nyaro さんの感想・評価
3.6
物語 : 3.5
作画 : 4.0
声優 : 3.5
音楽 : 3.5
キャラ : 3.5
状態:観終わった
手塚治虫のどろろ、を名乗る必要ありましたか?
冒頭の妖怪というか鬼神を表すのが仏像というのもすごいですよね。物語世界に引き込まれます。百鬼丸ってイザナギイザナミ神話のヒルコと関係するんでしょうか。ヒルコそのものが謎ですから雰囲気だけですかね。
さて、手塚治虫版と比べて最大の違いは、百鬼丸がテレパシーを使わない、しゃべれないことです。感情そのものを表しません。これにより百鬼丸に直接感情移入しずらい構造になっています。どろろにドラマはありますが、物語は百鬼丸と醍醐景光で進みますので、全体的に客観的に見ざるを得ないような感じです。どろろは絡むエピソードは沢山あるんですけど、ピノコ的なマスコットキャラ的な扱いになってました。
これによりわかりやすくはなりました。1話の導入部分の景光と坊主のところを見ると末法の世の中の絶望感と景光の願望が上手く組み合わさって、原作よりも迫力も説得力もでていました。
一方で、理不尽な死こそ手塚の真骨頂ですが、あの百鬼丸が心を寄せた山門のところの少女はどうだったでしょうか。{netabare}身体を売っていることについては原作は比喩でしたが、本作は露骨に見せていました。それはいいんですけど、見せたが故に話として死に理屈が通るわけです。{/netabare}
相手方でも商売していたからスパイ(間諜)の疑いでという理由が必要だったか、ですね。それにより原作の理不尽さ…命の軽さが損なわれていた気がします。山門とはすなわち羅生門から何かを連想しなさい、という意味だとおもうんですけど…
悲劇だとしても、百鬼丸の感情が見えないのであまり盛り上がらなかったですし。
どろろの母のおかゆのシーンは、子供のころ原作を読んでトラウマになっていましたが、本作ではそこにもお椀を持ってない理由というか時系列というかストーリーをくっつけてしまっていました。ちょっとした差なんですけどね。あの赤く腫れあがった原作の手の痛々しさ…うーん、本作は母の無上の愛と無力感そして絶望を描けたでしょうか。
どろろの原作は決してできは良くありません。水木しげるの鬼太郎に対抗するために焦って描いた話と言われています。尻切れトンボでしたし。それでもなお、人間の身勝手さや虚無を感じる雰囲気はさすがでし、百鬼丸のキャラも良くできていたと思います。
この2019年度版のどろろは、全体的に理屈があって話が良く練れています。父景光との確執も綺麗に終わらせました。ですがそれ故に、手塚の持つ圧倒的な無常観が消えてしまっていました。
景光についての話がかなりのパートを割いていました。弟との確執や母の愛を描こうとしたのでしょうか。ここはあまり機能していなかった気がします。百鬼丸が身体を取り戻す=心を取り戻すというカタルシスも弱かったですし…最後は「綺麗だ」ですからね。そして平和主義ですか。うーん…景光の反省は必要でしたか?百鬼丸が内面を最後の方まで表さない意味がありましたか?
別に原作厨ではないですが、どろろのどんなエッセンスをくみ取って本作を作ったかが問題です。あの蜘蛛の妖怪が人を助ける話。蛾の話の代わりなんでしょうけど…言いたい事は理解できますが、さあ、それでどうした?です。蛾の話は蛾の生態をエピソードに落とし込んで、結局は蛾の理屈は子孫を繁栄をもくろんだだけでした。妖怪にも愛情はあるよ???うーん、他の作品でやったらどうでしょう?
それと女子たちはやっぱり手塚版はエロいですよね。アニメ版は可愛いんでしょうけど、色気が圧倒的に足りないなあ。
ということで本作の出来が悪いともいわないし、つまらない訳でもないです。ですけど、感情移入という点で没入感がないし、ストーリーがエンタメとしてかなり面白いとも言えないし、テーマ性が深いかといえば、うーんですし。
話は原作より格段に整理されてまとまって、結末もありますが、内容というか感覚的にはどこか中途半端に終わってしまいました。
評価点はそこそこの水準ですが2クールかけてこれですか…手塚治虫のエッセンスをくみ取りつつ現代的にアップデートできてますか?私は名作のリメイクや名前を借りた作品は相当厳しい見方をしますので、辛めだとは思いますが。
うーん、手塚治虫のどろろ、を名乗る必要ありましたか?