していくのかというドラマの濃密な描写に重きを置いて先達との差別化がきちんと図られているようだ。
{netabare}中盤には2年生次に退部してしまった先輩・姫野紬(ひめの つむぎ)が3年で復帰し最後の大会──勝ち抜き団体戦・金鷲旗──に挑むという展開が行われ、柔道を楽しむ青葉西高校にも“負けられない理由”ができ、以降の試合は激化する。{/netabare}
そんな柔道の試合のシーンも流線などのマンガ的表現を控えて純粋に描画・音響の高いクオリティで勝負しており、一切の誤魔化しが無い。脚本・アニメーション共に強く見せたい部分がハッキリしているのでアニメ全体に凄い緩急があって大きく引き込まれていく。
この作品は物凄く明るい。登場人物の様々な因縁や葛藤、コンプレックスなど暗い落ち込んだ感情があっても、前述した「繋がりの連鎖」の中でその負の感情は霧散してポジティブな感情へと昇華されていくのである。そうやってどの人物に対しても全面肯定的に寄り添って描いているのはやはり創作物としての「理想」であり、現在でこそアニオタだが、これでも学生時代は運動部でしっかり汗を流していたんだ、という人には特に痛烈に刺さる作品である。

投稿 : 2023/07/21
閲覧 : 215
サンキュー:

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