エイ8 さんの感想・評価
3.0
物語 : 2.0
作画 : 4.0
声優 : 3.0
音楽 : 3.5
キャラ : 2.5
状態:観終わった
目的相反してね?
『勇者、辞めます〜次の職場は魔王城〜』(ゆうしゃ やめます つぎのしょくばはまおうじょう)は、クオンタムによる日本のライトノベル。KADOKAWAの小説投稿サイト「カクヨム」にて2017年1月12日から2月7日まで連載された。第2回カクヨムWeb小説コンテストファンタジー部門で大賞を受賞した。四六判版は2017年12月10日から2018年10月10日まで同社の『カドカワBOOKS』より全3巻が刊行され、その後文庫版が『富士見ファンタジア文庫』にて2022年2月19日から刊行されている。
『勇者、辞めます』のタイトルで2022年4月から6月までAT-Xほかにて放送された(wikipedia)
内容としては、特に前半は「異世界社会人啓発ファンタジー」とでも言いますか、魔王を倒すための勇者が無双かまし過ぎて人間の方からもビビり倒されたため縋る思いで魔王さまんとこで雇ってもらおうと獅子奮迅するという流れ。
とはいえ結局のところはチートものなので、勇者さんのやることと言えば大上段からあれやこれやと能書き垂れながら超しょーもない極ありきたりな理想論的解決策を提示するというもの。良く言えば人事コンサル業みたいなことをしてるわけなんですが、実情としては下げられまくった四天王に対し相対的に勇者が有能であるかのように見せつけてるだけで爽快感よりストレスの方が個人的には強かったです。
ユーモア水準は上中下三段階の「下」、どれだけひいき目に評価しても「中の下」から「下の上」の間。ただ言い方を変えると一般的ラノベ/なろうの平均的センスであるともいえるので良くも悪くも安定してるとも言えます。
登場するキャラも実にテンプレ的というか平均的。サキュバスなのに男性耐性なし、ガッハッハッ!と豪快に笑う脳筋、すぐに結婚を迫るロり体形獣人、女装の似合う寡黙アサシン、そして美女魔王。ハッキリ言って全く「魔王軍」という感じはしません。これがナンセンス系ならばこういうのでも充分アリだとは思うのですが、どちらかというとシリアス路線でのこれはちょっとどうかな?というのが率直な感想。
パッと見では本作の推奨視聴者は就活生から新人社会人辺りのように思えます。が、何というか実際の社会人経験から来るアドバイスというような感じは全くしないんですよね。なので逆に誤解しちゃう危険性があるのでそういう若年層はむしろ見てはいけないかもしれません。もっともラノベ/なろうの読者視聴者自体がだいぶ高齢化してるとかいう話も聞きますのでいらぬ心配かもしれませんが。
大体こういうのって多かれ少なかれ実体験が反映されがちなんですけどね(よく見かけるのはプログラマー関係)、本作においてはどっかで聞いたような話しか出てきません。特に「努力」を言う人は才能に恵まれてることに気づいてない的なエピソードでしょうか、この手の話最近流行ってますもんね。ただこれ「親ガチャ」の文脈もそうなんですがどちらも世の中が平和で余裕があるからこそ言えるようになってるわけで、一昔前まではずーっと「子ガチャ」の時代ですし運があろうがなかろうが出来ない人は「努力」で補えの時代だったわけなので、そういうこと言えるだけ恵まれてきたとも言えます。「出来る」「出来ない」じゃないんです、「やれ」の時代だったみたいですよ。
ちなみに本作では四天王のエドヴァルトさんが勇者レオから自分が部下にしていたようなのと同様に「努力不足」となじられ目を覚ますわけなんですが、実に柔軟な価値観の持ち主だと思います全然脳筋じゃないです。フツーは「それとこれとは別だ!」になるもんだと思いますが。実際レオさんも魔王エキドナ退治に向かう最中当時の仲間をさっさと放り投げてますしね。
もう一つ特に気になったのは「飲み会」のとこですよね。上司にあんな次から次へとお酌し続けるだなんてできます?若くて可愛い女子(女性上司相手ならイケメン)ならいざ知らず、どっちかというと「お前も飲めよ」になりませんかね?なんというか作品から出るアドバイスのようなものが一々首を傾げたくなるようなものばかりなんですよね。
コミュ能力=接客というのも、まあこれ自体は否定しませんけどもファミレスでの給仕バイトみたいなことしてそこまでつきますかね?自分はやったことないんで偉そうなこと言えないんですが。忙しい飲み屋とかならつくのかな?経験者の方、どうです?
ただ本作における真の問題はそんな似非社会人的なことではなくシナリオそのものにあると感じています。
前半は先述したように「社会人啓発」風のシチュエーションでやってきているわけなんですが、後半に入ると突如として勇者が魔王らと戦うという展開になります。で、一応それまでにそうなるに至るような伏線じみたものが張られていることになってるんですが、何というかちょっと強引が過ぎるんですよね。全体の流れから見てもこの展開自体は初めから決めていたのだとは思いますが、あくまでそれらのシーンを魅力的(?)に演出することを重視していて伏線として活かすことは二の次だったのだろうと思います。
まず本作の基点となるのが勇者レオの人間界からの追放で、あたかもこれをきっかけに魔王軍との合流を考えたように描写されていましたが、実際にはそれ以前から魔王エキドナに目を付けていて暴走の危険の増した自身の代わりにならないか考えていたわけです。ようするに、追放の有無を問わずして魔王軍への合流自体は必然の流れだった筈なのです。
更に言うと、レオは追放されたことにより勇者として働かなくて済むこととなり「嬉しかった」と後に語りますが、実際のところはやはりこの追放劇は彼にとって何ら意味をなしていないのです。もし仮に追放により勇者の役割から逃れることが出来るのならその時点でエキドナのもとに訪れる必要がなくなるのですが、結局自身の暴走対処のために魔王軍のもとに下ります。このように本作の根幹となる追放劇はレオからすれば実質あっても無くても変わらない出来事だったのです。
更に彼は魔王軍に雇用してもらうため志望動機として「人間を滅ぼす」ことを上げます。ですがこれは嘘で、実際は(おそらく)先述したような自身の暴走対処として殺してもらうことだったのでしょう。その時コアである賢者の石も「引き継ぐ」つもりだったのかはちょっとわかりません(忘れた)が、結局のところそうなるのは必然だったと思います。であるならば初めから真意を話しておいた方がすんなり話は通った筈なのです。彼からすれば魔王軍強化も目的の一つだったのかもしれませんが、そもそも魔王軍敗退の主因はレオ自身なのですから軍強化自体はそれほど必要でなく、あったとしても最初からいずれ賢者の石を譲ることを条件に雇用してもらうという流れの方がどう考えても自然です。
四天王をテストしたかったという向きもあるかもしれませんが、本来的にいえばそのためには雇用されることが絶対条件であり、更に実際に彼が行った人事コンサルもどきの役職につけてもらう必要があります。ですが現実には不採用であり、オニキス卿として活動できたのは他ならぬ四天王たちの協力あってのことです。「魔王軍の面々をテストするために嘘の志望動機を言って落ちたが四天王の計らいにより仮採用してもらうことは計画通りだった」というのはさすがにご都合主義が過ぎます。彼はチートなのでひょっとしたら予見なり操作なりの能力も保持している可能性はありますが、いずれにしろ無駄な遠回りであることに違いありません。
では何故勇者レオが志望動機を偽ったのかと言えば、単純に脚本上の都合でしかないと思います。前半はあくまで昨今のなろうの主流にあるような追放/復讐劇的なものであり、その中でスローライフ的に魔王軍の中で主人公が多少ドタバタしながらも無双する……が、実は初めから魔王エキドナには目を付けており丁度折よく賢者の石が急遽必要になったため一度やってみたかった悪役を演じて命を懸けたバトルを始める、という後半の流れ。結局のところ前半と後半がシナリオとしてハッキリと分断されてるのにもかかわらず、あたかも一貫して伏線を仕込んでいたように振舞っているため色々と首を傾げたくなる点が増えてしまっているのです。
冒頭付近でレオが四天王を打ち破った回想でも、どう見ても彼等をテストしていたように見えません。また、機械文明が3000年前であることがわかってるにも関わらずメルネスからの年齢の質問に「1000より先は数えてない」と答えているなど雑な所も見受けられます。
また、そもそも後半の勇者対魔王の構図は早急に賢者の石が必要となったからです。にもかかわらず彼から石を奪わずしてハッピーエンドのように終わるというのはいくらなんでもあんまりです。さすがに原作では別案を用意しているでしょうが、アニメの視聴者としては魔王に直訴にきた魔物と同じ気持ちでした。いやほんと大霊穴どうすんの?
更に更に言えば、もし仮にこの大霊穴問題が生じなかった場合どうなっていたのでしょうか。ストーリー上ではレオは本当の志望動機を話すとしています。つまり、自身の暴走対策であり、賢者の石のことも含んでいると思います。しかし元々レオは魔王軍に(長期)雇用されるために頑張ったのであり、採用そのものがゴールではなかった筈です。ここは矛盾のように感じます。一応作中でレオはこの時点で既に魔王や四天王への「テスト」は終わっています。もしここで真意を話した場合、採用という手順は必ずしも必要なく賢者の石を譲ることが出来ます。逆に採用され雇用されることが主目的であるならば真意を話しづらいのです。確かにこの後の展開では魔王は彼を生かしましたが、それはこの時点ではわからないことです。なので、雇用して欲しかったが本当の志望動機を話したら速攻賢者の石を要求された、みたいなことも想定しなければなりません。勿論レオはそのことを拒否できるでしょうが、根本的に「雇用されること」と「本当の志望動機(自身の暴走対処や賢者の石の引継ぎ)」が相反してしまっているのです。そういう見方をすると、この突然の大霊穴問題自体がシナリオのために引き起こされたように思えます。また、最終的にはエキドナから「アンチレオ」を食らう必要があったとしてもバトル自体は実のところ必須ではありません。そこをレオは「一度悪役をやってみたかった」としてさらっと流しますが、これもやはりシーンのための展開でしかなく必然性に欠けます。
総じて言って、決められたシナリオにキャラ(特にレオ)が動かされ過ぎなんです。魔王たちが最後レオに情けをかけたのはあたかも彼等の間に信頼関係が築かれたから……のように描かれてますが、せいぜい一か月のことですしねw本来的に賢者の石と秤にかけるほどの関係性ではないと思います。信頼関係が出来たのはせいぜいメルネスぐらいなものじゃないでしょうか。逆に言うと、最初四天王は何故彼を受け入れたのでしょうか?リリはわかりますが他は動機が弱すぎます。受け入れることありきなのです。だからエキドナは彼を不採用に出来たのです。全部演出のための流れに過ぎません。レオが人間の仲間を簡単に見捨てたのも無双感と性悪として追放されるお膳立てに過ぎないのでしょう。ですがこのせいで、魔王軍での彼の役回りとの間に違和感が生じる結果となってしまいました。
さて本作はカクヨムのWeb小説コンテストファンタジー部門で大賞を受賞した作品だそうです。なので原作はもうちょっとちゃんとしてるんだろーなと思い一応覗いてみたら……あれ?これもうこの時点で原作でも完結?ってことは大霊穴の問題も解決しないまま?これはいくらなんでも不誠実じゃないですかね?
書籍もわずか全3巻……へえ、四六判版から文庫版まで出てるんですね。こういうのってよくあることなんでしょうか?アマゾンレビュー量的にはそこまで流行ったようには見受けられませんが、漫画化の影響が大きかったのでしょうか。ただ書籍では一応もうちょっと先まで描写されてるようですが完結までかなり早いですね、あまりモチベーションがなかったのでしょうか。
それにしてもカクヨムで大賞取るとこんなにもメディアミックスしてくれるんですね。みなさんも挑戦してみてはいかがでしょう。オチを回収しなくても特に問題ないみたいですし、あんまりシナリオを練る必要はなさそうです。