ナルユキ さんの感想・評価
4.2
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
きららが贈る釣り日誌。「釣りはオマケ」とは思いませんでしたね
「釣り」をテーマにしたきらら作品。ただ一口に「きらら」と言っても連載誌「まんがタイムきららフォワード」からの作品はストーリー性もあって単なる女の子日常系とは言わせない。とくに本作は主要人物らの複雑な家庭事情もあって序盤はやや重くも感じたくらいであり、Wikipediaのジャンルも「ホームドラマ」「ヒューマンドラマ」に分類されている。
『かわいい女の子+アウトドア』ということで何やら『ゆるキャン△』と比較する方もちらほらいるようだが、本作ならではの温かいヒューマンドラマで彼の作品とは十分に差別化されていると感じた(ちなみに原作者はゆるキャンに遠慮して本作を釣り漫画にしたそうな)。同じ芳文社だしコラボをガンガンしてもらっても構いませんよ私は!
【ココが面白い:補い合い、結束する家族】
主要キャラ2人を輩出する海凪家の事情は複雑だ。ひよりの旧姓は山川(やまかわ)であり、3年前に父親を病気で亡くしたことで心に影を落としてしまった。父に教わった「フライフィッシング」を独りで嗜む冒頭の姿は大切な家族の死に縛られ未来(まえ)へ進めていないようにも思える、小さく淋しい後ろ姿である。
そんな寂しさを埋めていくのが両親の再婚で義姉(ぎし)となった小春。明るく自由奔放な彼女がたった2ヶ月の早生まれで「姉」と言い張るようなちゃっかりとした様、スクール水着で3月の海に入ろうとするようなぶっ飛んだ無鉄砲さで良い感じにひよりを振り回していく。そこにやっぱり『ごちうさ』や『ゆるキャン』など往年のきらら作品を思い起こすような既視感もあるが、だからこそ彼女が海凪家のワケありな家庭事情からくる重く辛気臭い雰囲気を吹き飛ばして王道な「きらら」らしさを感じさせてくれる。
複雑な家庭事情だからこそ2人の親は「空気」や「賑やかし」といったポジションでは描かれない。共に最愛のパートナーを喪い人生をかき乱された者同士。欠けた2つの家族は補い合うように結ばれ2人の娘の「成長」と「安全」を見守っている。
{netabare}とくに小春の、そして新たにひよりの父親となった一誠(いっせい)さんが優男とは思えない頑固さで高校生だけのキャンプに反対するシーンが印象的だ。旧・海凪家も母(妻)と弟(第二子)を交通事故で亡くしている。そんな彼が娘たちを強く心配して自分の目が届く範囲に置きたいと考えるのも良い「親性」の表れだろう。{/netabare}
【ココがためになる:学べるはマイナーなフライフィッシング】
「釣り」と聞けば普通、エサやルアーを使ったものを思い浮かべるが、本作はそれらには属さない「フライフィッシング」を主に扱う。正直に書いてかなり知名度が低く、登場人物にもそれを言わせてしまっている(笑)
だからこそルアーとは真逆とも言える特徴が珍しく、ルアーと徹底的に比較して語る解説はとてもわかりやすい、が難しそうだ(笑)
名前の直訳でフライ(fly)=ハエ(虫)に似せた疑似餌(毛針)はそれとなく小魚に似せたルアーとは全くの別物であり、その精巧な造りを第2話でお披露目。どんな虫に似せるかによって増えている毛針の種類とその理屈には思わず「へぇ」と納得してしまう。
そして毛針はルアーと違って軽いので普通にロッドを振っても遠くまで飛ばないらしい。そんなフライフィッシングはロッドの振り方も独特であり、その軌道はさしずめカウボーイの投げ縄のようにも見えて中々の格好良さを秘めている。それを可愛い女の子がやるというのもまたオツだ。
若干────いやかなり横文字の用語が多いのが玉に瑕か。そんな取っ付きにくさもあって本作の解説を「わかりにくい」と評する輩もいるようだ。それら含めた諸々のハードルの高さを正直に描写しつつも、初心者となる小春と先生となるひよりの漫才を通じてマイナーなフライフィッシングを面白おかしく伝えようとしているのがよくわかる。毛針を「ゴミ」と称する小春ちゃんのキレのある発言には毎回、一笑してしまった。
【キャラクター評価】
海凪ひより(みなぎ - )
実父を亡くし、義理の父と姉を迎えた「山川ひより」が序盤から中盤にかけて「海凪ひより」になっていく所が感慨深い。
最初こそ再婚からの押しかけ家族に少なからず抵抗と戸惑い、そして気を遣わせている「申し訳なさ」を感じてギクシャクとしていた山川ひよりであったが、自分と父の趣味に興味を持ってくれた小春を指導していく内に身の回りの変化を受け入れ、また良い方向に変えようと積極的になっていく。
{netabare}忙しい義父に料理を差し出したり、釣り好きを親友にカミングアウトできない少女を助けようとしたり、風邪を引いた小春の為に「料理を教えて」と祖母に頼み、イワナ汁を一所懸命作って食べさせたりもした。どれも父の死に囚われたままでは出来ない行為だろう。{/netabare}
{netabare}あっけらかんと忘れるわけではない。父は自分の生き様をきっと空から────星となって見ている。そう思うようにした夜空の釣りキャンプがあったからこそ、ひよりは「海凪ひより」として小春と共に楽しい釣りライフを素直に送ることにしたのである。1~3話はそんな風に父の死を乗り越え、一筋の涙の代わりに一歩、未来へ踏み出すひよりの姿が描かれる。きっちりとヒューマンドラマで掴みにきたな、と感じた部分である。{/netabare}
海凪小春
書いてしまえば『ごちうさ』のココアちゃん。しかし本作のテーマである「フライフィッシング」にしっかり向き合ったり、ひよりの父の部屋を自分が使っていいのか躊躇うなど細部に「真面目さ」を感じるのが差別化された良点だ。
思ったことを何でも口に出す故にひよりの傷ついた繊細な心にも堂々と踏み込んでくるのだが、いつも笑顔だけは忘れない。それが意図したものか偶然かは不明だが、結果的にひよりの心に好影響を与えることになる。
ひよりが釣りを教え、小春が料理を教える。このギブアンドテイクを成り立たせながら2人の仲がどんどんと深まっていくのが微笑ましい。
吉永恋(よしなが こい)
両親が健在な彼女もまた、複雑な家庭と境遇の内にある。母が海外出張を繰り返すキャリアウーマンで父が釣具店も営む釣りバカ、というものだ。
とくに父は『釣りバカ日誌』の浜崎伝助みたいなキャラクターであり、自分が釣りを楽しむためなら多少の道理は無視してしまうというちょっとした厄介者として描かれている。そんな父親がいるからか恋ちゃん自身は年不相応に大人びており、父親を親としてではなく「人」として見始めるようになったと言う。
{netabare}親は絶対で理想的な存在ではなく、親である前に人間であり自分たち子供と同じく悩みや失敗を重ねていく。主従ではなく「対等」な関係を結んだからこそ、恋ちゃんは父親の不躾を叱れる吉永家の母親のようなポジションに収まっているのである。学生と店番との兼任ということで端から視れば気苦労が多そうだが、本人が幸せであればそれもまた家族の1つの形なのかな、と思わせてくれる。{/netabare}
自由人な父と3人の弟たち。彼らに対しどんな折り合いをつけて団欒を過ごすに至るのかも本作の見どころと言えるだろう。
【総評】
一歩間違えばとんでもなく重くなりそうな設定を抱えているキャラクターでメインを固めつつもしっかりときらら作品らしい日常と青春物語を描いており、往年のきららファンを満足させる作品だったと評する。
別々の家族が再婚しメインキャラ同士が義理の姉妹になるという始まりには思わず「『citrus』かな?」と茶化してしまったが、新しい家族ができ絆が結ばれていく過程と大切な家族を失った者たちの心の傷を再生させていく"変化の物語"として家族全体、そしてホームパーティーを開けるような家族ぐるみの繋がりをハートフルに描いており、最初に彼の作品と比べてしまったことがなんだか申し訳ない気分にもなった(笑)
温かな家族にこそ「食事」は欠かせず、そこに豪勢な魚料理が出せるかは劇中の「釣果」に左右され、より大きな釣果のためにキャラクターたちが釣りの技術を高め合う。家族と釣りは密接に関係しており、とくに魚の習性をより深く理解し精巧な疑似餌で騙し釣る「フライフィッシング」という要素をホームドラマや小春のおとぼけに絡めて詳しく解説され、あまり釣りに興味がない層でもやるならフライからやってみたいと、そんな興味を引き立てるしっかりした作品のテーマとなっていた。
制作会社はCONNECT(SILVER LINK.との合併会社)、冬クールはこの1作のみというところもあって海や渓流など水辺のある自然の描写や原作で毎話変わるキャラクターの服装と髪型にもきちんと気を配っており、作画面でも中々、良好といえる。人によってはキャラのデフォルメ化や止め絵、スライドなどが気になるかも知れないが。とくに7話は内容が濃密なこともあって遊園地のシーンをそれで流すことは仕方なかったとも考えられる。
『ゆるキャン△』や『放課後ていぼう日誌』など比較対象との人気の競争が激しい中で一抹のセンチメンタルと温かな「家族愛」の描写は本作ならでは。日常系を主に視聴する嗜好家の方には是非とも押さえてほしい良作だ。