tot さんの感想・評価
5.0
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 5.0
音楽 : 5.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
異世界転生もの全盛時代へのアンチテーゼ
ブギーポップは笑わないの夏目真悟の第五監督作品。
意欲作だが、物語的な欲望(俗情としての期待の地平)を満たさない作品なので、あまり広く受け入れられない作品に見える。だが、異世界転生ものが現実の不如意を、ありうべき世界における「可能」へと反転させることで現実への意趣晴らしをするという、もはや繰り返されすぎたワンパターンであるのに対して、見るに値する珍しい作品だというべき。
物語は、ナガラ・ノゾミ・ミズホら中学のクラスメイトが、次元を異にするもうひとつの世界へと「漂流」したところから始まる。その世界は、かつて過ごしていた現実の世界とは異なるコピーされた世界で、そこでは各種の超能力が生徒達にそなわっている。それらの超能力と、生徒同士の摩擦と葛藤の中で獲得した「選択」への意志をとおして、最後にもう一度不如意な現実世界を再選択する、という構造になっている。
異世界転生ものでは、異世界で主人公は超能力を獲得し、周囲に抜きん出た力を発揮するが、この作品ではそうではない。ナガラの能力はむしろナガラを周囲から孤立させ、恋心を寄せるノゾミを世界から消滅させてしまう。セカイ系アニメでは「ぼく」と「きみ」の恋愛関係における結びつきが危機にに陥った世界そのものの救済とつながるのに対し、ナガラが選択した現実世界では、ナガラとノゾミは結ばれる結末にはならない。
だがそれでも、ナガラは末尾のシーンで、鳥を見捨ててしまう自己から決別し、その一点において、漂流した世界でノゾミから托された、もう一人のありうべき自己自身を選び直す。高校二年次においてはナガラとノゾミは結ばれていないが、すべてはこれから先の可能性に托されているという結末で閉じられる。
異世界転生ものは、その全能感と万能感ゆえに、想像力と現実世界の可能性の貧困をまねく。だがサニー・ボーイは、現実世界において可能な選択肢を選択する、凡庸で力ない選択を後押しする。現代においてこそ見られるべき物語はこういう物語だと私は思うが、しかしストレスフルな現実からの逃避が、欲望を意の儘にかなえてくれるフィクションの世界への没入である現状では、この作品が選択されることは少ないだろう。
それでも、アニメ的な魅力を最大限に生かしつつ、安易な欲望の充足にノンをつきつけた監督に、いいぞいいぞとエールを送りたい。