まりす さんの感想・評価
2.7
物語 : 1.5
作画 : 3.5
声優 : 3.0
音楽 : 3.0
キャラ : 2.5
状態:観終わった
モヤモヤが・・・
レビューにもならない感想のようなものですが、ラスト付近でちょっと思ったことを書いてみたいと思います。
少し長いです。
{netabare}
①プペルの人格の行方
プペルの最後は、ゴミ人間としてのその体に父親の魂(精神?)が乗り移り、主人公のルビッチに声を掛けた後で自壊していくというものでした。
つまり、友達としてのプペルの人格を父親の人格が上書きした形で別れを迎えたのです。
あの気弱ながらも心根は優しいプペル。紆余曲折ありながらもルビッチと友情を育んだプペル。
その人格が豪快で空気の読めない父親の人格で塗りつぶされました。死んだんです。
本当に意味がわかりません。
友達のいなかったルビッチにようやくできた友達。
その寄り添ってくれたその理由の根源が「父親の魂が宿っていたから」です。ただ理由もなく傍にいてくれる友達なんて、彼には出来なかったんです。
残酷な事をするなあ、と思いました。
②パラダイムを破壊することへの緊張感
私たちは「社会」という舞台の上に立ち、その場のルールや作法といったものを踏まえながら、人生を送っています。
煙に閉ざされた「えんとつ町」にも伝統があり、作法があるはずで、見た所ある程度皆元気に暮らしています。
その生活の場である社会の前提をぶち壊す「煙を払う」という行為に、一切の緊張感がありません。
あの事件のあと、為政者は市民を統制できなくなるのではないか。
あれだけ煙が出ているということは、産業が発展しているのではないか。それを止めるとはどういうことか。
何も考えていない。
この緊張感を失ってしまえば、無秩序な破壊が肯定されるような世の中になりかねません。上空で核爆弾を爆発させて住民に深刻な健康被害をもたらすようなアホな破壊者も出てくるかもしれない。
理想と夢を持つ人はマシです。でも、そこに自分の人生を委ねて盲目になってしまった人間がしばしばアホなことをやるんです。
そういう人向けの安全装置くらいは掛けておいて欲しかったですね・・・
③その他
・腐るお金を肯定して中央銀行から逃れようとした結果、
閉ざされたえんとつ町が出来たとのこと。
腐るお金を否定したいのか肯定したいのかがいまいちわかりません。
・ゴミ人間という呼称が極端な侮蔑の言葉に聞こえてしまいます。
作中のキャラクターが発するごとにモヤっとしていました。
・アントニオの暴力描写 子供に見せるにはひどすぎる。
なんかマジもんの苛立ちとか怨念みたいなものが込められているように
見えました。よくOKが出たなと思います。
実は、夢を嗤う人たちをあのくらい苛烈に殴ってやりたい、という
制作側の願望が反映されているのではないでしょうか。
・私たちは星の存在を知っているので、「星なんて無い!」
というキャラ達を愚かだな、と思います。
これは、夢を嗤うサイドの人間を「馬鹿な奴ら」として
視聴者側が叩くための仕掛けになり得ます。
これもまた何か黒いものを感じますね・・・
・エンディングのサビ なんだあれ
(´-`).。oO(なんだあれ…)
{/netabare}
他の方も触れられていますが、この映画からは(プペルのように)色んなパーツを寄せ集めて(裁縫のように)継ぎはぎしたような印象を受けます。
{netabare}
その結末があの、明らかにアーティフィシャルな星空です。
{/netabare}
考えてること、やってることが作品に映しだされるのだとしたら、さもありなん、という感じでした。
お目汚し失礼いたしました。