くろゆき* さんの感想・評価
4.5
物語 : 5.0
作画 : 5.0
声優 : 3.0
音楽 : 4.5
キャラ : 5.0
状態:観終わった
いきものが必死に生きようとして何がおかしいってんだ
はじめに、原作とは違う部分があるなどという次元ではなく「まったく違う作品」としても捉えることのできる作品であり、それを踏まえた評価とさせていただきます。
1969年に放映されたモノクロ作を、ちょうど50周年となる今年リメイクされた作品、原作は巨匠手塚治虫。
子供向け要素のあった前作からするとぐっとハードな世界観であり、観客をして考えることを促す作風になっていて、各々の信念が絡み合い、がんじがらめになるような人の業が快活に描かれています。
百鬼丸の殺陣は鬼気迫り、目を見張ります、まさに縦横無尽に、画面の奥行きも余さず活用した殺陣は見事で、一級品のエンタメを感じさせるものです。
しかし物語はエンタメというにはあまりにも難題、巨匠手塚治虫が手がけてさえ未完で終わった難物ストーリーです。
主要キャラには守るべきものがあり私情に流されないので、判りやすい悪人は居らず、みな考えに一本筋が通っているために事態は袋小路の泥沼の様相を呈することになります。
領民の安寧のために百鬼丸を鬼神に差し出した父醍醐影光は、けっして悪とは言い切れない存在であり、人の命は絶望的に軽く無常観に満たされている世にあって、たとえ自らは鬼になろうとも葛藤を隠し進むしかないという覚悟がうかがえる人物です。
そうして鬼神に奪われた身体を取り返したい百鬼丸と、国を守ろうとする者、村を守ろうとする者、それぞれの立場で正しく生きる者たちが剣を交える運命に及んだとき、それらがどのように折り合うのか、それぞれにとっての「善」の行き着く先は止揚かあるいは破局か。
この物語は、人は誰かに守られることで、同じ守られている者同志、助け合い分かち合い譲り合うことの出来る生き物だ、という考え方を踏まえて編まれているように思えました。
親に守られる子は子同志で、郷士に守られる村人は村人同志で、領主に守られる領民は領民同士でというふうに。
しかしこれは、その集団の外部の者に対しては、奪おうが殺そうが構わないということを意味していて、村人の穏やかな暮らしぶりに、その領主の徳治振りが察せられるようになっているのですが、それは領民以外は「関係無」いのです。
そのことが如実に表われていたのが万代の村のエピソードでした。
ならば自分を守ってくれる者がいなければ人はどうするのか、親からさえも守られていない百鬼丸にとって、自分以外の者は「関係無」くなるのです。
体を取り戻すことを願い鬼神を倒すことは、同時に醍醐の民の安寧を奪うことになる、醍醐の民には百鬼丸こそが怨霊に思えたでしょう。
これは人間の習性を恐ろしく冷徹に見据えた脚本だったのだと思えます。
そうして物語は進むごとに泥仕合の様相を深め、絶望感が漂い、割り切ることの出来ない感情、さまざまな情念が入り乱れて圧倒され、物語の力の前にしばし立ちつくすことになりました。
(それにしても、あやかしであろうとも子を思う母を殺めることには、堪えました)いっそ純粋な善と悪になって命を奪い合う物語だったら、観ていて楽だったのにと思うほど、多数のためには少数の犠牲もやむをえないなどと、訳知り顔で語る者にも突きつけられる問題意識があり、情報だけを喰らって判った気でいることを許さない、これが物語の魅力なのだと、それを実感する作品です。
そういうやるせなくなる話が続いて、観ていると消耗するのですが、時折挿入される軽い視聴後感のエピソード、ときには和みときにコミカルなものが挿入されていることは、HPを回復させるのに役立ちました。
また、百鬼丸もどろろも観ていて危なっかしいところに、適宜に琵琶丸が登場することが安心感を与えていました。
「大人キャラ」としてどろろ達に示唆のあることを語ったり、ときにコミカルな演技で和ませたり、実は(座頭市のような)使い手だったりして、彼の存在のお陰で非常に安定感のある創りにもなっていました。
そしてどろろの愛嬌と明るさが、陰惨にしかならないはずのこの物語の、大いなる救いとなっていたのです。
どろろの人懐っこさは一人で生きてゆくための処世術として描かれますが、それだけに留まらず、この戦国の世の理を克服する手掛かりが、そこに秘められていたと感じます。
琵琶丸のあるときのセリフ「食うや食わずの身の上で、それでも志を貫けるのなんてほんの一握りだけ」は、戦国の世の理の中で、互いの善をもって切り結ぶことしか出来ない、百鬼丸や醍醐達の中にあって、どろろだけがブレずに、百鬼丸はじめどのキャラにも変わりなく思いやりを持っていることに繋がっています。
どろろはその一握りの人間であると。
そのことと、一向一揆の史実を意識させる展開で、領民の自立が近いことを匂わせる物語と合わせて、次の時代の訪れを予感させています。
もともとどろろのキャラ付けというのは、子供向けマンガの主人公の定番といえるものですが、それをこのような形に昇華させた構成・脚本は地味ですが卓越したものだと思います。
領民に武士への文句を言わせながらも、私心無く民を思う者へのリスペクトが見えるのが爽快でありつつ、問題の根深さを否応にも思い知らせる脚本、それは理想も現実も仏心も邪もなにもかも、人の有様を描くことに徹し、それの意味するところとは?と先が気になる、皆まで語らない演出と合わせ、何を感じるかを観客に委ねるものした。
また生半可な帰結ではハッピーエンドにはなりえないこの物語が、どのような決着をつけるのか作者のお手並み拝見といった興味もあり、自分としても、どのような落とし所にすれば良いと考えるか、常に自分自身に問いかけながら観ているところがあって、そのようなことが最後まで視聴にあたっての強力な牽引力となっていました。
最近過去の名作のリメイクが流行っていますが、これはその中でも抜きん出た品質の作品だと思います。