栞織 さんの感想・評価
4.6
物語 : 4.5
作画 : 5.0
声優 : 4.5
音楽 : 4.5
キャラ : 4.5
状態:観終わった
当時抜きん出たレベルの作品だったと思う
私はこれはもちろん公開当時はまったくその存在を知りませんでしたし、実際に見たのはテレビ放映の編集版でで、そのあと自主上映の映画会で見ました。そして今はDVDを持っています。今まで書いたジブリ作品も、最近のもの以外はだいたい「もののけ姫」ぐらいまではDVDをそろえています。何しろホルスは公開当時はこちらは幼稚園だったと思いますね。親に連れられて当時劇場に見に行ったのは、手塚さんが関与していたらしい「わんわん忠臣蔵」だったと思います。当時はそういう時代でした。
で、テレビの再編集版を見たわけですが、正直言って驚きました。まるで白土三平氏の世界で非常に文化人類学・民俗学的に構築されていたからです。しかし内容的には勧善懲悪の子供向けのストーリーで、確かにヒルダは謎の美少女ですが、お話としてはやや平板なストーリーです。もちろん展開的には、いろいろな人物が死んだり傷を負ったりして、のんきな話ではありません。全体的に非常な緊張感の漂った作品で、みだりに笑うことのできない生真面目さに貫かれています。それは当時の社会を席巻していた、学生運動の雰囲気にも通じるものです。社会がそういう時代だったからこそ、年若いクリエーターたちもこのような作品を作ったと思いました。これはそうした作品です。
そういった風な作風なのですが、やはり今見ても特筆できることは、アイヌ文化のような北方地方の文化を色濃く打ち出していることで、それも綿密に調べ上げて、設定から起こしていることです。今はネットがありますから調べるのは容易ですが、当時の社会状況では、これほどのものを調査するのは並大抵ではなかったでしょう。製作期間が三年に及んだというのもうなずけます。また、ヒルダの内面を描くのに、本当に苦労して作っているし、彼女が雪の中で倒れるシーンは本当に美しい名シーンだったと思います。当時はまだテレビアニメでは人物がびっくりしたまま止まったりするのがざらでしたから、このような微妙な表情を描くには、模索するしかなかったと思います。能面の般若面のように見えるヒルダの苦笑した表情なども、その試みのひとつだったのでしょう。他にもホルスが大魚をしとめるシーンの重量感が素晴らしいのは、私が言うまでもなく名シーンとされています。これらが森やすじ氏や大塚康雄氏の手によるものであることは、すでにご承知の通りです。
それで今まで誰もあまり指摘していないと思いますが、白土三平氏の他にこの映画に影響が深いと思われるのは、岡田史子さんの漫画だと思います。彼女の昔の作品の天平時代を題材に描いた作品などで、筆で描いた人物の描き方などに森氏の描き起こしたキャラ設定と共通点があります。またヒルダの苦悩するシナリオが、岡田さんの世界の哲学的な部分と共通するものがあると思います。もともとの岡田さんの人物の描き方も、日本画の和風のものから取られていると思うので、それは宮崎監督たちが最初に師事していたと思われる、東映動画の作画陣の日本画志向に合致するものです。そうした日本画にルーツを持っているというのも、後に高畑監督が「かぐや姫の物語」で和風絵画的なキャラデザインの絵を使うことになったように思います。
また音楽面でも間宮氏の和音階を基調とした、北方民族的な音楽は、その当時の劇中歌ものとしては異例だったと思います。高校音楽コンクールで歌われるような歌は、アニメ音楽としてはあまりよくないのかもしれませんが、この作品にはよく合っていました。特にヒルダの「湖わたる」は美しい曲でした。ホルスがヒルダに一目ぼれしてしまうのも、この場面の美しさと歌う曲の美しさからです。こういった演出方法は、今のアニメ作品にももっと取り入れてほしいと思いました。
いろいろ言いましたが、本作は一言では表現できない深みを持っており、何年たっても色あせない素晴らしい作品だと思います。