nyaro さんの感想・評価
4.6
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
認知、自由意志、幸せ、分断を扱った哲学SF。面白いです。
「屍者の帝国」に比べて圧倒的に面白かったです。
9.11の影響によるテロを名目とした監視社会が前提となっていました。プライバシーの侵害と引き換えに安全が保障されたように見える社会の話です。
言語の問題を扱い、おそらくはノーム・チョムスキーの生成文法を下敷きにしていると思います。作中でも説明がありましたが、なぜ人間は1歳までに言語を習得できるのか?それは脳あるいは心の中に人類共通の言語構造があるから、というのが生成文法です。
ただし、これはSF的なギミックで、どちらかといえば認知・認識・意思の問題になっていました。人間の深層心理上あるいは脳科学上での条件反射のようなものをイメージしていたんだと思います。
なんらかの言葉のスイッチを押してゆくと、望んだ方向意思を誘導できるというのが、ジョンポールの能力でしょう。音楽はそれをショートカットできるとも言っていました。この辺りはSF的には特に目新しい概念ではありません。
そこから、人間の性善説・性悪説を人類の性善説・性悪説のような形で押し広げていった感じですね。そして、どちらも正しい。だから安心して生きるために人類を分断してしまおうということだったと思います。
クラヴィス側は感情をコントロールされていました。アメフトの場面を見るとあの場面はアメリカの幸せの象徴でもあるし、また、誰かから与えられた幸せのようなもの、と見る事もできました。
そして、誰がなんのために戦っているのか?が重要なポイントになっていました。
自由意志とは、他者の言葉によって形成された借り物の欲望である。つまり、構造主義の影響がかなり強く「構造の奴隷」的絶望感が色濃く感じられました。ラカンあたりの影響も感じられました。
不思議なのがルツィアという女性の存在でした。彼女は重要なファクターにはなりますが、しかし、クラヴィスの彼女に対する思慕というのは、なんだったんでしょう?ひょっとしてこれが、ジョンポールの仕掛けたちょっとした条件付けなんでしょうか?「進化の必要性」って恋愛の事?
あとはカフカの「城」ですね。「城」という人格を持たない命令、「城」を中心とした理解できない命令系統に翻弄される男の話なので、ある種大衆のアナロジーなんでしょう。
近未来の兵器・兵装は良く考えられていました。通貨やソーシャルカメラなどもかなり練っています。戦闘場面の迫力はすごかったです。
映像の見せ方はハリウッド的な演出を取り入れたのでしょう。映画を見ているような展開でした。これをアニメでやるのはかなりゴージャスな作画だと思います。キャラデザもあるでしょうがちょっとハサウエィっぽかったです。
ということで、言語学それもソシュール的な物だけでなく、チョムスキーの生成文法を持ち出した点。自由の奴隷、ラカン的な「他者」といった構造主義、そしてカフカ的不条理などなど、見る人の教養と理解力を問われるような映画でした。
かといって、エンタメ的にもかなり面白くできていました。映像もSF設定も素晴らしかったです。
もちろん私も初見では、消化しきれないので2回目を見たいと思います。たしか原作は表紙買いして、どこかに積んであったと思うので読んでみます。