薄雪草 さんの感想・評価
4.5
物語 : 4.0
作画 : 5.0
声優 : 5.0
音楽 : 4.5
キャラ : 4.0
状態:観終わった
THE SUMMIT OF THE GODS
漫画家、谷口ジロー氏の漫画原作を、フランス人のプロデューサー&アニメーター監督が、7年の歳月をかけて仕上げた作品です。
残念ながら、谷口氏は、5年前に他界されてしまいましたので、本作をご覧になることは叶いませんでした。
ちなみに、氏は、フランス芸術文化勲章のシュヴァリエ章の受賞者です。
日本人の漫画家では、大友克洋氏、松本零士氏、鳥山明氏、永井豪氏と錚々たる顔ぶれです。
また、アニメ監督では、高畑勲氏お一人です。
事前情報によると、本作はフランス国内では、40週を超えるロングランヒットになっている人気作品と聞き及んでいました。
日本人漫画家とフランスのクリエイターに共通する何かが、どのように描かれているのか、興味津々の鑑賞となりました。
スクリーンに目いっぱい広がるヒマラヤの山塊や岩稜の存在感は揺るぎのないものでした。
それに対して、一分の無駄も、隙もなく作りこまれたヒューマンドラマが鋭く対峙します。
その対比は、ときに身体を寒々とし、心を清々しくし、胸を激しく打ち付けました。
いちばん良かったと思えたのは、おかしな改編や脚色がなかったことで、それには本当に安堵しました。
原作小説、漫画版、実写版に、負けるとも劣らぬ強いメッセージ性は、アニメならではの表現だと感じました。
もしも、そのあたりを入り口にして、谷口氏と、彼の作品に関心を寄せてくださるなら、私のなかの氏の面影が、より一層、好々爺になるように感じます。
~ ~ ~
さて、本作の指向性としては、純然に "やまやご用達" です。
個人的な志向性としても、ですけれど、ね。
仮にも、登山愛好家を自認される方でしたら、本作を見ないのはちょっといただけません。
それはもうモグリとも言えるほどです。
とは言え、お花好き、ハイキング好き、展望台からの眺望でお腹いっぱいになる方にとっては、ちょっとヘビーすぎる内容でもあります。
いえ、ほんの少し視点を変えてみると、全く別のメッセージが受け取れるのが本作の魅力でもあります。
例えば・・・、今の生き方に迷いがあったりとか、明日へのエネルギーを欲している方などにとっては、骨太のヒントが得られる作品として観ることも十分に可能です。
~ ~ ~
舞台は、1990年代の日本とネパール。
エベレストの頂きを、最初に踏んだのはいったい誰か?
よく知られているのはヒラリー(1953年)ですが、マロリーがアタックし、遭難死しています(1924年)。
マロリーはカメラを携えており、もしも登頂していたのならシャッターを押していたはずですが、肝心のカメラはまだ発見されていない・・・。
山岳界隈では永遠のミステリーとして、つとに有名なお話です。
そうした実話を一つの底流とし、もう一つは、誰も登ったことのないルートを切り拓くフロンティアになろうとした男のスピリットが、相当にアツイんです。
キャラクターの作り込み、生き様、足跡などは、実在の登山家をモデルに引き合いにしているし、シナリオにこれでもかというほど練り込んでいます。
大人の鑑賞に十分耐え得る作品として、たっぷりとした重厚感が盛り込まれていると感じました。
"SUMMIT" とは、頂上、頂点という意味合いです。
そこにたどり着くまでの地道な一歩を自分自身の足場とし、また、てっぺんから見渡せる神々しいビジョンを一手にする者が "SUMMITEER" と称号されます。
そう捉えてみると、本作は、単に "やまやご用達" の枠には収まりそうにありません。
なぜなら、誰にとっても、初めて行く場所、行きつくまでのチャレンジは、きっと特別なものでしょうし、仮にも "SUMMITEER" となれば、きっと格別な賞賛があるものでしょうから。
さて、本作のエピローグは、あまりに過酷で、そして残酷にも思えるシーンがあります。
それなのに、観終えれば、生きることの確かなメッセージが、静かに、そしてあたたかく伝わってきます。
圧倒されるばかりのシーンの波状攻撃に、軽くめまいを余韻に残しながら、いくらか緊張感の残る肉体を持て余して帰途につきました。
途中、ドリップコーヒーのまろやかな香りと、甘すぎるドーナッツにかぶりつく、いつものお決まりのお作法は外せません。
帰宅すれば、温泉の素を浴槽に放り込み、汗をたっぷりと流したあとは、冷え冷えのビールをかーっと飲み干す "やまやの一日" で締めくくることにします。
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おまけ1。
本作は、全国的に上映館が少ないようで、鑑賞なさるのなら、足を伸ばす必要があるかもしれません。
でも、エベレストとヒマラヤという気宇広大な舞台設定ですので、レンタルや配信では得られないだろうスケール感は、これまた格別です。
もしもご興味がおありでしたら、熱い男たちの生きざまを、目の当たりにして、正面から受け止めてみてはいかがでしょう。
おまけ2。
{netabare} 本作の主人公の一人、カメラマンの深町が、とある階段の上で一人ごちるシーンがあります。
それが小説や漫画のなかにあったかどうかの記憶はさっぱりなのですが、どことなく "あの有名な神社の階段" に似ているような、そうでないような・・・。
サービスシーン、なのかな?
{/netabare}