ナルユキ さんの感想・評価
4.2
物語 : 4.0
作画 : 4.0
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 5.0
状態:観終わった
もしも、時間を止めたなら
あなたは何かしたいことはあるだろうか? 私? 私はね…………グヘヘヘヘ
ということで人間、絶対ロクなことには使わないため一家相伝の“止界術”を秘匿しその日暮らしを甘受していた佑河(ゆかわ)家の“じいさん(本名不明)”。そうとは知らずニートを2人も抱えた佑河家に愛想が尽きかけている主人公・樹里(じゅり)。そんな決して裕福ではない澱んだ家族が何故か誘拐事件に捲き込まれる。
「30分以内に500万持ってこい」
誘拐犯の無茶な要求に対抗するため、じいさんはやむなく止界術を解禁するのだが、これが誘拐グループ────その裏に潜む“真純実愛会”の罠だった。
時間が止まる演出が光り、万能感溢れる「時間停止モノ」ではあり得ない超展開・世界観に引き込まれる第1話。観たら続きを観るのが止まらなくなる。
【ココが面白い:独特な世界観で欲望が渦巻くサスペンス】
本作に登場する“止界術”は能力モノでよくある時間停止とはややニュアンスが異なる。術者が時を止めるのではなく文字通り時の止まった世界──“止界”──に入り込むのだ。なので元に戻す際も術者がエイヤッと時を動かすのではなく特殊な儀式を行って「各人が止界から出る」必要があり、これがなかなか達成されず時間の止まった世界で殺されるないし取り残される危険が常に付きまとう緊迫感を出しているのが本作最大の特徴である。
そんな設定下で、佑河家の術に便乗し止界に入り込んだ大量の宗教団体の信者や雇われのチンピラたち。彼らの狙いは止界術に使われる「本石」というアイテムだ。
止まった世界へ自由に出入りすることができれば時間を掌握したも当然。誰にも気付かれずに金品を盗んだり、人を殺したり、果ては世界を影で牛耳ることもできるだろう。そのために彼らは石を奪い一家族の存在を終わらせようと躍起になる。チンピラの暴力性も然ることながら1番おぞましいのが信者の盲信具合か。とくに後者は初回こそ佑河家を脅かすことに抵抗があるものの、次第にその躊躇を無くし鈍器や刃物を手に取り始める。
この危険を警察などの公的機関に知らせることは勿論できない。佑河家は知略と胆力、そして“本家の血筋”を引くことで止界限定で発動できる特殊能力を駆使し信者やチンピラ、それらを操る教祖・佐河順治と対峙することになる。
【ここがひどい?:能力覚醒はやはりご都合に見えるか?】
この佑河家のみが使える特殊能力……まあひねくれて観れば多数の敵に囲まれる弱者に対して作者が与えた思し召しは、皆さんが大嫌いな「ご都合主義」に感じるのもわからなくはない。
{netabare}樹里は相手の胸元に触れることで止界から追い出し無力化する能力に覚醒。じいさんは「距離が短いし微細なコントロールが効かない」とぼやくもののなんと瞬間移動(テレポート)能力を持っていた。ジャッジメントじゃ!
この2人が言わば佑河家陣営の最強の“矛”と盾ならぬ“脚”であり、協力することで敵の懐に瞬時に飛び込み必殺する一撃離脱戦法を編み出してしまう。樹里の能力に何か大きなデメリットがあってそう何度も使えないような設定なら序中盤でもまだ許されただろうが、自由に使えることがわかると立場は逆転。第4話で今まで追い回されていたチンピラたちに反撃の狼煙を上げることになる。{/netabare}
一般人が止界という閉鎖空間に閉じ込められ、その中で様々な追手から身を守るだけの逃走劇を期待していた層には期待外れに思われても仕方がない。
【でもココが熱い!:失われる本石と樹里の決断】
しかし第8話まで観れば2人の特殊能力がこの物語を展開していくのに重要な要素を秘めていたことがわかる。
{netabare}敵である佐河にとって一番厄介なのがじいさんの瞬間移動。異形となり人を簡単に殺せる力を得ても、じいさんには瞬時に逃げられ、かと思えば樹里と一緒に飛んできて止界から追い出されかけるからだ。なので佐河は本石を使ってじいさんを止界から追い出そうとする。その目論みは達成されかけた。
一方でじいさんという機動力を喪えば佐河になぶり殺されるのは必至の佑河家。樹里はじいさんを止界から追い出そうとする本石を破壊し留まらせることに成功する。
「──いいよね、私が帰してあげられるし」
判断は一瞬。一瞬にして佑河家全員の止界からの脱出の道は断たれた。樹里の能力で他の人は脱出させることができるが樹里自身は対象外だった。
「大丈夫、アンタたちはちゃんと出してあげるから。大事に扱ってよ。これからはお姫様って呼んでね♪」
気丈に振る舞い、止界に取り残される覚悟を決める樹里。止界は時の止まった世界。食べ物は盗み放題で飢え死にすることはなく人目を憚ることもない、一時であれば理想郷────「天国」と捉えることも出来るだろう。しかし永久にとなれば空の色は変わらず音もなく、誰も何も動かない静寂の世界────「地獄」であることもまた相違ない。
そんな永遠の孤独が待っていることを腹に据え、11~最終話は樹里が他の登場人物たちを6時59分の世界から解放していく。そこに人として当たり前な「躊躇い」と佑河という特別な家元に生まれた「責任」が交差し、非常に切ないシーンの連続が生まれている。
そして止界に閉じ込められた樹里の行く末────ここまで観て気にならない者はいなくなっているだろう。{/netabare}
【他キャラ評価】
佑河貴文(ゆかわ たかふみ)
公式で「一家の細い大黒柱」と言われてるだけあってまあ役立たずで外面も内面も酷い親父だけれども、終盤につれて段々と愛嬌が出てくる不思議なキャラクターです(笑)
やはり時間を止められるとしたらそれをどんな風に使うかゲスい考えを巡らせるのが人間の性で、そういった部分で親父に共感して憎めきれなくなるのかなと考察。全米ライフル協会のような考えがあってもいいじゃない。
他人が踏み込めない「殺意」のラインを易々と踏み越えて、結果的に役に立ってる様は『ドラゴンボール』のミスターサタンを彷彿とさせた。殺伐とした世界でギャグとほっこりとしたシーンを一手に引き受けている部分もよく似ている。
佐河順治(さがわ じゅんじ)
なかなか類を見ない知的で探究心の底知れないラスボス。止界という単なる時間停止ではない謎多き世界を様々な事象から仮説を立て、時として人の命や自分自身も使った実験を行って答えを合わせていくシーンの数々が本作の見どころでもある。目的も壮大かつ共感できるものだ。
{netabare}最期に赤ん坊になってしまったのは回想と「この家に生まれなければ俺は幸せになれたんじゃないか…」という独白からしてやはり本心では“普通の人生を送りたい”と願っていたからではないだろうか。{/netabare}
マリヤ
{netabare}止界の人間で、閉じ込められた樹里を助けます(笑)
これだけ書くと只のご都合展開で案の定、他の人が本作の評価を落とす主な要因になっているわけだけども、個人的にはこの神様みたいな存在がそのまま“佐河への皮肉”を効かせていて、そんなに悪い気はしなかった。だって彼女は生まれつき霊回忍(タマワニ)が身体に入っていて「止界の出入りは私にとって呼吸も同然」とか言うのだもの。全て佐河が本作で会得しようとした物ではないか。
人が初めて到達しようとする領域には既に誰かがいるもの。そんな辛辣な一面────謂わば“笑い話”に転化したオチを「こんなご都合、許せない」と責めるか笑って安堵するかは受け手の器量次第だと私は思う。
伏線も「物語の始まりも終わりも同じ6時59分」というこの作品ならではの張り方をしており秀逸である。{/netabare}
【総評】
特殊能力として定番な「時間停止」を膨らませて1つの世界と物語を作り出した『刻刻』。その世界観と設定の力強さが凄まじく、マンガの時点で1度読み始めたら止まらなくなる作品であったが、アニメ化によってその牽引力は衰えるどころか演出によってとても強化されていた。毎話毎話「ええ!?ここで終わり?!」と叫ぶくらいにいいところで終わり、それでいて各話の内容が偏ることも停滞することもない。
序中盤は止界の法則やラスボス・佐河の思惑が謎に包まれた状態。その状況下で目的や価値観、行動原理の様々なキャラクターたちが自由に動き回るのが面白い。敵側は報酬と我が身可愛さを常に天秤にかけているチンピラ、教義盲信でいまいち思慮の足らない信者、彼らとは別の思惑を見せるミステリアスな女性・間島、そしてそれら全員の人心を掌握しつつも止界のメカニズムを解析するために何人も使い捨てていく佐河、と複雑であり、思わぬタイミングで結託や離反が描かれるその“話の読めなさ”に初見はドギマギとさせられるだろう。
{netabare}佑河家も各人で止界の予備知識や考え方は違うのだが、何に置いても最年少の佑河真(ゆかわ まこと)を守るという点を最優先にして行動しており、(樹里&じいさんと貴文の仲は微妙になってしまっているが)崩壊寸前だった家族の再生と家族愛を描いて非常にエモーショナルに物語を締められていた。個人的には自宅警備員がきちんと自宅警備を成し遂げたところに謎の感動をおぼえてしまった(笑){/netabare}
だんだんと止界の法則が紐解かれていくにしたがって各人の思惑も変化し、敵対と協調で勢力が柔軟に形を変えていく………この作品の魅力がアニメで見事に表現されており、本当にスタッフに恵まれたな、と思う次第である。