フリ-クス さんの感想・評価
4.1
物語 : 4.5
作画 : 3.5
声優 : 4.0
音楽 : 4.0
キャラ : 4.5
状態:観終わった
There's No Business Like Show Business
恥を忍んで申し上げますと、
ワタクシは『ベルサイユのばら』を観ても読んでもおりません。
ふざけんなよ、とか言う方、ごめんしておくんなまし。
いや、もちろん大名作なのは知ってるんですが、
たまたま機会がなかったというか何というか……うにゃうにゃ。
ですから『オスカルさま』と言われても、
サッカ-選手や一字違いのアライグマぐらいしかイメ-ジできず、
このレビュ-を書くにあたって慌てて下調べしたところ、
え゛、女の子なの?
となってしまったわけで……、
すいません、いやほんとすいません。
ちなみに『アンドレ』と言われてもプロレ……
あ、いえ、なんでもありません。ほんとすいません。ごめんなさい。
さて、本作はそんな『ベルばら』で1970年代に超ブレイクし、
いまなお絶大な支持を集める宝塚歌劇団をモチ-フにしたお話です。
ちなみに日本で2000席以上のハコを年間埋め続けられる劇団って、
たぶんタカラヅカだけじゃないでしょうか。
劇団四季だって、ハコは1000~1500席がほとんどですしね。
宝塚歌劇団に入るには、付属の宝塚音楽学校を卒業せねばならず、
ここの入試倍率は25倍前後と『ブルピリ』並みの超難関です。
本作品は、それらをモチ-フにした
『紅華歌劇団』と『紅華歌劇音楽学校』が舞台。
立地は宝塚市ではなく神戸市になってますが、
劇団の社会的位置づけだの仕組みだのは、おおむねタカラヅカに準拠。
物語全体の構成としては、
東大以上の倍率を突破して紅華歌劇音楽学校に入学し、
明日のスターを夢見て頑張る女の子たちの青春群像劇になっております。
じゃあもうタカラヅカでいいじゃん、と思う方も多いだろうし、
僕も最初は、名前の違いは権利上の問題だけかと考えていたのですが
……ちょっと調べてみたところ、
なんかそれだけでもないみたい。
正直、リアル宝塚って、かなりきっつい側面が。
ここからちょっと、何の役にも立たないタカラヅカ豆知識。
本編に直接関係ない話ですから飛ばしても全然OK。
ネタバレで隠しておきますので、興味のある方だけ、どうぞ。
{netabare}
調べてみたところ、本家の宝塚音楽学校は、
入学生(予科生)は、男役:リーゼント、娘役:三つ編みおさげ。
白の三つ折りソックスを着用すること。
腕時計は黒皮ベルトのもの。
などとアレな校則が多く、アニメの絵面的にちょっとナニな感じです。
そして、外観上もそうなんですが、中身にもかなり昭和体育会系の香りが。
2020年に廃止はされたものの、予科生の不文律として、
・電子レンジ、目覚まし時計といった、音の出る物品の所有は禁止。
・本科生に気づいたら遠くからでも大声で挨拶しなければならない。
・本科生の前では笑顔を見せてはならない。眉を寄せ口角を下げた悲しげな表情であること。
・本科生への応答は「はい」「いいえ」や依頼・謝罪・謝礼の言葉以外であってはならない。
・電車では着座厳禁。下車駅では走り去る電車を最敬礼で送る。
(電車に本科生が乗っている可能性があるため)
などがあり、違反すると反省文提出等の制裁が加えられていたそうです。
しかも反省文の出来が悪いと突き返され、延々とリテイクが。
僕も体育会系なんですが、こんなルールはさすがになかった……かな?
こんな生活してて人間性とか歪まないのかなあ、とか思ってたら、
案の定、裁判沙汰にもなった
『96期生の同期への壮絶ないじめ事件』というのがありました。
かいつまんで内容を紹介すると、以下のような感じ。
・洗濯機の使用を一人だけ禁止し、早朝5時に手洗いさせる。
・「死ねばいいのに」「私の視界に入るな」といった罵詈雑言を浴びせる。
・私物をゴミ箱に捨てる。
・メーリングリストから一人だけ外して情報を与えない。
・携帯電話を取りあげ通話履歴やメールの内容を確認する。
・密室で取り囲み平手打ちを繰り返す。
・寮の一室に数時間にわたって監禁状態に置く。
・ありもしない盗難事件をでっちあげて強制退学に持ち込む。
で、この強制退学はいくらなんでも無効でしょ、
ということで被害者生徒が退学取り消しを裁判所に申し立て、
学校側がその命令に従わなかったため本訴にまで至った事件です。
この事件、裁判記録を読むと学校側の対応もエグいです。
地裁・高裁で退学取り消しの仮処分命令を受けているにも関わらず、
いったん下した結論を変えると面子に関わると思ったのか、
本校は正しい、悪いのは被害者生徒だ、の一点張り。
関係者の証言も歪曲し、なんとか被害者生徒を『悪者』に仕立てようと画策します。
で、本訴にまで至った裁判の結果は
形式上は『和解』だったけれど、内容はタカラヅカの全面敗訴。
双方の主張を精読する限り、まあそれ以外ないよなあ、と。
ちなみにこの裁判の間に、
被害者生徒に有利と思われるブログを書いていた同期生は、
次席という優秀な成績で卒業したにも関わらず、
歌劇団から入団拒否されてタカラジェンヌになれませんでした。
もちろん、ブラックだけの学校というつもりは全くありませんし、
歴史と伝統に裏打ちされた名門ではあるのですが、
甘く麗しい乙女の園、的な感じとはかなり違うみたいなんですよね。
というか、ふつうにこえ~よ。
リアルに寄せたら『鬱アニメ』になっちゃうんじゃないか、みたいな。
{/netabare}
そんなわけで本作は、本家よりはかなりゆるめ、
それなりに上下関係は厳しいけれど一般的な常識の範囲内にある、
架空の『紅華歌劇音楽学校』が舞台になっております。
メインになるのは、
女であるがゆえに歌舞伎役者になれなかった下町の天然児、渡辺さらさと、
有名女優を母に持つ元アイドルグループの陰キャ美少女、奈良田愛。
リアルだと真っ先にロックオンされそうなこの二人を軸に、
100期生の主要メンバーの抱える背景にも次々とスポットをあてながら、
授業や行事を経て少しずつ成長していく若者の姿が描かれていきます。
僕が感じる本作の魅力は、大きく分けると三つあります。
① きちんと掘り下げられた、生徒一人一人のキャラクター力
② まず目にすることはないであろう、音楽学校の授業・生活風景
③ きちんと演じられた歌唱・演劇
まずは①のキャラクター力。
これはもう、主人公の渡辺さらさの存在感が『圧倒的』です。
物怖じしない天真爛漫さと天性の才能、歌舞伎で培われた身体能力。
まさに、紅華の型にはまらない『規格外』のキャラクター。
もちろんそれだけなら、昔風の直進バカキャラなのですが、
あにはからんや、きちんと周囲を見渡す目と心を搭載しているんです。
そもそも『天真爛漫』と『無神経』は別のもの。
彼女は決して他者への配慮やリスペクトを忘れることはありません。
この辺り、おじいちゃんや歌舞伎の世界から鍛えられてるんですね。
{netabare}
そして、学業は残念ですが、生き方はしっかり計算できる知恵の持ち主。
とりわけ「ううむ」と唸らされたのが、
12話、暁也くんと付き合い始めるくだりです。
正直、さらさには、暁也への恋愛感情の存在が感じられません。
とても仲のよいお友だち感覚、
あるいは、場所は違えど同じ舞台を目指す仲間感覚であったりします。
それでも、偶然に煌三郎と暁也の会話を聞き、
煌三郎が何を求めているのか、
自分がどうすることが暁也のためになるのか、
自分を育んでくれた歌舞伎の世界と今後どう関わっていきたいのか、
そんなことを僅かな時間で熟考します。
そして選んだのが、
将来のために打算的な告白をすることを逡巡する暁也くんに変わり、
自分から「彼氏になってください」と切り出すこと。
水族館での告白シ-ン。
自分から切り出すことに罪悪感を覚えて話題を変える暁也に対し、
無言で水槽を見つめるさらさの目のカット、
鳥肌ものです。
好きな相手と告白の駆け引きをする少女の目じゃない。
これに続くシ-ン、「彼氏になってください」とは言ったものの、
ひとことも「好きです」とは言ってませんしね。
それは彼女の誠意でもあり、意地でもあり、みたいな。
ちなみに、最終話でさらさが演じたティボルトですが、もちろん
『自分からジュリエットを奪ったロミオ』と
『自分から助六を奪った暁也くん』が掛かっています。
だからこそ最後「おまえにやられるとはな……ロミオ……」
という台詞が『悪意の希薄な嫉妬と絶望』に彩られていたわけで。
{/netabare}
そして、さらさの脇を固める100期生仲間のキャラ造形も、いい感じ。
変態オヤジにキスされ、極度の男性恐怖症に陥った、奈良田愛。
紅華出身の母と祖母を持つプレッシャーまみれのサラブレッド、星野薫。
極度の紅華オタ、常に全力姿勢を崩さない委員長の中の委員長、杉本紗和。
特徴のなさを双子でカバー、ミス平凡、沢田千夏・千秋姉妹。
抜群の歌唱力を持ちながらも、メンタル最弱の劣等生、山田彩子。
物語は、そんなメンバー達が入れ替わりでスポットを受けながら、
少しずつ劇団員に向けて成長していく様が、
緻密に、そしてメリハリをもって描かれていきます。
(個人的には山田の高校時代エピソードが一番好きかも♪)
その描き方自体が青春群像劇でもあり、
同時に『どんなに努力してもトップになれるのは一握りだけ』という、
彼女たちが目指すものの厳しさを表しているんですよね。
そして②の、音楽学校の授業・生活風景は、単純に見てて楽しいです。
そもそも、紅華音楽学校は宝塚のそれに準拠したものだから、
学校教育法における一条校とは全く別物。
予備校などと同じく、都道府県認可の『各種学校』なんですね。
卒業しても高卒資格は得られず、学歴としては中卒か高校中退のまま。
(本家の宝塚には、希望者用の高校修学サポート制度があります)
要するに、単純に『学校青春モノ』とくくっても、
そもそも学校の性質が一般の高校とはまるで違うわけです。
当然ながらカリキュラムも、へえ、こんなんやるんだ的な新鮮さが。
それに加えて、授業や課題に取り組む生徒たちが必死そのもの。
親に行けと言われて無目的に行くガッコ-と違い、
プロの舞台に立つための『訓練』を受けに行ってるのですから、さもありなん。
ここで頑張っとかないと、いい役引けないわけですしね。
クラスメイトは全員が『仲間』であると当時に『ライバル』なわけで、
ぽわんとしていたら置いてけぼりを食らう、熾烈な環境なんです。
ただ、そうは言ってもただ座って聞いているだの『座学』はダルいわけで、
ここのあたり、リアルというか、わかるわかる的な雰囲気も。
そういうのも含めて、実に興味深い授業・生活風景なのであります。
そして③の、きちんと演じられた歌唱・演劇、というのがこれまた良き。
お話の舞台が歌劇団の付属学校なのだから、
お芝居と歌唱のシ-ンはあたりまえに出てきます。
それを、役者さんが頑張って演じているわけなのですが、
これって実はかなり難しいんです。
だって『ダメ出しをくらう理由がはっきりした芝居』を求められてるんですから。
{netabare}
最初にさらさが演ったティボルトは、
『先輩の完コピで自分のモノになっていない』演技。
奈良田愛が演ったジュリエットは、
『情感は充分だけど、少女としては大人び過ぎた』演技。
杉本紗が演ったティボルトは、
『激情に身を任せ、上手いけれど萌えの足りない』演技。
その他のみんなが演ったのも、
『若々しく、一般の水準以上でありながら、際立った魅力のない』演技。
ね。ふつうに演じるよりずっと難しそうでしょう?
たぶん実際のアフレコ現場では音監さんから
「あ~、いまのちょっと上手すぎたから、もうちょっと学生っぽく」
なんて普段とは真逆の修正が入ったりしてたのでは。
その甲斐あってか、
かなり説得力やリアリティのある、楽しい演技になってます。
一度見られた方も、再聴の価値アリです。
かたや評判の山田彩子の歌唱は、まあ、それなりって感じでした。
上手いか下手かで言えばもちろんすごく上手いのだけど、
声楽科の上位クラスの人はたいていこのレベルかと。
少なくとも歌劇団の講師が耳を奪われるほどの声質ではなかったような。
そして、思わず吹いちゃったのが、諏訪部さんのロミオ。
本人の前ではぜったい言えないけど、
誰がどう聞いてもおっさんじゃん。
脇キャラのいろんな台詞かぶせて何とかごまかそうとしてたけど、
やっぱ無理があるって。上手い下手ではなく、声質の問題。
マクベスならよかったんだけど、諏訪部さんにロミオはさすがにきついです。
{/netabare}
作品の僕的なおすすめ度としては、堂々のAランクです。
モチ-フが目新しく、かつ、人物造形のしっかりした青春群像劇。
あまり人を選ばない、万人向けのテイストではないかと。
タカラヅカとか女の園に興味がない方でも、
なんとなく読み始めたらついつい完読してしまった少女マンガ、
ぐらいの面白さは感じていただけると思います。
ちょっと重い・暗い・痛いエピソードもけっこう含まれてますが、
それはまあ少女マンガの王道ってことで。
きらら的お花畑を期待している方にはちょいしんどいかも知れません。
映像は可もなく不可もなく。
リキの入った画はそれなりだけれど、
つなぎのカットはかなり流しちゃってます。もうちょいがんばれ。
お芝居は、いい役者さんが多く、心地よい感じにまとまっています。
全体的に振り幅を小さめにしたリアル寄せの芝居なので、
けっこう細かいところにこだわり見せてる役者さんもいて、思わずニヤリ。
そんな中で一人だけ全開許可の、さらさ役千本木彩花さん、良きです。
この方って、どんな役を演らせても、
きっちりとキャラを立ち上げてくるんですよね。
それも、ただ器用なだけじゃなくて、
キャラの『心のひだ』みたいなものを繊細にとらえて消化する感性と、
それを言霊に載せて表現する技術があります。
まだ26歳と若いし、しょうもないアイドル活動もしてないみたいだし、
二年前に結婚して落ち着きもあると、いいことづくめ。
息の長い、いい役者さんになると僕が期待している一人であります。
音楽は、他の方も書いてるけど、EDはかなり良き。
曲自体もヅカっぽくて素敵なんですが、
後ろで流れてる止め画のデッサンがめっちゃよくできてます。
OPは……『のだめ』っぽくって、なんかやだわ。
とにもかくにも、見て損をするアニメではありません。
きららこそ人生の真実、とか
イモウト以外は女と認めん、百歩譲ってロリ、
なんて方には無理かもですが、
それ以外のフツ-の方、一度お試しになってはいかがでしょうか。
*****************************************************
ちなみに、このレビュ-のタイトルである
『There's No Business Like Show Business』って、
あの古典名作『ショウほど素敵な商売はない』の原題であります。
意訳としては、なかなか秀逸な邦題なのでは。
日本アニメの英題って、
『鬼滅の刃』 →Demon Slayer(悪魔殺し)
『名探偵コナン』 →Case Closed(一件落着)
みたいな一部の例外を除き、だいたい、原題に近い感じになってます。
『僕だけがいない街』→ERASED(抹消された)
みたいな意訳題もありますが。
なかにはニュアンスのだいぶ違う意訳もあって、
『うらみちお兄さん』→Life lessons with Uramichi(うらみちの人生講座)
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』
→Is It Wrong to Try to Pick Up Girls in a Dungeon?
(ダンジョンで女の子ナンパしたらダメっすか?)
なんてのもあり、ちくちく調べているとけっこう楽しめます。
まあしかし、外国映画の邦題ほどめちゃくちゃではありません。
僕はむかし、デミ・ムーアの主演作品で
『The Butcher's Wife』直訳すると「肉屋の女房」って作品に、
『夢の降る街』ってタイトルがつけられてて呆然としました。
リスペクトもなんもあったもんじゃないな。ふぁっきん〇ゃっぷっ!