TAKARU1996 さんの感想・評価
4.8
物語 : 4.5
作画 : 5.0
声優 : 5.0
音楽 : 4.5
キャラ : 5.0
状態:観終わった
SOSの涙を君に。
「ノスタルジアは危険なものです。郷愁をそそるものに進歩はありません。サッカーはつねに前進していくものです。今日のサッカーよりは明日のサッカーの方が向上しています。人生も同じです」
――――イビチャ・オシム
公開日当日、早速観てきました。まずはこの素晴らしき劇場アニメを映画館で観れた事について、深く感謝申し上げたく思います。
今年はどうも昨年と比べて心に響かないアニメが多く、2022年もこのまま終了、例年稀に見る不作の年かと落胆していた矢先の事。そんな僕に待っていたのは、過ぎ去りし郷愁と過ぎ去らない愛情に情緒が流れ落ちていく涙の劇場映画でした。待望していた作品が期待以上の出来に仕上がっていた事、大変嬉しく感じております。本当にありがとうございました。
さて、予め申し上げておくに、この『雨を告げる漂流団地』は決してお気楽気儘な夏休みバカンス映画ではありません。「鴨の宮団地」(別名:「おばけ団地」)と言う名の航祐と夏芽の想い出に殺される事なきサバイバルを始める、小学6年生少年少女の諍いと葛藤、葛藤からの諍いが所狭しと詰まったアニメです。喧嘩はするわ、怪我もするわ、命を落とす危険に陥る事も少なくなく。その過程は思わず目を背けたくなる程の苦しさと切なさで満ちています。
数多溢れし漂流モノが、人間関係の構築や心の遣り取りに主軸を据えているのと同様に、本作もまた誰もがそれぞれ個性を抱えながら、決して一辺倒に留まらない小学生の魅力で紡がれておりました。対立する見解と真っ向から議論しなくてはならなかったり、思い遣りとして放った言葉が相手を傷つけてしまったり、心で強く分かっているのに体が上手く反応しなかったり……人によっては観ていてかなり辛くなる作品かもしれません。
ただし、それは「決して『嘘』のままで終わらせない」と言う制作側の決意表明でもあると感じます。言い争いや取っ組み合いによる擦れ違いを踏まえたからこそ、誰1人欠けては至れなかった結末の深みを本作では見事に描いており。だからこそ久し振りに、キャストの方の演技そのもので涙を流してしまいました(「これはやられてしまったな……」と、正直強く思わせてきた始末)
そんな感涙を与えたと言う点において、彼と彼女に触れない訳には参りません。熊谷航祐と兎内夏芽。本当に完璧なキャラクターであり、配役であったと、切に痛感しております。
所々で弱さを見せつつも、只管強気の振る舞いを見せる夏芽に切なさと虚しさが込み上げ。そんな彼女を陰ながら見守っている航祐の悔しくも遣り切れない感情に、気が付くと至極共感しておりました。
無理に大人にならざるを得なかった子供程、切なくも虚しい境遇はない。傍から観ても無理している事が分かるのに、どうする事も、どうしてやる事も出来ない鬱屈とした苦しい感情。要所要所で挟まれし過去の記憶がアクセントとなって襲い掛かってくるからこそ、団地生活再開からの彼等の心の変遷と葛藤には、感情が甚く締め付けられます。
SOSを発するあの娘に応える事が出来なくて。でも真摯に彼女を大切に想い考え行動したいと願って過ごした時間があり。しかし小心者の自分には勇気が出なくて出来なかった、確かな過程も其処にはありました。そしてそんな悲哀へ浸ってしまったからこそ、支離滅裂で片っ端から言いたい事だけ打ちかます名演技の妙に心は強く動かされ、感情の渦へと呑み込まれていくのです。
「俺はやっぱりこんなオンボロ団地嫌いなんだよ! お前隠れて泣いてたのに知らねえ振りした事思い出すし、そういう俺を殴ってやりたくなるし! だし……俺ん家とお前は関係ねえとか言っちゃって関係大アリじゃん……! お前は土足で上がってねえんだって! 此処は立派なお前ん家だよ、でももう捨ててかなくちゃいけねえんだよ! だってお前と一緒に帰れねえじゃん! のっぽなんかより俺の方がなあ! 夏芽と一緒に居たいんだよお!!」
今年出たアニメーションの中でも上位に君臨する珠玉の名シーン。この支離滅裂で前後の文脈の繋がりも無い、只々夏芽への想いだけを放った発言にどうしてここまで心震わされるのか。それは彼女と共に歩みたいと願った少年に感情移入出来たからこその賜物であり、彼が勇気を見せた事で紡がれし格好良さが見事発揮されていたからでありましょう。
航祐の想いに触れた夏芽は、初めて人前で涙を流します。それは「もう嘘をつかなくてもいい」事に触れた証明の涙。彼との約束を裏切ってしまったが故の懺悔の涙。そして、自分が「いなくなった方が良い存在ではない」と心で理解した故の安堵の涙に他ありません。彼女のSOSは、1番気にしていた彼の元に届いていた事を知ったのです。「嘘」で彩られし物語が「現実」と感じられるようになった瞬間。夏芽と同じく此処で僕も我慢が出来なくなったのは、最早言うまでもない事でしょう。
子供の頃には分かっていなかった事が大人になって分かると言うのは、いつの時代もどんな場所でも、往々にして存在するかと思います。僕もその限りでなく、肉体年齢上は大人になった今へと至るにつれ、分かった事が多くありました。
大人とは子供が思っている以上に大人じゃないと言う事。子供とは大人が思っている以上に子供じゃないという事。
そして、成長するにつれて色濃く脳裏に現れしノスタルジアは、人の未来を殺す劇薬でもあると言う事です。
振り返ってみて思います。漂流していたのは、果たして本当に団地の弊害によるもの……のっぽだけが原因だったのか?
子供の頃と言うのは「今を生きるこの瞬間」が思い出となる事に実感が湧きません。その点において、郷愁の味を知っている夏芽は皆より早めに大人への階段を上っている事となり、その分、誰よりも孤独だったでしょう。のっぽと2人で来た事もある程には、死の匂いに取り憑かれし彼女は……ずっと孤独だったでしょう。
そんな夏芽が大人びた遠慮をせず、嘘もつかず、本音で子供の頃のままの想い出を語り合える相手が居るなら……淋しさを感じてもきっと「大丈夫」なのです。航祐が居てくれるなら。其処に共有出来る関係があるなら。「死」が近くにある幻想の世界へ逃げずとも、きっと大丈夫なんです。
それは航祐と夏芽が辿り着きし、キラキラしたノスタルジアとの折り合いのつけ方。見方を変えればとても残酷な事に。しかしそれでも乗り越えなくてはいけない別れ。残さなければ朽ちて死んでいく想い出全てに敬意が込められた、いずれ必ず訪れる成長と別れの軌跡です。
死期が近づく大人へとなるにつれ、色濃く脳裏に現れしノスタルジア。しかし、生きている子供達含めた全ての人には、これからを生きる「未来」があります。僕もその先をしっかり歩んでいこうと、心に深く刻み込まれた次第。
前述したように、本作は『小学生男女が織り成す夏のサバイバル漂流記』でありながら、その本質は『苦しくも切ない過去との別れの物語』です。昨今の創作物は態々辛い描写を観たくない視聴者の方にかなり配慮されていると何処ぞの噂で聞きましたが、そんな方々にとっては観ていてかなり辛くなる作品でしょう(僕も正直、観ていて本当に辛く苦しく虚しく切なかったです)
しかし最後まで観届けるにつれ、僕の中ではそれに付随した価値を見事戴けたように思います。それは彼等と共に過ぎていく時の中、取り残されしノスタルジアを内に秘めていたからこそ出会えた奇跡。「郷愁に浸る」……何故「郷愁とは水と同じく『浸る』ものなのか?」疑問視した事のある幼少期の頃を自然と想起し、其処から数多くの体験と経験に彩られし懐かしさに、上映中は深く包まれておりました。それはこの歳になったからこそ出会えた奇跡なのだと、鑑賞後の今は強く思うのです。
輝かしかった過去を忘れられない。大切な人との想い出を今でも思い出す。ノスタルジアを秘めた大人になれない大人にこそ、本作のシナリオは偏に響きます。
この先の人生を生きていく上で忘れないだろうシーンが幾つも出来ました。その場面達を後になって思い返す度、感極まって思わず涙が零れそうになりますが、本作を観て感じたそれら全ての記憶もきっと、この通り過ぎていく時間の中で、決して色褪せる事の無い大切な「想い出」として昇華されていくのでしょう。あのラストシーンの幻影のように、それは切なくもありながら、やっぱりどこか温かい名残を心に残して、天高く空まで飛翔していくのでしょう。
それが今は、凄く嬉しくてならないのです。
さて、最後に改めて感謝の結びを。彼等のように振り返る事の出来る「想い出」を創り上げて下さったスタッフ・キャストの方々に、改めて深く敬意を込めて。想い出を共有した仲間とこれからも仲良く、特に航祐と夏芽はいつまでも仲良く、これからもずっとツートップのまま、ラブラブ喧嘩していて欲しいという未来への祈りも内に秘めて。締めの運びと致しましょう。
2022年9月、漸く素晴らしい劇場アニメーションに巡り会えた事、大変感謝しております。本作と巡り会えて本当に良かったです。本当に、ありがとうございました。
P.S.
鑑賞後にパンフレットを買って読んだのですが「物語の軸がのっぽと夏芽に寄って、航祐は存在感がかなり薄まった、人によっては恋愛に捉えられかねない2人の話の時期」も実は存在していたそうです。
反省済みの石田監督も仰った通り、のっぽと夏芽の物語にならなくて本当に良かったと思います。もしそんな事してたら恐らくぶっ叩いていたと思いますので。
P.P.S.
航祐……「祐」とは「(神・精霊が)助ける」と言う意味の漢字。神・精霊のご加護で以って、彼は航り助けます。
夏芽……漂流団地の夏を芽吹かせる存在。「夏よ終わらないで」
2人共、本当に良い名前ですね。